2014年10月20日

結局

「やりたい」か

「やりたくないをやりたい」か。




「好き」か

「好き ではない」か。
posted by 辰多みか at 16:55 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

2008年の5月より前の事

悟りの世界を、
一瞥したのが、
いつだったのか、
ぜんぜん思いだせなくて、

2007年の写真や2008年の写真を見てみたら、6月1日よりは前で、2007年では
絶対無い、というのは、最近わかった。

今日、別件で、昔のデータをいろいろ整理していた所、
2008年の5月に、映画・「最高の人生の見つけ方」を見に行っていた記録があったのよ。
この時、この映画を見に行こうとした時点で、もう、わかってた。
だから、2008年の3月か4月ごろなのかな。
思い出せない。

その当時の記憶が、
さっぱり抜け落ちてる。
posted by 辰多みか at 17:25 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

2014年7月13日のつぎの日

昨日で、ちょうどブログを始めて、1年。
まる、いちねん、経ったの。

一年かぁ〜、短いようで、わりと長かったわ。
(長いと感じるって、ちょっと得した気がする)

このブログの左を見ると、2年分、記事が有るんだけど、
2012年7月から2013年7月分は、テキストで書きためて後から公開
したものだから、ブログとして動いてたのは、1年ね。

2年前の最初の頃、たぶん、あたしは、こう書いた。

(たぶんじゃアレだから、さがして、コピペしましたよ↓)
-------
あとで読み返してね、インナーチャイルドの声をもう一度聞くんだ。
そうすれば、ステップアップ速度が倍になると思うよ。
-------

そうだ、インナーチャイルドの声を聞いてステップアップしようと思っていたんだ。
だってその頃まだ、インナーチャイルドの声が、あまり聞こえてなかったんだもの。
それでそれで、グリグリ、やりました。
えげつないくらい痛くやりました。
あたしはやっぱドMだな(笑)。

あたしの中のちいさいあたしは、答えてくれた。
「おまえのいいなりになりたくない」


あたしが、あたしに、 お・ま・え・の・い・い・な・り・に・な・り・た・く・な・い 。





だから、
今、
あたしは、
秘密の花畑にいて、

ぐらぐら毎日地震が起こって、
まるで玉の上に渡した板の上のような
花畑にいて、

そこでまっすぐ立てるように、
訓練しているの。

ひとりだと立てないから、
ちいさいあたしを呼んで、
(すぐふてくされてどこかへ行っちゃうのでね)
ぐらぐらバランスを取っているの。
奇跡のような花畑で。

自転車は止まると倒れちゃう、みたいに、
倒れないようにペダルを漕いで、バランスを取って走り続けるの。

玉乗りバランス、自転車バランス、そして、その次、スキーができるようになったら、
あたしはあたしと仲良くなってるかもしれないんだ。


イメトレだけじゃ無理って事がわかったから、
肉体を、使うよ!





posted by 辰多みか at 17:02 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

セントラル・ドグマ


期末テスト終わりの娘がこう言った。

「セントラル、セントラル…んーなんだっけ、セントラル〜〜!」

どうやらセントラルなんとかが解答できなかったようなの。

あたしの頭の中には、どうしてだか、空港しか浮かばない。(それはセントレア)

「あ〜、思いだした! セントラルドグマだ!」

 ↑なに、その中二病な用語!


ちゃんとした生物用語なんですってよ。
posted by 辰多みか at 23:34 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

空(くう)はどこにある

高校生の頃、腑に落ちなかった人も多かっただろう、
1=0.9999999999…

微分積分の授業の、一番最初に、先生が言ったよね。

「0.99999999999…と、どこまでも続くこの数は、「1」と同じと言って差し支えないんです。」

なんか、頭が「???」となりながらも、
テストのために、一生懸命、自分を納得させたよね。
(あたしはいまだに納得してないよ!笑)

1=0.9999999999…

先生の言ってる事に従って、
微積の考え方でいくと、
右辺の0.99999999…を左辺にもって来た場合、
1-0.9999999999…=0 に、なる。

納得いかないけど(笑)、なぜか、 0 に、なっちゃった。

その0・ゼロが、空(くう)のゼロ。
だけど、本当の、「何も無いという意味のゼロ」ではない。
だって、定義上の、ゼロだもん。
「いち」と「0.99999…(永遠に9が続く)」を、
同じものとみなすよ!という、約束事の上での、ゼロだもん。

「納得する感覚」に誠実に書くなら、
1-0.9999999999…=0.00000000000… に、なる。

だから、
「1」と「0.9999999999999…」の間の、
0.00000000000000000000…が、
空即是色の、「空・くう」なんだ。



あるいは、
大きい大きい素数があるとして、
その素数で、1を、割るとね、
とてもとても、小さい小さい、数になる。
(↑素数の逆数ね)

素数は、果てがなく無限にある、と、今から2000年以上前に、
ユークリッドさんが証明してるので、
小さい小さい「素数の逆数」は、無限にあるの。
でも、どんなに小さくなっても(分母の素数が大きくなっても)、
ぜったいに、ゼロには、ならないの。
その、素数の逆数と、本当のゼロとの、あいだ が、「空・くう」

くう は、なにもないわけではない。
ほんのわずか、有る。
無限小。




それでね、大事な事は、
「空・くう」を「有る」にすると、「色=肉体」が、まったくの何も無いという意味の「本当のゼロ」になり、

「色=肉体」を「有る」にすると、「空・くう」が、まったくの何も無いという意味の「本当のゼロ」になるんだ。

どちらか一方しか、「有る」になれないの。

だから、「肉体をまとって生きる」を選択すると、
「空・くう」の方が、
まったくの、
ゼロに、
「回転体における回転してない中心」に、
「本当のなにもないという意味のゼロ」に、
なるんだ。
posted by 辰多みか at 17:42 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

有機物ダイヤモンドそのE

やりたいと思ってるのに、やれない事。
そのDにも、「幸福否定」の例でいくつか書いたけど、他にも、こんな感じで、有るよ。

・服は穴があけばもう着ないのに、下着だけは穴があいても着続ける。新しい下着がなかなか買えない。
・好きな服装ができない。買えない。(冠婚葬祭以外の、女らしいふわふわきらきらな服)
・ボロボロなタオルをいつまでも使っている。
・読みたいと思っていた本でもいざ買おうとすると直前で買う気がなくなる事がある。
・好きなアーティストのCDが出るまでは楽しみなのにいざ出ると買う気がなくなる。
・いつでも行けると思うと、行かない。
・自分ひとりだけで外食できない。
・自分ひとりだけおいしいものを食べるという事ができない。
・ゴミがいつまでも捨てられない。それなのに指摘されるのが恐怖。
・いつでも必ず遅刻する人。
・いつも部屋の中ではさみが行方不明になるので何度も買う、掃除をすると何十個も出てくる。
・できあがるまでは待ちきれないほど楽しみなのに、できあがったとたん全く興味がなくなる。
・マリッジブルー
・ふとんの中にはいったとたん、眠くなくなる。
・本を読もうと思ったとたん、眠くなる。


不思議な現象。

心の中をみつめて行くとね、
あの人が悪いだの、あれが原因だの、いろいろ出てくるんだけど、
結局、ず〜っと追い詰めていくと、
そんな外側からの「障害」は、なにもない。
自分ができないから、あの人が…みたいな障害を作ってるだけ。
で、
それを見抜いても(悟りの世界を見ても)、
「できもんはできん」なの。
あたしは、それは、まだ「生」に執着があるから、だと、思うんだよな。
もう、今すぐ死んでもいいっていう、覚悟が、ないみたいだから。
なにかしがみつきたいもの(障害)の方が大きいみたいだから。

もしも「生」に執着がなくなると、「やりたい事ができる」という状態は、
感謝 でしか、ない。
ありがたさ しか、ない。

あたしは、こんな事を考えてると、ちょうどハートのチャクラというのが
あるあたり(みぞおちと鎖骨のくぼみとの中間地点くらい)が、
ぼぁ〜っと、熱くなる。
いつもは、ジリジリ、嫉妬で焦れる場所が、
「感謝でしか、ないんだ。」と思うと、
本当に、ぼぁぁ〜っと、熱くなるの。
赤外線センサーで見てみたいくらいだよ。(ためしてガッテンとかの)
手のひらはいつも熱くて、この間ためしに測ってみたら、36.7度だったんだけど、
(風邪をひいているわけではなくいつもの体温時)
それと、同じくらいの温度を、胸に感じる。
あたしはいつも、脇で平熱36.3度だから、0.4度高いという事だね。
でも、「感謝」が沸いてくるわけじゃないので、
できないものは、できないんだ。

アジャシャンティさん(あなたの世界の終わり)、阿部敏郎さん、白隠さんの
体験を読むと、最初の気づき(一瞥)のあとに、もういっかい、大きいのが、来てるよ。
あたしは、それは体験してない。
今後、体験するかしないか知らないけど、
まだまだあたしの人生は、続く(いつ死ぬのかは、全くわからないけどね)。
そして、続いてる人生の中では、やることはやらなきゃ、なんないのだ。
大きい悟りが来ればできるようになる、なんて、言ってられないの。
感謝がただもれになればできるなんて、悠長なこと、言ってられないの。

そう、
森田療法の
森田正馬さん。
悟った人が言ってる事は、
「とにかくやる。
不安があったら、不安なままで、
怖いのだったら怖いままで、
不快だったら不快なままで、
とにかく、目の前にある事を、
やる。」

ありがたさも感じる必要ない、不平不満もぶつぶつ言いながら、
やる。
やる。
やる。
「生きる。」
それしかない。


そのFに続く。(明日があるのかわかんないのに、長いね!)


posted by 辰多みか at 17:38 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月17日

ありがとう、ありがとう

自分の体の不調が、良くならないから、
ドクターショッピングする人がいる。
検査しても、どこにも悪い所はない。
けれど、首のうしろの気持ち悪さ、凝っている感じ、
頭を締め付けられているような不快感、
胃の気持ち悪さ、吐きたいけどなにも出る感じがしない、
おなかが痛い、手足のしびれ、など、不快感は増すばかり。

お医者さんの中には、ズバリ、きつい事を言う人もいる。
つまり「それは気のせいだ。」と。
患者は、わかってもらえなかったと傷ついて、違うお医者さんへと、放浪する。
診察の度に、「ここが苦しい」と訴える場所がコロコロ変わる患者もいる。

医者で治らないので、カウンセリングや、悟り・スピリチュアルに、助けを求める人もいる。
カウンセラーやヒーラーの中にも、きつい事を言う人もいる。
「それは 気のせいだ。」と、
ズバリ言ったり、
ズバリは言わなかったり。
でも、
気のせいって、
スバリと言ってないのに、
患者には、
そう言われたと、聞こえる。
きつい感じがするから。
図星だから。

「あなたの中に問題がある。」
「あなたの中に答えがある。」
「自分の内側を見て。」
「日記を付けて。」
そう、カウンセラーに誘導されているだけなのに、
「おまえは体に異常がないから、気のせいなんだよ。」と、
言われている気が、するんだ。
脳内変換する。
それがもう、症状を自分で作り出している、という、証拠なんだけどね。

カウンセリングやヒーリングも、渡り歩く。
誰も、私をわかってくれない、と、嘆く。
カウンセラーに対しても、間違った見立てをされた、と、憤慨する。
ただ、病気が大変だとわかってほしいだけなのに。

ホラ、
これが答えだ。
ただ「わかってほしいだけ」
三歳児みたいに、
いやもっと幼稚に、
「わかってほしい。わかってほしい。わかってほしい。」
それが望み。

カウンセラー、ヒーラー、お医者さん、
み〜んな、見抜いている。
だってプロだもん。

「私が、図星を隠しているから、そこを突かないで、
病気は大変だねって、言ってほしいの。」と、
患者が言葉にならない雰囲気の言葉で訴えているのを、
見抜いている。

そういう患者は、図星に近づくと、
ツルッと、
逃げる。
無理やり捕まえて、ほらこれが原因だよ、と、見せると、
怒りだす。
原因がわかって病気が治るから嬉しい、んじゃないんだ、そういう人は。
原因の図星を突くと、怒るの。
怒るって、ヘンだよね〜。
矛盾している。
治るのが都合が悪いみたいに。
それが見分けるポイント。

そういう人は、
ありがとうとごめんなさいを、いいたくない人たち。

なにか他人にしてもらうと、「すみません、すみません」を
連発するか、「…悪いなぁ…」としか、言えない人たち。
自分が他人になにかしてあげた時は、
「ありがとう、嬉しい。」と言ってもらわないと、
とても、やり損した気がするくせに、
自分は、口が裂けても「ありがとう嬉しい。」なんて言わない。

そこの、自分に都合のいい解釈しかしない、アンバランスな
人たちは、それに気付かない限り、体の不調は治らない。
残念ながら。

それに気付くまで、
なんども、
なんども、
なんども、
同じ問題がおこる。
今の人生で間に合わない人は、
その次の人生でも。

なんども。
なんども。

「ありがとう嬉しい!」と受け取れるようになるまで、
将来、寝たきりになって、むりやり受け取らざるを得なくなるか、
または、若くして意識ははっきり有るのに体の自由がきかなくなって、
むりやり受け取らざるを得なくなるか、
または、次の人生で、
もともとそういう体で、生まれるか。

