2014年02月26日

恥を晒す

悟りの一瞥をして、
それを契機に、すぐにブログを始めると、
のちのち、恥を晒す事になる。
だから、言葉を発信したくなったら、
5年くらいは待ってから始めた方がいい。
恥を晒そう、と、思えるようになってから。


posted by 辰多みか at 17:18 | 悟り | 更新情報をチェックする

悟りの後にする事

悟りの後にすることは、

「自分になる」こと。

それしかない。

その後の人生は、
自分になって死ぬか、
自分になれなくて死ぬか。
それだけ。

かつて忌み嫌っていた自分になる。

忌み嫌い度が大きければ、自分になる過程で苦しむし、
小さければ、あんまり苦しまない。

悟るとわかるのは、忌み嫌ってた理由が、
自分の勘違いだった!という、目からウロコ的な発見と、
「自分になる」という道のりに転がって、道を塞いでいる
障害物の多さに唖然となること。

まあその障害物だって、自分の魔法で出してるんだから、
自分がひとこと「消えろ」と言えば、あとかたもなく
消えるのだけど・・・
だけど・・・
その魔法を解く言葉は、本当は「消えろ」じゃなくて、
「消えなくていいよ」が正解で、
その正解を、なんの胸のつかえもなくためらいもなく言えた時だけ、
魔法が解ける。
難しいねぇ。
だから、数年単位かかるんだ。
posted by 辰多みか at 17:14 | 悟り | 更新情報をチェックする

パスカルのパンセ

すみれが本格的に咲きだした。
もう春なんだね。
匂いがするスミレ。
去年の春に、一株、買ってきたの。
冬の間も、ボチボチ咲いてくれて、
結局一年中咲き続けて、全部で10個くらい咲いたかな。
においがするスミレは、紫一色だから、
たぶんバイオレットって名前で、
パンジーとは呼ばないと思うんだけど、
はなびらが三色に分かれてる、あのちっちゃいサンシキスミレを
思い出すと、パスカルのパンセが頭に浮かぶよ。

三色スミレは、英語でパンジー という。
パンジーの由来は、うつむいて、まるで考え事を
してる人のようだから、パンジーという。
パンセ(パンゼ)を、する人。
だから、パンジー。
シェイクスピアの物語の中では、媚薬として出てくるよ。

そんなこんなで(?)すみれを見ると、パスカルのパンセを
思い出すわけだけど、いままで読んでみた事は無かった。
それが、この間、隣町の大きな本屋さんに行って、
文庫本コーナーに入ったら、目の前に、あった!

ぶあつい!
さっそく手にとって〜。
・・・
・・・

まるで、ブログのさきがけのような、構成内容だった。
エッセイ、ていうか。
思いついた事を、思いついたままに、書き散らしたというか・・・
なので、
まあ、何が書いてあるかは、読まないでもわかるので(!笑)
買うのやめた。
ぶあついしさ〜。
時間がもったいないし。
あと、スピノザのエチカも読んでみたかったけど、
なさそうだったので、こちらは諦めた。
あたしは真理が知りたいんじゃない。
もう知ってるし。
真理を知った後、どう、よく生きるかを知りたいの。
この世で救われるためには悟りなさい って書いてある本は、もういらないの。
その先が、知りたいの。



posted by 辰多みか at 17:13 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年02月24日

病気だからじゃなくてだから病気

当事者で、苦しんでる最中の方々には、
あたしの言い分は、理解したくないだろうと思う。

神経症や自律神経失調症は、
「病気だから苦しい」じゃなくて、
「そんなんだから病気なんだよ」だと、あたしは思う。

身近で見てるから、わかる。
「あんたなんかにわかるか。」って言われるけど、わかる。
だって、神経症や自律神経失調症の、結果から原因まで、
ぜ〜んぶ、見てきたからさ、この目で。自分自身の体験で。

posted by 辰多みか at 22:12 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

水と空気と土と

息子と一緒に部屋を片付けていた。
あたしは掛け布団にカバーを掛けていた。
なぜか
急に
ムスコ、まったく関係なく、

「水と空気と土が、「あたし」を生きてる事に喜んでる!」っていう
思いが溢れて来た。

みずと
くうきと
つちが

「あたし」を
生きてる  んだって。

あたしの、エレメント。

そっかー、喜んでるんだ!

「あたし」に成れて。
あたし以外の人にも成れて。

その後、目覚まし時計を、つかんだ。
そうしたら、どこを触ったのか、
ライトがついて、
そして、
消えない!

どこのボタン押しても、しばらく待ってても、
消えない!
「あー、おかあさん壊したー。」
・・・壊したかも。
あたしが電化製品に触ると、なぜか、壊れてしまうの。
旦那がいう事には、あたしの手からはヘンなものが出てるそうだ。
みんなでゲラゲラ笑ったけど、消えないものはしょうがないので、
「乾電池出して!10数えてから入れなおしてね!」って言ったら、
なぜかそれに対してもゲラゲラ笑われてしまった。
えっ10秒基本でしょ?
それでようやく消えた。

手のひらはものすごく熱いし、
手から確かになにか出てる感じがするけど、
壊す方面じゃなくて、もっと人を癒すっぽい事とかの
有意義な事に役立ってほしいわ。
ん〜、ただの静電気か。
水と空気と土を取り入れると、電気ができるのか。
エコだな、あたし。



posted by 辰多みか at 22:10 | 光子・陽子・電子・素粒子・量子 | 更新情報をチェックする

キラキラの至福の風景を見るためには

目の前の曇りが、一瞬で晴れて、
まわりの人みんなが自分で、
みんな、愛の海に胸まで浸かってる、
ワンネスの、
至福の風景を見るには、

深く、
深く、

懺悔 に なればできる。

懺悔する じゃなくて、 懺悔の状態になる。

無理して、「私がわるうございました!」って、ニセの懺悔したって、できない。
ふつうの人がする懺悔って、みんな、そういうニセの懺悔。
謝ってるつもりで、実は心の奥底は、誰かのせい、なにかのせいにしてる、偽の懺悔。
そうしてるうちは、キラキラした風景を見る事はできない。

本当に、心の奥底から、
誰のせいでもなくて、
自分のせいでもなくて(ここ重要!)、
ただ単に、自分は"やらかしてしまった"だけだと、
認める、
やらかしてしまった事実を、認める。
そうすると、「あちゃ〜」ってなって、
「あー…悪い事したんだな〜…」って、じりじり、居ても立っても
いられない気持ちになって、そして、
急に、目の前の霧が晴れる。
ウキウキした気分ではなくて、静かな気持ち。
目に映るすべてが、キラキラする。
バツが悪いんだけど、キラキラする。
不思議な気持ち。
至福っていっても、あたしはバツが悪すぎて、
あんまり福じゃなかったな。
でも、胸まで愛に浸かってたわ。
頭で想像したって、とうていできない、
不思議な、心の3D絵みたいな、風景。
これって、もしかして、なにかしらの脳内物質が出てるのか。
不思議だわ。
posted by 辰多みか at 11:27 | 悟り | 更新情報をチェックする

うつが良くなった一言

ウチの実家は、まあいろいろあって、
今は、家族みんな一応幸せに暮らしているけれど…。

母は鬱病になった。
あたしが高校生の時。
それから何年も、浮き沈みして、
よくなったり悪くなったりして、
完全に良くなったのが、発症から15年以上経った頃か。

一番最初の、うきしずみの "うき"の時。
その時は、たった一言で、やってきた。
娘(あたしにとっては妹)の、たった一言で。

それまで何を言っても、母の心には響かなかったのに、
妹が、半分泣きながら、
「こんなのおかあさんじゃない。」
それで、母は、目が覚めた。
死んでいた目に、力が入った。
そのあと、また、間をおいて沈んでいくんだけど、この時の変化は、
びっくりするものだった。
誰にでもあてはまる言葉ではないから、
家族が鬱病で苦しんでる人は、参考程度にしてね。
posted by 辰多みか at 11:26 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

