2012年12月30日

古代日本文字の「ナ」

古代の日本語(倭語?)に超興味があった時期があって、

ネットでいろいろ見たんだけど、その時あたしの目を奪ったのは、

「な」の文字。


「な」は、「ナ」と書く。あたりまえじゃん、といわれそうだけど、

あたりまえだけどあたりまえじゃない。

なぜなら、この古代文字「ナ」は、ひらがなカタカナが出来る、ずっと以前から

日本にあったといわれる文字だからだ。

ひらがな以前に日本に文字は無かった、という一般常識だけど、

実は、違うらしいのだ。



そして、その「ナ」の形が表すものは、「魚」。

古代日本文字には、なん種類かあるんだけど、

だいたいどれにも共通してるのが、「ナ」は「さかな」だということだ。



その、ほかの種類の「ナ」の文字には、そのまんま魚の形の文字があり、

(目もしっぽもついてるよ)

今見てる「ナ」という文字も、左ななめ下に頭を向けた魚の形だよ。



さてここで、なっぱ、さかな、まないた、うお、に登場してもらいましょう。


古代の日本文字のうつりかわりを見てけばわかるけど、

ナ には、もともと魚という意味があったみたいなんだけど、途中から、

食べ物全部を「ナ」と呼ぶようになってしまった。


なっぱ とか、青菜 とか、「ナ」というものは、現代では、葉物野菜を指すよね。

それは、その時、食べ物全体を「ナ」と呼ぶようになってしまった名残なの。たぶん。


肴 というのは、つまりは、酒の肴(さけのさかな)、白い白馬みたいだけど、

酒を飲む時に食べる「ナ」をわざわざ「サケのナ」として区別したのが、

肴 という意味だよ。肴は、なっぱでは役目不足だから(実際お酒を飲めばわかるよね)

やっぱりたんぱく質が好まれる。肉とか魚とか。古代の日本では、ダントツに魚の方が

手に入りやすかったでしょう。だから、酒の肴、転じて、「さかな」=「魚」になったんだよ。


で、まないたは、「ナ」を切る板なんだけど、

「ナ」に食べ物全部っていう意味づけがされてしまったので、

「魚」を乗せる板を、本当という意味の「真」(ま)をつけて、

本当のナ、従来の意味のナ、つまり「真ナ」で、まな としたの。

だから、まないた の「まな」は魚の事なんだよ。



「魚」は「うお」とも読むよね。

「ナ」と「うお」の違いはなんだろう。


江戸時代かそこらの学者の人が(誰だか忘れてしまった)

調べてまとめた文書が残ってるんだって。



その人によると、

「ナ」は、水からあがった(泳いでいない)状態、食材の状態、

さらに食料として調理された状態、つまり、生きていない(死んでる)魚 という意味で、


「うお」は、水の中でいきいき泳いでいる魚 という意味 だそうだよ。




また数字に行っちゃうけど、


「ナ」は「0.9999…」で、

「うお」は「1」だな と感じる。




日本語深いな〜

もっと古代文字知りたい。


posted by 辰多みか at 00:01 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

これから探求するキーワードの覚書き。


あたしの感覚と似た感覚を持ってる理論

ことわっておくけど先にこれらの理論を読んで、感覚があたしに降ってきたのではない。

「神との対話」の本を読むのと同じように、自分の感覚の確認作業だよ。(偉そう?)

答え合わせみたいなもの。

今時間がないから、時間ができたときに、じっくり探求する。そのための覚書き。


p進タイヒミュラー理論

p進数

望月新一さん

テイト・シャファレビッチ群

楕円曲線

---以上、覚書き。


あたしの感覚とは、

1は、絶対に0.9999999999999999… と同じものではない、という感覚。

アキレスは、絶対に、カメに追いつかない、という感覚。


もし、1と0.9999999999999…が同じものだったら、アキレスはカメに追いつく。

けれども、そうではない。1と0.999999…はイコールでむすべない。


なにかの理論で(なんだったか忘れたけど)、アキレスはカメに追いつけるよと、論破したかの

ように言うのは、それは、1=0.9999999…という考えのもとで言ってるだけであって、

もともと、追いつく設定になってるから、というだけである。




現実世界ではカメに追いつき、抜くことができるけど、その理由は、アキレスとカメは、完全に別人だからである。

(カメが人ではないというつっこみはおいといて)


それと、進む方向が、トラックの線でも、暗黙の了解でもなんでもいいけど、ふたりの間で決めてあり、

到達地点の判定基準線も、進む方向に直角、とちゃんと決めてあるからである。

(だって、追いつきそうになった瞬間、その判定基準線が移動したら、判断できないでしょ。

たとえば、ゴールテープを持つ人たちがカメびいきで、追いつきそうになったら片っぽの人は

カメの隣に居て、もういっぽうの人は、テープの先が常にアキレスの前に行くように、

円運動させたら、判断できないでしょう。アキレス側の人はすごい勢いでぐるぐる回らなければならないけど。

あ、アキレスも回るか。コントみたいだ。)




現実世界のアキレスとカメの間にあるのは、各々を輪郭づくる、ゼロで、

それが、別人 という意味で、


ゼロは、切れ目 という意味。

連続していないという意味。

ドーナツの穴も、同じ意味。

そしてゼロは膜みたいなものだけど膜が「有る」のではなくて、そこには何も「無い」。



別人というのは、アキレスとカメが、個々に、完全な「1」を持っているということ。


それは、0.999999…の状態では、皮膚が無い人間のようであり、

皮をむいたリンゴのようであり、あ、ちょっと違うな。




0.9999…は、確かにモノ(数)の本質だけど、もしもそれだけでヒト(=1)を表せるとしたら、

ちょっと怖いこというけど、



切られて、命がなくなっちゃったヒトと、

生きてるヒトを、同じものだと言ってると同じことだ。




ゼロの膜がない、0.999999…は、生きていられない。

ゼロの膜があって、はじめて、「1」という形を取れる。


そう思うんだ。





数の世界で、実数というのは、ただの「見た目」で、幻で、

(それは ゼロも 1も 2も みんな同じ、「見た目」、ただの区切り線というか点。

原点にゼロという数を当てるという約束だけで、本当の何も無いという意味のゼロではない)


ほんとうは、数とは、ゼロの膜を持った、「1」が、くっつきあってできている、

みたいな、世界なのだと思う。


接着されてないから、数をそのまま(1のまま)、バラバラにする事も可能だよ。

一カ所を押すとぴょこっと飛び出る。そう、ちょうど、ピアノの鍵盤みたいに。

あたしは、その「数」の手触りは、四角いグミだな。まわりに薄氷みたいな砂糖がついてるやつ。

ゼリー菓子はなんとなく違うな。(まわりの砂糖がグラニュー糖だから)

うん、そうそう、「さくらんぼもち」がぴったりだね。(駄菓子屋に売ってる、あの、つまようじで食べるやつ)




その感覚を探求したいの、

暇になったら。





ああ、もしかして、シュレディンガーの猫 って


生きてる猫 「1」

死んでる猫 「0.9999999999999999…」


ということなの?