なんども。
なんども。

それが学び。
それが宿題。


posted by 辰多みか at 16:59 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

強風で息が吸えない

自分の正面から、強い風が吹いてくる時。
開けた車の窓から、顔を出して風をモロにあびている時。

息が吸えない。

吸えなくて、苦しい〜〜。


じゅうぶん、じゅうぶんすぎるほど、空気をもらってるのに、
吸えなくて、呼吸困難になる。

(あたしは車酔いのはげしい子どもだったから、
よく窓を開け、風にあたって、呼吸困難になりかけたわ。)


自分の欲しい形ではなくドドドーッと大量に渡されると、
受け取るのを、自分から拒絶するんだ。
もともとそういう構造が、備わっている。
だから無意識で、受け取らない。

こんなにいっぱいあるのに。


頭から、猛烈なシャワーを浴びて、
水圧が痛くて「こんな所に居られない!痛くて口で受け止められない、
飲めない! のどが渇いた!」って、文句を言うの。


はいはい、どうぞどうぞ〜。もっと飲んでね〜〜って、

いっぱいくれるのに。



「愛」は、風のようでもあり、
水のようでもある。

「動けること」が愛だからね。

posted by 辰多みか at 17:16 | 電圧・電流・抵抗・愛 | 更新情報をチェックする

認める。受け入れる。手放す。

ふと、
一番最初に、
「降参」した時の事を、思い出したよ。
思いだしたと言っても、その時の体験はリアルな映像ではなくて、
「感覚」でしか、なかったので、
その「感覚」に、近い感じの、「比喩の映像」で、ここに書いてみる。

「降参した時のあたし」の比喩。
あたしは犯罪者で、
逮捕状が出て警官がやってきて、
つかまる寸前なのに、しらをきっているんだ。
(証拠がないから大丈夫。)と、妙に自信たっぷりなんだ。
(正当防衛だし。)とも思っている。
すると、警官はおもむろに一枚の写真を取り出し、あたしの鼻先に突きつけたんだ。
犯行現場を見事におさえた写真。
どこから撮ったか知らないけど、
その場面だけ見れば、
あたしは完全に疑いようのない、犯罪者だった。
「私がやりました…。」
あたしの口から、ひとりでに言葉が出ていた。

そんな感覚。

それが降参した時の事。

非を認め、罪人として在る事を受け入れ、無罪の主張を手放した。

もう、どんな言い訳もできなかった。

ギャフン て感じ(笑)。


そんな写真、どこから撮ってるの!って、
ちょっと警官が反則(法律違反ギリギリ)してるんじゃないの!って、
思わず喰ってかかっちゃいそうだけれど。

人はみんな、死ぬ時ね、きっと、同じ物を、見るよ。
その時になって、「あちゃ〜〜〜」って思っても、もう遅い。
だってもう死んじゃうんだしね。
ここで見せられた犯行現場の写真の多さで、
次の人生のスタートレベルが決まるんだ、きっと。
生きてるうちだったら、やりなおせるけど、
肉体がなくなったら、タイムオーバー。

一緒に写真を見てくれる、あの世の警官は、
こっちで知られた名前は、閻魔さまだよ、きっと。
閻魔さま(警官)は、こわくないし、裁かないよ。
ただ、一緒に見て、「ふぅ〜ん。」とか「へぇー」とか、
相槌を打ってくれるだけだと思うよ。ニコニコしちゃってね。
「いいよ〜、いいよ〜。」しか、言わないんだ。

「私」は、自分に見せられ持たされた写真の重さで、
水の中に浮かぶおもちゃみたいに、自分の水中での位置が決まる。
そしてまた、「自白できますかゲーム」にチャレンジするため
肉体をもらうんだ。

そんなんいつまでもやってないで生きてるうちにとっとと自白したらいいよ!
みんな平等に、見せられるんだからさ。


posted by 辰多みか at 01:16 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2014年06月12日

やたがらす

この間、うちの旦那さんは伊勢・熊野地方に旅行に行ってきて、
(あたしはおいてけぼりだ。笑)
カラスの絵がいっぱい描いてある赤い包み紙のおみやげを買ってきた。
サッカー日本代表関連の展示もあったらしいのだけど、
興味がないのか、それはあんまり見てこなかったそうだ。(もったいないな!)

赤い包み紙(もうで餅)のカラスは、やたがらす といって、三本足のカラスなの。
もともと中国の神話で、太陽の中に住んでるカラスなの。

三次元空間である、この世では、
足は三本ないと、ちゃんと立てないんだよ〜。
これは、工学の基礎だ。
静的に支える足は、二本では役に立たず、
四本以上だと、どれか一本は、宙に浮く。
(フードコートなどで、四本足テーブルがガタガタして、
ラーメンがこぼれそうになったこと、ない?)
だから、三次元空間では、三本足であれば、ガタつかず、安定なの。

(ということは、四次元空間で立とうとなると、足は四本必要なのか。)


 みっつ という数からできるものは、

(+1)+(+1)+(+1)=3  は 陽(プラス) で、
(+1)+(+1)+(-1)=1  は 陽(プラス) で、
(+1)+(-1)+(-1)=-1 は 陰(マイナス) で、
(-1)+(-1)+(-1)=-3 は 陰(マイナス) だと思う。

三相交流電源につながったモーターの、
三本の配線のうちの、二本を入れ替えて繋ぎなおすと、
モーターの回転方向は、逆転するんだ。

3 て、便利〜。




posted by 辰多みか at 17:26 | 機械工学・道具 | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

死んでもいいと思えた出来事

それは8年前の事。
まだ、悟りの一瞥前で、
スピリチュアルという言葉も知らず、
「悟り」なんていう言葉を、毎日毎日使うようになるなんて、
想像もしてなかった、あの頃。

子ども(小6)の頃からの夢が、叶った。
実に、25年以上の時を経て、叶った夢だ。
それは、ある「会」への出席のお誘い。
その一報は、ある日突然やってきた。

それはもう…あたしのその後の精神状態にまで強く影響を及ぼした出来事だった。

あたしはあまりの嬉しさで、叫び、
その時家にいた、舅・姑・旦那さんに、
「もう、なにがあっても行く!絶対行くから!!」と、
たとえその時誰かのお葬式があっても、行く決意を伝えた。

「ああ、もう、死んでもいい。」と、思った。
「もう、なにも思い残す事がない。」、と。

まだ、息子・娘もちっちゃかったのにねぇ。
あたしがいなくなったら、家事する人がいなくなって、家族は困るのにねぇ。
叶ってみたらなんだこれ、「死んでもいい。」だなんて。
それほど、叶うはずのない夢だと、思っていたのよ。
叶わないと思っていたから、あまり考える事もしなかった。
「○○だったらいいな〜。」と、小学生の頃、チラッと思っただけだ。

夢は叶う。
そして、叶った時、生に執着がなくなる。
一瞬だけどね。

だから夢が叶いすぎると、なぜか怖くなってきて、尻込みしはじめるのだと思う。
あたしはその後、上昇しだしたあたしの周りの空気の流れが、怖くなって、
一歩、あとずさりしてしまった。
上昇気流に乗るのをみずから辞退してしまった。

その後、悟りの世界を見る事になったのは、そういう流れがあったからだろう。
それでも今まだ、その時の感覚が鮮明に記憶に有るから、夢を叶えるのに、躊躇する。


posted by 辰多みか at 23:55 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

死んでもいい


「いますぐ(肉体が)死んでもいい」

肉体からの抵抗の声を、「幻」だと見抜くためにする宣言


「いますぐ(肉体が)死ななくてもいい」

自我からの抵抗の声を、「幻」だと見抜くためにする宣言





あたしが最後の最後、突き抜けられないのは、

「死にたくない」と言う、肉体の抵抗の声に、

逆らう事ができてないからだ。


「肉体の死」に対して、どうでもいい と、

諦める事が、できてないからだ。


posted by 辰多みか at 14:18 | 悟り | 更新情報をチェックする

うつ病・抑うつ神経症

うつ病と、抑うつ神経症は、 まったく 違う 病気(症状)です。
方向性でいうと、まったく逆方向どおしです。
名前が似ているから、まぎわらしい。
どちらの患者もあたしの身近にいるから、違いがわかるよ。


見分けるための、各特徴の違い
「うつ病の人の思考」
・どうしよう どうしよう どうしよう…
・私が悪い 私が悪い 私が悪い…
・私は迷惑だ 私は迷惑だ 私は迷惑だ…
・私は駄目だ…
・死にたい…

「抑うつ神経症の人の思考」
(私は悪くない)と、無意識で思っているが、意識上では、認知できない。
・体さえ良ければ 体さえ良ければ…(体が悪く、私は悪くない!)
・あの人さえああ言わなければ…(あの人が悪く、私は悪くない!)
・あの事さえなければ…(状況が悪く、私は悪くない!)
・迷惑をかけたらいけない 私は迷惑をかけない 迷惑をかける人は駄目だ。
抑うつ神経症の人は、
迷惑をかけたり怒ったりしてはいけないと思っているが故、
腹の中では行き場を失った怒りが渦巻いているが、自分では認知できない。



うつ病は、自罰的
抑うつ神経症は、他罰的 である。
神経症の中には、パニック発作、強迫観念も含まれています。
ここ最近出てきた「新型うつ」は、他罰的 です。

posted by 辰多みか at 14:17 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

有機物ダイヤモンドそのD

そのCのつづきです。
「幸福否定」という考え方がある、という事を、ここ数カ月の間に知った。
どうしても、眠ってしまうのが、不思議だったから。
ネットで検索したんだ。
笠原敏雄さん。著書もたくさん出ている。
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/index.htm
ページは多いけれど、すごく面白く、大変参考になるので、

「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」

がある人は、ぜひ読んでみてください。
(人間は、皆その状態であると、あたしは思うよ)

サイトの内容をかいつまんで書いてみると、
「自分が本当にしたい事が自発的にできない」とは、
たとえば、
・明日テストで、勉強をしなければならないのに、部屋の片づけをしだしてしまう。
・心底、家でリラックスしてすごしたいのに、家に帰りたくなくて外で時間つぶしをする。
・簡単なお礼状が書けない。
・部屋の片づけができない。
・レストランで親に何でも頼んでいいと言われて、一番安い物を頼む子供。
・プレゼントをもらうのが苦痛。
・虫歯治療、健康診断を先延ばしにする。
・青木まりこ現象(これは、あたしが持っている症状なので、
 体験者として言えるけど…幸福否定とはちょっと違うかも?)

などが、事例として上げてある。

これらは、一見、「本当にしたい事」とは、違うようにも、見える。
テスト勉強なんてしたくないでしょ普通、と。
家に嫌な人がいれば、帰りたくないでしょ、と。
本当にやりたい事って、「自由に、誰からも束縛される事なく、やれる事なんだヨ。」と、思うでしょ。
じゃあ、アナタが、この地球上のどの土地もアナタの物で、
どこにも境界線が無くアナタの物で、
誰にも文句を言われる事もなく、
どれだけお金と時間を使っても良く、って、考えてごらん。

さあ、やりたい事を、やってみよう。


きっとできない。


浜崎あゆみの歌にもあった。
「僕達はそう自由で ただ余りに自由過ぎて 何処へだって行け過ぎて 何処へも行けずにいた」(everywhere nowhere)



人は束縛があるから、動けるのかもしれないね。
神がヒトを作ったのって、コレだからかもしれない。

笠原敏雄さんは、こういった心理状態の事を、
「幸福否定」と、定義している。
自分で自分の幸福を、否定にかかる行為。

あたしも、「できない障害」を、
取り除いて取り除いて、取り除いて行った先に、
自分が自分を羽交い絞めにしているイメージがあった。
「あたしを守れないのだったら、やらせない。」と、あたしがあたしを強迫していた。
亀頭とか(笑)のおかしなイメージが見えたのは最近だ。

そして、あたしがあたしに面と向かって聞きだしたところ、
こんな答えが返って来たんだ。
「やりたい事が心底できてしまうと、
 もうなにもいらない、
 死ぬ準備が整った、と、
 宇宙に信号が送られる。」のだそうだよ。
あたしの中のあたしによると。



だから、幸福を否定するのは、「死」に対する、恐怖なんだ、きっと。

自我の死じゃなくて、肉体の死。



その突き抜ける「厚さ」は、肉体に、付随している。
それが個性・性格なんだ。



笠原療法による対処法と、宣言による自己暗示・心屋式・森田療法、等の、そのEにつづく。




posted by 辰多みか at 19:27 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

有機物ダイヤモンドそのC

「やりたい事」が、できない。
「やろうと予定している事」が、できない。

Bでも書いたように、
まわりのみんなが原因で、というのは、自分の思い込みで、
もっというと、まわりのみんなが原因ということにしたいから、
そう思い込むのであって、結局は、自分で自分をできなくさせているだけ。

まるで、自分の幸せを自分で阻止しているみたい。

被害者意識・罪悪感という手を使って、
自分は自分の幸せ・達成感を、全力で阻止する。

むりやりやろうとすると、イライラする。
みぞおちの上10センチあたりが、ザワザワする。
アトピーのように皮膚がかゆくなる。喉に何か詰まる。鼻水が出る。
肩がこる。頭が重くなる。
気を失うように、寝る。

最後の最後、インナーチャイルドとも話し合ったし、
自分で自分をできなくさせている、というのも見抜いたし、
「やりたい事をやる」には、まわりに感謝しなくちゃならない、というのも
わかったのに、

で・き・な・い。


ふうせんに、指で穴を開けようと、ぐーーっと、
押し込んでるのに、穴が開かない、ていう、感じ。


その、ふうせんの膜にあたる部分が、
たぶん、脳とか肉体由来の、
肉体だからDNAにプログラムされてるっていう感じの、
DNAだから、世界にオンリーワンっていう、「個性」の、
部分。

感謝しなくちゃならないのに、したくねえよ! っていう…
「性格悪い」部分。
生まれもっての、個性だ。


だからこれを突破するには、たぶん、個人差が、ある。
膜に薄い、厚いのレベルの違いが、あるように。


そのDにつづく。

posted by 辰多みか at 11:23 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

The moon is shining.