静岡県西部トリビア

「あらい」
「べんてん」
「あらいべんてん」
ものすご〜く紛らわしい、この3つは、全然別の場所。

もう一回書くよ。
「新居」
「弁天」(弁天島)
「新居弁天」
この3つは、ぜんぜん べつのばしょ。

浜松市民でも知らない人が居る、地名トリビア。
ちなみに「べんてん」は「べんてんじま」を略した言い方。

今の時期、「新居弁天」でやってる牡蠣小屋に行きたくて、
たどりつけない人、けっこういるかも。
「牡蠣小屋」に行きたくて、「弁天」あたりをウロウロする。
「弁天」って、駅名でいうと、「べんてんじま」ね。
そこ、違うからね!
かきごやがある「あらいべんてん」は、もっともっと南の方で、
しかも浜松市である弁天島と違って、湖西市だよ。
新居弁天は、湖西側の今切口の事。
「あらいべんてん」の知名度は、恐ろしく低い。
牡蠣小屋があるのは、「海湖館」という施設ね。
もしも、弁天あたりで迷って、地元民に、
「かきごやはどこですか?」と聞いたら…
もしかしたら、「かきこや」というスーパーを教えてくれるかもしれない。
地元民は、牡蠣小屋をやってる事さえ、知らないかもしれない。
だから、行きついた先が、スーパーでも、気を悪くしないでね…。
しかも、牡蠣小屋にたどりつけても予約制かも…(ちゃんと調べてから行ってくださいね)。

地元民が言う「あらい」(「ら」を強く読む)は、
3年程前までは、新居町(読みは、あらいちょう、イントネーションは御来光と同じ) 
という、市町村の町だったんだけど、今は合併して湖西市なの。
あらいまち とは読まないの。
「新居町」は、JRの駅名でもあるんだけど、駅名はなんと「あらいまち」と読むの。
イントネーションは、ごへいもち と同じ。
JRに乗らない地元民(車が交通手段だから)は、「あらいまち」なんて駅の
名前を知らないし、知ってる地元民は、その読み方を認めてないよ!(笑)
あくまでも、駅名は、「あらい」と、言い切る!
(ナゼJRは、まち にしてしまったのだろう)
あらいの地名トリビア。
地元民でも知らない…。
静岡の西側に来る時は、そういう事も楽しみながら来てくださいネ。

posted by 辰多みか at 11:25 | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年02月21日

悟りの世界をかいま見る前後の道のり

悟りの世界をかいま見る。
一瞥する。
人によって、言葉の定義がちょっと違うみたいだけど、
たぶん、一瞥した者どおしならばわかる。
見性。覚醒。目覚め。気づき。悟り。とか。いろいろ。
(この中で、覚醒、悟り は別の意味で使ってる事が多いかもしれない)
忘れもしない、衝撃的な、あの体験。

こころは、3層あって、
上の2層は、それぞれ、表と裏がある。
3層目は、もはや層でもなくて、言葉で表せない領域。
こころの層の上に、肉体の層がある。
肉体の層も表と裏にわかれていて、
それぞれ交感神経と副交感神経がつかさどっている。

悟りの世界をかいま見るまでに、
こころの層、1層目、2層目を、見る事になる。
なぜそこを見ることになるのか。
それは、「いろいろな事が思うようにいかなくなって苦しくなるから。」
苦しくない人は、こころを顧みる事は、ない。
そういう人は、もうすでに、風のように颯爽と生きているからだ。
苦しくなる理由は、自分ではわからない。
もがき続ける。
自分で「良い」と判断した方法で、苦しみをなくそうとがんばる。
けれど、だいたいは失敗する。
がんばりが、逆方向だからだ。
こころの層を見たくないから、
見なくても良い方向にがんばる。

その辺で、病気になる人がいる。
結構な確率で、いるよ。
ていうか、もしかしたら全員そうかも。
体の病気も、
心の病気も。
体の病気は、心の歪みが噴出しているので、
結局は、どちらも、心の病気だ。
偶然のケガや、盛られた薬物による体の変形でなければ。
(故意のケガは、心の病気だよ。)

病気になると、
がんばれない。
がんばれないのに、がんばる人がいる。
それほどまでに、自分自身のこころを見たくない。
だいたいこの辺で、
気づきをもたらしてくれる、良いカウンセラーさんか、
セミナーやワークに行く人もいる。
第三者の力を借りるのはいい事だと思う。
ただし、見極めが必要で、
見極めるためには、悟りの世界を見ないとできないから、
結局は、最初は運や評判に頼るしかなくなる。
お金もそれなりにかかるし。
ちなみに、精神科医さんは、悟りの世界を見た事が
ある人を選ばないと、絶対だめだと思う。
そういう先生はあんまり居ない感じがする。
森田療法ができる先生だったら、良いのかもと思う。
幸運にも、悟りの世界を見た事があるカウンセラーさんに
出会えれば、その先は、少し近道ができるかもしれない。

誰の力も借りず、
ひとりで、
がんばれなくなった人は、
「死」を、
選ぶ時がある。
「自死」は、「逃げの最終形態」だ。
それほどまでに、自分のこころを見たくない。
どれだけ逃げるの。
自分から。
それ自分でしょ。
もっとよく見てあげなよ。
・・・
「自死」も諦めた時、
なにかのきっかけで、
自分の人生のフィルム上映会が始まる。
見たくないのに。
こころの1層目。
こころの2層目。
1層目と2層目の間に、汚れ。
それが、ふと、考え事をするように、頭の中に、
映し出されていく。
それは、一気には来ず、
だんだん、じりじり、深い所まで思い出すように、
記憶が鮮明に映し出されて来る。
体感を伴って。
匂いや痛さや冷たさも。
それは病気になった最初の頃も、そんな感じだったかもしれない。
いろいろ思い出す。
ずーっと考えてる。
嫌になる。
嫌になるよね。病気も治らないし、
気分も暗くて重い。
するとまた何かのきっかけで、
「とても酷かった私」の記憶を思い出す時が来る。
このきっかけは、人によりさまざまで、
まったくの偶然で、
願って叶うものではなくて、
だから、みんながみんな、きっかけのチャンスにありつけるわけではない。
今生きている間に、こない人もいるし、
20代でも来る人もいるし、いろいろ。
「とても酷かった私」は、こころの、2層目に居る。
ここに到達しだすと、あとは、自力で、3層目まで、
落ちる。

落ちる。

ここで耐えられなくてまた「自死」を選ぼうと考えると、
もとのもくあみだから、もうちょっと我慢して。
案外、スピードが早くて、あっけなく落ちる。
落ちてると思ったら、実は天に昇ってた事が、わかる。
そこまで行けたら、しめたものだ。

