2012年07月31日

素数って メントス

昔 ある天才がいたらしい。
名前を全然覚えてない。調べれば、、わかる。あとで調べよう、あたし。


彼には、素数が 河原の石ころのように感じていたんだって。

そう、あたしが、素数がメントスに見えるみたいに。
あたしが感じる素数は、 すべすべしているの。
大きさは メントスくらいなの。
空間に込み入って並んでる時は、大きさは変わらずメントス大で、
空間の方がひろがるの。
ミントの香りや味はしないの。




なにかで、彼の事を知って、wikiかなんかでさらに調べて、たぶん、同じ感覚だぁ〜と
思ったのが、4年くらい前。そう、数のことばっかり考えてた頃。



かといって、同じような感覚を持ってるあたしが天才かというとたぶんそうでもない。
テストの点数は良かったけど、たぶん天才ラインの上には居ると思うんだけど
大天才ではない。凡人に近いポジション。

ぶっちゃけ言っちゃうと あたしは たぶん 自閉症スペクトラムのライン上に居る。
"アスペルガー"ていう言葉を知ったのが、5、6年くらい前だ。



共感覚とかいうんだって



あたしは、文字に色が付いて見えるよ。
「あ」は紺色で
「い」は赤 それも レンガ色とかそんな感じで
「う」はグレー
「え」は茶色
「お」は「あ」よりももっと黒に近い 紺色だ。ほとんど黒だ。


そんな感じで 文字全部に色が付いている。




人の名前を覚えるのに、 色で覚える時もある。

たとえば「まさみ」だと


ピンク・黄緑・紫 だ。それを顔のイメージと一緒に覚える。
組合わせによって「み」がピンクになる時もあるよ。


覚えにくい色の組み合わせの時は どうやっても覚えられないので
映像で覚えたり、いろいろ工夫して覚える。

名札の映像ごと覚えたりする。この時は名札の色が記憶に入ってきちゃって
文字の色イメージとけんかするけど、まあ、しかたがない。



最近の教科書とか参考書とか

ご丁寧にページに色がいっぱい使ってあって、とても便利そうにみえるけど

あたしには、おおきなお世話だ。


自分の色イメージとページの色を、
なんか頭の中で変換する作業だけで疲れちゃう。

いちばんいやだったのが


確定申告の説明書だった。


ものすごく わかりづらい


「色別になってわかりやすくなりました」とか書いてあったけど
いや、あたし、その色別要らないから。
まあ、マイノリティー意見なので
あたしががまんすればいいか。

でも、そういう風に感じてる 学生とかいるんじゃないかな。
進学校に行ってる子たちは特に、共感覚とか多そうだし。
だから、別のやり方で勉強してるかもしれないね。


ああ、すごく脱線したね。


あたしには、数はメントスなんだ。

それで、文字に色が付いてるんだけど、
これは良く考えると、昔見てた 「あいうえお表」とか
「積み木かるた」とか 
そんな後付けの記憶が すりこまれてるんじゃないかな〜と
思う時もあるよ。

現物がもう無いので確認できないのが惜しいんだけど。


で、あたしは 音には 色を感じないよ。

これができたら、絶対音感とかあったかもしれないね〜


posted by 辰多みか at 00:04 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

素数と 1/素数

素数に 果てはあるのかな?

もし 果てがあるのだったら その果ての数で1を割ったものが
一番ゼロに近い数字だよね。



あたしの予想=果ては無い

そう、はてしない 数の世界




まあ、その果てしない数を表すために、無限大 ∞ という記号があると思うんだけど。



1/∞ を数と仮定すると
1/∞が 一番 ゼロに近い数字だ。
無限大で1を割った数。
無限大の逆数。
でもゼロじゃない。
数が「有る」から。





あたしはいつも素数を考える時
それはね、素数の果てを考えるんじゃなくて、ゼロに近づく素数を考える時の事なんだけど
うん、1とゼロとの間に詰まった 素数(素数の逆数)を考える時の事なんだけど、


真っ暗な宇宙空間に、 白い 丸い 碁石みたいな

自分のイメージで一番近いものをいうと、 ミント味の「メントス」みたいな



それが、一列に、xy座標の ゼロ点に向かってならんでいるの。

メントスのひとつひとつが素数なの。

数が詰まってる場所のイメージは なんか 放物線のグラフみたいなんだけど。




で、ゼロに近くなるにつれて、ゼロとの間隔が無くなっていくように見えるんだけど
ゼロとくっついてるみたいにみえる素数の間を拡大してみると、
やっぱりそこにまだ素数があるの。
どんどん拡大してくとやっぱりあるの。

フラクタルなのかな?


