2013年11月20日

非二元


心の世界。

こころには、段階、層がある。

痛いことがいっぱい詰まっている層は、
うまれた時から、傷付いていたり歪んでいたりする。
これを個性というの。
外の世界の刺激によって、
その傷口がパックリ開いたり、血が出たりして、
痛い。ものすごく痛い。
この層は、二層になっていて、さらにひとつの層はそれぞれ、
「裏」と「表」にわかれている。

ある時。
あまりにも、あまりにも痛くて、
傷口をぐりぐり広げられて、
最初は抵抗するんだけど、もう抵抗する力もなくなって、
なすがままに、傷口から血が吹き出るままに、
最後の抵抗の力も出すのをやめて、痛いまま、
血も涙も流れるままでいると、
傷口は、バカーっと開いて・・・
そして、
その「下」が、ぐりんっと、出てくる。

その「下」は、



裏も表も無い 世界なんだ。


うらも
おもても
ない。

分かれていない。


これを、非二元というの。

本当の自分なの。
自分の神性なの。
神の、性分 なの。

世間ではいろんな名前がついているけど、
真実は、ひとつなんだよ。
それは、傷をバカーっと開いて、死んじゃうと わかる。
生きたまま死んじゃうと、わかる。
あたしは、みんなにわかってほしいの。
思いだしてほしいの。
みんなが連鎖的に思いだす事を、アセンション というんだって。




posted by 辰多みか at 15:49 | あたし神様だったわ | 更新情報をチェックする

痛いよ

痛い
痛いよ

朝書いた記事。
「友達を家に上げれなかった話」

書いたあと、スーパーに買い物に行った。
ずっと、この思い出の事を考えていた。

痛い。
胸が痛い。

なぜあたしがわざわざプレゼントを持ってきてくれた
友達を、家に上げれなかったのか。
理由は、わかっている。
汚屋敷だった から では、ない。
理由のひとつではあるけれど。
その当時は、汚屋敷だから と、思い込んでいたし、
ずっとそう信じていた。

「おかあさんが家を汚くしている せい で、友達を家に上げれなかった可愛そうなわたし」
そう信じていた。
でもそれは、かくれみのだった。

あたしは、本当は、その子と、深い友達に、なりたくなかったのだ。
嫌いなわけじゃなかった。
「友達」が、要らなかった。
誰とも友達になりたくなかった。
そんなものくそくらえだ、と、内心は拒絶していた。

「そんなものいらない」と拒絶していると、信じていた。
けれども、それも、かくれみのだった。


自覚していたのは強い拒絶だったけど、
ほんとうのほんとうは、
ただ、怖かったんだ。
ともだちを作るのが、
怖かったの。

あたしの思いは、受け取ってもらえないの。
差し出した手から、もらってくれないの。
それは、小学一年生の時に体験した、
忘れもしない、あの、今でも身震いする、経験。
世の中の、洗礼。
相手は、母ではない。
一年生には、衝撃的すぎて受け止めきれなかった、"御挨拶"。

痛いことを、思いだす。
思いださないと、次に進めない。
そして、その時、本当にしたかった事を、今する。
これが宿題で、
やるのが、本当につらい。

痛い痛い痛い
でもこうやって文字にして書くと、整理されて、これだけでも少しは癒される。
(これを、スピ系では、カルマの浄化とか言うみたいだよ)

これから痛い事、いっぱい書くけど。
うん、自分の日記だから、人のことは気にせず、書こっか。
思いだしたらぼちぼち書いてこうかな。


posted by 辰多みか at 15:17 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする

友達を家に上げれなかった話

ナゼか急に。
思い出した。
なぜ今、これを思い出すのだろう。
「あたしは受け取り下手」で、
その原因は「幼いころ拒否されたこと」にあるんだよな、と、
ぼんやり考えていたら、思い出した。

中学生3年生の春の、日曜日、
クラスメートが突然うちにやってきた。
その子を、Kちゃんとするね。
特別仲良かったわけではないけど、仲が悪かったわけでもない。
家が近かったわけでもない。
仲良しグループというかなんとなく集まるメンバーの、ひとり。

Kちゃんは、
「お誕生日おめでとう」と、
あたしに、プレゼントを、くれた。
あたしに。
あたしなんかに。
わざわざプレゼントを選んで、自転車にのって、
学区のはずれの僻地のスラム街みたいな所へ、
来てくれた。
あたしなんかの、ために。

中学生の頃のあたしは、今以上に相当ひねくれていて、
誰とも、必要な事以外は、しゃべらない子どもだったの。
学級委員だったけど、雑談の輪には入らなかった。
その特異な行動には、「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」という、
専門用語がついているという事を知ったのは、つい、数年前。

あたしは、Kちゃんを、家に上げれなかった。
「ありがとう。うれしい。どうぞあがって。」と、口がさけても言えなかった。
家は、前も書いたように、汚屋敷。
とても、見せられなかった。
ありがとうと言ったかどうかも、覚えていない。
あたしの頭の中で渦巻いていた言葉は、
「はやくかえって。おねがい。はやくかえって。みないで。」だった。

今、記憶の中にいるKちゃんは、
玄関でうつむいて、じっと立っている姿。

その当時も、その後も、
あたしはなぜかKちゃんに悪い事をしたとは、感じなかった。
今こうして書いてみると、あたし、酷いね。ホント酷いね。
30分くらい玄関で立ちっぱなしにしてポツポツ話をしたあと、
Kちゃんは自転車で帰って行った。
正直、ほっとした。

そのあとも、Kちゃんと仲が悪くなる事もなく、
高校で離ればなれになるまで、
何度か、プレゼントをもらった。
あたしは正直、辟易していた。
なんであたしなんかに、くれるの。
意味がわからない。
おかねもちだって、いいたいの?(←わー、ひどいわ…)
おかえしが大変なんだよ。(←わー、最低だわ…)
またおかえしで悩まなくちゃいけない。

そもそも「場面緘黙症」という精神状態だったから、
人の気をおもいやる、なんて、どうあがいてもできない頃だっただろう。
だけど・・・

Kちゃんは、あたしと、ともだちになりたかったんだな。
急に思い出して、せつなくなった。
Kちゃんの気持ちが。
Kちゃん、せつなかっただろうな。
ごめんね。
本当にごめんね。

思い出の中のKちゃんとあたしを癒す、という手法があるの。
それをさっきちょっとやってみたの。
少しよくなったかな。
もうちょっとやってみよう。


※追記
なぜあたしがこんな酷い事をしたのか、そして酷いとも思ってなかったのか。
理由は汚屋敷ではありません。
ほんとうのほんとうの、ほんとうの理由の記事を書きました。
http://loveconquerfear.seesaa.net/article/380717657.html
場面緘黙症児で悩んでいるお母さんたちへ。
posted by 辰多みか at 09:35 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする
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