だから 1=0.9999999999…なの?



生きてるから「1」⇔命が「無い」から「ゼロ」ではなくて、

(生きてる猫「1」 死んでる猫「0」ではなくて)、


「無い」のは、自分を自分として確立する、自分で自覚する、自分で認識する、ための、

「意識」が無い っていうことなの?

存在意志 っていうか。



だって肉体としての体は、生きてても死んでも有るよね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

道具としての数学

あたしは仕事で、三角関数を、

定規や分度器と同じ、道具として扱う。


シグマも、フルイの目として扱う。

それだけだ。


ああ、もっと若い頃に、数学の本当の意味に気づいていればな。
posted by 辰多みか at 00:01 | 機械工学・道具 | 更新情報をチェックする

確率の神さまがあたしに降りてきた最初の時。


これは悲しいお話だよ。

あたしがまだ、最初の神様も見てない頃。

(気づきのずっと前)



はじめて妊娠した時のこと。


もしかして!?と、期待大で、勇んで病院へ行った。

結果は、陽性だった。嬉しくて、うわぁ、と体がほころんだ。

その時、まさに、間髪いれず、先生はおっしゃった。


「おめでとう、は、まだ言いませんよ。

テレビのドラマでは、すぐ言うけどね。

ここに、10人の妊婦がいると、そのうち、ひとりかふたりは、必ず、流産します。

それは自然で決まっている事です。

あなたがそうなるとは言わないけど、それは、誰にもわからない。

だから、4カ月の安定期に入って、母子手帳をもらって、はじめて、おめでとうです」


そう、優しく、真顔でおっしゃった。


その時、あたしははじめて、自然流産率というものを知った。

結構な確率だよ。15パーセントくらいだよ。


もしもね、学生の頃のクラスの女子全員が、結婚して妊娠したとして、

40人クラスの半分の20人が女子で、そのうち10人に1人か2人が自然流産だとしたら、

クラスに、3人は、流産を体験する子がいるって事になる。

一人っ子じゃなくて、ふたり産むつもりとすると、当たる機会が倍になるから、

6人? だぶってる子もいるだろうから、そこはどう計算するか知らないけど、

5人くらいにはなる?

なんてことだ。

実にクラスの1/4は流産する可能性があるんじゃないか。


ええーっ て思った。




もしも、自分が、10人子供がほしいと思ってがんばったら、

必ず人生一度は、流産するって事だ。

戦時中の、子供を産む人数が多かった時代、おかあさんたちは、

ほとんどみな、流産を体験しているということだ。

戦時中だから、生まれた子が無くなる確率も高かっただろう、今とは比べ物にならないほど。

どれだけ苦しくて悲しかったか。



そんなの、誰も教えてくれなかった。

教えたら、パニくると思って?



あたしはそのあと、順調に、アタリに当たらずに、(アタリって表現ダメだな)

無事出産。


そして、次の妊娠。

先生は、また、同じ事をおっしゃった。

ふたり目の時も、ぬかりなく言う。


そして、診察の最後に、こう付けくわえた。


「この子はちょっと小さいかな」


先生は、もう、大きさでわかるんだ。




若干の不安がよぎった。

一か月近く、不安をかかえながら過ごした。

そして、当たった。


出血した。鮮血だった。あたしはそれを見た瞬間、

もうだめだ、と思った。


ああ、見る前に、流れる感覚で、もう、わかったんだ。

まさに、流れる、ながれる・・



すぐに病院に行ったけど、心拍がもう無かった。


そして、この子は最初からこういう運命だった、と先生に言われた。

「最初に言ったでしょう。 10人中1人か2人は、必ず流産する。」



そして、手術の予約をして、待合室で会計を待っているあいだ、

わんわん泣いた。人がいる所だったけど、ちょっと隅だったけど

止められなかった。みんな見て見ぬふりをして、受付のおねえさんも、そうした。

それが、妊娠を経験してる女どおしの優しさだった。



手術をしたけど、全身麻酔から覚めた後が気持ちが悪くて、痛くて、苦しい。

1人目の妊娠出産も、気持ちが悪くて、苦しくて、痛かった。

人を産む、というのは、痛くて気持ちの悪いことばかりだと、思った。



でも、それでも、子供がほしくて、

またすぐ妊娠。

でも、その子も、あっという間に流れた。


それで、ようやく次が順調にいって、産まれた。

人を産むのって、奇跡だ。

つわりがひどくて、後産がひどくて、生命力が2割減した気がして、もうもう、これでいい、と思った。



その時、自分のまわりには、みんな口には出さないけど、流産して、

苦しい思いをした人が、本当は、たくさんいるんだな、と思った。

みんな、苦しくて痛くて気持ち悪くて、そして悲しい。




神様は不公平、と思わなかった。

神様は、公平だ、と思った。幸福も不幸も、すべて公平に、降らせる。



あたしたちは、その降ってきたものに、当たるか当たらないか、それだけなんだ。

雨つぶに当たるのと、同じことなんだ。

posted by 辰多みか at 00:00 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

素数のさざなみ

素数は、波でできている、というか、

波で出来た、結果が、素数。


波は、上下運動に見えるけど、

あたしたちが感知できない部分(上下波の水平線を、

水平線が点に見えるように、進む方向から見る)では、きっと円運動なんだよ。

そう、コイルみたいなの。コイルみたいなんだけど閉じてるの。

その円って、もしかしたら四次元球の影なのかもしれない。

だから、球なのかもしれないけど、


円だから、輪郭にゼロがあって、他の空間とは、連続してないの。



そんないろんな波、不連続な円が、干渉しあって、

ひとつの波になって、波の上下運動が、ゼロの横線(水平線)を

横切ってる部分が、素数。


それで、素数が現れる頻度には、確率もかかわってるんだよ、きっと。


ヒストグラムの、ハズレの点まで、考慮しなければいけないんだよ。

神様が決めた バラツキ 、それこそが、素数


なんじゃないの?