フラクタルって 4年前くらいに 初めて知った言葉だよ。
4年くらい前って 統計学とか独学してた頃。
4次元とか複素数とかで頭がいっぱいになってた頃。


でね、その素数の続きは、絶対 ゼロには 届かないんだよ。
だって そういう 約束なんだもの。
posted by 辰多みか at 00:03 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

内面を見る鏡と外を見る眼鏡

石屋さんが 素敵
モールに入っている ストーンマーケット

きらきら きれい。 女子ならきっとみんなわかる。


そこで 「四次元を見る鏡」を買おうかと思って行った。



どんなのかっていうと、イメージは直径3センチ超えのパチンコ玉
大きければ大きいほど、たぶん良い。
で、表面は、なにも柄がなくて、つるつるじゃなきゃだめ。


で、あたりまえだけど、 無かった。



あたりまえなんだけど・・・無かった。




昔、ベアリングメーカーに 知り合いがいたので
どうしよう、今からその知人に相談してベアリングの玉を
一個売ってもらおうかと変な思考までしてしまった。

ああ、ステンレスの鋼球でもいいかなぁ。


というか、誰かくれるなら、今からでも欲しいです。




という事で、手に入らなかった。



クリスマスの飾りでもいいかもしれないんだけど
たぶん表面のひずみが大きくて よく映らない。うん、四次元が。



しかたがないので、



一番目に入った きらきらのものを手に取った。



キュービックジルコニアのでっかいのだった。
ブリリアントカットされて虹色に輝いてる。


昔、石屋さんには置いてなかったものだ。

だって、あまりにも、ダイヤモンドに似てる。


他の、半奇石とは、あまりにも、輝きが違う。



でも、すごくほしくなっちゃったので、20%OFFセールだったし、一個買った。
17mm径で、1500円くらいだったかな??

そしたら、隣にあった 正二十面体の 水晶と 目があった。

「私も連れてって」と言った。


あたしは、正二十面体水晶を、
「自分の外を見る眼鏡」だと感じて、買って帰る事にした。


キュービックジルコニアは
「自分の内面を見る鏡」かな、と思った。


自分の中にある 「愛」を映して、周囲に反射して輝かせて
キュービックジルコニアみたいに きらきら綺麗になりたいと思った。
今も、いつも思っている。できてるかな、むずかしいな。

机の上の良く見える所に置いて、いつも手にとって見ている。


正二十面体水晶は、ちょっと やきもちやき みたいなんだ。

こうやって書くと あとあとまで残っちゃうけど・・・
ごめんね、そんなこと書いて。


あんまり、眼鏡にして、外を見ないからかな、
でもたまに、ぎゅっと てのひらに 握ってるよ。
どっちもかわいい 鏡 たち。
posted by 辰多みか at 00:02 | 四次元・多次元 | 更新情報をチェックする

普通の人

あたしは

普通



なりたかった。





すごく すごく 切望していた。


でも

望んでも

なれるもんじゃなかった。




バカ



装ってみた事もあった。




それは、高校生の頃


2年生のある時から


あたしは


優等生スタイルをやめて



適当に生きてみようと 思い立った事があった。






それは、

とても

周囲に評判が良かった。


みんな

「変ったねーっ」

「明るくなったね」

「こっちのほうがいいじゃん」



友達がいっぱいできた。


すごく すごく 楽しかった。


ちょっと バカを装ってみただけなんだけど。

「それわかんなぁ〜い」がその頃のあたしのくちぐせだった。


まあ、ほんとに わかんなかったんだけどね。



実際にはバカを装ったんじゃなくて

自分を素直に出して、

さらにそれを強調したのかな?