こういう体験談を、神秘体験への憧れの目で読んで、
落ちる時の「苦」無しに、天に昇ろうかと、
無意識で考えてると、「ニセモノ」の光や声を、
見たり聞いたりする事がある。
それは、神の声じゃなくて、自分自身の声だからね。
騙されないで。
本当の体験は、「決まった形をした光」なんか見ない。
ただ、明るい感じがするだけ。
丸い光が体に入ってきた、とか、まばゆい光が全身を包んだとか、ない。
それは比喩だから。
今まで暗かったから、明るく感じるだけ。
今まで曇ってたから、はっきり見えるだけ。
ただ、言葉で表すと、どうしてもたとえでしか表せないので、
各々、違った表現で表す。
感じるのは、たぶん皆一緒だけど、表現の仕方が皆違う。
もしもあたしがこれから先「光につつまれた」とか書いてるとしたら、
それは「比喩」なだけだからね。
わかる人にだけわかる比喩なだけ。
だから、お互い、悟りの世界を見た人たちどおしでしか、
絶対に理解しあえないの。
形にこだわる人は、本物の体験をしていない。
神様の名前にこだわる人も、ニセモノの方が多い。(全員が
ニセモノではないのよ。だから、よけい紛らわしい。)
本当の体験では、声なんか聞こえないよ。
では実際、ナニを見るかというと、
ボヤッとした、概念の塊。
意識の塊。
知識の塊。
叡智とか、真理とか、法則とか、仕組みとか。
仕組みがわかるので、それを言葉で表そうとすると、「声」になる。
ただそれだけ。
仕組みがわかれば、安心できる。
「死」さえも怖くなくなるよ。
でもそれを見た事が、実際、本当に死ぬまでの、残り人生に、
ぴったりあてはめて応用できる「生きるための」ハウトゥーなのかというと、そういうわけではない。
それに沿って生きると、ごはん食べなくてもいいし寝なくてもいい。
山の中で誰にも会わずに、パンツいっちょで優しい目をして暮らしてればいい。
そうしたい?
そうしたいなら、すればいいと思うよ。
でも、だいたいみんな、生活水準は同じように暮らしたいと思うよね。
水準は同じかそれ以上で、楽に暮らしたいと思うよね。
じゃあそれを選べばいい。
選ぶのは自己責任だ。

仕組みを見るって事は、
なんだろう、「目」をもう一個もらった感じか。
嗅覚が、犬並みに鋭くなった、という感じか。
目がみっつになって、鼻がよくなっても、自分のやりたい事も
やらずに、やれずに、卑屈に生きてたら、なんにも楽しくない。

ここで、「宿題」が、出る。
実際は、「宿題」なんてハッキリした形のものではなくて、
これはただのあたしの比喩だからね。
比喩的にいうと、「宿題」とは、やらないといけないもの だ。
あ〜、いけなくもないんだけど。
なにを選んでもいいんだから、「いけない」ではない。
言葉で表すのが限界。
だから感じ取ってね。

ここであたしが宿題といっているのは、
もともとは、
仕組みの塊の中から伝わって来る、
「自由に生きていいんだよ」という声(比喩)を自分の中で解釈しなおしたもの。
仕組みの塊・真理、それを定義して「神」と呼ぶんだけど、
神は、「いいよ」しか言わない。
「存在していいよ」しか、言わない。
言うって、比喩だからね。声なんか聞こえないよ。
生きるというのは、その声に従うという事。
それに従うためには、
ためには、

今やってる、やりたくない事を、今すぐやめて、
今やってない、やりたい事を、今すぐ始める。

そうしなさい、と、声は言う(比喩だから、「しなさい」も「声」も無いよ)

悟りの世界を見た後に苦しむのは、
そのふたつが、なかなか、できないからだ。
だってやるには、感謝しないといけないだもん。

なにをしたい?なにをやめたい?
離婚?別居?親からの独立?転職?
なにもかも破壊する事?
それとも、すべてを愛で受け止める事?
人によって、どれも苦しい。怖いから。
ゾーッて体が反応する。

結局、第3の層からすれば、
どれもいっしょで、
どれやっても意味なくて、
やってもやらなくても良くて、
ぜ〜んぶそのままでいいんだけど、
肉体を空気と水と大地から借りて、生きていくのならば、
やりたい事ばっかやって楽しく生きればいいと思うんだ。
だって今まで、自分自身の本当の欲求に従って、
生きてこなかったでしょ?
だいたいそもそも、悟りの世界を見る前に苦しくて
病気になるのは、自分の欲求を偽って、偽の自分を生きてたからだ。



posted by 辰多みか at 11:45 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年02月19日

外国の人とのコミュニケーション

前記事でも書いた、
外国人との英会話。

何年も教室に通ってたけど、
ぜ〜んぜん!しゃべれない。
つうか、もう既にしゃべる気ないね(笑)。

相手がしゃべってる事は、わかる。
聞き取りはできる。
テレビや映画は早口なので難しいけど、
面と向かって、会話すると、双方の間で、
お互いのペースで伝えよう♡という気持ちが生まれるので、
会話の内容は、わかる。

アチラは、英語。
コチラ(あたし)は、日本語で、話す。

もう それで、全然オッケー(笑)。

ココは日本なのでね。
オラオラ!日本に来るんだったら日本語で話せやコラァ〜!って気分なので、
日本語で問題ない。
そのうち、アチラも日本語でしゃべってくるようになる。
(てか、ホントは、あたしそんなに意地悪じゃ、ないよ!笑)

まあ、もちろん、ちゃんとした場面(仕事場)だったら、
英語で話すけどね。(たどたどしくも)
それでも日本語を併用したりすると、
自分も相手もわかりやすいよ。
と、下手だからあたしはそう思う。

要は、こころ の問題なの。
「伝えたい」「わかりたい」それだけなの。
英会話教室に通ってからじゃないと外国人と話せない、と思い悩んで、
「伝えあう事」を後回しにするのか、
とりあえず伝えたい、という気持ちで、カタコトででもコミュニケートするのか。
どちらかなの。
前者の考えのままでいると、いざ話す場面になると、
あがっちゃって、頭が真っ白になるよ。
上手に話さないとダメだ、ダメな人間に思われる、と、怖がってるから。
それって、自分の体面の事ばっかり考えて、聞いてもらう相手の事を
考えてないんだよね。だからお互い嫌な気持ちになる。
英会話が怖いし、外国人が怖い。
自分の立場からしてみたら、自分が「怖い」なんて思われてたら、失礼だと感じるよね〜。

posted by 辰多みか at 17:08 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

宿題が終わる、波に乗る。

去年の12月に、
神さまに、
お願い事をした。

あ、神さまって、
自分自身なんだけどね。

「自分の保身のために、
自分の悪い所には目をつぶり、
相手の悪い所をあぶり出して、
責任転嫁して攻撃するための武器の「矛」は神さまに返すから、
そのかわりに、
自分にとって嫌な事をされたら「あなたは悪くないけど、
それは私は嫌です。悲しいです。」と、本心を言える勇気である「盾」と、
相手が自分に対してしてくれた事、思い遣ってくれた事を
きちんと受け取り、ありがとうと、お返しするための「スィーツ」をください。」と、神さまにお願い事をした。

神さまは、すぐにくれたよ。
すぐっていうか、いつも目の前にあったよ。
ただ、あたしが手を伸ばして取らなかっただけだ。
知ってて、無視してた。
だって、「盾」を使うのが、嫌だったんだもん。
「スィーツ」を、あげたくなかったんだもん。

だけど、そのどちらも拒否する事を、諦めたので、
とうとう「盾」と「スィーツ」を受け取り、
「盾」から 実行 する事にした。
スィーツを受け取る時ね、ゾッとしたよ。


「盾」
向かい合う。
対峙する。
あいまいな言葉で書くとこんな表現だけど、
第三者(旦那サマ)から見ると、喧嘩にしか、見えなかったという。
つまりだ、
ただ単に、
ケンカしただけだ。
嫌な相手と。
嫌な相手の名は、響子さん。

お互い、腹の底に溜まってるものを、吐き出しただけ。
あたしは20年間も、溜め続けてきたから。
本性を出すようなケンカなんてしたことなかったし。
まあ、5年前から、ちょこちょこ噴出してはいたけれど。
最近も、ここ半年は、しょっちゅう出ていたけれど。

あたしは、頭ではわかっていたんだ。
過去に、悟りの世界を見たから。
一瞥、覚醒したから。
「ケンカなんてしても何の意味もない。
相手のやっている事は、すべて愛が形を変えたものだ。
そこにある愛を、汲み取りなさい。
私が身動きが取れないのは、私が私を縛りあげているだけ。
感情は、どこか別の場所で、解放しなさい。」
覚醒した私は、私に、言う。
つるつるしていて、つかみどころのない、私の言葉。

あたし は納得しない。
アタイ は納得しない。

ぜ ん ぜ ん 気 が す ま な い。

覚者の戯言なんてくそくらえだ。

感情を解放しろ
感情を 解放しろ!

