2013年09月09日

行列・マトリックス

映画の「マトリックス」はね、
悟りの世界を描いた映画なんだよ。

数学の「マトリックス」はね、
「行列」の事なんだよ。


行列・・・わけのわからない用語だ。

ラーメン屋に一列に並ぶ、あの行列じゃなくて、
行は、横列。
列は、縦列。
「緯経」とかにすれば良かったのに。

今ね、数の世界で出会った神様に、もう一度会うために、
ちょっとずつ、数学を勉強しているの。
今勉強しているのは、「線形代数」だよ。
線形代数の基本は、行列なの。
といっても、高校時代の事なんて、すっかり忘れてしまって、
やったはずなのに、さっぱり覚えていないよ。
だから、徐々にやるんだ〜。
楽しみなんだ。


posted by 辰多みか at 11:33 | 数の世界の神様 | 更新情報をチェックする

2013年09月08日

告白A

あたしは、いじめっこでした。
の、いじめっこ部分を昨日は書けず。
(過激にとばすと言いつつ)

中学の英語教師に、執拗ないじられはしていたけど、
いわゆる「いじめ」は受けた事は無い。
みんな、あたしに対して、敬語だったしね(あはは)。
敬語だったって事は、近寄りがたい存在だったって事だね。
というかあたしが、近づかなかったし。

うん、いろいろ思い出すと、あたしはいじめっこだったけど、
クラスメイトは、いじめなかったな。
いじめたのは、妹を です。

いつも母から言われていた。
「おねえちゃんなんだから我慢して」
「おねえちゃんなんだから妹にあげなさい」
「おねえちゃんでしょ!!」
「○○(妹)は可愛い、みかは嫌い」
「神経質」
「ホントに(気が)強い」

あたしは好きこのんで、おねえちゃんになったわけではない。
はぁー?
母親が言うセリフか?
そういう態度を取ると、気が強い、と、ますます敬遠された。

だから、妹をいじめた。

対価が欲しかった。
母の事は、妹にくれてやるから、
母の理不尽な要求を聞いてやるから、
その対価を。
いじめて、ようやく対等だと思った。
母から冷たくされて、泣き寝入りするような子供ではなかった。

いじめると、ますます敬遠された。悪循環だった。
だけどあたしは子供だったから、循環から抜ける方法がわからなかった。
大人になっても、わからなかった。
いじめる事はしなかったけど(たぶん)、思考は変わらなかった。
その思考は、モラルハラスメントの思考なの。

根底には、
「同じように愛してほしい」という願いが、あるのだろう。
素直に、甘えたいのだろう。
けれど、その願いは、1才で、砕け散った。
年子で妹ができたから。
あたしは、甘えてはいけない、と、かたく自分自身に誓った。一才で。
その頃の記憶は無いけれど、母が記録していた母子手帳の日記に、
その様子が記してある。
母と妹と一緒に歩いていても、絶対におんぶ・だっこと言わなかったらしい。
もう母は妹をだっこしているから。
あたしなりに母を気遣っていたのだ。
あたしなりの愛情表現だったのだ。
母には伝わらなかったけど。

根底で砕け散って、粉になっている願いは、
さがしても、みつからないの。
踏みにじられて、そして自分で踏みにじって、
本当の本当の粉になってしまった。
だから風に飛ばされて、広大な宇宙へ広がってしまったの。
すみずみから、ほうきで掃き集めれば、いつかはもと通りの
重さ分の願いは集められるだろうけど、
そんな気力もないし、そんな時間もないまま大人になってしまった。
だから、そんな願いを持ってた事さえ、気が付かなかった。
気が付かないから、冷たくされたら、冷たくしかえしていい、と思っていた。
嫌な気持ちを要求されたら、同じだけの嫌な気持ちの対価を求めていい、と思っていた。

いじめたのは、その年子の妹ではなくて、小一の時に生まれた妹。
今思うと、本当に申し訳ない事したな、と思うけど、
その頃のあたしは、いっぱいいっぱいだった。
ある意味、それが生きる理由だった。
まあ、いっぱいいっぱいなのは、今も変わらないけどね。

そんなだから、クラスメイトからいじめられる事もなかった。
まあ、他の子に対するいじめの現場はあったよ。
ボスがいてさ、絵に書いたようないじめ。小6の時。
その事件は、あたしにとって結構なトラウマになった。その事は、また後で書くよ。

あたしのいじめっこ気質は、子供の頃と、まるで変わっていない、と思う。
気質自体は、たぶん一生変わらないのだ。
それが自分なんだから。
肉体の気質と、同じ並びのものだから。
だけど、あたしは、心の奥底に気付いた。
踏みにじって粉になった願いに気付いた。
それは、とても大きい事だと思うよ。
というかそれ以上大きい事って、他にない。
だって宇宙大の大きさだから。