よくわかんないー
posted by 辰多みか at 00:02 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

この世の形。この世の原点はゼロではない?

あたしはずっと、ゼロが原点だと思ってたんだけどさー。



どうも、違うんじゃないかな、と思うようになってきた。

そんなこと言ってる人、誰もいないんだけど。

いるかな? (ネットで調べても出ないよ)


たぶん、1が原点で、

その原点は、直径が 1 の 円 で、

1の中心は、0.5ではなくて、あくまでも、1 で、

座標 0から1の間では、

0.5が一番大きな 数で、

座標 1から右へ向かう方向では、

2が一番小さな 数


1から、左の、0.5と、右の 2では、

見た目の距離が違うんだけど、本当は、同じ距離で、

0.5と2は、どちらも、素数 なんだよ。


0.5は、1/2 なの。だから素数(の逆数)。

原点の1 は、1/1 という 意味なの。


0.5と2が同じ距離になるような数式が入ったメガネで見てみると、

1を中心にした、ほぼ半径 1 (近似値で1、積分して1 数値でいうと、

0.999999999999999999999999999999999999999999999999999999…永遠に続く)の円ができて、

円の殻とか、膜にあたる部分が、ゼロ なの。


右側の、無限大に発散するように現実では見える所は、


そのメガネで見ると、収束して、閉じた空間になるの。


ずう〜っと、ひとまわり、ゼロで囲まれてるの。



座標のゼロから、1を中心に、時計回りに回ると、

上に行った部分は、虚数空間で、虚数空間は本当の現実世界では、上ではなくて「あっち側」ね。

(ああ、あっち側というのは、天国とか霊の世界とかいう意味ではないよ。)

それで水平線あたりは、現実世界で、水平線をとおりすぎて、今度は下に向かう部分も、虚数空間ね。




それが、この世なの。


だから、この世は、 ただ有る だけ、

1 だけ


なんじゃないかなー。
posted by 辰多みか at 00:01 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

メジャーのゴロー

なぜか娘が

アニメのメジャーの、吾郎の、新しい方の姓は何か、あたしにきいてきた。

吾郎の旧姓は、本田だよ。

あたしの頭にうかんだのは、


「し ま だ」



あたしはほとんど見てないから、この程度の知識だ。


しまだ ではない、ということで、

ふたりで一生懸命考えたけど、

やっぱり、最初の文字は、「し」しか思いつかない。


この色、この手触り、やっぱり 「し」だよな。


で、いろいろ、「茂」という漢字を娘が思いだして、

茂森? 茂木? とかでたけど、しっくりこなくて、

最終的にネットで調べたら、「しげの」だったんだけど、


色と感触で覚えてるということは、あたしは、たぶん、

漢字を目にしたことがなくて、アニメの音声でしか

その名前を認識してないんだ。

やっぱり音声での記憶は、文字は色になっちゃうな、と

再認識した場面だった。感触もついてくるけどね。


(ちなみに、「し」の色は、白で、

感触は、細かい波が規則的にならんでて、ざらざらした感じだよ)
posted by 辰多みか at 00:00 | 自分 | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

プリヒタの素数円

過去の事(数式の先に神を見たこと)を思いだしてきたら、

またなんか素数フィーバーがやってきて、

素数とパイの関係をちょっと検索してたら、

プリヒタの素数円 というのを見つけた。

はじめて見たよ。

24分割に自然数を年輪状に並べていくと、

素数は、放射状に一直線に並ぶってこと。



実際、綺麗にまっすぐ並んでるよね。

ふーん、と思ったけど、

これ、不思議だと思うことかな?!


あたりまえじゃん、と思うんだけど。

いわば、そういうふうに並ぶような設定条件なんだから、あたりまえじゃん

と思うんだけど??


じゃあ、たとえば、24分割じゃなくて、

二分割だったら?


素数は、2以外は、偶数はありえないので、

(偶数だと 2 で割れてしまうので、素数ではない)

2分割にすれば、素数は、片方の軸に、おもいっきり、まっすぐ並ぶよね。2だけ例外で。

それはもう、潔く。



そういうことだと思うんだけど。


posted by 辰多みか at 00:00 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

標準偏差の話

わけわかんない人とか、嫌いな人とか、いっぱいいるだろうけど、

標準偏差。

さんしぐま とか ろくしぐま とか

しっくすしぐま とか

だからトヨタはすごいとか。


そういう、
σ
の話。


ひとことだけ言うと、

Excelの関数で、

STDEVP

STDEV


の違いがわからない、というか、違いはわかるけど、どっちを

使っていいかわからない人がもしかしたら、いっぱいいるかもしれないんだけど、


STDEVP を使うと、不良品にカウントされるのが STDEV より多くなるよ。

だから、消費者からすれば、STDEVP を使ってくれたら、損しなくていいので嬉しいのだ。

だけど、たぶん、STDEV を使う方が、本来の定義にそった使い方で、こっちが正解なんだ。


あたしがかかわった仕事で EXCELの表計算に STDEVP を使ってる会社があった。

うん、不良品はできるだけ社内から出さない、という良い会社なんだな、と思うようにした。

もしかしたらバラツキをよりはっきり知りたいのかもしれないしね。

と、無理やり思ってみたけど、σn-1 STDEVP と書いてあって、

これは根本から間違ってるな…と困惑した。



シグマとかいってるけど、あたしの仕事は、

生産管理ではないです。



あ、そうそう、3σと、シックスシグマ(6σと書いたらいけない)は、

「3と6の違い」なんじゃなくて、

考え方自体が違う事だからね。

3σは現場で使うフルイの目だけど、シックスシグマは、経営手法の名称だから。
posted by 辰多みか at 00:01 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