抑えつけ続けた 感情を 解放しろ

あたしたちは、何度も、「ケンカ」をした。
ここ数カ月で何度したか。
あたしは、正直、ケンカしているつもりはなかった。
でも傍から見れば、ケンカにしか見えないそうだ。
お互い、腹の底を出し合う。
だって、向こうだって、抑えつけてる物があるもん。
ただ、アチラは、保身のために本心をなかなか見せないので、
自己分裂して苦しんでいるみたいだ。
一言でいうと、「言いたくても言えなくて自分に振り回されている状態」。
それでもかまうもんか。

「箸の上げ下げまで見ないで。」
「食べようとしていたおかずを、さっと引いていかないで。」
「ゴミの中まで、見ないで。」
「勝手に片づけるな。」
「あたしが買ってきた私物の値段すべてを、聞きだそうとしないで。」
「車で出掛けたらどこからどこまで行ったか聞かないで。
距離を暗算した上にガソリンの値段まで言わないで。」
「いままでの事って、あたしを信用してないと、宣言してるのと同じだよ。」
「いいよ、と言いながら、信用してないんだね。ならなぜいいよと言うの。」
「そのいいよは、自分を良く見せるためだけのいいよだよ。」
「そんなんだから病気が治らない。」
「あたしだけお寿司がなかったね。」
「お菓子も。」
「どうせ買ってくるなら、あまる方に買ってくればいいのに。あたしはそうしてるよ。」
「数が足りなくてもいいと思ってるんだ。ふーん。」
「しかも旦那のお寿司が、好みじゃないと本人に言われた時、
お嫁さんが選んだのにおかしいね。って何?あたし選んでないよね。」
「おかず一切がない時もあったね。3回目であなたに言ったけど。」
「やってほしい事を言葉で言わずに、目線で気付かせようとしないで。」
「あたしそれに気付いたら、全部無視してるよ。」
「頼んで迷惑かけたくない、じゃなくて、あなたは、人に言葉で命令して
動かそうとする人に見られたくないだけ。」
「だからと言って、動いてもらいたい雰囲気を出していたらいっしょだよ。」
「まだ言葉で言ってくれた方がいい。都合が悪い時は断れるから。」
「気が付いていてやらないあたしなんて、まるであたしが悪いみたいじゃんか。」
「「迷惑かけたくない」って、それ「私の事悪く思わないで」って事だよ。」
「言葉で頼むと、あたしがあなたの事、悪く思うと思ってるの?へーそう思ってるんだ。」
「あたし、けっこう優しい人だよ。悪くないよ。」
「あなたも優しいとこあるけどね。いろんな事やってくれるし。」
「いらんもんはいらんけどね。」
「あなたがいらないものはあたしもいらないよ。」
「ちゃんと本心を話しなさい。」
「あなたは全然目が覚めていない。成長していない。赤ちゃんの状態だ。」

降りてきた言葉を言った。
あたしはケンカのつもりはない。
これは、「矛」のつもりはない。

だけど傍から見ると、ケンカという。
(傍から見てる人がいる状態)
まあいいけど!

響子さんはあたしが言うたびに反論していたけれど、
最後にこう言った。
「あたしも…至らない所がある。だから、これで妥協して。」
あたしは思わず、ほほえんで、「いいよ!妥協しあおうよ!」と、言った。
響子さんも一瞬、口元がゆるんだ。
一瞬で、すぐに元の真剣な憔悴した顔に戻ったけど。

だから、もう「盾」はもらったの。
もう、いつでも、同じように盾を使えるの。
「スィーツ」も、渡したの。
「いつもいろいろやってくれてありがとう。」(嫌味ではない)
これから、スィーツは、いっぱい渡すの。
だって、悪い人じゃないもん。
それはわかってるのに、
あたしとアタイの気が済まなかった。
だから、気が済むように、したの。
ホントにみっともなくて、滑稽だわ。
でも、もともとあたしは、みっともなくて滑稽で
ビビリで、狡猾で、せこくて、酷くて、
そしてほんとに優しくて、いい女だからね。

押し込めていた感情は、解放しないと、いけない。
どこにも出口がない。
出口がないのは、一瞥したらわかる。
しかも、見つめても、なくならない。
苦しんでいたのは、それをやりたくなかったから。
「理想」と「現実」で身動きがとれなくなってたせい。
「苦しみ」は、センサー。
ジャイロスコープ。
偏ってるよ!って教えてくれるための、ジャイロスコープ。
だから、なくなったら、困るね。
痛みを感知する神経が、なくなっちゃったら困るのと同じで。
「盾」を発動しても、愛されてる事は証明された。
これからも、何かあったら、ちょこちょこ盾を発動していくのだ。
だからもう、宿題が終わるのは、ほんの、あとちょっと。
まだ少し、ぎこちないから。

あとね、お医者さんが、響子さんの病名を確定してくれた事が、大きい。
あたしはその病名を巡って、響子さんからさんざん悪者あつかいされた。
それが、第三者によって、あたしの所見の正しさが証明されたのだから。
だから、うちうちでやってるより、人に頼るのも、いいかも。
心の専門家だったり体の専門家だったり。

この響子さんは、ラスボスの響子さんだから、
これが終わったら宿題は終わり。
これが、カルマ落とし・エゴ落としとかいうのかも。
宿題が終わったら、あとは余生で、
ジャイロスコープを使いながら、波に乗る。
大波小波が、来るよ。
犬が死ねば、悲しくて泣くし、
天敵響子さんが死んじゃえば、悲しくて泣くだろう。
理由なく蹴られれば、怒るし、
そして笑ってバカになって、
波にのまれる事なく生きてければいいと思う。
ちょっとでも波を怖がると、腰がひけて、波にのまれるよ。


posted by 辰多みか at 17:06 | 響子さんとあたし | 更新情報をチェックする

2014年02月18日

老子

老子!
老子!!
老子!!!


いや、老子の事、全然知らないんだけど、
きっと、一瞥後苦しむあたしたちに、なにかヒントをくれる!(かな?)



老子マイブーム来るかも。

ていうか読みたい本がいっぱいすぎて、老子までたどりつかん。

posted by 辰多みか at 00:16 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

濃度・割合

濃度と
割合は

だいたい同じ意味。

比率もね。


「ワンネス」は、「1」かもしれないけど、
あたしはどうも濃度が絡んでるんじゃないかと思うんだ。
数字の「1」じゃなくて、
濃度の「1」。
濃度・割合・比率は「法則」を内包しているよ。


「空」は「ゼロ」ではなくて、
無限小の事じゃないかと思うの。

無限小っていうかー。

「1」から「0.999999999999999…」をひいた残り、だから、

「0.00000000000000000000000000000000…」これが「空」。

ゼロが、ing
ゼロイング?
いえいえ、being
be が ing
在り続ける、在り続ける。
存在の原動力。



あたしはそう感じるんだ。
もっと感じ切りたい。


posted by 辰多みか at 00:10 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年02月17日

数の神さまを探しに行く

あたしは、悟りの一瞥をした後、
そこで見た宿題が終わらなくて終わらなくて、
無気力になっちゃったりして、
悟りの世界を見たくせに、苦悩にまみれて、
・・・あっそうか、宿題をしたくないから苦悩にまみれてたんだ!(笑)
そっかー。
・・・まあそれを追求するのは後でいいね。
そう、苦悩にまみれて、低空飛行をしていた時期に、
リーマンショックがあった。
仕事が無くなった。
ヒマになった。
アタクシは、「忙しい嫁」でないと、いけない。
ヒマになると、姑のいう事を聞かなきゃいけなくなっちゃう!
大変だ!
そんな頃、仕事にとても役立ち直結する、とある講座が開かれる案内を目にした。
そう、それはまさに、リーマンショックで暇をしてる、
リストラサラリーマンの為に、開かれる講座であった。