まだまだできない事がいっぱいで、
気が済んでいない事がいっぱいで苦しいけど、
少しずついじめっこから脱していこうと思っているの。
いじめっこのあたしは、あたしの中に置いたまま、
脱していこうと思っているの。




posted by 辰多みか at 23:39 | 自分 | 更新情報をチェックする

告白

あたしは、
いじめっこでした。

今日は、何かが降りてきてるみたいに感じるから、
過激に飛ばすつもりで書くよ。

マジでいじめっこでした。

いじめられた事?
あったような気もするけど、屁とも思ってない。

自分のタイプが、
いじめられるタイプか
いじめるタイプか どちら?と聞かれたら、
迷う間もなく「いじめるタイプ」

「いじめられる事」は、その後に可能になる、
仕返しの正当な理由を得た、くらいにしか思ってない。

そういえばハッキリいじめられてた(いじられてた)なー、と思うのは、
中学の時、英語教師(中年男性)から、執拗ないじられをされました。
あたしは目が大きいから、授業がはじまってすぐ、
「おまえは目が大きいなー。ギョッ!」と言って、
目の大きさをからかわれました。
で、眉毛も濃くてつながってた(中学生は眉を整えたら校則違反)から、
ずっと「つながりまゆげ」と言われました。
それも、一年間、ずっとだよ。ギョッ!とつながりまゆげが、一年間ずっと。

その頃の中学の教師は、みんな、叩き棒を持っていて、
生徒が思い通りにならないと、有無をいわさず叩く。棒や平手で。
それがあたりまえだった。
英語教師も暴力教師だったけど、その反動か笑いを取りたいらしく、
教室に入った一発目、「ターゲット」に向かってまっしぐらなのだ。
他のクラスで誰がターゲットになってたかは、興味なかったから知らない。
とにかく、クラスメイトのみんなは「ギョッ!」が出ると、愛想笑いでも笑うしかなかったの。
一度、笑わない男子がいて、英語教師は「おまえはなんで笑わないんだー!」と叫んで、
腹にグーでパンチをした。
(腹グーは、あたしも別件でされた事があるのよ。女子でもやるんだよ。)
今思うと、その男子は、教師よりあたしの方を思ってくれてたのだと思う。
誰だか忘れちゃったんだけど。ありがとう。

あたしは、いじ(め)られたけど、それで深刻に悩む事もなく、毎日学校に行った。
そりゃあもちろん嫌だったよ。でも、おどおどする事もなかったし、
自殺するほど悩むなんて考えられなかったし、先生の馬鹿野郎 くらいに思ってた。
同級生からのいじめは無かったし、あたしは委員長キャラなので(小中高と
毎年一学期は学級委員だったよ)どちらかというと、先生への復讐を、
虎視眈眈と狙ってたくらいだ。(でも相手は先生で大人だったからできなかった)
あ、英語教師は、「そういうタイプ」をわざと狙っていたのかな。
真剣に悩むタイプだと、あとあと面倒だしね。

あの英語教師はどうなったのだろう。珍しい名前だからぐぐったらわかるかと思ったら、全然わからなかった。
くそぅ、今だったらあたしも大人だから正々堂々と仕返しができるのにな(笑)。(←やらないけど)




posted by 辰多みか at 00:15 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2013年09月07日

紫と赤のあいだにあるもの

虹はね、

一番上は 赤 で、
一番下が 紫。


「色相環」を見ると、
紫の次は、なめらかに赤へ続く。


スペクトルを見ると、
紫の前は、可視 できる色はなく(紫外線)
赤の次も、可視 できる色はない(赤外線)

赤 と 紫 では、波長が全く違うから、
色相環みたいに続くわけがない。
連続するワケが、ない。

波長の短い 紫 と、波長の長い 赤。
色相環のように、連続するように見せるためには、どうすればいいのだろうか。
その方法はとてもカンタンで、
螺旋階段みたいに、ぐるーんと、ねじればいいのよ。

つまり、赤から紫 までの繋がった色が、ひとつの円になるように丸めてみるんだけど、
本来繋がっていない 紫と赤 の間には、自分の見ている視線方向に空間を作って、
ホントは連続してないんだけど、見た目は、連続して見えるようにする。
一階フロアが紫で、二階フロアが赤 みたいな。
赤から紫までの各色(黄色とか青とか)は、
一階から二階まで、12段(もしくは6段)ある階段の各段の色にすればいいのよ。