ありがとうリーマン

リーマンといっても、リーマンブラザーズの方だけど。

リーマンショックは、あたしの仕事の業界に大ダメージを与えて、

ある日、会社に仕事をもらいに行った時、担当に言われた。

「今は受注分があるけど、それが終わったら、2年は仕事がない」と。

本当にそのとおり、まるまる2年は仕事がなかった。

幸い、あたしは大黒柱ではないので、

別の仕事をやったりやらなかったり、けっこうのんびり過ごして、

今思うと、人生の中で、ゆったりした時間の使い方の体験をさせていただいた。

(いつ仕事がくるか、気が気でない部分もあったり、壊した腰を修復する時期だったり、

入院・手術とかあったけど。)


だからあたしは、ありがとうリーマンと思う。

まあ、大黒柱だったりの、当事者は大変だったろうけど。

うちの近所は、同業種が集まる地帯なので、ほかのままさんたちから、

聞く話は、悲惨なものがあったし。


その、仕事がない時期に、工学をまた一から勉強しなおす機会に恵まれ、(工学の勉強はそれまでも3回やっていて

その時4回目だった、大学教授から教わったりしたけど、あたしは大学には行ってない)



国家資格もとれて、また仕事が戻ってきて、今にいたるわけだけど、

本当に、貴重な二年間だったな〜とあらためて思う。

それがなければ、統計学もやらなかったわけだし。

(仕事ではそれまでは公式だけは使っていた。意味もわからず)


それで、統計・確率から、標準偏差とか誤差とか精度とかの定義の違いが

あたしはよくわからなかったので、深〜く調べていくうちに、

不確定性原理に行きあたって、それから、量子、多次元、虚数軸、複素数、

そして素数の規則性まで行ったんだ。

そこであたしは、二度目の神を見たの。


だから、やっぱりありがとうリーマンと思う。

あ、ブラザーズね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

リーマン予想

子「おかあさん、何の本読んでるの? 」

母「リーマン予想 だよ。」

子「リーマン? 予想?」

母「リーマン予想。

 サラリーマンが週末になると馬を見に行く話だよ(笑)」

子「馬の? 小説これ?」

母「回収率が105%を超えるように日々計算してるサラリーマンの奮闘を描いたお話」

子「??」

母「一着・二着と予想するんだけど、ゼロ着を予想するのは難しいな〜というお話」

子「表紙が馬じゃないけど。」

母「嘘だよ」

子「・・・じゃあなに」

母「中世の預言者が、1929年に世界に大変な事が起こるって預言したんだけど、預言は他にもあって、

 2008年も危ないよ っていう話」

子「ああ(納得)。1999年は? 2012年12月は?」

母「特に預言してない」

子「この(表紙の)人がリーマンショックを預言したの?」

母「嘘だよ」

子「もう、ほんとはなんなの」

母「神様がいるかどうかっていう話」

子「ああ。嘘でしょ」

母「ほんとだよ」

子「うそ」

母「本当」






子「神とか、おかあさんだいじょぶ? 中二? しっかりして」







母(46才だけどー)
posted by 辰多みか at 00:00 | 数の世界の神様 | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

2度神様を見た事と、子ども時代に感じた視線

あたしは、何度も書いてるように、

一度、「気付き」があって、

それは、30代後半ごろ浜名湖競艇の横の道で、自家用車の後ろの席に乗ってる時で、

それは、人によっては、「悟り」と呼ぶものかもしれないと思ってる事で、

それが、あたしが、神様を見た、と感じてる、一回目。


なにがきっかけで、「気付き」があったのか、「直接の動機」が思い出せないんだけど、

そのころあたしは、悩んでて、(まあ、過去にも常に悩みはあったけれど)

悩んだ末に出てきた結論が、「あたしは、モラ妻・モラ母・モラ嫁になりたいと

望んでいるのかもしれない」という事。

それは、自分では、無意識で。あたしは家族にモラルハラスメントをしようとしてるなんて、

思ってもなかったけれど、自分の行動を分析してみると、確かにあたしのしている事は、モラルハラスメントだ。

そう、自覚した矢先に、「気付き」があった。

とても不思議な感覚だった。



人はひとりひとり、みんな自分の内側にそれぞれ神様を持っていて、

この世の見るものすべてが、全部神様だった。

神を探す時、探求するのは、自分の内側で、そして内側は、すべての外に繋がっている。


そう思った。


けれど、その気付きの感覚は、長くは続かなかった。

ただ、なんか気がついた、という記憶だけあった。



そして、二回目は、統計学を勉強してた時。

特に、標準偏差とかやってる時。40代前半。

追求してると、いつのまにか、複素数の方に行っちゃって、

四次元とか五次元とか、プランク定数とか、オイラーとか

クラインの壺の内側が外側だとか

鏡に映すと次元がひとつ減るとか


むさぼるようにいろんな文献(おもにブログ記事)を読んでしまって、

そして、神様は、

神様は、ただひとつだ、と思った。


以前感じた神様も、実は同じもので、みんな神様だけど、本当はひとつだ。



数式が、神様の輪郭をかたちづくるの。

そうして、人間としての自分と相手を分けるものは、ゼロで、

ゼロとは存在意志なの。


そう思った。




それで、その「気づき」状態を思い出したいんだけど、

なぜ、ずっとその状態が続かないのかなと思ってて、

「悟り 体験」で検索してヒットしたものを読んでみたら、

悟り・気付き体験は、すぐその感覚を忘れてしまう。

だから、何度も本を読んだりして、思い出して、状態を定着させる必要がある、ということだった。

三か月くらい。



筋トレみたいに、トレーニングするものだって、知らなかったよ。

そりゃあ、忘れるはずだわ。



それでさらに、「何かを見ている自分」を「気が付いている自分」というのがいる、ということも、思い出した。


そうだ、あたしは、子どもの頃、一時期そうだった。

あたしはたぶんASD(自閉症スペクトラム)だから、ぐぐっと深く意識の中に入ってしまうんだと思う。

小学一年生の頃、たいしたことはなかったけど、車にはねられそうになった事があった。

数日前に妹が生まれたばかりだった。


人の命が誕生するということ、また命はすぐに消えてしまう可能性があること。


ふたつの事を同時に身をもって知った。

その体験後、あたしは、学校の帰り道、ずっと、「死とは何か」を考えながら歩いた。

それはたしか、何カ月も続いた。小学一年生なのにね。


その時からしばらく、「死とはなにか」を考えている自分を見ている自分 を感じていた。


こどもだから、なにがなんだかわからなかったけど、


そのあとも、「自分を見ている自分」の視線を、中学生頃まで、時々感じていた。


高校生になって、俗世(良い意味で)にまみれ、なりたかった「普通」をめざす生活をして、

その感覚は次第になくなってしまったけど、


そうそう、そういうことを感じてたなぁ〜と、思い出した。

その時あたしは、まさに神の意識と同一になってたってことだね。


やっぱりそれも、トレーニングしないと定着しないみたいなんだけど。

だから、脳の筋トレをがんばるか。




でも、その頃、「変った人」「凡人とは違う人」と扱われ、

(テストの点が良くて授業は常に挙手してたので「天才」と呼ばれ)