なんてジャストタイミング!
さっそくそれを受講して、確かに仕事にはとても
役立つ事を、たくさん教えてもらった・・・。
けど、仕事が、ない。
2年は無いよー、と、取引先に言われてたので、
その予言(?宣言)どおり、仕事は無い。
ヒマだった。
その、講座では、「統計・確率」について、サラッとやった。
授業では、サラッ、だけ。

ヒマだったので、
授業でさわりだけやった「確率」の世界に、足を踏み入れた。
『「精度」「誤差」「カタヨリ」「ばらつき」』
そのキーワードが、"その世界"への、入口だった・・・

毎日、ネットで「統計・確率」に関するあらゆるページを見た。
なんと、出発点は、その4つのキーワードだったのに、
行きつく先は、多元世界…パラレルワールド。
多次元世界…四次元・五次元、、、11次元時空。
見えないのに存在する世界…虚数空間。
確率は、雲になり、
原子核の周りを、覆う。
波動関数。
量子力学。
不確定性原理。
素数の出現の秘密。
想像を超えている、でも確かに実在する、世界。

そんな数の世界に入って、
数の風景に感動していたら、
そこで、
「神」
に、
会った。


たったひとつの「神」


悟りの一瞥をした時に出会った「私」という名の「神」ではなくて、
「法則」という名の「神」。
いや、名前なんてないんだけど。
しかも、どちらも、同じ成分でできている。


おととし、日記を書き始めた時は、
「私」という「神」と出会った(一瞥の瞬間の)きっかけを、
忘れてしまってたので、思い出すのに一生懸命で、
やっと思い出せて、書き記せたのだけど、
今度は、数の世界の神様と、出会った時の事を、忘れてしまったの。
なぜ、ただひとつ と感じたのか。おぼろげで。思い出せない。
あの時は、強烈に、そう感じてたのに。

だから、今度は数の世界の神様を探しに行くんだ。
もう、子育てが終わるからね。
この先は、あたしの余生だ。
やりたくてやってない事がいっぱいある。
「お断りします」が言えるようになったからね。
ありがとうって言いながら、
数の世界へ探求に行くの。

posted by 辰多みか at 15:35 | 数の世界の神様 | 更新情報をチェックする

思い込みの壁が崩れた時の話

あたしは、
自他ともに認める、奇人変人。
しょっちゅう指摘されるし、
自分でも、嫌になっちゃうくらい人と違ってて、
夢は「普通」になる事で、
結局、普通は諦めて、変な自分を生きる事に決めたけど、
そんな自分でも、「これは一般常識だ」と、思ってた事があった。
「思い込み」
なかなかその壁は、崩れない。
なぜかというと、崩れる物でもないと思ってるからだ。
それこそが、思い込み。

あたしは、学生時代、前も書いたけど、記憶が特殊なので、
成績は良かった。
特に英語が良かった。
好きでこだわってたから、というのが強みだったからかもしれない。

そんなあたしは、多くの日本人の例に漏れず、
「会話」は苦手だった。
文法はバッチリ、発音記号はバッチリなのに、
英会話になると、撃沈。
バイリンガルじゃなかったしね。
純粋な日本人だったから。

だからいつも、テレビで外国人がペラペラ英語でしゃべってる
のを見ると、なぜか敗北感を感じた。
今にして思うとあっちは母国語なんだからあたりまえなのにねー。
でもその当時は、この人たちは、あたしが解いている英語のテストも、100点満点なんだろうなーと、思ってた。





100点満点なんだろうなー と 思ってた。


ホラ、ここです。
ここで違和感を覚える人はいるだろうか。
それとも、サラッと読み進んで来ただろうか。


今だから、声を大にして言うけど、
英語がペラペラの、外国人全員が、
英語の文法テストが 100点 だなんて 「ありえない!」

なぜあたしがそう言いきるかというと、
もし、あたしが思い込んでたソレが正しいとすれば、
日本人は、全員、国語のテストが100点でないといけないからだ。

そんなはずないじゃんね。

あたしは、そんな簡単な事にも気が付かないでいた。
ず〜っと、思い込みを思い込みとわからず、持ち歩いていた。

愚かでしょう・・・
笑いたければ笑え。

はたちを過ぎてもそんな風に思い込んでいたけど、
ある日、その思い込みの壁がガラガラ崩れる日がやってきた。
その当時は、英会話教室に通っていて、英語を勉強できる環境が
嬉しくてハマっていて、先生たちと飲みに行ったり、
キャンプに行ったり、英語のシャワーを浴びる生活に、充実感いっぱいだった。
(でも、今英語がしゃべれるかというと、全然そんな事ない)
そんな、身近に英語があっても、その「思い込み」が崩れる事はなかなか無かったの。
疑問すら持たなかったからね。

それが、ある時・・・
先生たちと英会話仲間と、花見に行った時・・・

あ、全然余談なんだけど、外国人は、桜は知ってるし
自分の国で見た事もあるけれど、日本人みたいに、
「見に行く」「まじまじ観察する」事はしないそうだ。
「咲いてるな〜、フーン」程度の関心しかないそうだ。
だから花見という文化には興味を持ってくれた。
主役は花じゃなくて、まあ宴会なんだけどね。

で、その花見の時。
あたしは、英会話の先生たちに、日本語も覚えてもらおうと思い、
桜を指差して、「これはぁ〜、チェリーブラッサム、日本語では"sakura"ね。(会話は英語)」
つつじを指差して、「これは〜アザレア、日本語ではtsutsuji。(英語)」
木蓮を指差して、「これはマグノリア!日本語ではmokurenね!(英語)」と、言ったの。

先生たち(女性)は・・・
目を丸くして、
「ミカすごぉ〜い!植物博士みたい!(英語)」と、言ったのよ。
あたしは一瞬、反応のしどころがわからず、は?ってなった。
続けて彼女は言った。
「この花、マグノリアって言うの〜。はじめて知ったわ!(英語)」


えええ〜。
外人って、英単語は 全部 知ってるんじゃ ないの〜〜!?

英語の辞典に載ってる単語、全部 知ってるんじゃないの〜〜〜!?

ええええええ〜



今にして思うと、本当にバカだな。
外国人が、英単語を全部理解して記憶してると思ってたなんて。
だってあたしたちだって、わからん日本語いっぱいあるじゃんね〜。
だから、国語辞典ってのが有るわけで、それ全部理解して
記憶できてたなら、辞典なんて存在する意味ないじゃんね〜。

それが、わからなかった。その時まで。
まさか「マグノリア(英単語)を知らない外国人がいる」なんて夢にも思わなかった。
ホントにバカだな〜。日本人だって、木蓮がどの花だとか、
公園の片隅に咲いている花がなんて名前かなんて、
知ってる人もいるし、知らない人もいるのにさ。

そう、思い込みはガラガラ音を立てて崩れた。

それから、あたしは外国人を見る目が変わった。
「みんな英語が超できる人」だと思ってたあたしの思い込みは吹き飛び、
まず、先生たちは、ただ日本で生活のために英会話の
先生をやっているだけであって、中身はあたしたちと
何も変わらない、ただの人だという事。
外国人でもわからん単語があるという事。
テレビのインタビューで、ペラペラしゃべってる外国人でも、
さまざまな理由で低学力の人がいるという事(それすらもあたしはわかってなかった)。
文字の読み書きができない人もいるという事。
全員が、英語に関してあたしより頭がいい、という事ではないと言う事。
・・・あたしはペラペラしゃべれる外国人は全員頭がいいと思っていたのだ!(やだ、考え方がおかしい!)