自分はバカっぽくしたけど

周りのみんなを バカにした事はないよ。

あたしがバカを装ってるのが見抜けないんだ・・・とか

一度たりとも思ったことないよ。

だから みんな すごく優しかった。




今でも


高校生活は


輝いていて

思い出すたび


楽しかったなぁ〜 って思う。




そのあと


社会人になってからも

楽しかった。

高校生活よりもっと充実してた。

適当に生きてた。

本当に楽しかった。







結婚するまで。




ああ、結婚したのを後悔しているんじゃないよ。


結婚して、ほんとうに、ほんとうに良かった。


でもね

結婚したら





たくさんの人と ひろく 浅く つきあう のではなくて



少人数の人と 



特に 家族と


狭く 深く つきあうんだ。


適当に ごまかして 装って 生きていけない。






そこであたしは、もう一度 自分と 深く 向き合わざるをえなくなった。




普通になりたかったあたしは



何年たっても



やっぱり 普通 には なれてなかった。






そこから、自分の心の旅がはじまったの。






人生 3回目 くらいの

心の旅がはじまったの。



 
でもね、この旅は、

割と長かったけど

実は終着点が見えたんだよ。



結論を先に言うと

普通 に ならなくてもいいんだよ。






あとは、見えた 筋道どおりに 進んでいくだけだ。


キュービックジルコニアみたいに
輝いていけばいいの。
まあ、ダイヤモンドが理想なのかもだけど。
キュービックジルコニアも綺麗だよ。

数学も量子論も学ぶべき学問だったの。
出会う運命だったの。



それは のちのち ゆっくり書いていくね。
posted by 辰多みか at 00:01 | 自分 | 更新情報をチェックする

書くの

あたしが どうやって、心の旅の終着点までたどり着けたのか


神様が見えるようになったのか


今の宗教って ただの 綺麗な入れ物だけだって思うようになったのか


心の世界は 四次元 だって思うようになったのか


そういうのを、自分がたどってきた 道順どおりに


ここに書いて


これを読んだ


みんなに


おんなじように


感じとってほしい。


そう思って


書くの。




あたしの


エゴなの。


posted by 辰多みか at 00:00 | あたし神様だったわ | 更新情報をチェックする

2012年07月30日

ゼロって 存在意志。

カヴァリエリって人がいたんだって。



そう昨日読んだ微分積分の本に出てたよ。

ちなみにその本の題名は
「微分・積分を楽しむ本」愛蔵版 今野紀雄 PHP研究所

カヴァさんは「面とは無限の数の平行線を集めたものである。立体とは・・・」
と言ったんだって。
でも、線には 幅が無い 幅=ゼロ だからいくら集めたって 面にはならないから
「ゼロの極限値」という概念を生み出したんだって。

ゼロに限りなく近い、ある幅を持つ線 って考えたんだって。
そしたら、集めれば、面になるよね。
これは 微分積分の考え方だよね。
数学を実用に使う時便利な考え方だよね。
「ある幅を持つ線」て時点で、「有る」なんだから
「無い」ゼロとは違うよね。絶対。



あたしは、こう考える。ていうか 感じる。


うーん、線を集めても 面にはならない!
面を集めても(重ねても)立体にはならない!



ある空間で、 線が線でいられるのは、ゼロ で、空間の他の部分と区切られているから!

面が面でいられるのは 外側が ゼロ で 区切られているから! (もちろん立体方向は厚さゼロね)

立体が立体でいられるのは 外側が ゼロ で区切られているから!



ゼロが無いと 区切りがわからないよ。


輪郭部分が ゼロ だって言えるね。


もしかしたら、存在意志が ゼロ なのかも。



線の心の声「私はここに存在したい」から、ゼロで区切られて、線になってるのかも。

線がそうなら面も立体もそうだよ。立体がそうなら、三次元のあたしたちだって。

ゼロをまとって、存在してるんだよ。


あ、点もそうかな。
もう少しつっこんじゃうと 四次元も五次元もそれ以上もだよ。





それか自分の意志じゃなくて、誰かに、「存在しなさい」と言われて存在してるのかも。
「存在しなさい」じゃなくて「存在してもいいよ」かもしれないね。

誰に?



