2012年08月02日

本当に人の心が読めないのか

あたしは


ASD(自閉症スペクトラム)だと思う、自分の事。

うん、その中でアスペルガー寄りと思う。


診断したわけじゃないけど。


家族にも認めてもらってて、身近な周りに、今のところ迷惑や、不都合が無いので

自覚程度で 良いと思う。

自分がそれで、悩んでいるわけではないし。


自分が、今の自分にたどり着く途中で、出会った言葉。



そんな ASD なんだけど、



人の心が読めないって 世間で言われてる。
空気が読めない とか。




あたしも、自分では コミュニケーションに難あり って思ってる。





でも、


人の心は




読めないわけじゃない。




むしろ、



感じすぎて 困るくらい。




その人がなにを思っているか、


わかる、というか、感じる。




なんで、心が読めない なんていわれるんだろう、て思ってた。




わかるよ、

相手が、


「この話の確信を突かないで」と思いながら、タテマエで話しているのが。


「私は本当はこうしてほしいんだけど、自分から言うのが 負け みたいだから、察して」
と思ってるのが。



なのに、なんで、心が読めないなんていうんだろう。




ある日、意を決して、相手に言った。

「本当は、こう思っているんでしょう、なら、なぜ、はっきりと言わないの?」


相手は言った。

「そんな事、思った事もない。」

話は、別の、うわっつらの事を話している時だ。

タテマエでしか、相手は話さない。本音を言ってほしいのに。





結局、その時は、結論が出なかった。

どちらも、引かなかった。




そのあとも、あたしは考えた。


なんで、本心が見えるのに、
相手は、その本心を隠そうとするのだろう。





ある時、気が付いた。



心を読む というのは、



本心を隠そうとしている事を尊重しろ、という事だと。






目の前に、薄いベールが見える。
相手の事を知りたいのに、とても邪魔だ。



その中に、相手の本音が透けて見える。


あたしは相手の心が見えないわけじゃない、確かに見える。


うん、薄い皮をかぶった、ほおづきみたいに見える。





それを、読めと。



今まであたしは勘違いしてたんだ、たぶん。

中に見える、本音を読んでは いけないんだ。




読むべきものは、


薄いベールの方だったんだ。





それが、心を読むって事だ。


空気を読む って事だ。



ああ、みんなには、ベールが空気に見えるのか。





そういうこと。


自分がASDだと思う人は、

目の前にある ベールを読んでください。

ベールがよく見えない人は、いっぽ、後ろへさがってください。




ASDの距離感がおかしいって事は、たぶん、こういうことだ。

これは、コミュニケーション術で、対処法であって、
本当に大事なのは、相手を尊重する 心のあり方 なんだけどね。

とりあえずの、対処法だ。


posted by 辰多みか at 00:03 | 自分 | 更新情報をチェックする

地球と細菌の事を考える

あたしは

地球の事を考える時、

いつも ペアで


自分の体の中の細菌の事を、考えるんだよ。





地球が怒ってる。だからエコをするんだ。


とかいうのを


自分の体に置き換えてみればいい と思って。


マクロをミクロで考える ってのとは 違うよ。



地球も細菌も あたしの考えの中では どちらも マクロだ。
たとえサイズが ミクロでも。




地球--さまざまな生物が地球上に住んでる。陸でも海でも。熱くても寒くても。


あたし---さまざまな細菌が、体内に住んでる、腸の中や口の中、さまざまな所に。主に粘膜上に。



「あたし」を主に考えよう。


「あたし」---
ちょっと薄着をしちゃった時。
二の腕から、冷えてくるの。

寒いなーと思ったら、すぐに対処しないと、

ぼやぼやしていると、知らないうちに、冷えが体にひろがってしまう。



腕から来た冷えが、鎖骨の間にある喉の真下のくぼみと、

背中側、うなじのあたりまで来てしまうと、



風邪を引く


これは百発百中だ。


やっちゃったー と思っても もう遅い。

喉が痛くなって、鼻と喉をつなぐあたりに異物感があって、

トローチをなめても、薬を飲んでも、治らない。
たまに、喉の下のくぼみをカイロで温め続けると、治る事がある。


で、治らないと、徐々に熱が出てくる。

熱が出てしまうと、起きていられないので、

一日二日は寝込む事になる。二日くらいで熱は下がる。


寝るとだんだん回復してきて、一週間くらいで、元に戻る。



それが、あたしの風邪の引き方。




この時、あたしは、@風邪の菌に対して、怒っているだろうか?

A「ああ、不摂生しちゃったなぁ。生活を見直そう」だろうか?

B「薬が効かないなぁ、違うお医者さんに行けば良かったかな」だろうか?


あたしの場合は、Aだ。

でも、Bて思う人もいる。あたしの身近にいる。病気について、いつも意見があわない。
そして、いつまでも治らない持病を、「アピール」してくる人だ。


@て思う人はいるかな? 風邪をにがにがしく思う人はいるだろうね。
予定が狂ったりするし。

でも、怒りをぶつける対象かどうかという点では、たぶん風邪菌は、そんな対象ではない。
なんか レベルが違う。 怒っても どうしようもないレベル。



風邪菌にしてみたら、どうだろう。


常に、風邪菌は、「あたし」の体の粘膜上に居るか、空気中をただよっているんだよね。
粘膜の上にいるだけだったら、風邪を引いたという事にはならないんだよね。
粘膜の細胞の中に入ってきた時に、「風邪をひく」


で、「あたし」の体温が下がってきた場所が、細胞内に入りやすい場所だった時、
(あたしの場合は、喉の下のくぼみ)

