2013年06月16日

白目が青いあたし


あたしの白目は青い。

今は、もう年で、いろいろ濁ってきて、充血もしてるから

以前ほどは言われなくなったけど、

あたしは、白目が青い。

青色強膜 というらしいよ。

よく、「白目、青いね〜」と、のぞきこまれて言われた。

もともと目が、甲状腺異常を疑われるほど、

人より数倍(!)大きいし、三白眼だし、目立つんだろうね。



そして、母からよく、「神経質だ」と言われた。

こまかいことをいちいち守ろうとするらしい。

つまり、禁止されてる事は極力やらないように、

常に神経を張ってるらしい。

あたしはただ単に怒られたくなかったんだよね。


そして、こだわりが強くて一度決めたらひきさがらない。


そういう子どもは、

「かんのむし」が居る、と、昔から言われてたらしい。

(それを知ったのは、なんとおとといなのだ)


あたしは、20才くらいのころ、指先から「かんのむし」を

出す方法、というのを、なぜか本で知って、そしてその本は、

その方法が「インチキ」だと主張していたので、

虫を出すのはインチキだと、つい最近まで思っていた。(おとといくらいまで)


そして、あたしが虫持ちだとは、夢にも思ってなかった。(自分の事を知らなかったからね)

そうかー…、あたしの中に疳の虫がいるの…



それでね、前にね、白目が青くて神経質な子は、

インディゴチルドレン だと、なにかで読んで、

あたしはもしかしたら、インディゴチルドレンなのではないかとか

思っていたのだけど、まあ〜、虫がいただけなのね。

(だけって言っちゃうとなんか無責任?)

虫はさなぎになって、羽根が生えたりするのかな。



どうすればインディゴチルドレンとかわかるのかな?

オーラが見える人に見てもらえばいいのかな?

年齢から言ったら、インディゴのパイオニアと呼ばれる部類なんだろうけど。


あたしは、自分の「使命」は、思いだしたんだけどな〜。

その使命とは、戦うことじゃなくて、

愛を思い出すこと、愛である自分自身を思い出すこと、

自分自身を愛すること

それを伝えること

そして人類皆がひとりひとり、同じように思い出すこと

なんじゃないかと思ってるの。


もしもインディゴとしたら、その使命を果たしたいんだけど、

具体的な方法がわからないの。



posted by 辰多みか at 23:02 | 自分 | 更新情報をチェックする

ミンコフスキー空間


あたしが、「この世の形」と思ってたものの、ひとつは、

ミンコフスキー空間 という 名前がついていたみたい。

特殊相対性理論を考える時に使うんだって。

図を見た時、ドキッとしたわ。

本当はね、円錐は、図みたいにスパッと切れてるんじゃなくて、

上と下に、永遠に続いているんだよ〜。
posted by 辰多みか at 23:01 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

かみさま は 形容詞


なぜ、一般の人々に、あたしがいう"神様"が受け入れられない

(理解がむずかしい)のだろうと考えて、

その理由に、はた、と行きあたった。


"かみさま"というのは、

名詞じゃなくて 形容詞 だった!


"かみさま"というのは、便宜上、あたしはそう呼んでいるのであって、

感じる人によって、どう呼んでも、良くて、

他の人はね、"天使"とか"ミカエル"とか"ハイヤーセルフ"とか、

はたまた、仏教に出てくる、"なんとか天"(ごめん詳しくない…)

とか、あるいは、日本古来の神様達とか、

みんな、好きずきに呼んでいるの。


ただただ、感じるだけだから。


あ、ひとつ、決定的に言えることがあって、

あたしがいう"神様"と同じモノを表す時、

誰も、"キリスト"とか"釈迦"とか言わない、ということは、

みんな一致してるかな。


だって、キリストと釈迦は、あたしたちと同じ並びだもんね。人間だもん。

"キリストは神ではないです"と、あたしは、あえて言う。

こういうと、反発されそうだけど。

キリストは神です、というのと同時に、わたしたち人間はすべて神です。

と言うのだったら、キリストは神 で正解なんだよ。


わかるかな〜。



釈迦は仏です というのと同時に、わたしたち人間はすべて仏です。

と言うのであれば、釈迦は仏ですでOK。それだけでなくて、釈迦は神です。でもいいんだよ。


わかるかな〜。



で、タイトルのこと。

文字で書くと "かみさま"は、名詞 っぽく見えるから、

混乱するんだよね。


"かみさま"って、 形容詞 なんだよね。

「大きい」「小さい」「熱い」「暑い」「痛い」「美しい」 これは例だけど、

こういうのと、同じなの。

(う〜ん、これで、ホントにみんなに伝わるかな〜。)


あたしが初めて浜崎あゆみサンを生で見た時、

「あれ? ちっちゃい〜」と感じた、あの感覚。


近所の、なんてことない取り壊し中の工場の前に立った時、

「津波の被災地はこんなふうなんだ…」と悲しみと畏怖が同時に襲ってきた、

あの感覚。


速水もこみちサンの ※等身大です※ と書かれたパネルを見て、

「背が高い!!」と、駆け寄っておもわず背比べをした、あの感覚。


そういう感覚と似てるのが、"かみさま"という言葉なんだよ。

うん、"状態"なんだよね。

かみさまって。
posted by 辰多みか at 23:00 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
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