神様に。
ただひとりの神様に。
posted by 辰多みか at 00:02 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

ゼロの正体 りんごをむいてね。

ゼロの正体ってね

あ、この場合は、「本当のゼロ」ね。
「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」じゃないからね。



そう、ゼロの正体は、

あなたと私の間


あなたを私を区切るもの


りんごがあるでしょう。まるまるいっこのリンゴだよ。


皮を むくね。



ナイフでね。くるくる。






そうすると、蚊取り線香みたいに、くるくるつながって、むけてくね。
(まあ、途中で切れちゃってもいいんだけど。)

皮は りんごに ぺったりくっついてた 切れ目ひとつない ちょっと前の形とは変わってしまって、
今は、一本の ひもみたいになってしまった。


一度 切れてしまった 皮と皮は どうやっても くっつかない。皮と身もくっつかない。

もとの形にもどしても くっつかない。



その切れ目に、なにかあるわけじゃない。

全体的にみれば、重さが変わってるわけじゃないし。(ちょっとは汁がたれるかもだけど)
成分的にも変わってるわけじゃないし。(多少酸化して茶色くなるかもだけど)


なにかが切れ目にあるわけじゃない。


むしろ、なにかがなくなってしまった。




なにが?



つながりが。



そう、つながりがなくなったの。




あたしは、その 切れ目が ゼロ だと思うの。


物と物を 区切るもの


それがゼロだよ。



りんご自体は りんごとしては 何も変わってないよ。
でも、切れてるの。
切れてる って事が ゼロなの。
posted by 辰多みか at 00:01 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

かみさま と ゼロ が それぞれふたつ あるっていう話

かみさま

ふたつ っていうか 二種類 っていうか  単位がわからないけど




ひとつは 絶対神 唯一神 いろいろ呼び方があるけど
ただひとつの神 これは 私 いちおう わかってるんだよね。
わかるというより 感じる 感覚 なんだよね。



もうひとつの やおよろずの神 これを 感じた事を 思い出したかったの。
そのために、 昨日、微分積分の本を読んだの。

で、思い出したみたいなの。





高校生の時 微分積分を習った時

いちばん始めに 先生が言った。




「0.9999999999999999・・・・・・・と、どこまでも続く この数は、 もう、 「 1 と イコール」と言っちゃってもいいんです。」





あたしは



納得 できなかった


いちと
イコール
なんてこと
絶対に ぜっっったいに!!
無い!!!


先生は言った。
「いちとイコールと言っても、差し支え無いんです」



あたしは 差し支え ある!!



そう、微分積分を、現実生活に、道具として使うのだったら、

いちとイコールで、全然差し支えない。
というか、いちとイコールだと、とっても、生活に便利。実用生活に役立つ。微積ばんざい。


でもね、
だから、
あたしは
そこから

微積が全然わからなくなった。

(これは成績が悪かったことの言い訳じゃあないよ・・・でも、言い訳でもあるかな?)

納得してないまま、先に進めない。


なんとか テストの計算は、事務的に進めたけど
(で、ある程度 点はとれたけど)


さっぱり 理解できなくなった。
公式は、テストが終わったら、頭からあっという間に抜けてしまった。



それで 今に至る。


微積で覚えているのは、 0.9999999・・・・=1 が納得できなかった事だけ。




で、昨日本を読んだ。


で、ようやっと納得した。





0.99999999・・・・=1 では やっぱり無い って事!


0.999999・・・と 1 は イコールではないって事!


イコールではないって事を、納得したの。
腑に落ちたの。

ううん、もっというと、イコールでは無い って事を確信したの。





本にはなんて書いてあったと思う?


0.99999999・・・=1 です って書いてあったよ。

そのための証明式もあったよ。

本に書いてあった証明式はね、
0.9999999・・・=x とする
10x-x=
10*0.9999999・・・-0.9999999・・・=9

10x-x=9x だから


9x=9 つまり x=1


て書いてあるの。

あたしは思った。
ちがうじゃん。
やっぱり 1 じゃないじゃん。

だって

9.999-0.9999 は 8.9991だし
9.9999-0.99999 は 8.99991だし
これをずっとやっていくと、 やっぱりどこまでいっても 9 にはならないし。