同級生なのに、つねに「さん付け」、敬語で話され、

あたし自身も、「まわりのみんなは、あたしと同じ感覚の人がひとりもいない」と感じ、


そして、それが嫌だったので、「普通になりたい」と自分自身に懇願したのだった。

その頃のあたしは、あたしなりに悩んでいたんだよ。



でもまあ、あたしも大人になったし、

神様の話をしてもおかしくない年になったし、

また神の領域を体験したいから、

やっぱり脳の筋トレをがんばるか。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

1円玉で理系と文系・神様の領域と人間の領域

いちえんだまを見た時。



アルミニウムだな と思うのは、神様の領域で、

これは一円の価値だな と思うのは、人間の領域なの。


人間の領域は、人間の思惑によっていくらでも変更可能なので、
お金の価値も、あいまいなものなんだよ。
それを書き記したものが、歴史なんだよ。




神様の領域を未来に向けて追求するのが、理科・数学の、理系 で、


人間の領域を過去に向けて追及するのが、社会の 文系 なの。

人間が過去に決めた言葉を追求する国語も、そうだね。



(もちろん、社会科・国語は、大事な学問だよ)



だから、あたしは、社会科が嫌いだったんだな〜。

高校時代は文系だったんだけど。
posted by 辰多みか at 00:00 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2012年12月08日

完全な自分と不完全な自分

昔むかし、世界がひとつだった頃

世界は「自分」で、


「自分」は完全だった。


「自分」は永遠にひとつで、


光も闇も無く、

時間さえ「自分」の中に在ったから、



ただ、「自分」は「在る」という存在だった。

「在る」か「無い」かでいわれたら、「在る」という、

1か0かでいわれたら、1 という、それだけだった。




「自分」は力を持っていた。





「自分」は常にふるえていた。



なぜかというと、そういう仕様だから。


ただ在り、ふるえる力を持っていた。





ふるえる力によって「自分」は「自分」の中に、

「ゼロ」でできた膜を取り込み、

分割していった。


ひとつひとつの「自分」が、かつて「自分」だった、大きなゼロの膜の中に、

たくさん出来、そして、「自分」と思い込んでいる、アワ玉のひとつは、

他のアワ玉は、「自分ではない」と認識した。




その認識が、すべてのアワ玉で起こった。

なぜかというと、ひとつのアワ玉と全く同じ見た目・中身のアワ玉は、

存在してないからだ。



分割したとたん、「自分」は不完全になった、が、

「自分」の意識のままでいたので、不完全さに気がつかなかった。



形的には、完全な球ではなく、そのままでは丸くはなれず、

せいぜい切頂八面体みたいにしかなれない。

細長く伸びてるのもいるし、隣りの「自分でないもの」がせり出すせいで、

狭い思いをしている「自分」もいるのだ。

だから、まず、形が不完全だ。

数値的には、完全な1ではない。足りない。



ひとつのアワ玉になった「自分」は、最初その形のまま、完全だと思っていて、

そう振る舞う。



すると、まわりのアワ玉たちから、「おまえは完全ではない」と言われる。

直接言われる事もあるし、態度で示される事もある。

まわりは、アワ玉の形・大きさを目にして、そう言うのだが、

「自分」はなかなか受け入れられない。


そのうち「自分」も、まわりには完全なアワ玉はひとつもない、と気が付く。


そうして「自分」と同じだと感じる不完全を持っているアワ玉に対して、

恐れ、怒り、責任をなすりつけるようになり、苦しむ。




本当は、「自分」は、永遠に存在する、大きなひとつなのに。

なろうと思えば、「かつての自分」と同じ、球になれる可能性を持っているのに。




「かつての自分」は、分割した「自分たち」を内包しながら、

ふるえ続ける。



ゼロはどこまでも、無限に浸透していく。

浸透するというのは、分割を続けるという意味で、

すべての数がゼロに置き換わり世界はゼロになる という意味ではない。


「自分」は、自分自身を、無限大まで、分割していく。

なぜなら、「数」に果てがないからだ。

それが「永遠」の由来で、世界のはじまりと終わりだ。



分割は無限大まで続くが、


ゼロが形を変えて伸びる率は、約2.71828倍 にしかならない。

それ以上に伸びると、膜がはじける。

ゼロの膜の寿命が、ひとつの「自分」の寿命だ。



本当は、この最初の、大きな「完全な自分」の球は、

三次元ではなくて、四次元以降にいるので、

中身がはじけると、それは、ひっくり返って、球の外に出るのだ。


そしてまた、新しい膜ができて、新しい「自分」が生まれるのだ。

「自分」の中身は、リサイクルされている。





あたしたちひとりひとりの「自分」は、この世界、この宇宙に

在るものすべて足して、完全でひとつだ。


その意味では、あたしたちは、ひとりも不必要な人間はいないし、

不必要な物質・不必要なものごと、出来事は無い。



この世界に在るものすべて、完全なひとつの「自分」にとって、必要だ。


かつての、最初のただひとつの「自分」を、神と呼ぶなら、

今この世界に在るものすべてが、「神」だ。



という事を、さっきお昼ごはんに、水菜と肉団子のスープを食べながら、

NHKの生活笑百科を見ながら、


ぼんやり考えていた。




以前、浜名湖競艇の横の道で、ぼんやり考えてた事も、こういう事だった。




でも、最初はひとつで、あとは永遠に分割しつづける、というのも、

力が外部から働いた、と考えないと、

ちょっと無理あるな、とやっぱり思う。


それで、力がどこから出てくるかはわからないけど、

「そういう仕様」という部分は、

統計学や確率を独学してる時に、思った事で、

それがあたしが、数式の向こうに、神様を見た瞬間だったの。


「そういう仕様」をつくったのが、まさに、神様だと思ったの。



数式というのは、たとえば、オイラーの等式とかなんだけどね。
posted by 辰多みか at 00:00 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