ほんと、笑っちゃうわ〜。
思い込みは強力で、なかなか壁がくずれない。
きっかけの一言が、スパァーっと効けばいいけど、
そんなチャンスはなかなか無い。
そもそも思い込んでいる事にさえ、気付かない。
どんだけ色のついたメガネで外を見てるのかと思っちゃうよ。
もしかしたら、思考は本当に、全部思い込みなのかもね。
やっとの事で壁が崩れた時は、本当に笑っちゃうよ。

posted by 辰多みか at 14:09 | 自分 | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

好かれる確率のパラレルワールド


嫌われる確率は 20%

同じく好かれる確率も 20%

パレートの法則からいえばね。


あなたが、全て自分の行動を自己責任で行って、
自己責任でやらせてもらえる事に感謝する、
自立した生き方をしているならば、

10人のうち、ひとりからは、確実に好かれる。
もうひとりも、好きでいてくれるかも。

残ったうち、ひとりはあなたの事が確実に嫌いで、
もうひとりも、嫌ってるかも。

(嫌われる確率の話は、前に書いたのを見てね)

あとの残りは、あなたの事を、なんとも思わない。
存在すらも、気にしないかもしれない。

確率は、収束する。


もしもあなたが、
自分に自信が持てず、
なんとなく自分の事が嫌いで、
なにもかもうまく行かず、
世の中が、活き活きと見えない時。
みんなから嫌われてるんじゃないかと、不安になる時。
大好きな両親から、嫌われてるんじゃないかと、
怯えた子供の時も。

その時も、確率は同じ。
好かれる確率は20%
嫌われる確率は20%

確率は収束せず、
漠然と、 好かれる 。
あなたが気に入る好かれ方ではないかもしれない。
けれど、20%は、好かれる。
ひとりから、その人の好き100%のうち、20%、好かれる。

不満だろうか。
好かれてるのに。
不満だろうか。
20%じゃ少ないって。

ぜんぜん「無い」とは、違う。
みんなが持ってる、その確率。
好かれてない、愛されてないと、思い込んでる人は、
そこを探してみて。
posted by 辰多みか at 13:48 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

木の形

地面が水平線で、

その上に、幹と葉
その下に、根


地中の根と同じ大きさだけ、
地上は、成長できる。


こずえは、
根の先は、

フラクタルに成長する。



その、成長した木の形は、



ふたつの円錐の頂点を、水平線で、くっつけた形。

光円錐の形と似ている。

光円錐の形は、数の世界と、つながっている。


posted by 辰多みか at 09:06 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

グラウンディング

グラウンディング。
地に根を張るように、地球を意識して立つ。
グランディングする時、
足の下には、ナニが入ってると思う?
地面の中に、ナニが入ってると思う?

それはアナタが埋めた





埋めた








アナタの死体なの











殺したはずと思ってるでしょ?














ふふ













それまだ生きてるよ












"ソレ"がまだ"生きてる" って事に気付いた人だけが、
"グラウンディング"が、できるの。
本当の意味の、グラウンディングだよ。


地球と繋がってるー!とかキラキラしてるスピな人は
まだわかってない。
posted by 辰多みか at 09:05 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする

てっぺんを取った彼

あたしが超崇拝する、とある彼。
彼は、てっぺんをとった。
(これは比喩とかではなくてリアルな話)

それが、目標だったそうだ。
生きる原動力だったそうだ。
仕事をがんばる原動力だったそうだ。
その仕事で、てっぺんを取った。
当時、日本中が、それを見ていた。

てっぺんを取る前、
きっと頂上に行ったら、後は落ちるだけだと彼は頭ではわかっていたと思う。
だって、てっぺん取ったら後は落ちるだけだぜ!っていつも言ってたもん(笑)。

頂上は、達成感でいっぱいだった。
けれど、頂上は、その"先"が無かった。
頂上だからあたりまえなんだけど。
あんなにも自分で、落ちるだけだぜ!って力説してたのに、
どうやら彼はその覚悟が無かったみたいだ。
自覚してなかったみたいだ。
自分がそうなったら、ホントはどうなるのかってさ。

その後、彼がどうなったかは・・・
プライバシーに関わるので、想像におまかせする。

いっぱい想像しちゃっていいよ…
きっとそのとおりだから。

数年経って、突然彼が、皆の前に現れた。
あたしたちはただ驚愕し、けれど歓迎の声を持って迎えた。
みんな待っていたから。
彼は、数年間の沈黙を破って、過去を話し始めた。
「いや〜、○○が出来たら、あとやる事、なんにもなくなっちゃったんだよね〜。」
「気力が無くなってね。いろいろひねり出してみたんだけど、あれで真っ白になっちゃってね〜、うまくいかなくて。」
すがすがしい笑顔で言った。
ひきこもる直前の、あの淀んだ空気はどこにもなかった。
そうじゃないかなと、訝しく想像してた答えを、
いともあっさり、彼は認めた。
あけっぴろげだった。
禊。
みそぎ。
文字どおり、みそぎをして、
痩せて、余分な物を、出したみたいに見えた。

彼が絶望の後、悟ったかどうかはわからない。
たけど、何を聞いても悪びれず、笑顔で答えてくれた。
当時は聞けない事までも。
ヒミツの会合だったからかもね。
そこに居た人たちだけの、秘密。
そうだ、絶望していた時、壁のシミの数を数えていたんだってさ。

あたしはその時ね、
まだ悟りの世界を見てなかったので、
そんな彼を見て、
「飢えてないと、ダメだ。」と、強く思った。
人間は、飢えてないと、ダメだ。
お腹いっぱい食べてしまったら、もうダメだ。
満腹は、破滅をみちびく。
破滅してはいけない。
だから、おなかがすいている状態で、我慢しないといけない。
そう、強く思った。
心がけよう、とさえ、思った。
あたしは愚かにも、目の前のすがすがしい彼は全く目に入らず、
苦悩した、過去の彼の姿しか、見えなかった。
そんなものは、その場所のどこにもいないのに。

今はね、
さっさと満腹になればいいよ、と思うよ。
てっぺんをさっさと取って、
そして"そこ"には、自分を満足させるものは、何もないんだと、
早く、痛いほどわかるといいと思うよ。
どれほど、欲しい物を集めても、満たされない。
そうしてどん底を体験する。
追い詰められたその先に、本当に欲しかったものがある。
死も諦めるほど絶望した先に、本当に必要な物がある。
そしてそれはもはや、必要なものでもない。
そういう境地。
だから、人生なるべく若いうちに、いっぱい経験していっぱい失敗して、絶望した方がいいと、思うよ。
そしたら てっぺんが、2回 取れるしね。

そのてっぺんは方向が逆向きだから、プラスマイナスゼロだ。
posted by 辰多みか at 09:04 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年02月15日

肌にしみる目薬

やっぱり
目薬だったわ。
1月6日の記事の。
顔の表面(肌)が痛かったのは。

その2日後に、なにやら口のあたりに炎症が起きて、
顔の皮膚の中と外が痛かったのは、
偶然だ、たぶん。
その時、体調があきらかに悪かっただろう、という事は、
爪を見ればわかる。
際から4mmくらいの所に、へこんだ横線がある。
それと肌表面がしみるように痛かったのは別ものだ。

だって昨日泣き腫らして目薬さしたから。
目薬で充血を取って、そしてまた泣いて涙とともに流れて、、
そのあとお風呂で洗顔する時、ぜんぶ洗い流したはずなのに、
塗った化粧水が、しみた。
超しみた。
涙の線のあとの上だけ、しみた。