もしも 0.9999999・・・=1 だったら



アキレスは 亀に追いつくよ。
追い越せるかどうかは知らないけど。


無限小の逆数は 無限大になるけど
ゼロの逆数は やっぱり ゼロ



微積は 実用数学だ。
そこを忘れちゃいけない。



で、思い出したの。




やおよろずの神は  無限小と無限大のところにいるって。




ゼロはふたつあるんだよ。

無限小がゼロに見える、「無限小をゼロと勘違いするゼロ」と
本当のゼロ

あ、ほんと言うと みっつあるかもしれない。


「見せかけのゼロ」(これは座標の原点みたいなところで、数の濃度がうんと薄くなってる所が、
立体的に重なり合って、ある方向から見ると ゼロ点に見える って所)
と、あと、さっきのふたつのゼロ



この中の、「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」が、仏教でいう 「空即是色 色即是空」なんだよ。たぶん。

で、やおよろずの神は このゼロなの。「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」なの。

で、無限小を逆数にすると無限大になるの。
ということは、ゼロなのにすべてが存在してるゼロ っていうのが この事なの。


このゼロ(に見えるモノ)は、自分の中にしかないの。





ということは、もうひとつの神さまは、本当のゼロの事なのかなぁ〜
そこは、まだ感じないなぁ
もうすこしつきつめれば そうなのか そうじゃないのか 感じとれるかしら。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

2012年07月28日

いちたすいちはに

1+1=2


この計算は


私+あなた=2

では、決して 無い






だって 私が男で
あなたが女だったら

増えちゃうかも

3になっちゃうかも


長年 中が良い夫婦になっちゃったら

もっと ふたけた とか 増えちゃうかも。

逆に、砂糖1カップ+水1カップを足しても
体積は 2カップ に ならないんだよね。
実際には 2カップ 以下で、 ほとんど増えてないみたいにも、見えるんだよね。



だから、1+1=2 が成り立つのは、

まったく同じ性質のものでしか 計算できない

この世に まったく 同じ 性質のものって 有るか?

無いよね


「まったく」 が大事だよ。

「ほぼ同じ」はたくさんあるけど

現実的には「まったく」同じは 無い


だから 厳密にいうと 1+1 の計算は 現実世界の計算ではないんだ



どこが まったく同じものが存在する世界だと思う?



「自分の中」だよ
「自分の中」で数を考えれば その数は まったく 同じ 数

posted by 辰多みか at 00:05 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

アキレスと亀

なんでアキレスが亀を超えられないかっていうと

アキレスと亀がいる世界には 「ゼロ」が無いからなんだよ。

つまり アキレス=亀

アキレスが亀に近づく その間には 途方もない 果てしない 無限小 があって
アキレスは絶対に亀を超えられない。


「アキレスと亀のできごと」は 同一人物 う〜ん、一人の人の中で起こってる事 だからなんだ。


アキレスと亀が 別人だったら

間には 「ゼロ」があるから アキレスは亀を追い越せれる=超えられるよ。
posted by 辰多みか at 00:04 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

相手は自分を映す 鏡 なんだよ

 鏡 は 今自分がいる次元から、 ひとつ 次元をひいた 世界なんだよ。

だって 鏡の中の世界には 厚さ が無いよね。


自分の体が存在する世界が 3次元だから 体を映す鏡の世界は 2次元だよ。

(ついでにいうと、 影 も 二次元 だよ。これはまたあとで話すけど。)


だから 自分を映す鏡である相手は ひとつ 次元をひいた世界に 居るように・・・自分からは見えるんだよ。
でもね 相手が二次元に居る って事ではないよ。


本当は自分の体も相手の体も 同じ 三次元に居るからね。
相手も自分も 厚さ があるでしょう?


自分から見た場合に

相手が 三次元に居る って事は



自分は 四次元に居るんだよね。


四次元 てなんだろ。



よくいう、「もうひとつの軸が 時間軸だ」 ていうのは

四次元時空の事で、



いまあたしが言っている 四次元の事ではない。



あたしが言ってるのは この三次元に もうひとつ 軸を足した 四次元のこと。
他のみっつの軸と 同じ性質の もうひとつの軸だよ。 時間じゃないよ。 



体は 三次元に居る。


じゃあ、自分と相手との違いは何だ?