自分がなにものか「思い出す」

自分がなにものか「思い出す」という表現が、

なんだか、エゴからきている、ようにみえてならない。


本当は、思い出しているんじゃなくて、

やっぱりはじめて「知った」事なのに、

「思い出す」という表現を使うのは、

それが、もともと魂は知っているという条件がついている事柄だからだ。


もともと知ってるんだから、

「思い出す」って表現しないと、と思うよねぇ。でもこれって、

自己主張ていうか、エゴの言葉だよねぇ。

「初めて気がついたこと」なのに・・・


あたしも使ってるけど。
posted by 辰多みか at 00:02 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

神との対話92ページ

92ページまで読んだよ。

途中、「三位一体」の所で眠くなって、うとうとしていたら、

三位一体のものが浮かんでは消え浮かんでは消える夢を見ていたよ。


で、なんかハアハアなって、起きた。読んでたページが全部おでこで

折れ曲がってた。



この本は、「真実」だと思うけど、


あたしが思ってる(見た)神様と、


ほんのすこ〜し、違うな。



まず、神様は、最初から、「存在のすべて」。

「在る」という存在で、完璧ですばらしいものだった。これは、そう、そのとおりだと思う。


で、神様は、そのままだと、対称になるものが無くて、

「すばらしい」ということが体験でわからないので、

それを体験したくて、まず、ふたつに分かれた。


ひとつと、ひとつと、あと、分かれるために、無(ゼロ)ができた。

ひとつは、「自分」で、もうひとつは、「自分でないもの」そして、それを包むゼロ

「自分」は「すばらしいもの」で、「自分でないもの」は、「すばらしくないもの」

これが、本に書いてあることだよ。



そうだ、あたしが、ゼロは「存在意志」だと思ったのは、この事なんだ。

このゼロは、本当の本当の、「何もない」という意味のゼロだよ。

で、分かれるために、ゼロができたんだけど、そもそも、神様が存在してるのも、

最初から「ゼロ」をまとってるから、とあたしは思う。

ゼロはいろんな形になる事ができて、連続してるんだ。



でね、ここからはあたしの考えなんだけど、この「自分」と「自分でないもの」は、

「自分」が 1 で、「自分でないもの」が -1 てことだよね。 

対称で、反対だから。


で、それを式にすると、こうなるよ。

1 +(-1) +0 =0

ゼロになっちゃうよ。

1/2でもいいんだけど、そうすると、

1/2 +(-1/2) +0 =0 やっぱりゼロだよ。

神様、存在してないよ。



だから、あたしは、こう考えてた。


神様が完璧な、「1」だとすると、

「自分」は1/2で、「自分でないもの」も、1/2で、ゼロは、0だね。

で、1/2+1/2+0=1 なんだ。

自分も自分でないものも、数値にすると同じなの。





同じ、プラス の座標系 で起こってる事なの。


それで、「自分」は元々「すばらしいもの」だったんだけど、分割された事によって、

欠けた、完璧じゃない物になったの。



たぶん、座標系は、平面のあちらへZ方向があって、

おのおのの1/2は、Z方向へ回転していて

その回転角度で、「色」が決まるの。

1/2は数値的には同じなんだけど、色が違うの。


でね、たぶん、回転角度も、分割されたすべての数値を合わせると「1(=360゚)」に

なるようになっているんだよ。

立体座標(三次元投影)で考えると、回転角度は、Z座標値におきかえられて、「色」はなくなるの。


で、1/2という数値かもしれないけど、

波の形をしてるかもしれないよね。

高いところ低い所、打ち消しあう平均の横線は、ゼロ座標じゃなくて、y=1 だよ。





神様は、経験したくて、自分を分割したと、本に書いてあるけど、


あたしも、以前そう思ったのは、聖書や、日本の神話を見ていて、そう思ったからで、

「ビッグバン理論」もあって、そう思ったからで、

たぶん「神との対話」の作者さんも、数々の神話からヒントを得ているんだ。



ビッグバン理論も、最初、物質と反物質ができて、ほんの少しだけ、物質の方が多かったから、

この宇宙は消えずに、物質が残った、という説があるけど、


その説でいけば、神様は、全く半分には分かれずに、ちょっぴりだけ、プラスが多かった、ということだ、

でも、神様が、自分に対して、そんな不公平をするだろうか?

神様は、完璧じゃなくて、ゆらいでるから、そうなっちゃったんだろうか?

でもそしたら、「完璧」がそもそも定義できない。



あたしが考える神様は、

うん、そうだな、ビッグバン否定になるかもしれないけど、



割れないシャボン玉、もしくは、丸い透明ガラスにはいった、ほんの少しのシャボン液で、


シャボン液の部分は、「ゼロ」で、

中の空気が、「神様」で、



「分割したい」と思ったから、勝手に「振動」して、

ひとつだったアワ玉が、むくむく、たくさんになるんだ。

シャボン液は、アワ玉の表面の回転や膜の薄さで色が変わり、アワ玉は「あれ」は

「自分」と違う色だと認識する。

あたしの神様感は、こんな感じなんだけど、

ひとつ、勝手に振動して、が問題なの。



本当に自分で振動したんだろうか。

だとしたら、神様は、最初から振動していて、そしてその振動は永遠に止まらない。


それか、「神様」の外に、また別の「神様」が横に並んでて、

その別の神様はどんな姿をしててもいいんだけど、

突然ぶつかって「振動」を与えてきたのか?