ハチミツが爆発したよ〜〜。(笑)←笑いごとじゃない(笑)

売値2万円はするであろう、大瓶入りの、ハチミツが…
フタを開けたら、50cm四方に飛び散ったよ…。

去年までウチに居た、日本ミツバチちゃんたちの蜜だったのよ…。
(4つあった巣箱は諸事情により今はウチには無く絞ってもらった)

ウチから、先日おすそわけしたお宅から、
「ハチミツが噴き出した…!」と聞いてびっくりしたけど、
たかをくくってたウチも、まさかなるとは。
おととしの分はなんともなかったから。

ふと、戸棚を見たら、ガラス瓶の、金属のフタがね、
ぱんぱんに盛り上がってて、
「これは、やばい!」って、とっさに思った。
もう、汁が、閉めたフタから漏れちゃってるし、
放っておくわけにもいかないので、
意を決して、開けたら、バツッ!って音して飛び散ったわ…。
ガラスや金属が破裂してケガしたらどうしようと、
ビクビクだったけど、中身が1/4飛び散ったのみ…。
でも大損害だ!

自然の酵母で発酵するらしい。
原因は、糖分が結晶化する事により、
結晶以外の部分の水分量が増えて、
酵母が活動し出してしまうかららしい。
なんかそれに加えて、花粉とか、不純物みたいなのが多かったしね。

だから、湯せんにかけて、糖の結晶を溶かしておけば、
発酵は防げるそうだ。
しぶしぶ、全部のハチミツを湯せんにかけて…
味見をしてみたら、なんと発酵した物は、おいしくなってる。
ケガの巧妙?
むしろ発酵した方が良い?
でも、ビクビクでフタを開けるのは嫌だな。

きっと、この発酵したハチミツを水で薄めて放っておけば、
ハチミツ酒(ミード)が勝手にできるよ。(←酒造法違反で捕まり
たくないからやってないよ!)
大昔の人は、あま〜いハチミツ水から勝手にお酒ができて、
本当に、神の恵みだと思っただろうね。
(ブドウも、絞って放っておけば自然酵母で勝手にお酒になるらしい)
ハネムーン(蜜月)という言葉は、この、蜂蜜酒を新婚一ヶ月の
間毎日飲む、というのが由来になっているよ。
(新婚旅行という意味ではないのだ)

あたしは、ぜんぶのハチミツに熱を加えて、酵母を殺しちゃってから
気が付いたんだけど、少し生のまま残しておけばよかったわ。
その残した発酵ハチミツを使って、自然酵母パンをつくれば
よかったな〜と、ちょっと心残り。

(ウチからハチミツ爆弾を受け取られた方々…ごめんなさい〜〜)


posted by 辰多みか at 11:18 | 日本ミツバチから学んだこと | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

有機物ダイヤモンドそのB

さてさて、
@Aのつづきです。

ここ3日くらい、
寝てばっかいたわ〜。

とうとうね、ブログを書こうとする事にさえ、
胸ザワザワの抵抗が出てきてしまったので・・・
(でもむりやり頭をからっぽにして、ふたつみっつ書いたよ!
ホントは、今の所あと5記事くらい書きたいものがある。
でも書こうとすると、書けないの。
だから、予定を立てないで頭をからっぽにするの。)


「やろう」と、思うと、

寝てしまうんだ。

やれないように、やれないように、
じりじり軌道修正するんだ。
自分でも気付いているのに、
そうしてしまうんだ。

そのAに書いたように、「障害」を取り除いて、取り除いて、
悟りの世界まで見て、取り除いて行った先は、
「障害なんてなにも無かった。自分で作り出していただけ」だった。

そこまではわかっているの。

だから、力を振り絞って、なんとかやろうとするんだけど、
響子さん(あ、もうネタバレするけど、響子さんは姑さんです)の、
あたしをバカにするような言葉とか、
親切ぶって干渉してきた事とか、
そういう、過去の嫌な記憶がよみがえってきて、
胸がゾワワ〜〜っとして、
「くうーっ、イライラするっ!」てなって、
できなくなるんだよ。
そんなの、妄想だって、わかってるのに。

そして、パソコンで、関係ないサイトとか見始めると、
ほぁ〜っと、ほっとするの。
「なにもできない」状態が、とてもほっとするの。

それでもやろうとすると、気絶するみたいに、眠ってしまうのね。

きのう、眠ろうとする「あたし」に、うとうとしながら「聞いて」みた。
すると、「あたし」は、
「だって、寝ている時が一番安全でしょ。」と、即答した。
そして、頭の中に湧いてきたイメージは、
「あたし」が「あたし」を、うしろから羽交い絞めにして、
前に進ませないように、しているの。
やりたいことがやれないように、
幸せになれないように、
全力で、阻止しているの。

「なぜこんなことするの?」
あたしはあたしに、また聞いてみた。
「だって、あなたはあたしを守ってくれないじゃん。
あなたは、あたしを守れる力があるの?
守れるようになったの?」
「あたし」は、あたしに、嫌な時はきっぱり断ること、
やりたい時はちゃんとやりたいと言うこと、を、強要してきた。
「あたしを守れ」と、強迫してきた。

またまたイメージが、沸いたよ。

おかしなイメージなんだけど、

(ホント、おかしいんだけど)



やりたいことをやっているあたし の 状態 は 、




「亀頭」




自分でも、なんでこんなイメージ!?なんだけど、



「亀頭」



いえ、字面どおりのカメのそれではなくて、人間(男)の、ソレです。





つまり、かぶる皮膚(保護膜)がなんにもなくて、無防備で、「ありのまま」なの。


やりたいことをやる と、 すべてをさらけだして、敏感で、触られると(たぶん)痛いの。←女なのでこのへんは知らない。



「あなたはそれでもあたしを守れるの?」と、
あたしはあたしに、言うんだ。


そのCにつづく。



(長々書いてるけどちゃんと解決法があるからね!)



posted by 辰多みか at 16:49 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月05日

寝がえりが怖い

ウチのひとたちを観察していると、
一番の怖がりは、まぎれもなく、響子さんだと感じるのだけど、
その、
「自分の人生を歪ませるほどの恐怖」。

その恐怖の根源は、記憶に残っている範囲の、親とのやりとり
だけではなくて、もっと前の、赤ちゃん時代からのものも、
当然あるのだろうな、と、ふと、思い当たった。
(前世というのも当然あるのだろうけど、今この記事では話題にしない)

それは、ウチの息子が赤ちゃん時代の頃、
一度できそうでできなかった寝返りに、恐怖心が芽生えてしまい、
結局、立つまで、一度も寝返りができなかった!というのを、思い出したからだ。

息子は今では大きい(いろんな意味で)体をして、
実家を離れてひとり暮らしをしているけれど、
幼少の頃は、それはそれは怖がりだった。
わけのわからない恐怖、
コントロールできない恐怖、
そんな感じの恐怖に、支配されている感じだったの。
目の前に、たちうちできない壁があると思い込んでしまうと、
急におなかが痛くなったり、
寝る場面ではないのに、気絶するように眠りこけたりした。
(幼稚園の参観会で、親(あたし)といっしょに体操している最中にだよ)

息子の恐怖は、たぶん、まだ消えてない。
大人になった今でも、まだそう感じる。

子ども時代の、両親との確執・虐待などが思い当たらないのに、
生きる上でわけもなく恐怖を感じる人(こわがりさん)は、
もしかしたら、ただ単に、寝がえりができなかった、とか、
どこかから落ちそうになったとか、
うんてい棒の上にのぼって降りられなくなりパニックに
なったとか(これはあたしだ。笑)そういう、
記憶にも残ってない幼い頃の、身体的恐怖体験が、あるかもよ。
あと、ウチの響子さんみたいに、お嬢様生まれで、
ほめてほめて育てられた故に、自分の価値観を他人に
いちいち確認して、褒めてもらわないと、足元がくずれていきそうな感覚になる人とかね。

なんにもされなくても、恐怖。
ほめてほめてほめられても、恐怖。
ああ、いちいち厄介だわ。



posted by 辰多みか at 23:32 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする

イヤらしいサイトの見方

※エロい方じゃないよ!※
・・・ホントに、やらしいほう(笑)。


あたしのこのブログは、去年の7月に公開を始めた時、
ふたつのランキングサイトに、登録してみたの。

なんで登録しようと思ったかっていうと、阿部敏郎さんのマネをしてみたんだ〜(うふ)。
先輩のやってるようにやってみようと思って。
(あっ、かといって、阿部さんがやらしいって事じゃ…ないから…ないよね?もう今ランキング参加されてないしね。)
そのうちのひとつは、人気ブログランキング というのだよ。
あたしは「哲学・思想」カテゴリに登録してあるんだ。
そして、このボタンとか→このリンクとか→「人気ブログランキングへ」を、
読者に押してもらうと、ポイントがカウントされて、
その時点での合計ポイントによって、順位が決まる仕組みなの。
ブログを書いてる人は、知ってる人多いよね。

その、ランキングで、いやらし〜い、サイトの見方を、
ちょろっとナイショで教えちゃうね!
(これ、エロじゃなくて、ホントにやらしいほうだから。)

ココで突然質問です。
ランキング中、上位の人たちはだいたいいつも決まっているのだけど、
あるとき急にいなくなったり、急に順位が上がったりする人がいて、
不思議に思った事、ないですか?
いなくなったと思ったら、また突然ランキングに戻ってきたりして。
不思議だよね〜。常に○位キープとか、不思議だよね〜。
(うん、それだけ人気がある、というのは、事実だ)

そのからくりは、このランキングサイトに登録してる人なら
知ってると思うけど、
入ったポイント数を、複数カテゴリーに、振り分ける事ができるという点なの。
このカテゴリーには、○%、こっちには○%、という具合にね。
%の設定はあとから何度も簡単にできるから、ポイント数を電卓で計算して、
常に○位キープくらいに、微調整、微設定ができるんだよ。
あたしは、「哲学・思想」カテゴリーに、100%だから、微調整はできない。
(100%設定時は全ポイントがそのカテゴリーに入る)

・・・ほら、いやらしさが漂ってきたよ〜。
電卓とか、、いやぁ〜


で、これからもっと、いやらしくなるよぅ…(いやん)

ふつうは、ブロガーが何%振り分けてるかなんて、ブログ読者は
知らないし、あえて知る必要もないんだけど、
その%が、丸見えになるページが、あるんだ。
(これは普通にgoogleでブログ名で検索すればgoogle検索ページに
出てくるので、裏技でも裏口入室でもなんでもない)

あたしの、このブログの場合は、このページね↓。
http://blog.with2.net/site/?id=1534030

この、id=というのが、あたしのブログに割り当てられた番号だよ。
この番号は、全員違う番号なんだ。
・・・という事で、ここでもう察しがつくと思うのだけど、
あのブログ、何%振り分けかな〜、と、知りたくなったら、
このid=の後ろの番号を、そのブログの番号に置き換えて、
アドレスバーに表示させてみればいい。
id番号は、ランキングサイトで、右クリック→プロパティで見えるから簡単だ。
コピペすればいいよ。

キャー、自分で書いてて、本当に、いやらしい!
複数ブログでやってみたことあるあたし、いやらしいわ〜〜(うぉー!)