それは、思考。気持ち。精神。スピリット。心。




そう、こころ。




相手の 考えてる事って 自分の思考みたいには、絶対わからないよね。

なんとなく伝わる事はあるけれど、


自分が相手になっちゃったみたいな思考なんて、絶対できない。




だから、こころ は 四次元にあるんだ。


精神は四次元。

四次元ていうか、 この物質世界より ひとつ高次元(=四次元)。



これって いわゆるスピリチュアル系な考え方みたいだな。

でも、こうやって気付いた人が 言い出した事だと思うよ。たぶん。



ああ、相手は自分を映す鏡って


どこでも言われてるから 最初にいまさら書かなかったけど、





自分の行動、(つまり思考から来る行動)に対して、相手がどう反応するかって事だよ。




不機嫌そうに自分に接してくる人に対して、自分は、いやな気持になって、それが態度に出て相手に伝わるし
逆に、自分が相手に不機嫌に接したら、相手はいやになって、態度や顔に出るよね。

明るく感謝の気持ちで相手に接したら、相手もとてもいい気持ちになって 場の雰囲気が良くなるよね。

相手の考えてる事は 詳細には絶対に わからないけれど、 態度に出た思考は 雰囲気になって伝わる。


それが鏡って事だ。





自分の思考が、相手に伝わって、さらにそれに対する反応が、自分に帰ってくるということ。


自分を映すって、体(物質)ではなくて 心・精神 を映してるんだね。




世間はみんな自分につめたく接してくるって、常に思ってる人がいたといたら、
それば自分の起こした行動・態度に対して、単純にまわりが反応しているだけだよ。

根源は、自分の中にある。

それに気付かない人が、とても 多い。










自分と相手の 間 を超える = ゼロを超える って事だから、


ゼロを超えるって事は 次元をひとつ減らして 超えるって事でもあるんだよ。

posted by 辰多みか at 00:03 | 四次元・多次元 | 更新情報をチェックする

「無い」が「有る」

ゼロは 「無い」 って事だけど
現実世界には、そこ かしこに 「有る」
うん、 「ゼロ」が 「有る」

「無い」が「有る」



「無い」が「無い」だと
矛盾だもんね。

「無い」を肯定するための、「有る」

「無い」×「有る」=「無い」



どこに「有る」かというと、



「あなた」 と 「私」 の 間
「私以外の人」と「私」 の 間

私が 私でいるための 膜 みたいの


しゃぼん玉でいうと、



せっけん液でできた 膜 の部分



そこが 「絶対に無い」っていう意味の 「ゼロ」




それは 「超えられない」所 だよね。

自分と相手の間は 「超えられない」よね。



いくら 指と指をくっつけあっても
極端に言うなら 指と指を 切って 縫いつけて ひとつにしてしまっても


相手の 「意識」は 絶対に 自分のものにならない


「ゼロ」を超えれば たぶん できるんだ。



でもそれは 生きてるうちは 絶対にできない事だと思う。
死んで・・・意識だけの世界ならば・・・どうかな?
posted by 辰多みか at 00:02 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

ゼロと無限小の違いは

ゼロと無限小の違いは

有る か 無い か

無限小は いくら小さくても いくら ゼロに 近くても
プラスでも マイナスでも

「有る」



ゼロは、

「絶対に無い」 っていうこと

posted by 辰多みか at 00:01 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

自分の中にゼロは無い

自分の中にゼロは無い
もし ゼロがあると感じているのだったら、
それは、ゼロにとてもよく似た 無限小 
もしも 自分の中にゼロがあったら、
自分は発散して 無くなってしまう。
発散 ていうのは 数学の用語だよ。
自分×ゼロ=ゼロ になってしまう。
posted by 辰多みか at 00:00 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

ヒッグス粒子

見つかったんだって。
神の粒子と呼ばれてるんだって。

あたしがはたちくらいの時かな??
テレビで素粒子の番組をやってて。
6個あってあと何個かみつからないって言ってた。
あとでいつの番組だったか調べてみるね。
いつの番組だったかは今問題じゃないんだ。
はやく見つからないかなぁ〜て思ったよ。
それがもし高校生の時だったら、中学生の時だったら、
理系に行って、そういう大学に行きたかったな。
英語が好きだったから、迷わず(迷う選択枝がなく)
文系にしたんだよね。
でもそういうタイミングじゃなかったって事は、
人生でやっぱりなんか意味があるんだよね。