ダメだな〜。
うかつに目薬させんわ。
前に眼科で、目薬の保存料が原因で、まぶたが赤い
カサカサになって、お医者さんから、
「あなたに出せる目薬はありません(キッパリ)」と言われた事がある。
おい、治療を諦めろってか〜。
失明しろってか〜。
と落胆していたら、失明する云々は誤診だった。
(ほかの目医者に行って検査しなおしたので)

じゃあたぶん、一昨年、バカにまぶたに化粧水がしみたのは、
めぐすり だったか。
一昨年はいっぱい泣いて毎日のように目薬をさしていたから。

保存料にアレルギーのある人は、
なるべく肌につけないように気をつけてくださいネ。
そのまぶたの乾燥は、目薬のせいかもよ。

posted by 辰多みか at 09:26 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

犬が死んだ







死んじゃった。










うちのワンコじゃなくて






義弟クン家の、ワンコ。

今日の朝まではふたくちくらいごはん食べたんだって。

老衰の大往生だ。



もう、長くないね、と、みんなで話していた。
今日はたまたまバレンタインなので、義弟クン家にチョコ持って寄ったんだ。
眠っているみたいだった。
とても穏やかな顔で。
仕事で全員出はらった家の庭の小屋で、
誰にも看取られず、
いっぴきでいったそうだ。
でも幸せそうな顔だった。

飼い主は泣いてないのに、
あたしだけ、うわうわなってしまった。
今も思い出してうわうわなる。
胸が。
胸からなんか出そう。
これは何だ。
胸から突き破って出れないので、
目から出るんだ。
そうだ、目には穴が開いてるもんな。
だから、目から出るんだ。
心がじゃぶじゃぶする。
ぐらんぐらん水面が揺れる。
これは何だ。

あたしはドラマや映画を見ても、よく泣いていた。
胸が、揺さぶられる。
旦那のおばあさんのお葬式でも、あたしだけ嗚咽して泣いていた。
その家の家族は誰一人泣いてないのに。
100才の大往生だから皆すがすがしかったのに。
まるで嫌味みたいに、泣いていた。
だって止められない。
花輪に飾ってある、果物を見て、
今、こんなにたくさん、おいしそうな果物をあげるのなら、
もっと、本人が食べられるうちに、存分にあげれば良かったのに。
そう思ったら、何かがこみ上げてきた。

ワンコは、
ただの、よそのうちのワンコなのに。
(ワンコごめん)
幸せだったんだねー。
よぼよぼのおじいさんになっても可愛がってもらったねー。
だってあなた笑ってるもの。
「かわいそう」でもない。
「さびしい」でもない。
こみ上げてくる。
この想いはどこから来るのだろう。

魂は死なない、と、わかってるのに、
この想いはどこから来るのだろう。



posted by 辰多みか at 21:58 | 日記 | 更新情報をチェックする

箇条書きはいらない

箇条書きはいらない。
リアルな体験談がほしい。

とっちらかってもまとまらなくっても、
温度を感じる体験談が欲しい。

「悟り系」ブログを、とあるキーワードで見つけて、
(キーワードはその時々でいろいろ)
そのあと読むのは、その検索で見つけた記事と、「悟りの体験」の記事。
この人はホンモノ(ちゃんと一瞥や悟りを体験している人)と感じたら、
ブログの、一番最初のページを見る。
プロフィールページを、見る。
「体験談」を探す。
書いてない事も、ままある。
最初じゃなくて、途中にある事もある。
カテゴリーになってる時もある。
とにかく、その人が、
痛んで苦しんでもがいた軌跡を、さがす。
その他の御託は、どうでもいい。
天使とか高次の存在とか天からキラキラとか、そんなのはもっとどうでもいい。
あたし以外の人には必要かもしれないけど、
あたしにとっては、心底どうでもいい。

(特に、対談形式は、あたしの脳の判断能力のせいなのか、
ぜんぜん読めないので、そういう形式の有名ブログも
たくさんあるけど、まったく読まない、というか、読めない。
その傾向が顕著なのは「神との対話」の本が、あたしは読めないのだ。せっかく3冊買ったのに。)

その体験談に、どんな結末があってもなくても、
あたしは"それ"を読みたい。
結末は、どれも同じなんだから、途中が知りたい。
さまよう。
一度、覚者の講演会に行った。
ブログに書いてない(と思うよ)、超強烈な体験談を、
あっさりさらっと、話してくれた。

それが聞きたかったの。
それが欲しくて、さまよってたわ。

覚者は、文字に、残さない。 みたい。
もったいぶってる? かっこわるい?
たしかに、恥ずかしいよネ。
あたしも自分の体験は、本当に、穴があったら入りたいほど、恥ずかしい。
(そしてその穴に転げ落ちて、アチラの世界に行ってしまった)

まああたしは自己満足なので、
他で埋められない欲求不満を自分が書く事で埋める。
箇条書きはいらないっていう、欲求。
誰かが、「欲しい」と思ってるなら。
だからこれからも、みっともないダサい恥部を晒していくわ。

主婦の恥部ブログ。


エロいか。



いやエロ要素まったくないから。
posted by 辰多みか at 15:34 | 悟り | 更新情報をチェックする

をちみづ


変若水

若水

をち水

おちみず

月夜見の持てるをち水

ツクヨミが持ってる おちみず


ich02.jpg




これ見ると、娘が「おちみずみたい・・・」と毎回言うよ。
なんだ、おちみずって。
(どうやら、とあるゲームが好きな(腐)女子の間では通じるそうだ)


若返る水らしい。秘薬らしい。



おち水違うもーん!

いちご水の素だもーん!


これは一年物の、コクが出て最高においしいやつだもん。
手間暇かけて、作ったのよ(アタクシが)。
佐藤雅子さんレシピのいちごシロップ。
このためだけに酒石酸を薬局に注文して手に入れた。
(薬局の人の話だと、毎年春先になると酒石酸を注文する人が
チラホラ現れるそうだ)
作ってる最中も、作った後も、うっとりできる魔法のシロップ。
レシピは、元祖・オリジナルの、この本からどうぞ→
「私の保存食ノート―いちごのシロップから梅干しまで」
(ぐぐってください)

ichi01.jpg



ich03.jpg


ヴァルスで割って飲む。
ヴァルスはフランスの炭酸水だ。
おいしいイチゴソーダができるよ。

・・・
バルス。
おちみずをバルスで割って飲む。

なんかたいへんなことがおきそうー。




若返りの水を滅びの呪文で割るーー。







いやなんにも起きないですけど。
おいしいだけ。





ツクヨミ様が持ってたをちみづって、赤じゃなくて透明な水だと思うなー。


posted by 辰多みか at 15:31 | おいしい科学 | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

月暈

月のまわりに輪が出来ているわ。
大きいな〜。
ふちのあたりにちょうど、木星が光っている。

満月みたいな丸い月と、そのまわりに、おおきな輪。
内側が赤色で、夜なのに、虹色に見える。


あした天気が悪くなるんだね〜。(雪か!このへんは降らないけど)



この形は、まるで、人間の肉体〜心〜中心点(神性)みたいだ。
(とすると、チャクラの色が逆だな!)
天野聖子さんの本に出てくるのの。



虹の輪って、確かに「そこ」に有るようにみえるのに、観測者がいないと成立しないんだよ。
だから本当は「そこ」には、なにも ない。
孔雀の羽根の、緑なのに角度を変えると赤紫に見える、みたいに、
観測者が見る時だけ、存在する。


とても不思議だ。
posted by 辰多みか at 22:41 | 地球・自然・環境 | 更新情報をチェックする

吊り人形


体と心をつなぐ糸のお話。



(あたしの想像ね)