でもね、そのページね。
何人中何位 ってのがわかりやすく表示されるし、
フィード取得ができるブログなら、各記事が数行分表示されて、
記事の中身を開かないでも雰囲気がわかるし、なにかと便利なんだよ。

でもやっぱちょっと(だいぶ?)いやらしいな〜。
あんな事こんな事(笑)してるなんて…。
なんでいやらしく感じるかというと、
下心や本性を見ちゃうような気がするからなんだろうねぇ〜。
相手のも、
自分のもね。
スピリチュアルなのに〜?
悟り なのに〜?
執着を手放しましょう なのに〜?
いや〜ん(笑)。

あたしはいつもは書かないけど、
やらしい記事だから書いてみる(先輩みたいに一回書いてみたかったし)↓

そういう仕様かっっという人は、押して♡・人気ブログランキングへ
いやらしいっって人も、押して♡・精神世界ランキングへ
うふふ。




posted by 辰多みか at 23:25 | ※閲覧注意※微グロ・微工ロ | 更新情報をチェックする

三つ子の魂百まで

あたしは最近、かわいいおばあちゃま達と毎週とあるボランティアをしているのだ。
おじいちゃん達も居るよ。男女比は半々くらい。平均年齢は60〜70くらいかな〜。
かれこれ3ヶ月たつけど、発見した事がある。
それは、実年齢と、中身(精神年齢)は、一致しないということだ。
あたしは40代の若造だけど、なんだかみんな、まるで同級生みたいなの。
教室できゃあきゃあやってるクラスメートみたいなの。
人ってある程度成長したら、そこから先、精神の年齢は止まるんじゃないかなとおもったよ。顕在意識の方だけどね。18歳くらいじゃないだろうか。
潜在意識の方はもっと若くて、三歳児だね。
三つ子の魂百まで っていうけど、これ、インナーチャイルドの事だよね。
おじいちゃんおばあちゃんに触れあって、肌で感じたわ。
posted by 辰多みか at 00:30 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

有機物ダイヤモンドそのA

あたしの胸のあたりのザワザワは、
「片づけ」と
「やりたいこと」を、
やろうとする時に、起こって来る。

もう、それはそれは強い力で、
抵抗しているんだ。
あたしの中の何かが。

やりたい事をやろうとする時…
なぜか、別の事をしだしてしまうの。
そう、たとえば、テスト勉強をしようと思ってるのに、
部屋の模様替えをしようとしてしまう、みたいな感じにね。
だから、本当には「やりたい」事じゃないのかもしれないんだけどね…、
そういった感じの事が、たびたび起こるの。
あたしだけではなくて、みんなもそうなんだろうとは、思うよ。
思い当たらない?ほら。テスト前。

具体的には、
・別の事をしだす。
・イライラしてきてぐるぐる歩き回るばかりで何も手がつけられなくなる。
・ベッドに寝転がっていつのまにか寝てしまう。

というふうに、なるの。
その「やりたい事」をやると、達成感を味わえると、わかっているのに。

人間、なにかやりたい事があってもやれない時、
「○○さえクリアできれば」と、つい思ってしまう。
「○○さえ無ければ」とか
「○○さえ有れば」とか
「○○さんがああ言わなければ」とか
「○○さんが嫌な顔さえしなければ」とか
「○○が終わらないから」とか
「仕事があるから」とか
「育児で手がまわらない」とか
「お金がないから」とか
「時間がないから」とか
「病気だから」とか。
クリアしなければいけない「障害」が有ると、思ってしまうんだ。

その「障害」を、取り除くためだけに、一生分の時間を使ってしまう人もいる。
取り除いて、取り除いて、とことん、取り除いて行くと、
なんとまあびっくり、
そこには、何も「障害」なんて、無かったんだよ。

有るのは、ただ、胸がザワザワしてた、だけなんだ。


障害が無いなんてウソだぁ!と思う人は、
試しに、たっぷり時間がある時に、自分のやりたい事を、人に言われて
やるんじゃなく、自発的にやろうとしてごらん。
自分のやりたい事って、家事とかのルーチンワークじゃなくて、
普段、やりたいのにやれない〜〜と、思ってる物の事だからね。

さあどうなるでしょう?


試してみつつ、

そのBにつづく。



posted by 辰多みか at 00:27 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

かかんかん!数学は世界をこう見る

『数学は世界をこう見る 数と空間への現代的なアプローチ』PHP新書
作者: 小島寛之
 小島さんのブログ↓
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20140523/1400837261

(かかんかん は 漢字で書くと、可換環)

おととい(5/31)、amazonから「あなたへのおすすめ」っていう、
広告のメールが来て、その中にこの本がおすすめされてたから
そのままamazonで衝動買いしてしまった、この本!
初刊は2014年5月29日になっているよ。
おととい注文してきのう夕方届いて、
きのうは眠かったから25ページまでだけ読んだ。

小島さんのブログはたま〜に(たまでゴメンナサイ)見てたけど、
最近は見てなかったので、さっき見た(!)

その中で書かれているこの文章、

−−−
例えば、本書には、図形の位相的な形を分類するためのホモロジー群、
空間でないものを空間化させてしまう位相空間理論、
n次多項式の零点として定義される図形を代数的に捉えるイデアル理論、
加減乗が定義された代数系である可換環を位相空間上の関数に
仕立ててしまうスキーム理論
などの入門編を解説している…
−−−

これだ〜
あたしが〜
数を通して見ている世界は!

去年のこの時、
ムーンシャイン予想について書いた時、
http://loveconquerfear.seesaa.net/article/378861272.html
イデアルっちゅーのがさっぱりわからん最中だったけど、
この本で、わかりそうだよ!
(↑まだわかってなかった笑)

これは中学数学だけで理解できるんだって。
書いてある文字だけ見ると、小難しく見えるけど、
ぜんっぜん、
ぜんぜん、
全然、難しくないよ!
なんてったって文系女(アタクシ)に、見える世界なんだから。

これは、この世界が、どんな法則で成り立っているのか、
可視化(頭の中のイメージ)するためのアプローチ法を書いてくれてる本だと思う。
ほかにも積ん読の本がいっぱいあるんだけど(あはは)これは今すぐ読むわ!
(そして自分で理解できた事を、ここに、わかりやす〜く、書きたい)



posted by 辰多みか at 11:37 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

有機物ダイヤモンドその@

心の中を見つめても、
どうしても消えない物がある。

気づいても、
有る とわかってても、
消えない物がある。

あっ、それ、5/26日の日記にも同じ事書いてるわ。あはは。

どうひねっても、
どう癒そうと許そうとしても、
ぜんぜん無くならない。
光に還る?
なんだそれ!
今までほとんどの自我は、幻だって気づいて、
文字通り光に還ったっぽいけど、
コイツ、
無くならない。
これは〜、
肉体に付随してるのか?
(前から、そうなんじゃないかと見当つけてる)

なに?
炭素?

黒いし。
燃えるし。
冷たかったり熱かったり。
粉っぽいし。

コイツが揺れると、ザワザワするの。

あたしは、どうしても「できない」事があって、
前もさんざん書いてるけど、
「片づけ」と「好きな事(頼まれた事ではなくていちからすべて自分でやるタイプのもの)」が、
できないの。

前々から書いてる、やりたい事リストの、
「歌をうたうこと」
「絵を描くこと」
「ステージに立つこと」←あっこれ書いてなかったか
「映画を作ること」
これらは、なぜか、強い外力が働いて、
この半年の間に、いつのまにか、できちゃったの。
それはそれは…自分の思い描いていた形とはちょっと違ったけど、
バンバン叶ったの。(夢って叶うんだよ!)
引き寄せたといってもいいかもしれない。

でも、それじゃなくて〜。
人に頼まれたり誘われてやるんじゃなくて〜。
「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」
というのが、あたしの中に、あるの。

コイツ↑について、いろいろネットで調べたり、
心への働きかけとか、したんだ。ここ3週間くらい。
そして、身体的に表れる異常とか、いろいろ発見したの。
それをこれから、ボチボチ書いていこうと思うの。
とりあえず、自分なりに理解した事は、
コイツは、胸のザワザワ・イライラを引き起こす黒い塊で、
有機物(炭素の化合物)で、
炭素だから黒くて、炭素だから実はダイヤモンドで(!)
「幸福否定」という考え方がある、という事と、
それに対処する(突破する)やり方が研究され実行されてる、ということ。


そのAにつづく。



posted by 辰多みか at 17:35 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

経路に触れる

心屋オープンカウンセリングに、行ってきました。
(いつの・どこ地区・誰サンかは、ナイショ!うふふ)
今年は、セミナーとか、カウンセリングとか傾聴とか、
機会があったら心療内科(!?)とか、
禅とかヨガとかタイ古式マッサージとか、
受ける!春!にしよう!と思って、(そうそう去年も思ってたわ。去年は阿部さん×黒斎さんのだけ行けたわ)
ようやく笑いヨガに続いて、初カウンセリングだよ。
(今年の春はボランティアの予期せぬとびこみ仕事が多くて用事ばっかだったから)
あ、10年以上前にスクールカウンセリングを受けた事があるから二回目か。

カウンセリングの中身は・・・
話せないので・・・
ないしょ。

あたしは、家に、響子さんという、
年だけ数十年も取った三歳児がいるのでねぇ…
この困った、かまってチャンに対して、
どういうふうに、話しを聞く心持ちをすればいいのか、プロの技が見たかったのだ。
どうやって、心を揺さぶり、気付きに持って行くのか。
あたしがやると、喧嘩を売ってるようにしか受け取られないから。
もちろん機会があったら、あたしの悩み(やる気が無い事)もカウンセリングしてもらおうと思ったよ。
だけど、ほかにいっぱい希望者がいて、あたしはただ他の人が悩みを打ち明けるのを聞いてるだけだった。

聞いてるだけだったけど、
相談者さんとカウンセラーさんが、お互い、
なにか、魂に触れるかのような言葉を発する時、
あたしの胸は勝手に揺さぶられて、
涙がぼろぼろ出た。

当事者である相談者さんは泣いてないのに、
あたしだけがぼろぼろ泣いてしまった。
相談者はローテーションで複数人いたんだけど、
あたしは最初から最後まで泣いてしまった。
なんなんだ。
あたしにはぜんぜん関係ない悩みなのに。
(話し終わった当の相談者さんに、ポカーンとされてガン見されたよ。笑)

この間、笑いヨガに行った時、無理して本気で笑うと、
絶対泣く、と、とっさに思って、笑いを抑えたんだった。
たぶんね、それと同じモノに触れてるんだと思う。

これはー。
涙がいっぱい流れるっていうのはー。
一見、浄化に見えるけど、
浄化ではない。

涙を流しても流しても、
そこにあるモノは、消えない。
そういうタイプの涙。
反応してるだけの涙。
相談者さんじゃなくて、あたしの場合がね。
心の奥底に神経みたいな、水脈みたいなのがあって、
むきだしの神経に触ると、ビビッと来てとびあがる、みたいな、ただの反応。
だから、その、経路がある限り、
触れれば何度でも何度でも反応して、涙が出る。
これはねー。
この経路は、無くならないな。
無くなったら、あたし、肉体的に死ぬね。
そんな気がする。
それとも、それをこっぱみじんにしたら、大悟が来るのかな〜。
その辺は到達してないからわからないわ。
(大悟が来るんだったら…木端微塵にしてみても良いかもしれない…)

カウンセリングはサクサク進み、
いちおう丸く収まってお開きになった。
その時感じたのは、みんなの中に流れている経路は、
あたしと同じだという事と、(これはワンネスって事ではなくて、
肉体を含む、魂的な事ね)
あたしはけっこうイジワルだ、という事だ(笑)。
面白い発見がいっぱいあるから、大人数のカウンセリングは良いなと思ったよ。
次はタイ古式マッサージに行ってみる!

posted by 辰多みか at 23:44 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

「起こる事が起こっている」「やりたい事をやる」


〜〜おとといの日記より〜〜

たとえば、ほんとうに、たとえば なんだけど、
「毎日毎日、頭を叩かれて、朝、起こされる」とする。

あたしは、叩かれるのが、本当に嫌で、
自分で起きられるのに、起こされるのも本当に嫌で、
だけど、言い返さない良い人 に、見られたいとする。
あたしを起こす人は、ただ単に、親切で起こしてやろうと、思ってるんだ。
その人なりの方法で。

あたしの宿題は、
「頭を叩くのは常識的に考えてダメでしょ、だからあたしは怒りながら反発するよ。」と言うのではなく、
「ありがとう。でも私は自分で起きたいんだ。起きられるから。
頭は叩かれると痛いから、もう叩かないでほしい。
ごめんね。」と、きっぱり優しい気持ちで、伝える事。

〜〜〜

この場合、
重要な事は、

「毎日 頭を叩かれて 眠りから覚める」だけが、ふたりの人物の間に
起こっている事実であって、

この事実の中には、
正解も、不正解も、ない。
良いも、悪いも、ない。
常識も、非常識も、ない。

具体的に書くと、頭を叩くのは非常識 だとか、
だから怒って当然とか、
起きないから頭を叩いて当然とか、
叩く方が悪いとか叩かれる方が悪いとか、

そういう、さばき は、存在しない。
これが、宇宙がもともと持っている法則。
「神」の「愛」。




ふたりの人物の間には、
ただ、「私がどうしたいか」だけが、ある。


だから、やりたい事をやる時、
「やらせてもらってありがとう」しか、通用しない。

「やらせてもらってありがとう」のうえに、
「それで嫌われたってかまわない」の覚悟がないと、通用しない。

相手を、
権利でねじふせる事も、
義務で服従させる事も
強さで威圧する事も、
弱さでコントロールする事も、

通用しない。

それらは宇宙の法則から、はじきとばされる。
それらは、ぐるぐる回っている渦の中心から偏った所にしか、着弾しないので。

「謝罪と感謝」しか、
渦の中心・ゼロの通路を、通過する事ができない。


神の愛の元に。


posted by 辰多みか at 11:06 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

人生の宿題

人生とは、
ありのままで生きるとは、

「やりたいことをやる」 

それに尽きると思う。

「やりたいこと」の中には、「やりたくないをやりたい」も入ってるよ。
「言いたくないをやりたい」も、入ってるよ。


すごーくシンプルで、一見簡単に見えるけど、
本当の本当に、自己責任で「やりたいことをやる」には、
「やる」時、「ごめんね」と言う勇気がなければ、できない。
「やる」時、「ありがとう」と言う勇気がなければ、できない。
つまり「やりたいことをやる」時、愛と感謝にあふれる覚悟がなければ、できないの。

愛と感謝にあふれちゃうと、
恨みに思ってるあの人を、ゆるす事に、なっちゃうよ。
だって、こっちが「ごめん」で「ありがとう」なんだから。
あの人の「せい」で「できない」と、言えなくなっちゃうんだから。
多くの人が愛と感謝にあふれる事ができなくて悩む、その原因は、
ぶっちゃけ、自分の幸せの責任を、
人に押し付けて、気分的に楽したいからなんだ。
「私は悪くない」って、ず〜っと思っていたいからなんだ。
不幸と不自由をみずから選んで、
できない方を選んで、
うじうじ人のせいにして、
不満ばかり言ってる方が、楽なんだ。
「ごめん」と「ありがとう」を、口が裂けても言いたくないの。
だって、言ったら、「負け」みたいな気がするでしょう?
(そんな人、客観的に見たら、嫌だよね〜。あぁーいやらしいわー。)

