2013年11月21日

アイソン彗星と水星

実はこの3日間、朝5時に目覚ましをかけて、
アイソン彗星を見てみようと、寝る前ははりきって寝た。

朝、目覚ましで起きて・・・
あたしは朝がとても苦手で・・・
あんなにはりきって寝たのに、ぐずぐず起き出す。

1日目は曇りで、2日目はもう明るくて(笑)アークトゥルスしか見えず、
そして今朝、3日目、おおースピカ見えてるー。
(今はおとめ座のスピカが目印!)

で・・・
じいっと・・・
寒いから、
ダウン着て羽毛布団にくるまって・・・

今年の春に、パンスターズ彗星を見ようとがんばったけど、
ぜんぜん見えなかったんだ。
その時も書いたけど、彗星を見るコツは、
「そこを見ちゃいけない」なの。

「わざと目をそらす」なの。

すると、視界のすみっこに、ぼーっとした光の塊が入って来る。
この方法でハレー彗星を見たよ。

でもさ、あたしは今回、どこにどう出るか、ちらっとテレビで見ただけで、
よく知ってなかったんだ。
見ればわかる、と思って見たけど、光が弱いのか、見つけられない。
一瞬、もやっとしたのが見えたけど、双眼鏡でそこを見ても、よくわからず。

寒いし、もう一回寝よう(笑)と思って、やめてしまった。

その時、明るい、オレンジ色の星が東の空から高く上がってくるのを、
あれは飛行機だろうか、と思いながら、見ていたんだ。
(ずっと見てたら動かず、星だったけどね)

で、朝の家事が終わったあと、ちゃんと調べたら、
あたしが見たぼやっとした光の所は、やっぱり彗星がある位置だった。

そして、オレンジ色の星は、水星だった。
(彗星ならず・・・)

水星!水星だよ!
水星も、見たかったんだよ!
人生初水星見たわ〜。
うれしー。

あしたこそ、アイソン彗星をしっかり見ようと、思ったのだ。





posted by 辰多みか at 15:57 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

ついに辿り着いたかも

昨日、痛い痛い記事を書きました。
(もっともっと痛い過去はいっぱいあるけれど)

それに付随するように神の定義関係の事も考えてました。

そして、自分の中の、自分で見えない、うわっつらの表面の事も。

うわっつらの表面。

自分で、見る事が、できない。

だって、目はうわっつらについてるし。外しか見れない。

神の定義関係の事は、熱い冷たいみたいに、神経刺激で感じる事だから、
目がなくても、わかるの。
五感じゃなくて、第六感で感じるんだけどね。

でも、自分の姿だけは、見えない。

そのために、「他人」が鏡の役割をしてくれているの。
でもその鏡は、ポジとネガが逆に写る仕様の鏡だから、
よ〜〜く、神経をこらして、感じ取らないと、
そこに写った自分のうわっつらの姿を見るのが、とても難しい。
ものすごくコツが要る。
ふつうの人は、それを見出すまでに、精神をやられちゃう。
(この見方のコツが、水晶透視や他の占いのコツなのかも)

ていうか、精神をやられるから、見えるようになるのかもね。

あたしは、自分の内面に押しやった、醜い、酷い、おぞましい考えの、
腹黒の自分を、自分の中から発掘して、そして、その穴に転がり落ちて、悟りの世界を見た。
神の定義を、見た、見たというか、神経で感じた。
(どんだけあたしがおぞましいかの一例は、昨日の記事ね。
http://loveconquerfear.seesaa.net/article/380778967.html )

だから、もう大丈夫なのかな、と思った。

でも、やらなきゃいけない宿題がいっぱいあったのよ。
そのひとつは、相手にちゃんと「ノー」と伝える事。
それをやりたくなくて4年も経った。
で、なんとかがんばって「ノー」が言えるようになってきた。
傍目から見ると、ただの、「反抗期に入った嫁」なんだけどね(笑)。

もうひとつは、感謝してちゃんと受け取る事。

それがなかなかできない。

道筋は間違ってないと思うのに、なんでだろう。
どこかで、あたしは勘違いをしている。
それを、ず〜っと探していた。

そしてね、昨日、なんか、見つけたみたい…

ついに、辿り着いた…みたい…


そして、それを、
やりたくない!やりたくない!やりたくない!って、体中の細胞が叫んでる。
ぐーっと、筋肉が縮こまる。

あたしが辿り着いた、宿題は…

それは、「相手に自分の弱みを見せる事」だ…

今まで、やってきたつもりだったけど、一度もちゃんとやっていない。
それに気付いた。

強がってばかりだった。今も、強がっている。
笑ってごまかしてみたり。
平気なふりをしたり。
悟ったから大丈夫って思ってみたり。

やっぱり神様は見逃さない。
法則のセンサーは、完璧だわ。
そこができなければ、あたしは、本当には自由になれない。

あぁー。
でもホントにやりたくないのよ。
ううーっ

助けてください…
(↑これを口で言え、あたし)

posted by 辰多みか at 11:35 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

全知全能「が」神

「全知全能の神」 って いうじゃん。
神さまって何かな、と言うとき。
ふつう、そう言うよね。

でもそれが、誤解のもとなんだよ〜〜。
もうかれこれ2000年も誤解されてるわ。

そうじゃなくってさ。

「全知全能」が、「神」なの。

全知全能「の」神 じゃないんだよ〜〜。



神がいっぱいいて、その中の、全知全能の神 という意味ではない。

宇宙を作った「全知全能」が、いて、
それに、「神」という呼び名を付けたってだけだよ。
ただの、定義。約束事。

別に名前はなんだっていいし、むしろ名前なんてない方がいい。
名前をつけちゃうと、「どんな名前でもいいという全能性(自由度)」が
無くなるから、定義に矛盾してしまう。

これは、悟りの世界を、ちょっぴりだけでも体感すれば、理解できるようになるよ。
悟りの世界、非二元を体感するには、見たくない過去の自分の、痛い体験を、
もう一度、体験しなくちゃいけないんだけどね。
こんなふうに→http://loveconquerfear.seesaa.net/article/380719635.html
posted by 辰多みか at 10:42 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
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