これって、量子の話なのかな。

やっぱり量子の勉強をしないといけないのか。

めんどくさいな。
posted by 辰多みか at 00:01 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

神との対話

昨日、夜、本屋さんに行ったのは、

「神との対話」という本を買いに行くためだった。



ネットでいろいろ見ていた情報で・・・

たぶん、これに「答え」が出ていると思ったから。



行ってみたら、何冊もあって、

数字なし、A、B、365日の…とかいろいろあって、


裏表紙から見てみたら、数字なし、A、B で

三部作ぽかったので、


三冊買ってきた。

ものすごく厚い本だよ。辞書くらいあるよ。

いつ読み終わるのだろうか。




今朝、最初のから、20ページまで読んでみた。




そうだ、この本は、たぶん、全部「真実」だ。



そして、あたしは、もう、「このこと」を知っている。

この本を読むのは、「確認作業」だ。


そうか、あたしも、「見えた」時、書き記していれば良かったんだ。



最後まで読めば、もう一度、「悟りの世界で目を覚ます」ことができるのだろうか。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2012年12月06日

量子トンネル効果

量子トンネル効果で、人間が、壁を通り抜けられる可能性がゼロではなくて、

もしかして、もしかしたら、通り抜けられるかもしれないけど、

結局、有史以来、そういう人がいたっていう記録がみあたらなくて、

「人は通り抜けられない」という考えにみんななっちゃってる現在。




もしかして、「通り抜けられない」のは、人間の寿命のせいなんじゃないかな??

うーん?
posted by 辰多みか at 00:00 | 光子・陽子・電子・素粒子・量子 | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

気づきと悟り

あたしは、

悟った ことがあるのか?


それとも、「悟り」の境地で、「目を覚ました」ことがあるのか?




ほんの一瞬だったけれど、

あたしは、そんな境地にいた、ていう記憶がある。


その時に思ったのは、


・人はみんな同じで、みんな神様だということ。

・祈りは、世界平和だけでいいということ。

・世界平和というのは、人類が、すべて、自分を愛するようになるということ。

・自分を愛する というのは、とても誤解を生む言葉なので、真意を

 正確に伝えなければならないということ。



悟ったのか、なんなのか、わからないけれど、

目が覚めて、そして、気づいた。



それは、頭に入れた知識じゃなくて、

確かにそうだ、と体感したこと。



あの、海と湖の出会う場所で。




でね、そう思った(感じた)という記憶はあるのに、

今、それを実感できない。

一瞬だった。



なんども書いてるけど、それを思い出すために、


もう一度、(一度じゃなくても、何回も)

体感するために、この日記を書くの。

そう願ってるんだけど、なかなか、


ふたたびの「悟り」はやってこないの。
posted by 辰多みか at 00:01 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

「悟り」の描写

百億の昼と千億の夜 ていう、小説と漫画があるよ。

あたしは、これを高校生の時にどちらも読んだけど、





物語は、まったく、頭に入ってこなかった。



難しい? なんだ?


あまりにもよくわからないので、

何回も読んだ。6回どおりくらい読んだ。

じょじょにストーリーはわかってきたけど、

なんかオススメの言葉の、

「一番美しく、一番悲しいSF」という、フレーズが、

まったく、しっくりこなかった。

「悲しく」ないでしょ、コレ。



ただ、キリストが悪人に見えて見えて、しばらくの間イメージが消えなくて、困った。



まあ、あたしの感想は、おいておいて・・・



この物語の中で、今でも鮮明に思い浮かぶのが、


最後に、戦う少女神「あしゅらおう」が、「悟る」ところ。


たぶん、「悟りの境地」って、こんな感じなんだ。

てことは、この作者は「悟り」を体験してるんだ。

あたしも、こんなふうに、なってみたいな


て思うの。


あ、戦いたい、とかいう意味じゃないよ。



posted by 辰多みか at 00:00 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2012年12月01日

エクセル勝手に大文字小文字変換するなこらぁ

EXCELで表作ってる時。

φ20H7 て打つと、Φ20h7 に勝手に変換されるのよ。

キーボードのCapsLockキー(大文字キー)も、勝手に無効にされるのよ。



いつもは、「そうなる仕様」と思って書いてるから、エンターキー押す時、

ものすごく気を付けて、そうなっちゃったら、なんとか直すけど、

気付かずにそのまま行ったら大変だよ。

大文字と小文字では、全く正反対の意味になっちゃう。




その変な仕様、どうにかしろよこらぁ!!



といつも心の中で思いながら仕事してる。
posted by 辰多みか at 00:02 | 機械工学・道具 | 更新情報をチェックする

生命力20%OFF

なぜゲームでは、生命力ぽい事を、HP というのだろう・・・

HPって「ヒットポイント」 なのに・・・


ていうか、ゲームやんないから、よく知らないんだけど。




あたしの、リアル生命力が、100%から80%まで低下した時の感じを今でも覚えている。


20%が、無くなったわけなんだけど、その原因は病気ではない。



妊娠・出産した事だ。



それも、二人目の時だ。




ひとりめ、つわりがひどかった。体重は、すれすれ40Kg。もうちょっとで30キロ代、まで落ちた。

仕事はしてたけど、つらかった。逆子で帝王切開だった。良く泣き、手のかかる子だった。


が、その時のあたしは、生命力バッチリ、100%以上あったのだと思う。

自分の体はなんともなかった。




そして、ふたりめ、またつわりがひどく、今度はひとりめの後太ったので、

最低体重になっても、45Kgだった。専業主婦で仕事はなく、最初の帝王切開の影響で、

逆子ではなかったけど、帝王切開だった。泣くには泣いたが、手がかからない。

ふたりめの育児って、余裕だ〜と思った。

実際、育児の大変さは、ひとりめの40%くらいだと思った。



けれども、けれど・・・

2か月経ったある日。



体が疲れてるように思えないのに、目のまわりは、ものもらいでいっぱいで、

さらに、視野が狭くなってくる。80%くらいしか見えてないような気がした。

4つ目のものもらいができた時、赤ちゃんをだっこして、目医者さんに行った。

視界が狭い事も告げた。



そうしたら、女医さんはおっしゃった。



「・・・あなたは疲れているのよ」


あたしは、疲れている自覚は、全く無いのに・・・?