体は、みたまんま肉体の形をしていて、
心は、その肉体と、同じ形を、している。

ふだんは、心は透けているから、見えない。
だけどこれはあたしのイメージの世界だから、見えるのだ(あたしには)。

体と心は、離れてしまうと困るので、
糸で、繋がっている。
向かい合わせだと…左右が逆になっちゃうけど、
イメージの世界だから、まあいいの!向かい合わせで。
そう、向かい合わせに、体のヒトガタと心のヒトガタは、糸で繋がっている。
手と手
足と足
頭と頭
心臓と心臓

それはもう、あらゆるものが、ひとつ残らず、繋がっている。
その糸って「神経」っていう名前かも。

体のヒトガタと、心のヒトガタは、おのおの自分の足で立って、
そして向かい合わせの距離を近くしていくと、糸がたるむの。
まるで、ニコニコほほ笑み合って、手と手を合わせて立つように。

糸はたるむから、だら〜んとしていて、ちょっとくらいひっぱったって、
心にも体にも、影響が無いんだ。
余裕があるから。
遊びがあるから。

だけど、
心が自分の足で立たないで、
重力に負けちゃって、地面にうつぶせになってしまった時。
体のヒトガタは、糸で、吊られた形になっちゃうんだ。
(イメージの世界なので、地面の内容物はスルー)
そう、あたかも宙に浮いてうつぶせになっているようにみえる
心のヒトガタから、たくさんの糸で吊られている形に、体は、なってしまうんだ。

糸はピーンと張って、全然余裕が無い。
体の緊張感は、心の体勢次第で、なすがまま。
思い通りに、ならない。

弦みたいに張ってしまうから、
あらゆる刺激に、共振する。
心がちょっと歪むと、そこと糸で繋がっている、体の部分が歪むのだ。

「怒り」っていう心の部分は、「肉体の腰」と繋がっている(らしいよ)。



posted by 辰多みか at 22:40 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

嫁姑の良い関係

ウチは、御多分に漏れず、どのお宅にもある、嫁・姑カンケイにあてはまり・・・
お互い若干(笑)牽制しあっている。
(まあ、実の母娘だってもっとすごい憎しみ合いみたいのするんだから、いいじゃんね!←保身)

あたしが思う、理想の嫁姑関係は・・・

憧れる、その関係は・・・


嫁が足の悪い姑の手を引き、歩いていく。
なかむつまじく。
それを見ていた知らない通行人が、
「あらぁ〜。お嫁さんと仲が良くていいわね〜(ウチなんて云々…ゴニョゴニョした想いを漂わせつつ)。」

嫁「仲良くないですよ〜!(超笑顔)」
姑「そうよ、嫌いよ〜こんな嫁(超笑顔)」
嫁「なにッ(ゲラゲラ笑い)、嫁と姑が仲いいのなんて幻想だよね〜」
姑「ねー。」
姑「みんなそうよ(笑顔)」
あなたもそれでいいのよ・・・と雰囲気を残しつつ・・・

そして、手をつないで、なかむつまじく、歩いていく。

あー♡♡


憧れるー♡♡♡


理想は、マツコデラックスサンと有吉サンなの。





(ちなみに旦那とはもうすでにこうだ)
posted by 辰多みか at 10:29 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年02月12日

「お断りします」

あたしはこの世に生まれ出る時、
課題を、ふたつみっつピックアップして、
意気揚々と生まれてきた。
(たぶんネ)

そのひとつが、
『「いや」と言う事」』

前の記事にもいっぱい書いた
『「いや」と言う事」』
『「いや」を、言う事」』

よ〜く読み返してみたら、
なんだか誤解される書き方をしているわ。

「いや」と言う のは、

「いやいやいやいや〜〜」と、駄々をこねる事では、なくて、
「ああもういやだぁ」と、自暴自棄になる事でも、なくて。

「お断りします」という、意味。

「お断り。」の「いや」。



だから、
「お断りします」と言う事と、「ありがとう」は、セット。
「迷惑をかける事」と、「ありがとう」は、セット。
「生きている事は全て迷惑をかけている事」と、「ありがとう」は、セット。
表と裏で、セットなの。
それで一枚のカード。

なの。



今あたしの前に立ちはだかっているラスボスは、さすがラスボスだけあって、手ごわいわ。
なかなか、「お断りします」が、通じない。
あたしは何度も、AボタンとBボタンを連打する。(ゲーム苦手なのでこれで倒せるのかは知らない。笑)
たまに、「あたしのワガママでごめんなさい、あなたは悪くないわ、
あたしのために用意してくれてありがとう。だけどこれは今必要ないから
遠慮しておくわ。また今度受け取れる機会があったら、
その時は快く受け取らせてね。」と、相手に、ちゃんと伝える事ができたら、
ラスボスに、攻撃の一発が、効くのだ。
いやそれは、もはや攻撃では、ないけど。
これが何度もできて、ラスボスがもう立ちあがらなくなったら、あたしの課題は、クリア。
そのために、ラスボスでいてくれる、響子さん。(←ありがとね)

はやくちゃんと、自己責任で、
「お断りします」が、言えるように、なりたい。

posted by 辰多みか at 23:49 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

あたしの好きな言葉


「忙しくていやになっちゃう」

あたしは、この言葉が、すごく好きらしい(笑)。

わざと、仕事を後まわしにするのにね。
あとちょっとで終わるのに、わざわざ別の事に時間を割いたりするのにね。
お掃除なんて、意識的に、8割しかやらないのにね。
メールの返事をわざと忘れたりするのにね。

そして、本当にタイムリミットになって、
嫌〜な気持ちになって、
ためいきをつきながら、
「忙しくていやになっちゃう」

バカか!

バカか!あたし!

ずっーと以前からあたしはその本音にうっすら気付いているんだ。
「忙しい私」を演出したい。
「忙しい私」でなきゃ、ダメ。
「忙しい嫁」だから、姑のいうことは、絶対に聞かない。
忙しくなかったら、「負け」なんだ。

だから、あたしは・・・

その反動で、

「無気力」になっていったんだと思う。
悟りの世界を見てから。


「忙しくていやになっちゃう」と、忙しくなくても常に思ってる人は、
そのあと、「無気力」で、苦しむよ。
体験済み。
参考にしてね♡
posted by 辰多みか at 23:46 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

禅病Aクンダリニー症候群

わかったような事を書くよ!
わかったような、というのは、あたしは体験してないから、
じつはわかっていないのだ。

だけど、たぶん、そう・・・と思っている。
から書く。

クンダリニーを覚醒させようとして上昇が失敗して、
引き起こる「クンダリニー症候群」っていうのは、

昨日書いた、禅病 と、同じものだと思う。

自律神経失調症 だよね。
よく症例を見ればね。




じゃあ一瞥後苦しいあたしたちは、「クンダリニー覚醒が失敗」してるのか?というと・・・たぶんそういうわけではない。
そういう狭い定義の言葉に、むりやりあてはめて、あれやこれや議論するのは、たぶん、無駄な事。
事実として、一瞥して(悟りの世界を垣間見て)その後自分自身のコントロールがうまくいってない、というだけだ。

一瞥とか、クンダリニーとか、名前がいろいろ付いているけれど、
もとは全部「同じひとつの経験」で、それを経験した事のない人たちが、伝承で伝えるので・・・きっと真意が伝わらないんだね。

禅病Bに続くかも。
posted by 辰多みか at 23:45 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

水晶透視の正否


結果発表〜〜

先日観た、水晶透視。
「結果」が、出た。
甥クンから直接聞いた。
先月彼女ができたと。

やったー。
あたったー。
先々月時点で、水晶が出した答えは「カノジョはいません」。
よし、透視できるぞ。
アカシックレコードを読むのが最終目標だ!
て言っても、読む必要性がまったく無いんだけどね。



甥クンないしょで観ててごめんなさい…
posted by 辰多みか at 23:44 | 不思議な話・過去・前世 | 更新情報をチェックする
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