まあ、いいや、言いたいのはそんなことじゃない。
神の粒子 って名前だ。
科学者はそういう名称に納得してないようだ。
あたしもそうだよ。
あんなの 神 じゃない


神 さま を見た のは、

今までで 2 回 ある。


最初にみた(感じた)神様は、やおよろずのかみ で、


それは 自然界に たくさん存在してるんだ。

あたしは霊能力とか無いから、

目で 見たわけじゃないけど。

あるとき、胸に すとーん、と落ちてきた。

俗にいう、 腑に落ちる ってこと。

私の中にも あなたの中にも 神さま がいる。

そういう、たまに耳にする事、
すごぉーく納得したんだ。



でも、それがどうして腑に落ちたかが、
今どうしても思い出せない。

いつも思う。
浜名湖の競艇の横の眺めがすばらしい道路を車で走ってる時。
遠くに富士山が見えちゃったりして。

そこで、 すとーんって、 落ちてきたんだよ。腑に。

あ、腑って、 いがいと堅いんだよ。あたし主婦だから生のゾウモツとか触るけど、
生みたいに、あんな柔らかくない。どっちかというと、ゆでた後のモツとかキモとかハツとかみたいな?
けっこう手ごたえある。でも金属みたいな堅さではない。
腑に落ちるの 腑 はそんな感じ。なんだろな、チャクラとかなのかな?オーラ??ぜんぜんわかんないや。

あ、そうそう、それでいつも思う。競艇の横の道で。
ここで悟ったんだから、ここを通れば、また悟れるんだろうと。
でも、思い出せないんだよなー。
だから、こうやって日記を書く。
そうすれば、また思い出せるかもしれない。
また思い出したいほんとうに。


その時感じた のは やおよろずの神 

でもでも、そのあとわかっちゃったんた。


か み さ ま って




ひとり いや いっこ ?? いやいや ひとつ しかいないってこと。


だから

やおよろずの神っていうのは 
ほんとうの ほんとうの意味での 神様ではない

やおよろずのかみ を どんなのかって、無理に定義すると


超人的な 存在
うーん 人間にできないような うん 人間にもできるけど

一部の人にしかできないような事ができる 人? 自然? 存在

いや 定義できない 無理だった・・・はやく思い出さないと。



それで ほんとうの たった ひとつの か み さ ま は

それは



宇宙の ただひとつの法則。


宇宙 ていうか 私たちが住んでる この 世界 っていうか うーんなんていえばいいんだろ

この世 ? うん それも語弊がある


まあ、この宇宙が生まれた、最初の きっかけ というか 運命 というか
聖書には 言葉 ってなってるみたいだけど。

そう、意志 なんだ。

神様って。




これは聖書を読んだりしてわかったことじゃないよ。
聖書っぽいもの(wikiだ)で確認したのは、わかったっ!! て思ったそのあとだよ。

で、いつ わかった かというと。



独学で 統計 の勉強をしてる時だよ。

統計の勉強を 独学 ですすめてると

 これ大事、 独学 って事。

ひとりで勉強してるからインターネットで関連事項を次々しらべちゃう。

精度 カタヨリ とかそんな項目を、自分なりにいっしょうけんめい理解しようとしてると、
まず、母集団の平均値は 神様しか知らない という 現実 にぶちあたる。
そこで 神 が軽くでてくるんだけど。
まあ、その神様の事は 今はちょっと心に留めておいてね、程度だ。
あ、ちなみに母集団 て 
おかあさんたちの集まり とか じゃないよ (統計の用語だよ)


ここでちょこっと神が見えちゃったけど(実はこれも本当の神様の一部だよ)



本当に 神 が姿を現すのは そのあとだ。


そんなこんなでネットでいろいろ調べてると、
いつのまにか i (虚数)とか 複素数とか そっちの世界へ行っちゃう。

四次元とかにも行っちゃう。


あ、四次元の、もういっこの軸は、 時間 じゃないからね!!

ほかの3つの軸と全く同じ性質の、もういっこの軸だからね!! たしざんだからね!!

