2012年07月30日

ゼロって 存在意志。

カヴァリエリって人がいたんだって。



そう昨日読んだ微分積分の本に出てたよ。

ちなみにその本の題名は
「微分・積分を楽しむ本」愛蔵版 今野紀雄 PHP研究所

カヴァさんは「面とは無限の数の平行線を集めたものである。立体とは・・・」
と言ったんだって。
でも、線には 幅が無い 幅=ゼロ だからいくら集めたって 面にはならないから
「ゼロの極限値」という概念を生み出したんだって。

ゼロに限りなく近い、ある幅を持つ線 って考えたんだって。
そしたら、集めれば、面になるよね。
これは 微分積分の考え方だよね。
数学を実用に使う時便利な考え方だよね。
「ある幅を持つ線」て時点で、「有る」なんだから
「無い」ゼロとは違うよね。絶対。



あたしは、こう考える。ていうか 感じる。


うーん、線を集めても 面にはならない!
面を集めても(重ねても)立体にはならない!



ある空間で、 線が線でいられるのは、ゼロ で、空間の他の部分と区切られているから!

面が面でいられるのは 外側が ゼロ で 区切られているから! (もちろん立体方向は厚さゼロね)

立体が立体でいられるのは 外側が ゼロ で区切られているから!



ゼロが無いと 区切りがわからないよ。


輪郭部分が ゼロ だって言えるね。


もしかしたら、存在意志が ゼロ なのかも。



線の心の声「私はここに存在したい」から、ゼロで区切られて、線になってるのかも。

線がそうなら面も立体もそうだよ。立体がそうなら、三次元のあたしたちだって。

ゼロをまとって、存在してるんだよ。


あ、点もそうかな。
もう少しつっこんじゃうと 四次元も五次元もそれ以上もだよ。





それか自分の意志じゃなくて、誰かに、「存在しなさい」と言われて存在してるのかも。
「存在しなさい」じゃなくて「存在してもいいよ」かもしれないね。

誰に?



神様に。
ただひとりの神様に。


posted by 辰多みか at 00:02 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

ゼロの正体 りんごをむいてね。

ゼロの正体ってね

あ、この場合は、「本当のゼロ」ね。
「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」じゃないからね。



そう、ゼロの正体は、

あなたと私の間


あなたを私を区切るもの


りんごがあるでしょう。まるまるいっこのリンゴだよ。


皮を むくね。



ナイフでね。くるくる。






そうすると、蚊取り線香みたいに、くるくるつながって、むけてくね。
(まあ、途中で切れちゃってもいいんだけど。)

皮は りんごに ぺったりくっついてた 切れ目ひとつない ちょっと前の形とは変わってしまって、
今は、一本の ひもみたいになってしまった。


一度 切れてしまった 皮と皮は どうやっても くっつかない。皮と身もくっつかない。

もとの形にもどしても くっつかない。



その切れ目に、なにかあるわけじゃない。

全体的にみれば、重さが変わってるわけじゃないし。(ちょっとは汁がたれるかもだけど)
成分的にも変わってるわけじゃないし。(多少酸化して茶色くなるかもだけど)


なにかが切れ目にあるわけじゃない。


むしろ、なにかがなくなってしまった。




なにが?



つながりが。



そう、つながりがなくなったの。




あたしは、その 切れ目が ゼロ だと思うの。


物と物を 区切るもの


それがゼロだよ。



りんご自体は りんごとしては 何も変わってないよ。
でも、切れてるの。
切れてる って事が ゼロなの。
posted by 辰多みか at 00:01 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

かみさま と ゼロ が それぞれふたつ あるっていう話

かみさま

ふたつ っていうか 二種類 っていうか  単位がわからないけど




ひとつは 絶対神 唯一神 いろいろ呼び方があるけど
ただひとつの神 これは 私 いちおう わかってるんだよね。
わかるというより 感じる 感覚 なんだよね。



もうひとつの やおよろずの神 これを 感じた事を 思い出したかったの。
そのために、 昨日、微分積分の本を読んだの。

で、思い出したみたいなの。





高校生の時 微分積分を習った時

いちばん始めに 先生が言った。




「0.9999999999999999・・・・・・・と、どこまでも続く この数は、 もう、 「 1 と イコール」と言っちゃってもいいんです。」





あたしは



納得 できなかった


いちと
イコール
なんてこと
絶対に ぜっっったいに!!
無い!!!


先生は言った。
「いちとイコールと言っても、差し支え無いんです」



あたしは 差し支え ある!!



そう、微分積分を、現実生活に、道具として使うのだったら、

いちとイコールで、全然差し支えない。
というか、いちとイコールだと、とっても、生活に便利。実用生活に役立つ。微積ばんざい。


でもね、
だから、
あたしは
そこから

微積が全然わからなくなった。

(これは成績が悪かったことの言い訳じゃあないよ・・・でも、言い訳でもあるかな?)

納得してないまま、先に進めない。


なんとか テストの計算は、事務的に進めたけど
(で、ある程度 点はとれたけど)


さっぱり 理解できなくなった。
公式は、テストが終わったら、頭からあっという間に抜けてしまった。



それで 今に至る。


微積で覚えているのは、 0.9999999・・・・=1 が納得できなかった事だけ。




で、昨日本を読んだ。


で、ようやっと納得した。





0.99999999・・・・=1 では やっぱり無い って事!


0.999999・・・と 1 は イコールではないって事!


イコールではないって事を、納得したの。
腑に落ちたの。

ううん、もっというと、イコールでは無い って事を確信したの。





本にはなんて書いてあったと思う?


0.99999999・・・=1 です って書いてあったよ。

そのための証明式もあったよ。

本に書いてあった証明式はね、
0.9999999・・・=x とする
10x-x=
10*0.9999999・・・-0.9999999・・・=9

10x-x=9x だから


9x=9 つまり x=1


て書いてあるの。

あたしは思った。
ちがうじゃん。
やっぱり 1 じゃないじゃん。

だって

9.999-0.9999 は 8.9991だし
9.9999-0.99999 は 8.99991だし
これをずっとやっていくと、 やっぱりどこまでいっても 9 にはならないし。


もしも 0.9999999・・・=1 だったら



アキレスは 亀に追いつくよ。
追い越せるかどうかは知らないけど。


無限小の逆数は 無限大になるけど
ゼロの逆数は やっぱり ゼロ



微積は 実用数学だ。
そこを忘れちゃいけない。



で、思い出したの。




やおよろずの神は  無限小と無限大のところにいるって。




ゼロはふたつあるんだよ。

無限小がゼロに見える、「無限小をゼロと勘違いするゼロ」と
本当のゼロ

あ、ほんと言うと みっつあるかもしれない。


「見せかけのゼロ」(これは座標の原点みたいなところで、数の濃度がうんと薄くなってる所が、
立体的に重なり合って、ある方向から見ると ゼロ点に見える って所)
と、あと、さっきのふたつのゼロ



この中の、「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」が、仏教でいう 「空即是色 色即是空」なんだよ。たぶん。

で、やおよろずの神は このゼロなの。「無限小をゼロと勘違いしてるゼロ」なの。

で、無限小を逆数にすると無限大になるの。
ということは、ゼロなのにすべてが存在してるゼロ っていうのが この事なの。


このゼロ(に見えるモノ)は、自分の中にしかないの。





ということは、もうひとつの神さまは、本当のゼロの事なのかなぁ〜
そこは、まだ感じないなぁ
もうすこしつきつめれば そうなのか そうじゃないのか 感じとれるかしら。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする
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