やりたいことをやる には、
(一見)困難がつきまとう。
その、困難を克服するために、ひとりひとりに、宿題がある。
(実際は困難でもないし、克服もないのだ。
克服しなければならない困難は、自分の都合で、作り出しているの)

あたしの宿題の中身を暴露しちゃいましょう。
ショボくて、びっくりするよ。
一度、悟りの世界を一瞥してるのに、
いちおう覚者のはしくれと名乗れるはずレベルなのに、
こんなに宿題は、ショボいんだよ。
そして、それが何年も、できないの。
6年かけた今、達成率が80%くらいなの。

それはねぇ。
事細かく、息子夫婦(あたしと旦那)の生活に
口出ししてくる姑さんに対して、
「心配してくれてありがとう。でも私は○○したいんだ。ごめんね。」と、
きっぱり、
自分のやりたい事、
自分のやりたくない事、
嫌ですと言いたい事を、
相手の気持ちを汲んだ上で、
宣言する事なんだ。
そしてそれができた時、ありのままの自分をさらけだして生きられる。

姑さんの事細かさは、
筆舌に尽くしがたい、あたしはかつて今まで見た事のないレベルで、
放っておけば、
息子夫婦のタンスの中身まで全部出して仕舞いなおして、
コン○ームの数まで確認して、
足りなければ買ってこようか(!!)、と、言わんばかりの
事細かさ。
言わなかったけどさー、言われてもおかしくないくらいの干渉度。
悪い言葉でいうと、おせっかい。
姑さんは社会生活の集団に溶け込めない人で唯一いる友達は、
姑さんの事を、お山の大将だからみかさんも大変ね!と、
なぜか電話であたしをねぎらってくれるほど。
ここでは書ききれないけど、姑さんが行ってきたびっくり仰天な
過干渉事例は、山のようにあるよ。
そして今もまだそれは毎日起こっている。

それで、あたしは、そんな姑さんに、「嫌」と言えなかったの。
あははー。
ホントにショボい宿題だわー。
言う事をよく聞く物わかりの良い嫁、という幻想のあたし像に、
しがみついていたから。
「嫌」と言うかわりに、ぷんぷん怒っていたり、
不機嫌に無視したりしていた。


たとえば、ほんとうに、たとえば なんだけど、
「毎日毎日、頭を叩かれて、朝、起こされる」とする。

あたしは、叩かれるのが、本当に嫌で、
自分で起きられるのに、起こされるのも本当に嫌で、
だけど、言い返さない良い人 に、見られたいとする。
あたしを起こす人は、ただ単に、親切で起こしてやろうと、思ってるんだ。
その人なりの方法で。

あたしの宿題は、
「頭を叩くのは常識的に考えてダメでしょ、だからあたしは怒りながら反発するよ。」と言うのではなく、
「ありがとう。でも私は自分で起きたいんだ。起きられるから。
頭は叩かれると痛いから、もう叩かないでほしい。
ごめんね。」と、きっぱり優しい気持ちで、伝える事。

さらにたとえば、
「こっちのやり方の方が良いに決まってる、と、相手から
そのやり方を押し付けられた。ダメ出しをされ更に誘導的な言い方(嫌味)をされた」とする。
その時でも、「ありがとう。私は○○したい。ごめんね。」と、きっぱり伝えるの。

これがあたしの宿題なの。
どうしても「相手が悪い」と即座に反応してしまって、きっぱりできないの。
しょぼいなー。
書けば書くほど、しょぼいわ。

やりたいのに、言えない。
言いたいのに、言えない。
やりたくないのに、言えない。
さらにもっと消極的に、やりたいのに言えないからやらない。

姑さんも、同じ宿題を持って生まれてきた。
あたしは人生途中で宿題に気づいたけど、姑さんは、まだ、気づけない。
だから姑さんは「言いたいのに言えない」言い訳を、
探すだけの人生を、悲惨な顔をして生きている。
すべての言動が、その言い訳からのスタートになっている。
だから姑さんの人生は「ありがとうを言ったら負け」の人生なの。

あたしの宿題はしょぼいけど、
「ありがとう!ごめんね!」って言えなくて、
「姑が悪いから・・・」
「上司が悪いから・・・」
「境遇が悪いから・・・」
「お金がないから・・・」
「時間がないから・・・」
「体が悪いから・・・」
って、いつもいつも、いつも、思ってる人は、
あたしと同じ宿題を持って、この世に生まれてきたんだよ。

posted by 辰多みか at 11:36 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

市民権を得てしまった「ありのまま」

・・・くやしい・・・
・・・くやしいです・・・
嫉妬という意味ではなく、残念という意味で・・・

「ありのまま」が、
ひとりあるきしだしちゃった〜〜。


「ありのまま」とは、もう説明もいらないでしょう、
ディズニー映画「アナと雪の女王」の歌からの言葉ね。

昨日、テレビを見ていたら、
May J.さんが歌ってる裏番組で、同時に水木アニキも歌ってた。
水木さんの前は八代亜紀さんも。
「ありのままの〜姿みせるのよ〜」って。
うん、映画がとても良くて、歌もとても良いんだ。
(あたしはまだ見てないですけど)

映画は見たいし、とても良いのだろうけど・・・
でもね・・・
・・・あぁ。
モヤモヤする。
もう、スピリチュアル的に、「ありのまま」は効力を失ってしまった。
言霊っていうの? 言葉に籠っていた霊力みたいなのが、無くなってしまった。
誰も彼もが「ありのまま」を口にする。
「ありのままで生きればいい」って、口にする。
腑に落ちてないのに、
言葉の音だけで、
唱え続ける。
お経みたいだ。

お経も、もともとは霊力が有っただろう。
ところが、腑に落ちてない人たちが腑に落ちないまま
唱える事で、霊力を失ってしまった。

「神」という言葉も。
初期の意味は、もう一般には伝わっていない。

「ありのまま」は「あるがまま」という似た言葉があるので、
そっちの、あるがままの方だったら、まだ効力は失われていない。
あるがままは、手垢をつけずに残したいわ。

悟りの世界、真理の世界は、言葉で表せないので、
いったん言葉にしてしまうと、足が生えて、歩きだしてしまうんだ。
神さま(真理)に名前を付けると、歩きだしてしまうの。
「ありのまま」も、広まる事で、ひとり歩きをしだしてしまった。
もう、止められない。

ああ、もともとの歌詞の「Let it go」は、
「捨ておけ」
「ほっておけ」
「そのままにしておけ」
「かまうな」
「流されるままに」
「見守るだけにしなさい」
て感じかな。「ありのまま」とは違う。だから「ありのまま」と訳した事にも違和感がある。

そうそう、ありのままは「ワンネス」の事ではないね。
欠点だらけの素の自分の事だね。
そしてその素でいられる人って、ほとんどいないよね。
悟りの世界・真理・ワンネスを見た後にはじめて、
修行して修行して還って行くのが、素の自分 だから。


posted by 辰多みか at 15:56 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

あなたのために働かせてください

今日はいつになく、水分を摂ったの。
べつにのどが渇いていたわけではなく、
ウェルチの30%果汁・こだわりのグレープと、
無糖のホップ味炭酸・グリーンシャワーがおいしそうだったので、
それと、毎日飲んでるコーヒーも欠かせなかったので、
ぜんぶ飲んでみたわけさぁー。
水分といいつつ、水は飲んでないねー。(文字で見ると不健康っぽく見える・笑)

当然、しばらくしてトイレに行きたくなった。
今日は外出する予定がないからいいけど、
外出する日などは、水分を意識的に控えたりするよね。
トイレに入りながら、あたしはいつもは割と水分は摂ってないほうかな、と、思った。

すると急にね。
膀胱さんがね。

「もっとどんどん使ってよー。」
と言うの。(※イメージです)

「どんどん飲んでどんどん出してよー。
我慢しなくていいよー。
それが私たちの仕事なんだから。
そうしたくて出来上がったんだから。
あなたのために働かせてください。」
と、言うの。(※あくまでもイメージです)

するとね、
手も足も、
そうそう、手なんか、あたしの意志無く、ひらひらしちゃって、

「私たちも、働きたい!」
って、言ってくるのよ。

「もっと、どんどん、動かして!!」

「そのために出来上がったんだから!」


あぁー。
やる気がない、だなんて、いいわけしてる場合じゃなかったわ。
体はこんなにも、待ってるのに。
まだまだ十分健康で動けるのに。
あたしは7年間も、何をしているのでしょう。

posted by 辰多みか at 17:24 | 整体であること | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

図解・アルファでありオメガである


(図解といいつつ、図は書かないんだけどね!)


(スキャンするのが面倒くさいんで…ごめんね)




・・・だからイメージして。


悟りの一瞥で見た世界は、
すべてであり個
中であり外
上であり下
・・・相反するものが同時に存在する世界だった。




アルファでありオメガである とは、
漢字で書くと、阿であり吽である
もっとわかりやすく書くと、はじまりであり終わりである




これを無理矢理、図解すると、




まる がひとつ有って、

その、円周の線は、にじいろ で。

順番に、赤→橙→黄色→緑→青→紫→ で一周する、

赤と紫が、切れ目なくくっついてみえる円であると、仮定できるんだ。
(実際には形は無いので、比喩です)



だけど別の視点から見ると、
この円は、実は、コイル状になってて、
赤と紫は、ぐる〜んと一周すると、階段の一階と二階のように、離れているの。
(これは本当の形じゃないんだけど、比喩すると、こんな感じだ)



これがΑでありΩである なの。
悟りの世界を垣間見ると、この別視点(目)が、開くの。
目がもういっこ増えるんだよ〜。(本物を嗅ぎわける嗅覚も鋭くなるよ〜。)
だから今より多い次元の物事が、心の目で見えるんだね。


実際には、悟りで見る世界は、
回転体における、回転しない中心だから、
特異点だから、
計算式は破綻して、なんでも有り に、なるんだよね。


posted by 辰多みか at 10:59 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

私はアルファであり、オメガである


「ΑΩ」

このあいだ電車に乗っていたらね、
隣の三人組の男子高校生が、

男子A「なんで、オメガとアルファかなー!!」
男子B「アルファと言ったら、ベータだろ!」
男子A「なー!」
男子C「ガンマ? ガンマ!?」

と騒ぎながら席を立ち、駅で降りて行った。

あたしは、その騒ぎに唖然となったけど・・・
(あぁ〜、このこたちは、物理でギリシャ文字記号を習ったばかりなのね。)と勝手に納得していた。
そして、電車の中で物理だなんて、勉強熱心な子たちだな!と、感心していたのだ。
あまりの大声にはびっくりしたけど。

その夜、
あたしはいつも、一人暮らしの息子の安否を、
ツイッターで確認する(笑)ちょっとキモチワルイ母なんだ
けれど(自覚してるよ!)、その日の息子のツィートは、こうだった。


「 ポケモンルビサファリメイク



ポケットモンスター オメガルビー
ポケットモンスター アルファサファイア

2014年11月世界で発売! 」



これか!
これか!!
この事か!

高校生、勉強しなさい!(いろんな意味で)

・・・息子もだ!(ゲームばっかやってないで)





そしてポケモンは毎年、神掛る事が好きだなー。

この流れで行くと来年は、
ポケットモンスター阿
ポケットモンスター吽
だね。(注:ぜったい無いよ!笑)






(※あたしはゲームは超苦手で、やった事ないためポケモンのゲーム内容は全然知りません。映画をちょっとだけ見た事ある。)





posted by 辰多みか at 16:10 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

笑いヨガ

今日は笑いヨガというのに、はじめて参加してきました。
きのうのね、重い黒いジリジリした胸の内は、
なんとなく軽くなっていて、
さらに、書くと長〜くなっちゃうんだけど、
「あたしを呼ばなかった正当な理由」というのを、
今朝本人から直接、謝罪と共に電話があり、
(どうしてそういう経緯になったのかは本当に偶然が偶然を呼び奇跡のような道のりで本当に書くと長いので、はしょる!)
あたしと鉢合わせさせたくなかった人(60すぎの
おじさん)が来るというので、
あえてあたしを呼ばなかった・・・と、とても気を配って
もらってたというのが判明して、更に心が軽くなり、
笑いヨガ会場に到着。
そしたら、鉢合わせを避けてもらった、そのおじさんと、バッタリ会う!というおまけつき(笑)。
べつにあたしたち、喧嘩してたり仲が悪いわけじゃないのでね、
鉢合わせしたってかまわないし、別グループの仲間なので、
毎月どうしても会うんだけど、大人の事情(笑)があるので、まわりが妙に気を遣ったみたいだ。
相手は60すぎのおじさんだけど、大人の事情と言っても男女関係じゃないよ!(笑)

と、いろいろすっきりした所で、初、笑いヨガ。
笑う。
おかしくなくても、笑う。
大きな声を出す。
おおげさに、動く。

みたいな、ヨガ。

・・・笑おうとしたら、
「あ、泣く」
って、なった。
やばい。
心に押し込めてる物が、ある。
それに触っちゃう。

そうだ、重い黒い物は、あたしが呼ばれなかったあの集会の事
だけではなくて、もう一日前の日の出来事の方が、大きいの。
それはあたしが損得を勘定してしまって失敗した日だ。
そっちの方は、まだ、心が納得していない。

だから、
このまま「笑い」を本気で出したら、
心に溜まってるコイツも本気で出てくる、と感じて、
ここでは泣いたらダメだ、と、また、心を押し込めてしまった。
それはそれは、わざとらしい笑いだったよ、きっと。

泣いてもいい、どう動いてもいい、という、空間だったら、
きっと押し込めていた物が、堰を切って出てくる。
それができるのならば、笑いヨガも良いワークだなぁ、と思った。
まだあたしは出したくなくて、身がまえちゃったけどね。

ヨガと体操の最中は、なぜか最近知らないうちに腰が
凝っていたらしく、途中で痛みが出てきて無意識に腰ばかり
伸ばしていたんだけど、終わった時は、すっきり!していた。
ウソ笑いでも体を緩める効果はあるんだね〜。

後はね、いろいろごちゃごちゃ保身の言い訳をせずに、
してくれた事に対して、笑顔でありがとう!だけ、言ってればいいんだ。
気をまわしてあたしを誘ってくれなかった事も、
60すぎのおじさんも、
あたしの失敗に、巻き込まれてくれたみんなにも。

ありがとう。

この胸の黒い重いジリジリは、
一気に燃えると、風穴が開いて、
すごいモノが吹き出してくるのだと、思うの。
その時「吹く」のは、「愛」だよ。
燃やすのは、「完全なる懺悔」の力だ。

posted by 辰多みか at 16:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

fbに焦がれる胸の内

ひさしぶりに、
胸の中心に、
黒い重い、じりじり焦がれるような不快な物を感じながら、
朝、目が覚めた。

これは、嫉妬。
不平不満。
贔屓してほしい・・・という、あたしの秘めた胸の内。

前の日の事。
すべてに納得して行動したはずだったのに、
すこしだけ・・・
損得を計算してしまって、「得」になる方に、動いた。
結果、計算を誤り、大損をくらった。

はぁ〜、
やっぱり、
目先の得を選ぶと、
しっぺがえしが大きいわ!
選んだ時、そのものごとに対して「信頼」もしてなかったわ。
目には「ものごと」に見えてるけど、
実は、「自分自身に対する」信頼なんだけどね!