アインシュタインに関連するのは 三次元に時間をかけざんした 四次元時空 だからね!!
SFに出てきてタイムマシンで飛べるのは、この四次元時空だ。

ついでにいうと、この世? は 六次元 まであるよ。あら 11次元だったか?? プラスマイナスの世界まで
いれると その倍 あるよ。


あ、四次元の事は、まあいい。
またの機会に書く。



で、そこで あ、虚数空間で

神様に会ったわけなの。



たぶん、数学者って、 神様 を感じてるんじゃないかな。
だって数字のむこうに あたしは 色とりどりの 風景 を感じるよ。



それは、もしかしたら、太古の人たちも感じてて、
ほかの 感じ取れない人に つたえるために

いろいろ物語にして聞かせて


それは聖書では ヤハウェ? とか エホバ? とか 名前がついたんじゃないかな

(あ、この名前は、 単に 日本語に直してるから なんこもあるんであって

もともとは ひとつ だよ)。






かみさまはなんていったのかな さいしょ。


たぶん


   あ--------------ぅん

だよ

うふふ





それで宇宙ができたの。









神様を感じたい人は 統計学の 確率 を独学するといいね。ネットでね。
ちょっとまわりみちだけどね。
でもパチンコにも応用できて実用的な学問だよ(たぶん・・・パチンコやったことないからわからないけど)
うん、競馬や競艇にも応用できるよ!(きっと・・・)


てっとりばやくは、四元数 とか 虚数 とか 複素数 とかいいよ。
でもよっぽどわかってないと、神様を感じる前に 挫折 するかも。
やっぱ 統計学 経由で 虚数空間 がいいね。


あぁそうそう、かみさまって

本当に平等だからね

幸も不幸も 全部平等だからね


私は不幸だ 神様は不公平だ って
言う人いるけど


神様不公平じゃないから。
不幸を平等に あなたに分けているんだから。



うーーん、そうだなぁ まとめると

神様っていうのは 宇宙のはじまりと現在も適用されている ただひとつの法則 で、
確率 の中にその姿を見る事ができて

もうひとり(ひとグループ)いる やおよろずの神 は また違った定義の神様 ってこと。


また思い出したら、もっとくわしく書きたいな
うん 書く。






いつも聖書の話をする人たちが来たんだ。


玄関を開けたら



ものすごい笑顔の人 つくり笑顔。 なんか こわい って思ったよ。
め が し ん で る

笑顔の人 のうしろには うつむいて 人の目を見れない 陰気な人

そのふたりがペアで来た。はじめて来た人たち。

なんか いつも聞くおきまりのあいさつことばのやりとりのあと


笑顔の人がいきなり 笑顔で




神様はいると思いますか?




ってきいたんだ。


あたしは即座に


いると思います。います。


って答えた



笑顔の人、、、なんとびっくりした 笑顔が消えうせ驚愕の顔になった
そしてうしろの陰気な人と顔を見合わせて、こっちを見て言った。

ええっ いると 思ってらっしゃるんですか あ、そう、そうですね
そうですよねぇ・・・いますよねぇ・・・


あたしは思った。
あんたは いる って思ってなかったんかい。なんでそんなにびっくりする。
なにを信じて その宗教をやってるの?

あたしは宗教関係なしに いる って感じたよ
あなたたちは 感じない の?



答えるものめんどくさいので お話しするのも適当にお断りして
帰っていただいた。


まあ、
いる って答える人がいる事を 想定してなかっただけのことだと思うけどね。



今の宗教活動は  

いれもの だけだ

どれもこれも。


中身は なんにも はいっていない
とても綺麗な入れ物



その事も あとで じっくり書くね。




ああ、誤解があるといけないから書くけど


あたしは ヤハウェもキリストもブッダもアラーも
全部信じてるよ。そのほかのいろんな国の(インドとか?)
宗教とかギリシャとか日本のやおろずの神も
みんな 信じてる

全部・・・・みんな・・・・同じ事をいっている、たぶん。
元は 太古の人が感じた 同じ事を いってるんだ。

日本の神やギリシャの神は ちょっと人間入ってる・・・けど

でも否定しないよ。 ぜんぶ ほんとうのことだ。
posted by 辰多みか at 00:01 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

今日から

今日から日記みたいの書くよ。
いいんだ、枠にとらわれないんだ。
モニターが遠いテレビだから、後時脱字もあるんだ。
とにかく感じた事を書く。感じつくすまで書く。
そんであとでブログにアップする。

あとで読み返してね、インナーチャイルドの声をもう一度聞くんだ。
そうすれば、ステップアップ速度が倍になると思うよ。
今日は、2012年7月13日です。
posted by 辰多みか at 00:00 | 日記 | 更新情報をチェックする
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