そのあと、友達の家に寄る予定になっていた。

友達の家について、ひといきついた時。

むしょうに寝転びたくなって、「ごめんね、寝転ぶね」そう言って、あかちゃんと一緒に

寝転んだまま、あたしは、動けなくなってしまった。



なんだこれ〜

自分が疲れているのがわからない(麻痺してる)ほど、疲れていたんだ。



そのあと、しばらく、家でゆっくり寝たり起きたりの生活をしていた。

目医者に行く前は、ガーデニングとかもしていたのにね。(生後1〜2カ月で)

ゆっくり疲れは回復してきたけど、


「生命力」そのものが足りないみたいだ。そして、それは、休息をとっても

復活してこない事に気がついた。





「生命力が足りない感じ」は、


そのあともずっと続いた。




「20% 足りないな。」


ずっと、そう感じていた。


その20%は、こどもに、そのまま、移行したんだ。




たぶん、ひとりめの時は、


あたしの生命力は、140%くらいあって、


そのうち、30%が、こどもに移行したんだと思う。


それで、110%でふたりめを出産したあたしは、


ひとりめと同じ 30%をこどもに与えて、


それで、80%になったのだと思う。


思うっていうか、そう感じる。




だから、さんにんめ欲しいな、て思ってたけど、


80%-30%だから、


たぶんあたしの生命力は、50%になるから、



どうしよう〜



て、その後ずっと考えていたんだ。




そんな事で悩むなんて、信じられないかもしれないけど、

ほんとうにそう感じるんだから、しかたがない。



「生命力」て何かな、と思うけど、


あたしはそれは、

目に見える所では、「血液」で、

100%以上に蓄えられるって所は、「肝臓」で、

まあ、ぶっちゃけ、「鉄分」かな、と思うんだけど。


「鉄分」だけではないような気もする。
posted by 辰多みか at 00:01 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

業界での読み方・「まる」と「ぱい」編

「φ」 の事なんだけど。



まあ、まずさ、


φ はもともと ふぁい て読むんだけど、「業界」ではソレ全く無視だ。


で、まる と読むのは若者で、 ぱい と読むのは、昭和のおっちゃんだ。


「ぱい」が、本当は、π の読み方だって事も、「業界」のみんなは知ってるが、

やっぱり全く無視だ。



読み方の例をあげとくね。

読み方@〜は、よく読まれる読み方から順番に、@、A… だよ。




 直径2センチ=直径20ミリ

書き方  φ20 
読み方@ まるにじゅう
読み方A にじっぱい
読み方B ちょっけいにじゅうみり


 直径2.1センチ=直径21ミリ

書き方  φ21 
読み方@ まるにじゅういち
読み方A にじゅういっぱい
読み方B ちょっけいにじゅういちみり


 直径1センチ=直径10ミリ

書き方  φ10 
読み方@ まるじゅう
読み方A じゅっぱい 又は じっぱい
読み方B ちょっけいじゅうみり


 直径10センチ=直径100ミリ

書き方  φ100 
読み方@ まるひゃく
読み方A ひゃっぱい
読み方B ちょっけいひゃくみり


そのた

 10センチ=100ミリ

書き方  100 
読み方@ ひゃく
読み方A ひゃくみり


 1センチ=10ミリ

書き方  10 
読み方@ じゅう
読み方A じゅうみり


 0.1センチ=1ミリ

書き方  1 
読み方@ いち
読み方A いちみり


 0.01センチ=0.1ミリ

書き方  0.1 
読み方@ こんまいち
読み方A こんまいちみり
読み方B れーてんいち
読み方C じゅうぶんのいち


 0.001センチ=0.01ミリ

書き方  0.01 
読み方@ ひゃくぶんのいち
読み方A れーてん れいいち (「れー」と「れいいち」の所を強く高く発音する)
読み方B れーてん れいいちみり (「れー」と「れいいちみり」の所を強く高く発音する) 
読み方C こんま れいいち (「れいいち」の所を強く高く発音する)
読み方D じゅうみくろん(←念押しの確認の時以外あんまり使わない)
読み方E しょうすうてんいかにいでいち(←稀)


 0.0001センチ=0.001ミリ

書き方  0.001 
読み方@ せんぶんのいち
読み方A れーてん れーれーいち (「れーれーいち」をわざとらしく発音する)
読み方B れーてん れーれーいちみり (「れーれーいちみり」をわざとらしく発音する)
読み方C こんま れーれーいち (「れーれーいち」をわざとらしく発音する)
読み方D いちみくろん(←あんまり使わない)
読み方E しょうすうてんいかさんいでいち(←稀)


 0.011センチ=0.11ミリ

書き方  0.11 
読み方@ れーてん いちいち
読み方A こんま いちいち


 0.0110センチ=0.110ミリ

書き方  0.110 
読み方@ れーてん いちいちぜろ (「ぜろ」の所を強く高く発音する)
読み方A こんま いちいちぜろ (「ぜろ」の所を強く高く発音する)
読み方B ひゃくじゅうみくろん(←稀)


0.11と0.110は、数値的には全く同じに思えるけど、「業界」的には、

違う意味を持った数字なんだ!! (最後にゼロがあるかないかで)



 ±0.25ミリ

書き方  ±0.25
読み方@ ぷらまい れーてんにーごー
読み方A ぷらまい こんまにーごー



 +0.2/-0.1ミリ

書き方  パソコンで書けません (上下に並べて書く)
読み方@ ぷらすこんまに まいなすこんまいち
読み方A ぷらすれーてんに まいなすれーてんいち



 +0.018/0 ミリ

書き方  パソコンで書けません (上下に並べて書く)
読み方@ ぷらすれーてんれーいちはち、ぜろ
読み方A えっちなな 又は えっちはち (状況による)



 0/-0.018 ミリ

書き方  パソコンで書けません (上下に並べて書く)
読み方@ ぜろ、まいなすれーてんれーいちはち
読み方A えっちなな 又は えっちはち (状況による)



 φ12.6325センチ=φ126.325ミリ

書き方  φ126.325
読み方@ まるひゃくにじゅうろくてんさんにーご
読み方A まるいちにーろくてんさんにーご
読み方B ひゃくにじゅうろくてんさんにーごーぱい
読み方C いちにーろくてんさんにーごーぱい


 12.6325センチ=126.325ミリ

書き方  126.325
読み方@ ひゃくにじゅうろくてんさんにーご
読み方A いちにーろくてんさんにーご(あまり使わない)


 2.6325センチ=26.325ミリ

書き方  26.325
読み方  にじゅうろくてんさんにーご


 2.0325センチ=20.325ミリ

書き方  20.325
読み方  にじってんさんにーご
posted by 辰多みか at 00:00 | 機械工学・道具 | 更新情報をチェックする
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