あたしは愛されない。
あたしは疎外される。
あたしは仲間はずれ。
あたしは居たら迷惑だ。

・・・そんな気持ちが、すこし、いやいや、だいぶ!あった。
「愛されない」を回避するように、
「疎外される」を回避するように・・・
動いたために、
信頼してませ〜ん!と、愚かにも宇宙全体に宣言してしまって、
その結果を、受け取った。

頭ではわかってるんだけどね〜。
感覚・感情レベルでは、なかなかできないのよ。
「そのままで愛されてるあたし」だという自分自身に対する信頼が。

半日モヤモヤモヤモヤ、ジリジリジリしてたんだけど、
まあいいかって、無理矢理思って、
嫉妬心を抱いている仲間たちに、会いに行った。
疎外されてもね、
あたしから会いに行っちゃえ!と思ったわけよ。

結果はどうだったでしょう(笑)。
やっぱり自分の信頼心の低さが、相手(鏡)に映っていたよ。
でも、数年前のあたしだったら、疎外感を感じたら
即シャットアウトで、会いに行く事もなかったよ。
その点を考えると、ものすごい成長しているわ。
(成長という言葉を使っていますが、実は、本来隠し通してきていた自分に還ってます)

ここから先、どうなるかわからないですが、
その帰り道、なんと、あと数カ月は会えないかも、と思ってた、
別の仲間にバッタリ会った。
お互い、思ってもみない場所で出会い頭だったので、
すご〜いびっくりして、そして、手をつないで跳ねて喜び合ったよ。
その人は、今あたしが会ってきた仲間たちの所へ
行く途中だったのよ。
うん、
仲間内、全員から、疎外されてるわけじゃない。
それは感じてたから、
ま、いっかー、と、思った。
毎瞬毎瞬、信じればいいかー、と、思った。
これも、あたしの宿題だ。

なんでこんなジェラシーを、
簡単に感じてしまうのだろうと思ったら、
あたしの「心の前提」の問題だけではなく、
今の時代の環境が要因として有るんだよね。

それはぶっちゃけ、
フェイスブックで、
「あたし以外」の仲間たちが、
楽しく、
集っている写真を見ちゃったからなのだ!(笑)

こういうジェラシー、
見ないでもいいジェラシー、
知らなかったら知らないで済んだジェラシー、
facebookを見ちゃったばっかりに、
感じてる人、あたし以外にも、いるよね!?(笑)

罪な時代だわー。
(facebook見なきゃいいじゃん 笑)


posted by 辰多みか at 16:42 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

嫁に財布を盗られた妄想

介護の現場でね。
ウチでは、そういった「妄想」は、まだなんだけど、
お隣さんがね、
言ってた。

「おばあちゃんがボケちゃって、財布が無い、盗まれたって何度も言うの。」

ドラマみたいだ。
ホントに有るんだ、こういう事。

「私が盗ったって言うのよ、本当に嫌になる。」

こういう、お隣さんのように、
当事者であると大変だろうな、とは思う。
でもまだあたしの身に、こういう事が降りかかって来るかどうかなんて
予想もつかないので、申し訳ないけど、他人事だと思ってる。
話しを聞いても、大変ですねぇ、しか、言えない。

でもね。
ふと。
思った。

こういう、認知症のモデルケースみたいな、
誰にでも奇妙さがわかる「妄想」だったら、
ああ、妄想と現実の区別がつかなくなっちゃったのね、と、
誰もが思うだろう。

だ・け・ど。

私たち、
人類みな、
ボケてなくても、
認知症じゃなくても、
みんなみんな、
妄想の中に生きてるんだよな!って、
思ったのよ。
あたしは。

ウチの姑さんを例に取ってみる。
(自分の事は棚にあげる。)

姑さんはボケてはいないが、高齢者。
体は、以前に比べて動作が緩慢になったりしてるけど、
頭はものすごくしゃっきりしていて、
気をまわしすぎて困るほどだ。

そんな姑さん。
ボケてはいないけど、自分で作りあげた「こうするべき」の
妄想世界に生きている。

うちは、舅さんが家庭菜園をやっていて、
毎年、足りないより余る方が良い、と、必要量の
倍くらい作ってくれる。
正直、ありがた迷惑。
バチあたりが!て言われそうな発言だけど、
あたしの正直な感想だからね。

なぜ、ありがた迷惑かというと、姑さんが、
はっぱの一枚も無駄にするな、腐らせるな、という人だから。
舅さんは、余分に作っているんだから駄目になってしまうものは
仕方がない。捨てていい、と、言ってくれる。
作ってる人は、そう言ってくれる。
まずね、農家の人は、歩留まりを80%に想定してると聞いたよ、あたしは。
ということは、プロは20%は廃棄処分になってもよしとする、という事だ。
ウチは、1%の廃棄処分も許されない。
姑さんの「こうするべき」の世界では。
倍も作ってるのにね!
そして、姑さんは、自分がそういう「べき」の世界に
生きてる事に、気付いていないのだ。

姑さんはいつも、いっぱいいっぱいなのだ。
野菜が腐りそうなのが気になって気になってしかたがないのだ。
気の休まる事のないギラギラした目をしている。
一言でも怒られるのは耐えられないみたいで、
変に気を回し、オドオドして人の顔色ばかり見ている。
そして、あたしに対してハッキリ物が言えないので、
なんとか嫁には野菜を全部うまく処理してもらいたい
みたいなんだけど、ヘンな回りくどい指示しかできない。
きのうも、あたしに向かって「来年はおじいさんに野菜を作るの、半分にしてもらおうかねぇ」と、言ってきた。
それ、毎年、言う、あたしに。
そして、毎年、舅さんに対して、そう提案した事がない。
毎年毎年毎年、あたしには同じ事を言う。
あたしは、今年は、こう返してみた。
「おじいさんは多かったら捨ててもいいよって、ずっと言ってるよ?
あたしも、みんなも、いいよって言ってるのに、
それじゃあダメだと決めてるのは、おばあさんひとりだけだよ?」

あたしも野菜をダメにして捨てるのはなるべくしたくないけど、
姑さんがあまりにも自分の「べき」で固まった妄想世界で生きてるので、
そう言ってみた。

「おばあさんひとりだけだよ?」

姑さんは目をパチパチさせて口がアワアワなって、
何か言っていたけど、よくわからなかった。

そうだ、みんなこういった妄想世界に生きているんだ。
「べき」「ねば」の。
財布を盗られたのような、わかりやすい妄想世界ばかりではなく、
自分で勝手に作りあげた、「私はそれはダメだと思うからこうするべき」な妄想世界。
その世界に住んでると、相手の事をいっさい理解しようとしない。
相手の話に寄り添わない。
相手の希望は、即却下。
そして自分はその妄想に振り回される。

そういう世界に住んでる事がダメってわけじゃなくてね、
自分はそういう妄想を持ってる、って事に、気付きさえすれば、人間関係はうまく行く。
気付きさえすれば、いいんだよ。
姑さんには、特に早急に気づいてほしい。

そうそう、嫁に財布を盗られた妄想をする姑さんって、
心理学的にいうと、
弱い自分の立場を、逆転させて優位に立ちたいっていう、
(腹黒〜い)心理が働いてるみたいだよ。
無意識に。
そんな事、無意識にたくらんでるなんてねぇ、
バレバレじゃん。
いやだ恥ずかしいわ。
早く気づかないと、将来、無意識にそんな醜態を晒すよ。
くれぐれもお気をつけて。



posted by 辰多みか at 00:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

悟るためのヒント


悟りを得るには−−−

日々の生活の中に、ヒントがゴロゴロ転がっている。
そう、「これやれば悟れる」っていう、ヒント。

超わかりやすい。
超シンプル。
神様は難しい問題は出さない。

それは何でしょう?



答えは・・・




つづく!






・・・と、ひっぱるのもめんどくさいから、さっさと書いちゃおう。
(まあ、今までも何度も書いてるけどね)

それはね。


「これ言うの、死んでも嫌だ」
「これやるんだったら死んだほうがまし」
「それを認めたら、私が私でなくなってしまう」
「そんなの、私らしくない」
「相手を許したら、私は死ぬような気分を味わう」


この、これらの、「死ぬ」ような気分になる事を、やる!

それだけだよ。

簡単だ。
そして、とてもとても、
とてもとてもとてもとても、とって〜も!難しい。



「死ぬ」気分になっているのは、「自我」なの。
悟りがやって来るのは、自我が死んだ時なの。
だから、自我が嫌な事を積極的にやって、
さっさと自我を殺してしまえばいいんだ。

怖いでしょう?
怖いよ〜。

でもね安心して。
自我はすぐ息を吹き返す。
あなたが肉体的に生きている限り、
何度も、何度でも。


だから安心して恐怖の中に飛び込めばいいんだよ。
(アラ、ものすごい「矛盾」をお勧めしているわ。)



早く殺しましょう。
自我を。
間違っても、肉体の自分を殺してはいけない。
当然だけど、他人はもちろんダメ。


体は正直だ。
感覚器官だから。
ぐーーっと、
キュゥーーーーッと、
ぐっはあぁぁーっ って、なる。
むりむりむりーーッ
痛たたたたぁ
あーぁ、あはは、まいった。って、なる。

その、体の、ぐっはぁー、な、痛みを感じながら、
死ぬほどやりたくない事を、やってみる。
わんわん泣きながら。
わーわー喚きながら。
表面上は静かに、心の中で、叫びながら。




本当に、本当に、出来たら、

その時、扉が開く。



posted by 辰多みか at 23:51 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

悟りと宿題

悟りの世界を垣間見る前、
人はみな、勘違いの世界に生きている。

ここじゃないどこか。
私じゃない誰か。

今の私がダメだから、
もっと努力して、違う私に、なろうとする。
それが勘違いの世界。

自分の事が嫌いで嫌いで嫌いでしかたがないんだ。
だけど、どうしたら良いのか、さっぱりわからない。

ここでうまくいくと苦しみ際まって、悟りの世界を見てしまう。
苦しみ際まる、とは、これやったら死んじゃうような気がする、
という事を、自分の抵抗とは関係なくやっちゃった時。
(たとえば憎んでいる相手に対して号泣しながら懺悔する時)

悟りの世界を見る、と、苦しみがなくなるわけでは、ない。
憎んでいる相手を急に憎まなくなったりするわけでは、ない。

そこで起こるのは、自分が勘違いの世界に住んでたんだー、という、理解だけ。

「どうしたら良いのか」が、わかる。
必要なもの不必要なものが、わかる。
自動的に分別が行われるので、視界が晴れたように感じる。
悟りの世界を見るまでは、全部が混ざったカオス状態だったのが、
秩序を持った分類に分かれるんだ。
そのあとの人生は、「どうしたら良いか」だけやれば、良い。

と書くと、簡単だねー、と思われるかもしれないが、
「どうしたら良いか」が、なかなかできないのだ。
それをやるには、ものすごい勇気が要る。
どんな勇気かというと、
・嫌われる勇気
・ありがとうといいたくない相手にありがとうと言う勇気
・ごめんねといいたくない相手にごめんねと言う勇気
つまり、憎い相手を、ゆるす勇気。

「どうしたら良いか」は、宿題で、それをやらないと、本当の自由な自分に、なれない。
宿題は、自分の人生にくっつけて生まれてきたので、
それをやるのを避けては通れない。

ここが大事な所なんだけれど、
「宿題」は、悟りには、ぜ〜んぜん関係ない。

もういっかい書くけど、
悟りには、ぜ〜〜んぜん関係ない。
なので、
とにかくやらなくっちゃいけない。

悟るとなにが良いかというと、「宿題」が、自分で
目に見えてわかるようになる所。
人の手を借りなくても良い。

悟らなくても宿題はしなくてはならないので、
(あ、したくない人はしなくてもいいんだけれど。ずっと苦しくても良いなら。)
そういう場合は、人の手を借りる事になる。
お金が掛るけどマイルドに進めるならカウンセラーさんなりで、
お金は掛らないけどパワフルに進めるなら、目の前の、憎い人、ね。