「この世」も、螺旋階段みたいに、ぐるーんと、ねじれていて、
見た目、連続して見えるけど、ホントは、一階高い所が(一階ばかりじゃないよ。
九階は有ると思うよ。)あると思うのよ。

心の世界も、「この世」と同じだから、そうなってると、思うのよ。


科学と哲学も、
あたしたちは、たて方向の、一階分の違いばかり見ていて、
科学と哲学は離れている、と感じちゃうけど、
ホントは、螺旋が丸に見える方向から見ると、
連続して、見えている と思うのよ。

科学と哲学は、見た目、お隣さんに、見えるの。


posted by 辰多みか at 10:41 | 数の世界の神様 | 更新情報をチェックする

どうでもいいキャンペーン

今、「どうでもいい」を絶賛キャンペーン中。
「嫌われたって、どうでもいい」
「悪く思われたって、どうでもいい」
「かっこつけれなくたって、どうでもいい」

この間(4日)ね、
響子さんがいつもとる行動で、あたしはぷんぷんに怒ってた。
どうでもいい と思いつつ、ぷんぷんに怒っていた。
(そしてなぜか十字式の映像を見たら、ぷんぷんが治まってしまった)

今日(6日)ね、年に一度か二度の響子さん関連イベントがあったんだ。
いっつも、とっても疲れるよ。
何がそこで起きるか、だいたい予想つくから。
イベント自体には、あたしは不満は無い。
そこで響子さんがとる行動に対して、あたしは20年も前から、不満が蓄積されているのだ。

きっと、こう来るだろう、と予想していた。(必ず毎回予想する)
今回が、いつもと違うのは、
「どうでもいい」と思ってるので、
アサーティブネスに、そこで起こる事を、
皆の前で、
冷静に、
ことがらを取り上げ、声に出して読み上げて、
音波として、形にしようと思ってたのだ。
ホントに、どうでもいい と思っていた。

そうしたら、
アラ不思議。
いつも必ず起きる(響子さんがやらかす)あの行動が、
今回は、起きなかった。
そればかりか、
あたしが怒る(いや、声に出しては怒らない。心の中でだけ)前に、
響子さん関係者から、響子さんは、苦言を呈されていた。
なあ〜んだ。
みんなもそう思っていたのね。

そうだよね〜、あたしだけが引っ掛かるトコロみたいで、
あたしの反応がおかしいのかな?(おかしい、と響子さん本人に
言われたし)と思ってた事が、やっぱりみんなも「おかしい」と
感じてたんだよなー。

あとね、不思議だったのは、
そこに10人くらいいたんだけど、
久しぶりに見る人は、み〜んな、
「どこか欠けて見える」のよ。
今までそんな事、感じた事なかったのに、
不完全な人間
大人になりきれてない
自分自身を隠そうとしている
自信がない
もともと、持ってない

そんなふうに、見えるのよ。
あ、性格が悪い、とかでは無いよ。
ただ、欠けている の。

それで、
あたしも、これでいいんだな、と思った。
あたしも欠けてるし、みんなも欠けてるし、
これでいいんだな、と思った。漠然と思った。
だから、とっても、安心したの。
愛しさが、湧いてきたの。
不思議なんだよな〜。

だからもうちょっとの間、愛をこめた「どうでもいいキャンペーン」を
がんばろうと思います。
posted by 辰多みか at 01:24 | 響子さんとあたし | 更新情報をチェックする

悟るためのHow to

悟るには

絶望したりとか、無になるとか、
いろんな覚者の方々の、体験談を聞く(読む)のが一番わかりやすいんだけど、

どんな方法(How to)をとっても、
共通していると、あたしは思うのは、

悟るまでの過程で、

必ず、

必ず、

涙を流す

必ず、涙を流す

それだけは、必ず起きる現象 だと思うよ。

(だからといって、やみくもに泣けばいいってもんじゃないんだけどね)
posted by 辰多みか at 01:23 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

響子さんと鏡子さんとあたし

このカテゴリにもなっている「響子」さんだけど、
実は、実在の人物の固有名詞では、ないのよ。
まあ、ネットだから、仮名なのはあたりまえだけど・・・
ある、ひとりの、固有名詞では無いの。

響子さんはね、あたしの生活環境、学校の環境、仕事の環境が変わるたび、
常に、いろんな人が入れ替わり立ち替わり、
「あたしの響子さん」になってくれたの。

「あたしの響子さん」って、まあ、ズバリ言うと、
ある時は
「親友」だったり
「ライバル」だったり
「いけすかないクラスメイト」だったり
おなじく「いけすかない同僚」だったり
「ネット上の気にいらないアイツ」だったり
「きょうだい」だったり
「父・母」だったり
「義父・義母」だったり
「彼氏・旦那」だったり
「街で見かけた嫌な人」も。

