2013年06月27日

みんなの覚醒体験


あたしはさ、

5年前、

あの、悟った日、

(この悟りという表現が、

人類みな一様の、共通認識がある言葉ではないから、

人によっていろいろ違う意味で使われてるんだけど、

あたしと同じ体験をした人なら、わかるよね。

あたしの場合は、悟りというよりは、気づき か 覚醒が

妥当かな)


世の中の仕組みがわかってしまって、

この日記に書く内容も、その、気づきの後のことばかり

書いているんだけど、


そう、あの悟った日のあと、どうやってあたしが悟ったか、

すっかり忘れてしまって、それを思い出すために、この日記を書き始めたのだった。

書き始めたのはちょうど一年近く前の事。


同じような体験をした人がいるかどうか、ネットで調べた。

想像をはるかに超えるひとびとが、既に覚醒している事を知った。

そこには、あたしが到らなかった、至福の体験をしている人もたくさん。

これが、アセンションだと言っている人もいた。


うん、

とうとうそんな時代が来たんだね。

ノストラダムスが早く見つけなさいと言っていたのが"コレ"だったのかも。




でもね。

みんな、

ブログに書く事、

ちょっと情報が、小出しじゃないの(笑)?



死ぬほどつらい自我状態になって、

覚醒する人がたくさんなんだけど、

(あたしもその一員なんだけど)


その、死ぬほどつらい、本当の自分の姿を、

具体的に書いている人があんまりいないのよ。



うん、"その時、なにを考えていたか"。


それはね、自分の裸を見せるより、恥ずかしい事だと思う。

だって、あたしも、恥ずかしすぎて、とても、書けない。

うっすらとぼやかして書いたけど、

とても、ハッキリなんて、書けない。



だって、見つめる事すらできなかったんだからね。



だから、それが、世間に、悟りに関しての誤解を与える一因

なんじゃないかなーと、思うよ。


釈迦が、キリストが、悟った時に考えてたコト。

きっと、世間一般に言って、"いやらしい"ことだったんじゃないかって思うのよ。

それは、肉体的ないやらしいではなくて、(まあ人によったら、ズバリこの肉体の"いやらしい"

かもしれないけどね)ずるい考えだとか、こすい考えだとか、けちだとか、

そんな感じの。


死ぬほど自分を追い詰めて、覚醒ーー。

みたいな感じで、みんな(釈迦をはじめ)概略だけしか話さないから、一般に、

理解されないんじゃないかと思うのよ。

だから、肉体的に苦行をすれば悟れるとか、そんな一般認識になっちゃうと思うのよ。



肉体的に苦行をすれば悟れるなんて、そうじゃないでしょう。

同じ"アレ"を見た、みんななら、わかるよね?



みんな、見たくない、自分を、見たんだよね?

そしたら"それ"は"在"って、

ただ在って、

そして見たくなかった自分は、自分の本当の味方で、

"それ"は愛でできていて、

この宇宙すべてが、愛で、できていたんでしょ?


その、"その時なにを考えていたか"を、知りたいんだよな〜、あたし。

みんなが、なにを考えていて、なにに気が付いて、覚醒したのか。



あたしはね、

本当に、死ぬほど恥ずかしいから、書く書く言って、ちっとも書きすすめてないけど、

まあ、あたしの場合はね、

うん、「自分は悪くない」と言いたいがために、モラルハラスメントをやりたかった、ということだ。

キャー恥ずかしー。今はこれ以上書けないっ

それ、自分で、全く、気づかないよっ。

人に、指摘されるんだけど、ホントに全く気づかない。



「悪くない」と訴えてるのに、苦しくて、なぜなんだろうと、

深く深く、深〜く、自分の中に潜っていった時に、気づいた。



人ってね、そうやって、自分で気がつかないと、

いくら他人から指摘されても、無駄なのよ。



だから、みんなが覚醒した時に、

自分の、どんな"ずるい""いやらしい"所に気がついたのか、

知りたいんだよな〜。


だけど、気がついても、大丈夫だもんね。

うん、"気がつけば"、大丈夫だもんね。


気がつけば、その、気づいてあげた"自分自身"は、ほかの誰よりも強い、

もう、史上最強の、

自分の味方なんだもんね。



ああ、

"本当の自分"という定義にも、多々あって、

これも誤解を招く要因なんだけど、

あたしが上で描いている"本当の自分"とは、無意識化で動いている自我の事であって、


本当の意味での、"本当の自分"というのは、

"神"

なんだからね。


うーん、これも誤解を招くー。


posted by 辰多みか at 23:01 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

変性意識状態


これだわ。


あたしが悟った(気づいた)時、こうだったんだわ。



あーん?、でも、薬物とか右側頭葉のシルビウス裂とか、よくわかんないんだけど、

ひとつだけ言えることがある。



それは、自分自身の、一番見たくない、

一番、自分で知りたくない、

触ろうとするだけで、心が痛いような、

心の奥から地獄の悲鳴が聞こえるような、

直視するくらいなら肉体的に死んだほうがましと思えるほどの、

"痛い、つらい、本当の自分自身"を、見ることができれば、

(見る覚悟があれば)


誰でも、変性意識状態に、なれるのよ。


そしてその後、本当の、思ったとおりの人生が歩めるようになる。


アルコールとか薬物とかでは、できないな。





それで、"痛い、つらい、本当の自分自身"って、

自分が意識できる自分の中には、まったく存在してないもんだから、

(存在してないかのように、巧妙に隠されてるもんだから)


気づく のが、 本当に、至難のワザ なんだよね。
posted by 辰多みか at 23:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする
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