2013年09月25日

無限はどこにあるのか

身近ではね。

たぶんね。

合わせ鏡 の間にあると思うよ。
そう、あの、自分と自分の後ろ姿が、永遠に続くかのような、
あの合わせ鏡の、鏡像。


posted by 辰多みか at 23:56 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

エノコログサ

うちのワンコが散歩の途中で、夢中になって食べる草。
エノコログサ。

匂いだけでわかるのかな?
人間には、かすかな草の香りしかしないけど。
他の草は、絶対食べない。
ちゃーんと、エノコログサだけ食べてる。
これをいっぱい食べると、吐く時があるから、
吐くために、胃をすっきりさせるために、食べてるみたいだね。

自然はうまくできてるよねー。
この時期、エノコログサは、穂が出て、
別名 ネコジャラシ とも呼ばれるよ。
猫も夢中になって、葉を食べるらしい。

えのころ というのは、狗児 つまり いぬのこども・子犬
という意味で、穂を、犬のしっぽ に見立てているらしい。
さらに、犬が大好物だなんて、なんてわかりやすい植物なの。

あたしは、子供の頃、このエノコロ草の先端のはっぱをひっぱって、
すーっと抜けてくる、そうめんみたいな長い茎の先を、
ちょっとかじりながら、学校から帰ってきたな。
木枯し紋次郎みたいに。

5ミリくらいまでは、食べられるよ。食べるというより
汁を味わう、という感じだけど。
少しすっぱくて味があって、おいしいんだよ。
どんな成分があるのか知らないから、せいぜい1、2本だね。
サルビアの花の蜜とかも、吸いながら帰ったわ。
posted by 辰多みか at 23:46 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

蚊にいっぱい刺されると

あたしの住んでる家は、とっても田舎にある。
丘陵地帯の原っぱで、森があって川があって海があって湖がある。
(でちょろっと富士山も見える)

だから当然、虫が多いよ。
もう、ちょっとのことくらいじゃ驚かなくなったよ。
家の中でムカデを発見する、事以外は。

蚊なんて、毎日畑で、10カ所は刺されるよ。
むしよけスプレーすればいいじゃん、と思っちゃうかもしれないけど、
むしよけしても、蚊の絶対数が多くて必ず刺されるから、
諦めたよ。
ただし、家の中の蚊は、徹底的にやっつける(安眠のために)。

蚊にさされまくって、かれこれ十年近くなんだけど、
(この田舎にやってきたのが10年ほど前)
大発見した事が、あるのよ。

蚊 に、 大量に 刺されると、 腫れなくなる。
毎日、蚊にさされると、 腫れなくなる。

どういう免疫システムが働いてるのか、
あたしはちょっとわからないんだけど、
アレルギーの逆療法的な、そんな感じなんだろうか。

蚊に刺された直後は、やっぱり、かゆいよ、そりゃ。
でも、かゆくてもかかずに、「かゆい。かゆい。」と、
かゆみを味わってみる。ここでちょっとMだな(笑)。

で、当然ぷくっと腫れるんだけど、30分くらいすると、かゆみも
腫れも、サーッ となくなる。
さされた跡は、1〜2mmの、赤いポッツンになるだけ。
顔やまぶたも刺されるけど、お岩さんになったりしないよ。

ここに引っ越してきた当時、蚊にさされまくりながらパンイチの裸で畑を
歩いているおじいさんに、かゆくないのか、聞いてみたら、
ちょっとかゆいけど、腫れないから気にしない、と言っていて、
鉄人だ、と、尊敬の目で見ていたら、
自分が鉄人になっちゃった。あはは。

だから、アレルギー療法で、アレルゲンをわざと大量に体に取り入れるって
いうのは、的を得た方法なんじゃないかと思う。
まあ、命にかかわる場合は経過観察を充分にして、注意しながら
行わなきゃいけないとは思うけれど。
そんなこんなで、また今日も今から蚊にさされに行ってきます。
posted by 辰多みか at 16:32 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

えらぼう

神様は、
怒ったりしない。

神様が言う言葉は、「いいよ」しか言わない。

「神の怒りに触れた」っていうのは、
人間が自分を正当化するための、勘違いの、言い訳。


神さまは、 「いいよ」 しか言わない。
「あるよ」 しか 言わない。
「あって、いいよ」 しか 言わない。

有 か 無 だったら、
有 が 「神様」

無 は、 さあなんだろう。
「あなたと私は別人」 って事かな。
(あたしはそう感じるよ。)


宗教間対立でね、
あの宗教徒は許せない、だからやっつける。
あの宗教から弾圧を受けたから、うちの宗教徒は全員助ける、そのためにあの宗教をぶっつぶす。
と、いきまいて、争う。
宗教は、「神」と「愛」を説いているはずなのに。
なぜ、信仰している宗教が説いている事が、理解できないのだろう。
それはなぜかというと、そういう行動をとる人たちは、本当には神を目撃していないからだ。


神様は、「あって、いいよ」と言う。
それはね、

平和でも
戦争でも

どっちでもいいよ って言ってるのだ。
本当に神様を「目撃」すると、神様はずっ〜とそうつぶやいてた っていうのが
一瞬で理解できるよ。


戦っちゃダメとか、平和に暮らしちゃダメとかも、言わない。

言わない、というか、むしろ、
「戦っちゃダメでも、いいよ」
「平和に暮らしちゃダメでも、いいよ」
と、神様は言うのだ。


全面肯定なのだ。
神様って、完全肯定 って事なのだ。


戦争でも、
「やっていいよ〜」と、ニコニコ言っているのだ。
だからといって、宗教間対立が、それを理由に起こっている、というワケではない。
逆なの。

「戦争はやってはいけない」と、固く信じているから、やるのだ。対立したい人たちは。
神様から、許可を得られていないと、思い込んでいるから、やるのだ。

実は「戦争でも平和でも、好きにやっていいよ」と、神様は言ってるわけ。
どんなあたしたちでも、否定しない。それが神様。

「やってはいけない」と思い込んでいるから、やる。
それを選ぶ権利がない と思ってるから、やる。

そうではないのだ。
神様は、いけない とは絶対言わないのだ。

ただ、神様の仕事?は、もうひとつあって、それは、この世の仕組みを作ること。
作る、というか、作り上げた という事。

戦争の方向に力を向けると、跳ね返って自分たちの方に戻って来る。
戦争の方向、というのは、平和(愛)と逆方向の事で、
愛を与える方向に対して、愛を奪う方向のこと。
愛を奪う方向(つまり愛を自分たちへ近づける方向)へ力を向けると、
跳ね返って、愛は向こうへ行っちゃう、という事。
その跳ね返りの仕組みを作ったのが、神様。

だから、人間は、平和でも戦争でも、どっちを選んでもいいんだけれど、
自然の摂理に従うと、戦争を選ぶと、人間的には、良くない結果になる。
神様的には、どうでもいい〜♪。
神様は怒らないけど、摂理は、仕組みは・・・人間から見ると、怒ったように見えるかもしれないね。

仕組みは、人間の力では、くつがえせない。
本当に神様を目撃する(悟る)と、その事が理解できるようになる。

私たちは、どちらを選ぶ事も、許されている。
ないと思うからほしくなっちゃう、
できないと思うからやりたくなっちゃうのが人情。

どちらも選べるんだから、
選ぼう。
私たちは、すべて持っているんだから、選ぼう。
無いものなんか無い、すべて有る んだから、
与える方を、選ぼう。

神様は、そんな私たちを、ニコニコしながら、見ている。
「いいよ」とだけ言って、見ている。
posted by 辰多みか at 15:05 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする
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