そう、近くて、ちょっとモヤモヤくる相手。
それが全部響子さん。
(あたしが勝手に呼んでいる呼び名)

鏡子さんでもいいけどね、鏡子さんと書かない理由は、
自分が「自分」と認識してる自分が鏡に映った姿ではなくて、
自分が「自分では無い・自分だと思いたくない」と認識してる
自分が鏡に映った姿だから、
あえて、鏡子さんではなくて、ひびく方の、「響子さん」と書いてるの。

「響子さん」は入れ替わり立ち替わり、いろんな人が
その役目をしてくれるけど、一番力の強い響子さんは、常に、ある特定のひとりだな。
(その特定のひとりと関係が断ち切れると、また別の、力の強い響子さんが現れるよ。)

あたしはその響子さんに、いつも、モヤモヤした気持ちを持っているのだ。
「嫌い」だったり
「許せない」だったり
「あたしはあんな事しない」だったり
「嫌な事をされた」だったり
まあ、恨み節の出る事出る事。

でもね、その響子さんに対しては、「嫌い」と思ってるわけだけど、
いなくなっちゃったら、困るの。
嫌いな相手なのに、いなくなったら、こまるの。

想像してみて。
いつも、同じパターンで、嫌いになる相手がいる。
なんとかその相手と関係を断ち切っても、
不思議と、また同じパターンの悩みが現れる。
また、新しい嫌いな人ができてしまう。
自分は、それでまた悩むのだけど、
実は、嫌いな相手は、自分自身から作り出しているんだよ。

いなくなったら困るから、「目の前に現れてください!」と、宇宙に、全身全霊で祈っているんだよ。
きゃー、こわ〜い。
すごい引き寄せの法則!

なぜいなくなったら困るかというと、「あたしは悪くない、響子さんが悪い」と、
周囲に訴えるのに必要なのと、
それと、響子さんに寄りかからないと、自分の足で立てないからなの。
きゃー、本当〜に怖ーい。

気が付け! 気が付け自分!
いいかげん気が付け!(今のあたし!)

響子さんが嫌い、許せない、と思いながらも、
いや、思ってるから、
響子さんに、「あたし」を認めさせたい。
「あたし」の正統性を、認めさせたい。
響子さんの方が間違ってる、と思わせたい。

あるいは、響子さんに気にいられようと、
一生懸命自分自身を取り繕う。
理想の自分を外側に作り上げる。
それ維持するの、ホントに大変なんだけど(笑)。
あたしを認めて!認めて!と内に隠しながら、表面上は自分を卑下しながら顔色を伺う。

それが依存だ。
響子さんと「あたし」は、お互い依存しあう関係。
お互い、エネルギーを奪い合って、足りない足りないと、貪りあう関係。

そんな関係、ホントに嫌だわ。
だから、愛をこめて「どうでもいい」って、
心から思えるようにしていかなきゃいけないんだわ。
ああ、「いけない」ってのも、禁句なんだ。
もうもう、ほんとにどうでもいいで〜す って、
宇宙に手をあげれば(おてあげ)、
すべて、うまく行くんだけどねー。
(わかっててもできないからつらいのよ。ちょっとはできるようになったかな。)
posted by 辰多みか at 23:00 | 響子さんとあたし | 更新情報をチェックする

2013年09月04日

十字式 村井徹宗癒師サンのYOUTUBE

あたしは、常に、頭の中にいろんな事がぐるぐるぐるぐる、湧いている。
車を運転してる時は、特にすごいよ。
あと、仕事をしようと、頭がウォーミングアップされてる途中とか。

ほとんどの事は、すぐに忘れてしまうんだけど、
(このブログに書く事も、頭に浮かんだ事の1/10くらいしか書けてない)
それでは、ホントにもったいないと思って、
なるべくメモを取るようにしているの。
それでも取りきれなんだけど、まあ、努力しているの。

そこで、昔メモを取ったノートを、見返してみようと思って
見てみたら、「十字式」 と、書いてあった。

???
なんなのか、さっぱり覚えていない。
時期的には、ここ一年以内なんだけどなー。

と思って、さっそくぐぐってみたら、「不思議な気功整体」みたいなのだった。
どこかの、整体関係のブログで気になって、メモしたんだろうな。
とってもよく効く!とか書いてあったんだろうな。
で、YOUTUBEの映像があったから見てみたら、それが、面白いの。

先生(宗癒師というのが、この組織の中での先生の呼び名らしい)が、
背中を出してイスに座った患者さんに、
「んすっ んずっ ん゛ん゛っ」 みたいな、
超〜〜怪しい声(鼻声?)を出しながら、ほとんど触らずに
施術していくのだ。
背骨の左右を、上から下に、何かを抜く動作みたいなのをしたり、
押し込める動作をしたり。
「気」を使ってるんだな〜?と思って、あまりに声が面白いので見てた。

そして、3分くらいの施術の映像を見終わってしばらくしたら、

なんか、あたしの脇あたりが、熱い???