宿題が済むと、
大嫌いだった自分に、力強く、おもいっきり、還る。
自分に、還る。
愛と感謝と自由の中で。

そういう宿題。
やりたい?
やりたくない?
宿題は、人類みんな誰でも、やらなくちゃいけないの。


posted by 辰多みか at 17:35 | 悟り | 更新情報をチェックする

エルダーフラワーティー

まだ風邪が抜けません。
せっかくイベントいっぱいのGWだというのに・・・

経験と、整体論からの知識で、
風邪は、熱が下がって汗がいっぱい出た時に治る、と・・・、
いや、肉体が風邪をひく目的は、汗をいっぱい出し、熱を上げて下げ、
汗と熱の効果で、体を整体している、と、あたしは思っています。

体が自分で勝手に熱を出す事を選択してるんだから、
体が納得しおわるまで、熱は下がらないし、風邪も抜けない。
だから、薬は「治す」のには効果はない。
ただ不快な症状を緩和させるだけ。
なのであたしは風邪をひいても薬は飲まない。
ひとつだけ、溶連菌感染後に腎臓を悪くした事があったので、
喉がものすごく痛くてぐちゃぐちゃな感じの時は、
病院で検査してもらって、溶連菌の抗生剤をもらいます。

今回の風邪は、のどの感じから溶連菌ではない。
とにかくいっぱい寝たいのかな〜と、3日間続けて
昼寝をしているけれど、なかなか寝付けなかったりして、
寝不足からではないようだ。

薬は「治す」のには効果はないけれど、
治す助けになるものはあって、タイミングがあえば、
体をガツッとお掃除してくれる。
あたしが飲むのは、エルダーフラワーティー。
薬ではなくて、ハーブティー。
小さい白い花をドライにしたもので、「生活の木」に売ってる。
これを熱いお湯でティーにしたものを飲むと、
ものすごい量の、汗が出るのだ。

ここ3日間、昼寝の前にマグカップ一杯飲んで寝るんだけど、
どうも、汗が、出ないんだよな〜。
という事は、まだ、汗が出るタイミングじゃないんだよね。
汗が出ないと、スッキリしないよ。
ふとんを開けると湯気が立つくらいの、汗をかきたい。

風邪ひいて、熱が下がる頃、そういう感じの汗をかいて
びっくりした事、あるでしょ? 
それこそが体が求めているものなんだ。


posted by 辰多みか at 17:33 | 整体であること | 更新情報をチェックする

2014年04月30日

風邪ひいたわ〜

突然、
風邪を引きました。

何年ぶりだろう〜??
少なくとも、2年は引いてない気がする。

熱があるのかないのかよくわからないけど、
測ってみようと思ったら、久しぶりすぎて、
体温計が見あたらない(笑)。
しかたがないので、水銀の舌下計を脇に入れるという暴挙に(笑)。

確かにね、週末ちょっと疲れたよ。
ニコニコ超会議行ったし。(初年から欠かさず行ってるよ!)
でもそんなのたいした外出じゃない。
毎月そんな感じで外に出てるし。
防寒はしっかりしてたから、寒さでやられたわけではない。
なんだろう〜不思議だな〜。
超会議の翌々日で明日はボランティアで遠出だ!という大事な
日に急に喉・鼻・耳が変になった。
おかげでボランティアの日(きのう)は、熱なのか疲れなのか
よくわからんハイ状態で、一日御給仕皿洗いボラだったわ。
いつも熱が出そうになると、貼るカイロを、
みぞおちの上あたり(チャクラがあるっぽい場所)に貼るんだけど、
今回も貼ったから、高熱が出なかったのか?どうでしょう。
今も貼ってる。熱は37度ちょっとだ。

何が欲しいのかな〜って、聞いてみる。
おやすみ?
睡眠?
あたたかさ?
リンパの流れが滞ってるから、流せ?
食べ過ぎだから絶食しろ?
・・・どれもあてはまりそうだ(笑)。
体は、聞いてもあんまりハッキリ答えてくれないけどね。
頭で考えるな、感じ取れよ!って、ふてくされるんだよね。
・・・と、思いつつ体に聞いてみたところ、
新しい菌環境を、インストールしてる最中らしいよ。
体が疲れてなくても、菌やウイルスにやられる事はあるらしい。
そういう時は、あんまり高い熱は出ない。



posted by 辰多みか at 17:24 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

1/真理

私たちは「生きてる」以上は、
あの、一瞬垣間見た真理(非二元・ワンネス)の世界の方こそを、
「幻」と心に留めて、生きていかなければならない。
そうしないとね、肉体の扱いがおろそかになっちゃう。
肉体が壊れないように壊れないようにデリケートに扱わないと、
このゲームが終わっちゃう。
肉体が無くなったら、ゲームオーバーだ。

私たちは、誰からも傷付けられる事はなくて、
自分を傷付けられるのは、この宇宙でただひとり、自分ひとり
だけというのが真実なんだけれど、
肉体レベルで言ったら、簡単に他人から傷付けられるからね。
肉体を殺される事だって、他人から簡単にできてしまうからね。

この世は幻−−−
この肉体は幻−−−
ていうのは真実なんだけど、
「生きていく」のだったら、「この世と肉体」の方こそが、現実=真実 の物になる。

「生きていかない」のだったら、真理の世界が現実でかまわない。
なんの問題もない。そもそもそれが本当だし。

真理の世界を、逆数にする。
逆数とは、1を、真理の世界で割ること。
「1/真理」
するとね、ぐるっと、ひっくり返るんだ。

無限に小さい数があるとする。
もう、限りなくゼロに近い、ほぼゼロな数。
それを、逆数にする。
逆数とは、1を、元の数で割ることだから、
1を、無限に小さい数(無限小)で、割ってみる。
「1/無限小」
すると、ぐるっとひっくり返って、無限に大きい数に、なるんだ。

真理の世界と肉体の世界の関係って、
そういう、逆数的な関係だと、思うの。
posted by 辰多みか at 16:40 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

ソーマトロープ


(走馬灯と名前が似てるけど無関係なんですってよ)

むかし、遊んだ覚えのある人はいないかしら。
丸い厚紙の、
表と裏に別々の絵が描いてあって、
ちょうど半円になる端と端にヒモがついていて、
そして、ヒモをねじるように厚紙をくるくる上下させてから、
一気に、ヒモを左右にひっぱって遊ぶ、おもちゃ。

ヒモをひっぱると厚紙の円盤は高速で回転する。
すると、表と裏の絵が、
残像の効果で、ひとつの絵に、見えるのだ。
それが、ソーマトロープ。

私たちの心の世界は、
ソーマトロープと、同じ構造になってると、思う。
裏も表も必要なの。
ダメ(に見える)も良い(に見える)も、必要なの。
しかも三次元の目では、表と裏を同時に見る事は、できない。
裏を見ようとすると表は見えないし、
その逆もまた同じく、見えない。
光円錐の断面を逆数的に変換した物も、同じ構造なの。
三次元の目では、いっぺんに見えないんだ。
posted by 辰多みか at 16:37 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

卑下慢の人が出来ない事

すご〜くへりくだった相手に、「ありがとう」と言われる。
こちらは、すご〜く、イヤな気分になる。
相手に頼まれた事をやってあげて、その相手から
ありがとうと言われてるのに、イヤだなんて?
なぜなのか、
いままでしっぽをつかんだ感じがなかった。
それで、日々の経験中、よ〜くその言葉を感じとったら、
思い当たった。

すごくへりくだる人の「ありがとう」には、「悪かったね!」が隠れている。
「あ・り・が・と・う」という音(おと)をしているけれど、
その意味は「すぅみません」や「悪かったね」や「私を悪く思わないでよ!」と同じなんだ。

たまに、「ありがとうございます(←出しづらそうなうわずった喉から
絞り出した声)・・・すみません〜・・・(←消え入りそうなのに「す」と「せ」に
アクセントを置いたヘンな謝罪)」と、本心が音としてくっついてくる時もある。
この場合も、とても悪そうに、謝罪の言葉を言うんだけど、
本当の意味の謝罪ではないし、元々のありがとうも感謝の言葉ではないんだ。

ただ単に、「私の事を迷惑かける悪者に思わないでよ・・・アンタは私を
悪者だと思うんでしょ。」と、保身のために言ってるだけだ。

言葉としてのうわっつらは綺麗なので、ココに反応して、
不機嫌になるタイプの人は、まるで自分が悪者にされてるかのように感じて、不機嫌になる。
頼まれた事をやってあげて、喜んでもらえるかと
期待していたのに、悪者あつかいだなんて。
この場合、どっちもどっちなんだけどね。
どっちも、「私を悪者にするな」と、牽制し合っているんだ。
どちらも「気」を奪い合うので、その場には、嫌〜な雰囲気しか漂わないんだ。

いつもいつも、卑下した感謝しかできない人は、
きっと、なにかしてもらって、
本当に、「嬉しい!」と、感じた事がないんだろうな、と、思い当たった。

「嬉しい!」っていう意味の「ありがとう」という言葉は、
もらえると、こっちもいい気分になるよね。
お互い、気を奪い合って生活している人間は、それを期待して、
相手のために何かしてあげたくなったりするよね。

卑下慢の人は、「それ」が、できない。
「やってもらって嬉しい」という、感謝が、できない。
そこが、普通の卑下と、慢心である卑下慢の、違いだ。

ものすごく傲慢な本心を隠して、
それがバレる恐れと、生きづらさの恐れから、卑下した
態度をとる卑下慢の人。
「悪かったね!」っていう傲慢な「ありがとう」から、
毒気を撒き散らしてるって事に、
早く気付きなよ。
「嬉しい!ありがとう!」って笑顔で本心から言えたら、
本当に楽に生きられるよ。



posted by 辰多みか at 17:21 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月21日

悟りの道の山有り谷あり

悟りの道は、
ひとそれぞれ、行程やら、距離やら、
山の高さやら谷の深さが、違うけど、

だいたい、
おおざっぱにいうと、
まあ、みんな、おしなべて、
こんなかんじ。


誕生

こども時代

ワガママをたしなめられたり、
いろんな怖いものがあったり、
思うようにいかないと、泣いたりわめいたりする

思春期

こども時代の、怒られたなどのイヤ〜な体験を、
もう体験しないように、
自分の本当にやりたい事ややめたい事を、我慢する

成人

いまだに自分のこども時代を彷彿とさせる失敗に続きそうな
事をやってる他人の大人・同僚・年下・身内が、許せなくなる

我慢してる事に自分自身が気付くと、
自分自身がいたたまれなくなるので、
我慢してる事を、あえて忘れる

ストレスで、もみくちゃ

あの人が悪い
世間が悪い
環境が悪い
運が悪い
体が悪い(病気)
って、
思い込む。
だって思いこまないと、
自分自身が、いたたまれない。

それさえも、忘れる。
なぜって、いたたまれないので。

なぜストレスばかりなのか、ぜんぜんわからない

(わざと忘れてるからね〜)

苦しいし死のうかな、とか思う

死ねば、あの人は反省するかな、とか、思う

そうなったらざまあみろだ、と、胸の遠〜くで
自分が相手に妄想で言ってるんだけど、
それに気付いたらいたたまれないので、
わざと、聞かない。

死ねば、私は悪くないと、証明できるかな、と、思う。

死ぬそぶりとか、してみる。

相手をチラチラ見ちゃったりしてね。

「死にたい」とか言ってみる

でもね、相手には、あなたの腹の底は、
みえみえのバレバレなので、
相手は、最初こそ反応してくれるけど、あとはだんだん無視してくる。

打つ手が無い

八方塞り

死ぬ事もできないしストレスを解消する事もできない

奥の、奥まで、行く



(やじるし100個くらい続く)

どーん (気付き)



いたたまれなかっただけなんだー、と、気付く。
私は悪くないとか心で叫んでたくせに、ざまあみろと腹黒な事思ってたんだー、と、気付く。
あともっといろいろ気付く。
その時、今生きてる場所ではないアチラの世界に、片足つっこんだり、
ひっくり返って向こう側に行っちゃったり、
バカみたいに嬉しくなったり、する。


しばらく、どーんの余韻が、ある。

方向感覚がおかしくなって、嬉しかった事をしゃべりたくてしょうがなくなる。
もしくは、これは悟りとよばれる現象じゃないかと、ネット検索しまくり、
記事や本を読みまくる。

・・・だんだん自分のまわりの人間関係がぜんぜん解消されてない事に気がついていく。

悟りっぽい事があっても、ストレスは、まだあるし、
解消方法も、どーんの時にわかってるのに、やりたくなくなる。

だって、やるの苦しいし

いやいややる。

5年くらいかかる

本当に、自分自身と統合して、自分の人生を生きる

自由になる

肉体的に死ぬ





以上です。
後日これに関連する、他者様のスピ系ブログ分類をやります。




posted by 辰多みか at 17:36 | 悟り | 更新情報をチェックする

Morgan Scott Peck『The Road Less Traveled』



人生とは困難なものである

これは偉大な真実、最も大きい真実の一つである。
ひとたびこの真実を悟ればそれを超越できるという意味で、
それは偉大な真実なのである。
一旦この真実を理解して本当に受け入れるならば、
人生はもはや困難なものではなくなる。

大抵の人たちはこの心理を充分悟ってはいない。
むしろ彼らは、たえず自分の問題、重荷や障害が大きすぎると、
大仰にあるいはひっそりと嘆いている。
まるで、人生は総じて楽なものだ、楽であるべきだというように、である。

自分が直面している困難は、どこにでもあるような不幸なことではない。
どういうわけか、いわれもなく、よりにもよってこの自分に、
あるいは自分の家族、部族、階級、国、民族、あるいは人類に
課せられた不幸なのだ、と大声で、あるいは小声で言う。
私はこのような嘆きがよくわかる。私も人並みに同じように嘆いてきたからである。

人生は問題の連続である。

われわれはそれについて嘆きたいのだろうか。

それとも問題を解決したいのだろうか。」





--M・スコット・ペック著--


・「愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』」
・「『愛と心理療法』」

これ買う。全訳の方買う。


「人生とは困難なものである」
これが生きる上での大前提なんだ。




タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 16:53 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

「これでいい」は呪文の言葉じゃないよ


・・・前記事をupして、読み返して。

あたしは毎日毎日
「これでいい」
「これでいい」
「これでいい」と、
言い続ける、と書いてあるけれど、

意味のない呪文の言葉として、繰り返しブツブツつぶやくという意味では、ないよ!

