2013年09月03日

「自我」の厚さはおよそ3ミクロン

あたしはね、思うんだけど、
「自我」って、目で見えるんだ。

オーラみたいに、がんばって、見るものではなくて、
実は・・実は・・・、

この世で生きている、誰もが(誰もじゃない、ごめんなさい目が見える人だけだ…)
目を開ければ、常に、見ている。

「自我」を。


「自我」は、薄〜〜く、視界に張り付いているから、
まるで見えていないように、見えるの。
そう、目に張り付いたウロコみたいに。
だけど、人は常に、この自我を通して、くもった世界を見ているのよ。

たとえが、あっちゃこっちゃで、混乱するかもしれないけど、
ホントは、視界や目に張り付いているのではなくて、
自分自身の全体を、卵のカラみたいに、覆っているのが自我 だと思うんだけどね。

なんでそう思うのかというと、一度その くもり が晴れて、
視界が、キラキラ したのを見たから。

見る世界は、すべてが純粋だった。
くもりが晴れた瞬間。

あたしは、その状態は、一瞬で終わったけど(笑)。

鏡やガラスにつく くもり は、測れるんだよ。
目に見えて汚れてるってわかるホコリではなくて、
うす〜く、くもってるかな?と感じる程度の、くもり。


あたしは、何度も測った事がある。

それは、だいたい3μm(さんみくろん さんまいくろめーた さんまいくろめーとる)くらいなの。
少し前に、中国の大気汚染関連で、PM2.5 (ぴーえむにいてんご) というのが話題になったじゃん。
粒の大きさが 2.5ミクロン くらいだから、そういう名前なんだけど、
まさに、このくらいの大きさ なんだよね、ガラスのくもりって。

マイクロメータ という、測定機器で簡単に測れるの。
とってもアナログな機器だけど、ミクロン単位まで簡単に測れて、数値が目で見えるのよ。
「自我」は測れないけど、だいたいこのガラスのくもりくらいかなと、あの時目で見た感覚で、思うよ。


posted by 辰多みか at 22:50 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする

瞑想する目的E

まだね、瞑想状態までは行ってないんだけど・・・

ふっと、思考の虜になる。
その時の思考は、パターン化されている。
それを考察すると・・・

あたしは、その、「相手」に、言いたかった事がある、という、
いつものパターンの思考。
相手があたしに執着(依存)しているから、それがイヤっていう
内容なんだけれど、よくよく考えると、

執着しているのは、あたしもそうだ。
いつまでもいつまでも、頭の中で、相手の事ばかり考えている。
イヤな思い出ばっかりだけど、いつもいつも。
すごいパワーだよね、よく考えると。

その執着が手放せない。
手放したら、相手が悪くなくなっちゃう。
いつまでもいつまでも、相手が悪いと考えていたい。

うわ〜〜 なんじゃこりゃ〜

結局ね、相手が悪かろうと、悪くなかろうと、
執着してたら、同じ穴のむじななのだ。
「人を呪わば穴二つ」ってやつ。
あぁ、それが、「呪い・呪縛の正体」って、あたし、わかってるのになー。
わかってるのと、できるできないは、やっぱり別物なんだ。
だから、苦しいんだよ今も。

それで、どうしたら良いかというと、
この間もできたけれど、「どうでもいい」って思うだけだね。

「どうでもいい。
 嫌われようと、悪く思われようと。
 いい人って、思われなくてもいい。」
「いい嫁って、思われなくてもいい。」
「いい娘って、思われなくてもいい。」

あたしは、数か月前に、これが出来た時、
ジッ、ジッて音を立ててぶれていたふたりのあたしが、
カチって、
完全に嵌ったの。
うん、はまったの。

だから、これが常にできればいいんだ。

何かで読んだけれど、相手に執着し続けるって事は、相手の命を大切に
していないと同じ事だと。(どこで読んだのか・・・ぐぐっても見つからない)

今日、この「どうでもいい」が、ちょっぴりできた。
この「どうでもいい」、は、相手を嫌いになる事なのではない。
相手に愛想をつかす事でもない。
そこのニュアンスが難しいんだけど、
愛の力を使ってする「どうでもいい」。
うん、もうちょっとできるように努力するよ。
posted by 辰多みか at 22:18 | 呪いの正体 | 更新情報をチェックする
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