そして数分後、熱いのが、指先まで流れていく???

胸まで熱くなって、はあーっと息を吐くと、
熱いなにかが、出て行きそう・・・
今、かれこれ1時間近くたっても、熱い!

なにこれ。

映像を見るだけで、「気」をもらったのだろうか。
この「気」は嫌な気ではなくて、「癒し」の気だ。
さっき、来客があって、その時の響子さんの態度に
ぷんぷんに怒ってたあたしの気持ちが、なんだか、
あったか〜くなって、どうでもよくなってきた。

不思議だな〜。

近くに施術できる会場があればな〜。
でもあたし、どこも悪くないわ。
(胃に嫌な感じはあるけどね)
これ、取得したいな〜。
キリスト教徒にならなきゃ教えてくれないのかな〜。
posted by 辰多みか at 14:53 | 整体であること | 更新情報をチェックする

2013年09月03日

「自我」の厚さはおよそ3ミクロン

あたしはね、思うんだけど、
「自我」って、目で見えるんだ。

オーラみたいに、がんばって、見るものではなくて、
実は・・実は・・・、

この世で生きている、誰もが(誰もじゃない、ごめんなさい目が見える人だけだ…)
目を開ければ、常に、見ている。

「自我」を。


「自我」は、薄〜〜く、視界に張り付いているから、
まるで見えていないように、見えるの。
そう、目に張り付いたウロコみたいに。
だけど、人は常に、この自我を通して、くもった世界を見ているのよ。

たとえが、あっちゃこっちゃで、混乱するかもしれないけど、
ホントは、視界や目に張り付いているのではなくて、
自分自身の全体を、卵のカラみたいに、覆っているのが自我 だと思うんだけどね。

なんでそう思うのかというと、一度その くもり が晴れて、
視界が、キラキラ したのを見たから。

見る世界は、すべてが純粋だった。
くもりが晴れた瞬間。

あたしは、その状態は、一瞬で終わったけど(笑)。

鏡やガラスにつく くもり は、測れるんだよ。
目に見えて汚れてるってわかるホコリではなくて、
うす〜く、くもってるかな?と感じる程度の、くもり。


あたしは、何度も測った事がある。

それは、だいたい3μm(さんみくろん さんまいくろめーた さんまいくろめーとる)くらいなの。
少し前に、中国の大気汚染関連で、PM2.5 (ぴーえむにいてんご) というのが話題になったじゃん。
粒の大きさが 2.5ミクロン くらいだから、そういう名前なんだけど、
まさに、このくらいの大きさ なんだよね、ガラスのくもりって。

マイクロメータ という、測定機器で簡単に測れるの。
とってもアナログな機器だけど、ミクロン単位まで簡単に測れて、数値が目で見えるのよ。
「自我」は測れないけど、だいたいこのガラスのくもりくらいかなと、あの時目で見た感覚で、思うよ。
posted by 辰多みか at 22:50 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

瞑想する目的E

まだね、瞑想状態までは行ってないんだけど・・・

ふっと、思考の虜になる。
その時の思考は、パターン化されている。
それを考察すると・・・

あたしは、その、「相手」に、言いたかった事がある、という、
いつものパターンの思考。
相手があたしに執着(依存)しているから、それがイヤっていう
内容なんだけれど、よくよく考えると、

執着しているのは、あたしもそうだ。
いつまでもいつまでも、頭の中で、相手の事ばかり考えている。
イヤな思い出ばっかりだけど、いつもいつも。
すごいパワーだよね、よく考えると。

その執着が手放せない。
手放したら、相手が悪くなくなっちゃう。
いつまでもいつまでも、相手が悪いと考えていたい。

うわ〜〜 なんじゃこりゃ〜

結局ね、相手が悪かろうと、悪くなかろうと、
執着してたら、同じ穴のむじななのだ。
「人を呪わば穴二つ」ってやつ。
あぁ、それが、「呪い・呪縛の正体」って、あたし、わかってるのになー。
わかってるのと、できるできないは、やっぱり別物なんだ。
だから、苦しいんだよ今も。