それをやったら、自分自身を欺くための逃げの言葉に、なっちゃうよ。

あたしがやっているのは、
今やった事に対して、すぐに後悔の念が沸いてきた時、
「これでいい」と、感謝と祈りにも似た気持ちで、心の中で、言う。
それが実際失敗して、結果、誰かに嫌われたとしても、
それでも良い、と、あらかじめ宣言する事。
誰のせいにもしない事。
かといって、傲慢でも我儘でもない事。

それができるのは、本当の肉体と心のままの、飾りのない自分を知っているからだ。
(これは、おおもとの、ワンネスという意味ではないよ)
飾りのない自分、というのは、欠点だらけで欠けてみえる自分の事だ。
これが「自信」なんだよ。
前記事では、そう、書きたかったの。

・・・文字で書くと、伝わらないね。
これも、ちゃんと伝わらないかもしれないな。




まあ、これでいいね!(笑)




posted by 辰多みか at 15:49 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

これでいい

「これでいい」

と、自分が迷わない宣言をする時の、「これ」。

「自信」といいかえる事もできる、「これ」。

本当に、「これ」が、自分でわかっていなければ、
腑に落ちていなければ、
真の意味での「これでいい」とは、思えないの。

腑に落ちずにする「これでいい」は、
ただの、自分自身を欺くための、逃げの言葉だ。
後悔ばかりでドキドキ高なる胸の内を、しずめるためだけの、
ためいきみたいな、逃げの言葉。

そんな、嘘の「これでいい」ばかりやってしまって、
みんな、なかなか、真の意味での「これでいい」は、できてないよね。


真の意味での「これでいい」の「これ」は、
自分が一番見たくない、欠けている自分の事。
欠点だらけの自分の事。
まわりに迷惑をかけまくっている、生まれたままの素質の自分の事。

失敗しても後悔しない自分になるためには、そのありのままの自分を、
一度ちゃんと認識して、対等に向かい合わなければいけない。
真摯に向かい合った時、この宇宙の謎が、解ける。
「あぁー!これで、いいんだ!」って叫びと共に、謎が、解ける。
もともと有った自分に気が付いただけなのに、
なりたい自分になれるんだって。
宇宙は不思議な法則で出来てるね。

「失敗したかな、
これでよかったのかな」、って、少しだけ過去を振り返りそうになった時、
「迷惑をかけている自分でも、このありのままの自分で、
役に立っている、愛されている。」という確信されあれば、
「これでいい」と、後悔なく、次に進めるんだ。

あたしは、確信が、有る。
だから、毎日毎日、
「これでいい」
「これでいい」
「これでいい」と、
言い続けるの。

そう、毎日、ちょっとずつ、振り返りそうになるのでね。


posted by 辰多みか at 15:31 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年04月15日

試された!


今朝は響子さんと病院に行ったの。
いつもは、あたしは響子さんの手をひいて
歩いて行くんだけど、
今日は、響子さん、運動のためと、ひとりで
腕を振って歩いていたの。
(とはいっても、よぼよぼ歩きだったけどね)

病院の玄関のガラスの自動ドアから入ると、
ちょうど、出てくるおじいさんとすれ違ったんだ。

おじいさんは、
ちょっとよっぱらいみたいな雰囲気で、
(朝から酒は飲んでないとは思うけど)
あたしたちに話しかけたい雰囲気まんまんで、
こっちを見ながら「おはようございま〜す」と大声で挨拶してくる。

あたしはちょうどお薬手帳を歩きながら見ていて、
こちらも「おはようございます」と、ちょっとニコッとしたけど、
なんだか、酔ってはないけどよっぱらいみたいだし、
話しかけられたら嫌だなと思って、
あたしはすぐまたお薬手帳を見て、おじいさんから目をそらした。

するとおじいさんは、
「いつも連れてきてるねぇ。
あんたも(←響子さんに向かって)こんなおねえちゃんに
連れてきてもらって良かったの。
おねえちゃんも大変だのう。」と、
ニコニコして、言った。

あたしは、歩きながらだったので、ペコッして、
「いえいえ」と言いながら通り過ぎてしまったのだけど・・・

あれっ、
あたし、
褒められた!

しかも、
なんか、
いつも見られてたみたい?!
(一週間に一度必ず通院なので。
でも、そのおじいさんの事は、全然記憶にないわ。)



その時、
あちゃ〜〜と、思った。

あたし一瞬、自分の世界を信じなかったわ。

試された! …と、思った。

あたしがいつでも、自分自身を、
全世界を、
全宇宙を、
そう、あたしの内面の鏡である、
この宇宙を、
信じていられるのかを。

あたしが、ちゃんと宿題を終わらせて、
そして継続して正しい答えが出せているのか、
あのおじいさんは、そのテストのための使者だと。

やっぱり、どの人もどのシチュエーションも、
疑ったらダメだね〜。
「なにこの人…」なんて、思わないように、しよう。


posted by 辰多みか at 23:34 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

大掃除の神さま

神様シリーズになっちゃった。
片づけの神
拭き掃除の神 と来て、
きのう、舞い降りたのは、それらを統括する、大掃除の神さまだ。

(また断っておくけれど、それらの神さまはホントは居ないんだよ〜。
自分自身が宇宙の神という事だけが本当で、
そのほかの神さまは、自分が名前を付ける事で、いっぱい生み出してるんだよ〜)

さあ、やってきました。大掃除の神様。
いつも「やる気がない」と、この日記に書き散らして、
どうにか「やる気」に戻って来てもらおうと、
日々方法を模索していたあたしでしたが、
やれる時は、やれるんだ、ね。

やったよ
やったよ、
しかも、家 2軒、
しかも、自分ちじゃ、ない!

壁を拭きながら、
「こんなの自分ちでもやってないよ(笑)」
「ひとのうちをやるくらいだったら、自分の家やれ!って言われそう (笑)」
と、ほかのおかあさん方と、自虐しながら、
掃除しまくりました。
高い所は、若い子にまかせて、
「あたしら高い所から落ちて骨折ったら、治りが悪くて大変だからね〜。」
「もう、骨がもろいでね〜〜(笑)」
なんて言うあたしは、おばさんか!(おばさんです)

ときたま、無心に窓を拭く瞬間とか、あった。
きのうは、まったく、「悟りとは」みたいな、
悟りを考える自我 が、沸いてこなくて、
無心に作業に没頭したわ。
そういえば、去年の3月も、そういう作業の多い年で、
まったく、このブログ用日記を書いてないわ。

森田療法では、目の前の作業に没頭するのが
神経症を治す方法、といわれているようで、
それは正解だろうなぁ、と、体感した一日でした。
それにしても、疲れて昨日は早く寝れたわ。

posted by 辰多みか at 10:58 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

その人の8割の部分を全力で信じる

あたしはね、
ひねくれもので、
弱い心を強い態度で守ってる腰抜けで、
こんなあたしを誘ってくれるなんてウソじゃないか、とか、
ほらやっぱりあたしは仲間はずれだな、とか、

考えがちで。


ずっと昔は、いつもいつもそう考えてて、
臆病で挙動不審で、

30才すぎてもそれは変わらなくて、
結局、仲間うちから仲間はずれにされてるんじゃないかと思い込み、
はずされるなら自分から抜けよう、とか、早まってばかりで、
ほかにもいろいろあって心身ともに弱り果てた。

弱り果てたら、悟りの世界まで突き抜けちゃった。
それは40才くらいの時。


けど、
そんなプロセスを経た今のあたしでも、
仲間うちの誘いは、半信半疑の所が、まだある。

あたしが行ったら、迷惑じゃないかな〜とかさ、
主催者にあまり好かれてないっぽいので(ホラここが思い込みだ)
主催者以外の仲間に声を掛けられても、躊躇する時がある。

で・も。
やっぱり、信用することに、したよ!
ここからが、今までのあたしと、違う所だ。

今までは、その人の話を、100%信用するか、0%、まったく信用しないか、
の、どちらか一方だったんだけど、

あたしは、これから、その人の話の80%を、100%信用する事に、したんだ。

わかるかな?

その人が、あたしに対して良く思ってくれてる部分に対して
100%信用するの。
その人の中には、あたしに対して良く思えない所も、もちろん、有るんだ。
それは比率でいうとだいたい20%なんだよ。
だから、良く思えない20%以外の、80%を、全面的に信用するんだ。
あたしに話を振ってくれた事だけで、
あたしに関心を持ってくれてるんだもの、
そこを、100%信頼すればいい。
そうするとね、どうなるかというとね、
オドオドしなくてすむんだよ。
会う時に、
「え〜、あたしなんかが来ても良かったのかなぁ〜・・・」なんて
弱弱しい卑屈な笑顔で、行かなくても、よくなるんだよ。

「会えて嬉しい!」100%その気持ちで、
晴れやかな笑顔で会っていいんだよ。
だからそうすることにしたんだ。
すごく気が楽になるよ。



posted by 辰多みか at 15:23 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

片づけの神と拭き掃除の神。

昨日、ふいにやってきた片づけの神様。
きのうの日記では、そのお方は"神"ではないよ、と書いたけど・・・

あたしは悟りの一瞥をする前までは、
片づけの神とか、拭き掃除の神とかが、
いると思ってたんだ。

それらが本当に居る、と、バカみたいに盲信して、
信仰してたんじゃなくて、
発想の転換のコツっていうか、
ネガティブをポジティブに変えるワザ、みたいな感じで、
自分自身に、思い込ませて、いたの。
ある種の、引き寄せの法則みたいな、ワザを使ってたんだ。

その、拭き掃除の神がやってくるのは、
「牛乳をこぼしちゃった時」
「冷蔵庫内の液体物を、こぼしちゃった時」
などの気分が落ち込むシチュエーションの時。

今朝も、冷蔵庫内の液体がいつのまにかこぼれていて、
「ありゃ!」と思ったとたんに、拭き掃除の神がやってきた。

神は〜、
やさしく〜、
「ここ、もともと汚れてるからネッ、そろそろ拭き掃除のタイミングだよ♪」って、
ニコニコしながら癒しのささやきで、教えてくれたの。

そう、
神様が、「拭きなさいよ〜」って、導いてくれてるんだ〜♡と、
思えると、
腹が立たないの。
「そっか、冷蔵庫を拭こう拭こうと思ってたんだ。今やらなきゃね〜、ありがとう神様。」
と、感謝まで、沸いてきちゃうのよ。
このワザは、20年くらい使っている。
だから、いくら牛乳をこぼそうと、
こどもがおしっこもらそうと、
ぜんぜん腹が立たない。
ムカッっとこない。

「床が綺麗になってよかった〜」って、素直に思えちゃう。

片づけの神も拭き掃除の神も、
本当の神ではないけれど、
悟りの世界を見るまでもなく、
心おだやかに、人生をすごしたい人には、
使えるワザだと思う。


posted by 辰多みか at 14:49 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

デジタルという事ではなくて

アナログという事でもなくて。
リアルな話。
この宇宙は 1と0 でできている。
だから、とてもシンプル。

けれど、0が、クセモノだから、
摩訶不思議な事が、つぎつぎ起こるんだ。
とてもとてもシンプルなのに、
とてもとても複雑なんだ。
posted by 辰多みか at 14:47 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

片づけの神様が降りてきた

あの、
最初にタイトルについてあやまっておきます。
すごく一般的な人々が、一般的な、famousという意味で、
「片づけやる気になったー」という表現をする時、
タイトルみたいに言うよね。
なのであたしも、そんな感じで書いてみました。
・・・書いてみたかっただけで。
ホントは片づけの神なんていないし、
降りてもこないからね。
そこ注意ね。
紛らわしくてゴメンね。

ということで、
急に、片づけする事に、なりました。
つい先日まで、
「片づけは死ぬ準備だから、イヤッ」って、
あたしの中のあたしが、言ってたのにね。

イヤイヤじゃなくてね〜。
ワクワクしながらやってるの。
実は、片づけがしたくなったわけじゃなくて、
人に貸したい物が、できたからさ〜。
戸棚や納戸を、ひっくり返しているのよ。
で、必然的に、出したら仕舞うから、片づけする事になる、と。
そしてお役にも立てる、と。

やっぱり物事は、流れに乗ればうまくいくようになっているわ。
posted by 辰多みか at 23:47 | 気の交流 | 更新情報をチェックする
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