する〜っと、細胞の中に入ってくる。
風邪菌にしてみると、「おっ、ここ今日あいてるじゃん」て感じ。軽い感じ。


体には、菌を防御できる体温の下限があって、体温がそれ以下になると、
菌を防御できなくなる。


(あたしは、さらにこう思うんだけど、

体がわざわざ体温をさげて、菌さん、入ってください って
扉をあける時もあると思うんだ。それは、体がとても疲れている時。休みたい時。

まあ、その話は、またあとで書くね)



で、風邪菌は、とても住みよい、低体温の環境のなか、爆発的に増えて、
そして、子孫を、空気中に放出していく。


体の中では、際限なく増えていく。
もしも、すごく弱っている「あたし」では、死んじゃう事もあると思うんだ。ただの風邪でも。



そんなこんなで、風邪菌たちが、住みやすいなぁ〜と思っているのもつかのま、
「あたし」の体は、体温が上がってきて、風邪菌たちには、住みにくくなってくる。

風邪菌をやっつける、なんとか細胞とか、免疫たちとか、こぞってやってくる。

それで、風邪菌をやっつけて、「あたし」は元に戻るんだ。


風邪菌は、子孫が残せたから、細胞に侵入した目的は果たせたよね。
自分たちは、やっつけられちゃっても。






それが、地球と生物たちとの関係と、同じだと思うの。


あたし&風邪菌 = 地球&生物


あ、「風邪菌」の部分はは、ほかの細菌や、ウィルスとかと、読み変えてもいいよ。


posted by 辰多みか at 00:02 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

エコってなんだ? エゴじゃないの?

青い地球。



綺麗だよね。



でもね、地球は 別に青くなくてもいい って思ってるかもしれないよ。

「地球が怒ってる」って だから 「エコしよう」って。


あのぉ、あたし、地球は 怒ってないと思うよ。

ていうか、怒らないと思うよ。


あたしたち人間より、神様に近い存在だと思うよ。




ちなみに 神様も 怒らないと あたしは思うよ。



地球は 自然は 宇宙は 


ただ 反応してるだけだ。


化学反応。



火を燃やせば 二酸化炭素が出るし。


ただそれだけだ。



それを 怒ってる って  ものは言いようだな とも思うけど

子どもたちに対しては その言葉、効くよね。


でも 大人が それを うのみにしちゃいけないよ。



地球はなんにも 怒らない。




ただ、人間に、 他の生物たちにも、 

自由にしていいよ って言ってるだけだ。

みんなに。

平等に。





あたしたちをありのままに 認めてくれてるだけだ。

それで ただ 回ってるだけだ。


回る回る地球から 振り落とされないように
あの手この手で しがみついてる私たち。


それのひとつが 世間が言ってる 「エコ」




地球が怒ってるように感じるなんて


自分の中に やましい所があるんじゃないの?

まあ、やましいよね。自覚あるよね。



地球が怒ってるから、自分たちは住めなくなるんだって、

地球に失礼だよ。被害者妄想だよ。




地球を汚して、他の生物を排他しちゃっても

人間だけは なんとか地球に住まわしてくれ だなんて

これこそ エゴ だよね。



あたしもその人間の一人だ。


あたしは、ただ、ものの言いように 違和感を感じてるだけなんだ。


地球に、こののちも 住み続けたいのだったら

人間のあり方を考えていかなければいけない。
posted by 辰多みか at 00:01 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

「本当の幸い」をみつけにどこまでも行こうよねぇ

夏だね。


夏になると

宮沢賢治の


「銀河鉄道の夜」が読みたくなる




ジョバンニ少年が、 死んでしまった幼なじみのカムパネルラの魂と、
彼がもう死んでるという事に気づかないまま、一緒に銀河鉄道に乗って
しばしの旅に出るお話だ。


ジョバンニは いじめられっ子だ。家族にはいちおう愛があるが、家庭環境は不全で貧乏だ。

カムパネルラは 思いやりのあるいい子。家庭は裕福だが母が亡くなっているらしい。


ふたりは銀河鉄道で旅に出て、

しあわせな人や幸せでは無い人、

色々な人に出会い、




ジョバンニ少年は 

「本当の幸いとはなんだろう」と何度も問いかける。
自分自身にもカムパネルラにも。


「本当のさいわい」を見つけるために、
カムパネルラに「どこまでも一緒にいようよねぇ」と
すかりつくように話しかけ、振り向くと


カムパネルラはそのタイミングで 目の前から消えてなくなってしまう。



結局、ジョバンニ少年に
「ほんたうのさいはひ」はわかったのだろうか。


カムパネルラが溺死したかもしれないと、カムパネルラの父から聞いて、
さっさと家に帰ってしまった、ジョバンニ少年。


なぜ さっさと帰る?
あっさりしすぎて 違和感がはんぱない。


でも

あたしは、その潔さから、



「本当の幸い」を


ジョバンニは わかったんじゃないかな、と思う。


幻のカムパネルラが消えて、ジョバンニは泣いて、
そして溺死の事実を知り、あっさり家に帰る。




銀河鉄道の夜は未完成らしいので

本当のところはどうかわからないのだけど。





あたしが思う


「ほんとうの幸い」とは


「不幸が無い人生」ではなくて


「不幸が起きないように 先回りして先手を打つ人生」でもなくて


「不幸を 不幸 だと 受け止める力を持てる事」だと思う。



泣いてもいい。なげいてもいい。

でも、そんな感情の爆発がおさまったら、

ちゃんと その不幸を認めるんだ。

誰のせいでもない。


ただ、そこにある 不幸。




神さまは、大変 公平だから、


幸も不幸も、ちゃんとみんなに 平等に与える。




そんなときに不幸に押しつぶされないように

あるがままを認めるのが


あたしたちにできること。

それが


「ほんとうの幸福」


だと思うよ。




そんな時がきたら、


自分がどうできるのか、



今は全然自信無いんだけどね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする
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