それで、どうしたら良いかというと、
この間もできたけれど、「どうでもいい」って思うだけだね。

「どうでもいい。
 嫌われようと、悪く思われようと。
 いい人って、思われなくてもいい。」
「いい嫁って、思われなくてもいい。」
「いい娘って、思われなくてもいい。」

あたしは、数か月前に、これが出来た時、
ジッ、ジッて音を立ててぶれていたふたりのあたしが、
カチって、
完全に嵌ったの。
うん、はまったの。

だから、これが常にできればいいんだ。

何かで読んだけれど、相手に執着し続けるって事は、相手の命を大切に
していないと同じ事だと。(どこで読んだのか・・・ぐぐっても見つからない)

今日、この「どうでもいい」が、ちょっぴりできた。
この「どうでもいい」、は、相手を嫌いになる事なのではない。
相手に愛想をつかす事でもない。
そこのニュアンスが難しいんだけど、
愛の力を使ってする「どうでもいい」。
うん、もうちょっとできるように努力するよ。
posted by 辰多みか at 22:18 | 呪いの正体 | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

瞑想する目的D


瞑想する目的とは・・・

2、3日だけ、ヴィパッサナー瞑想をやってみて気が付いた事は・・・

実は、瞑想とは・・・



「瞑想し続けられない」という事を思い知る事 だと思ったんだ。
「瞑想が続かない」という所に、瞑想を続ける真の意味がある と思ったんだ。
うん、あたしは、まだ本当の瞑想状態になってない(はず)なので、
ちょっと言葉が間違ってるかもしれないから、
「瞑想の前段階の、思考を完全に停止させる事は、なかなかできない」かな。


たぶん、たった1日だけであっても、
「今の自分の状態」を、絶え間なく実況中継し続ける事は、不可能だと思うの。
どうしても、「思考(雑念)」が沸いてくるの。

で、それでいいし、それが普通だし、
そこに気付くのが、瞑想の目的なのでは、と思ったんだ。

ふと、「実況中継」が、途切れる。
自分では意識しないまま、「思考の虜」になる。
そこで現れる思考、それは、パターン化されている事に気付く。

「いつも同じ事考えちゃうな。」
「いつも、こういう失敗をしてしまってたな。」
「いつも、こういう嫌な思いをする。」

あたしは、自分の実況中継が途切れている、と、
ハッと気が付いた時、いつもいつも、
同じような事を考えていたのよ。

たぶん、瞑想をしてもしなくても、その事は、常に頭の中で
繰り返し、繰り返ししていたのだろう。
「実況中継が続かない」事に気が付いた時、その思考のパターンに、同時に気が付いた。

いやーん、こんなに、恨みつらみみたいなのを、
24時間ひっきりなしに考えていたんだったら、そりゃあ、幸せになれるはずないよ。
だって、ずーっと怒ってるし、ずーっと不機嫌。
(たぶん寝てる間も夢で見てるわ。だから24時間。)

こんな事があった、文句が言いたかったけど言えなかった、反論したかった、
それを延々と思い出している。
あたしは、何が目的でそれを思い出しているのだろうか。
思い出している張本人がわかってないんだから、まぁ誰にもわかるはずないよね。
実は、それを「思い出せ」ってけしかけているのは、あたしが自分の
奥底に押し込めてきた、トラウマとかインナーチャイルド(自我ともいう)
なんだろうし、それを一番わかっているのは、インナーチャイルドなんだろうけど、
なかなかその訴えに、普段は気が付かない。

あたしは顔は無表情だろうけど、そういうのって、雰囲気で、きっと毛穴から出てるよね。
だから、まわりのみんなも、この人怖い〜って、思っちゃうよね。
それでまた、悪循環なんだ。

ほんの2、3日、ヴィパッサナー瞑想をやってみて、そう思った。
でも、たぶん、あたしはまだ瞑想の入り口に立っただけで、
きっと、この続きが、あるんだろうな、と思うよ。
宇宙との一体感や至福を体験する事。
それが楽しみでもあり、「自我」は「危険だ」と、あたしにむかって警鐘を鳴らし続けている。
それは幻聴だと見抜けるのに、なかなか本腰が入らないのはその警鐘のせいかもしれない。
それか、別に理由があるのかもしれない。
さっき、「別の理由かも」と思う事を、思い出したわ。
それは、あたしが「やらかしてきた事」なんだ。
それに向かい合うのが、ホントは嫌なんだろうな。

それでもちょっとずつ瞑想してみて、発見があったら、後日Eで続きを書くわ。

posted by 辰多みか at 15:50 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年09月01日

瞑想する目的C

ようやく本題が書けるわ〜。

@、A、B、という事で、ヴィパッサナー瞑想をやってみよう、と思い立った。
どういう風にやるかというと、
まず、座っても座らなくても、動いていても、よくて、
頭の中で考える事は、今自分が、何をしている、何を感じているか、だけ。

今ね、あたしは、パソコン打ってるじゃん。
書く、という動作は、手と同時に頭を使うから、瞑想には不向きなんだけど、
あえてやってみるとね、
あ、( )内は、補足説明ね。


画面の白い所を見てる。(あたしは一度、メモ帳に書いて保存してから
ブログにコピペしてupしているのだ)
膝の上の方がかゆい。かゆい。
顔もかゆい。掻く。
あら、いろんな所がかゆい。掻かない、かゆい。かゆい。(かゆい、と思い
続けていると、かゆくなくなるんだって!)
かゆいかゆい書いてたら、なに書くか忘れたわ。忘れた。忘れた。思い出す、思い出す、
(この、「今の実況中継」は、三回ずつ行うんだって、あたしは今二回しか書いてないけど)
そうだ書くぞ〜書くぞ〜、書くぞ〜って、書くぞ〜
・・・
みたいな。
(笑)

これを、一日中、やってみる。
やってみるのは、とても簡単で、いっぱい発見がある。
あたしは、ごはんを作っている最中とか、特に、いろいろ考えているみたい。
「思考の虜」になっているみたい。
それは、この瞑想をやってみて、改めて気が付いた事なんだ。

この、ヴィパッサナー瞑想を、始めてみるとね、
最初は、割と好調に、今の自分の実況中継ができるんだ。
ごはんを作っている時、
右手、包丁。切る。切る。左手、きゅうり。おさえる。
ボウルに入れる、入れる、落とす。入れる・・・

と、ずっとやっていくわけなんだけど、
途中で、必ず「思考」に捕まっちゃうんだ。
つまり、「自分の今の実況中継」するのを忘れちゃって、
過去の事の反芻ばかりで、頭がいっぱいになっちゃうの。

あの時、言われた事。
言われて嫌だった事。
言いたくて、言えずに飲み込んだ言葉。
妄想の中では言える、相手を打ち負かす言葉。
それに反応する、妄想世界の中の相手。

それを、延々と、延々と、頭の中で繰り返している。

はっ と 気付くのよ。

あ、実況中継するの、忘れてる、と。

あれ、あたし、こんな事、いつも考えてるんだー、と。
(自覚はいつもあるんだけどね)

そういう、思考が浮かんできたら、「ダメだ」とは思わなくていいの。

浮かんだな、で、OKなの。
そしてまた実況中継にもどる。

きゅうり。塩、塩、もむ。もむ。・・・

不思議な事にね、こうやって、自分自身を観察し続けると、
他の事に気が回らなくなっちゃうかも、と思っていたら、
まったく逆だった!

なんと、目は、他に向くようになって、
いつもは、気が付かない事、そう、食卓でもう食べている家族の、
お茶が足りないな、とか、おかずに手が届かないな、お皿を出そうとか、
そういうのに、ものすごく、気が回るようになった。
本当に不思議。

その時も、ずっと実況中継をしているのよ。
食卓、お皿、足りない、足りない、食器棚、右手、開ける、出す、出す。
右足歩く、左足・・・

いかに自分が普段、思考に囚われていたかが、わかるようになった。
思考に囚われている最中、じっ・・・と考え込んでいて、
それも、もう済んでしまった過去の事ばかり、恨みのエネルギーとか
そんなのがモヤモヤ出てるような過去の記憶を、する必要もないのに、
もう一度頭の中で経験しなおしているのよ。
そんな時は、家族のお茶が足りない事とか、いっさい、気が付かないの。

それが、瞑想 してみて、最初に気が付いた事なんだよな。
あと、まだ、気付いた事はいっぱいあるんだよ。
Dに続く。
posted by 辰多みか at 11:31 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

瞑想する目的B

さあ、今度こそヴィパッサナー瞑想まで行けるかな〜?

@とAは、今のあたしの状況説明で、いっぱいになってしまったわ。
あたしは今、悟り後の修行中だという事。

後回しにしてきた宿題(「ノー」と言う事)が、いよいよ後回しに
できなくなってきて、(いや、一生後回しにしても別にいいんだけれど)
生活に支障が出るくらいになってきたから、具体的にいうと、「無気力」
になってしまったから、やっぱり後回しはよそう、と、ようやく重い腰を上げる気になったの。

いろんなhow toを読んだわ。
ネットで。
スピリチュアル的に後押ししてくれる言葉を探したり。
「発言小町」で、「あたし」と「響子さん」に近い例を探して、
世間一般の意見を見てみたり。

そんなこんなのネットの中で知ったのが、「アサーティブネス」。
これをやってみよう、と、思い立った。
少しずつ、やってみた。
少しずつ、状況が変わってきた。
ちゃんと、「ノー」が言えている。
ドキドキする事もない。
相手にどう思われるかが、まったく気にならない(今まではそれが一番の気の遣いどころだったのに)。

それでも、まだまだ、how toが足りないみたい。
至福に、到らない。
どこかが、間違っている。

「自我」ってね、
「私」と「あなた」を仕切るものなんだよ。
だって、あたしたちはもともと、大きなひとつ なんだから、
自我がなくなっちゃうと、自分以外と、ひとつになってしまう。
境が、なくなってしまう。

自我は、それが怖い。
無くなるのが、亡くなるのが、怖い。
本当に、怖い。
だから、「あたし」に、いっぱい嘘をつく。
「あたし」というのは、自我の上層の部分の事、
すなわち、「本音と建前」の事。
別の言葉でいうと、「下心とうわっ面」の事。

「本音と建前」は自覚できるけれど「自我」は自覚できないの。
無意識下にあるの。

あたしたちは、その自我の嘘に、一生惑わされながら、生きていくんだ。
あたしは、その「嘘」を見抜く目が開いたのに、
「嘘」だって、ハッキリわかるのに、それでも惑わされ、そこから抜けられない。

そうそう、自我ってね、私とあなたを区切るものだから、
数字で表すと、「ゼロ」なんだよ。
大きな「1」・ワンネスに、切れ目をいれるの。
その切れ目が、ゼロって事なの。
そうするとね、切り出された かけら は、「1」になるんだよ。
大きさと形は、どうでもいいんだ。
どうでもいいけど、「1」なの。
濃度 1 って、事だから。(この場合、1 が最高値ね)

そう、あたしは、後回しにした宿題をどうやって終わらせたらいいか、さらにネットを探した。
本を買ってもいいんだけどね、どれを買っていいのかわからないでしょう。
だから、ネットを探した。

そうして答えを見つけたよ。
見つけた答えは、驚愕のシロモノだった。
少なくとも、今のあたしにとっては、救いようのない答え。


「悟りなさい。」


それが、答えだった。

悟り後の修行中の身で、苦悩を無くす方法は、「悟ること」。



できーん!

だって悟ったもーん!

そこ通ってきたもーん!


じゃ、じゃあ、あたしの悟りは悟りじゃなかったのか?
いやいや、あれほど、確実な手ごたえは、きっとこれからも無いよ。
たった一瞬、垣間見ただけだったけど、あれは真理だった。
でも、至福も体験してないし、白隠さんは何度も悟ったというし、
まだまだこれから、続きがあるのかな?
そういえば、一瞬で、終わってしまった。
あの状態を思い出してみたいんだけど、どうすればああなれるのか、思い出せない。
そう、たぶん、一生悟り状態でいられるならば、きっと、ずっと、こんな苦悩はないかもしれない。

そう思って・・・
いろんな悟り系ブログを見ると・・・
みんな、瞑想 してる・・・

悟った人たち、こぞって、瞑想してる・・・
あるブログでは、「悟り」状態は、3カ月くらい、
意識的にその状態にして、定着させる必要がある、との事だった。
脳の筋トレなのか。
そんなの知らなかった。

だから、瞑想 をしてみようと思ったのよ。
だけど、how toが、わからーん。
ネットで読んでも、いまいちよくわからない。
誰かに教えてもらわなければ、わからないのか?
たまたま見ていた、阿部敏郎さんのブログで、今度本が出る、という情報を読んだ。
瞑想CDが付いているんですって。
わー、これだ。と思って買ってみたけど、やっぱりいまいちよくわからない・・・というか、家でできないタイプのやつ!
山にひとり(いや別に山じゃなくてもいいんだけど、周りに民家がなくてひとりになれる所)こもらなければ、不可能っぽい。
6人家族で自営業のウチでは、絶対、ムリ。

光明が見えたと思ったのに、ちょっとしょぼーんとなったわ。
それで、しばらく、瞑想について探していた。
そこで見つけた ヴィパッサナー瞑想。
これ見つけたのは、ほんの数日前なんだけど、
数日やってみて、いっぱい、発見をしたわ!
これはすごいって、コレに限っての事じゃなくて、瞑想すごいっ て気が付いたわ。
という事で、ようやくヴィパッサナー瞑想までたどりつけたので、
次は、いよいよ「瞑想する目的」を書こうと思います。

posted by 辰多みか at 00:54 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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