2014年03月27日

愛と感謝に満ちて生きる

キラキラしたスピリチュアル好きの人たちが
口ぐちに推奨してると思う、

♡♪♡♪♡
「愛に満ちすべてに感謝して生きましょう♡」
♡♪♡♪♡

コレ↑が、リアルな人生では、
どういった事を指しているのか、考えた事ありますか?

ファンタジックな想像は、誰にでもできる。
想像→ いつもまわりを慈しむ優しいほほ笑みを浮かべ、
 すべてを許し、どんな事にも感謝する。
 愛に満ちているので、誰からも愛され、
 幸せの波動で、自分ばかりでなく周りも暖かくなり、
 金色のオーラで輝いているよう。←以上、想像。

そう、それはまさに、空想。魔術的な。ファンタジー。

・・・

リアルな人生で、そんなん、あるか!

あるわけないよ!

そんなのを追い求めようとするから、「できねー。」
って、自分を責めたり、
スピリチュアルに過剰に期待したり、
期待しつつ瞑想したり、悟りを得ようとする。


ホントのホントは、
本当の「愛に満ちすべてに感謝して生きる」は、



完全敗北を味わうこと です。



完全敗北こそが、「手放し」「サレンダー」。

(あっこれは、自虐的・ネガティブじゃ、ないからね!)



じゃあ、実際、どういう「感じ」なのか、
あたしの場合を例にとって、書いてみるね。

あたしのスペック:
年齢・50代に手が届きそう歳
自営業嫁
在宅職
ほぼすべての家事担当
舅姑と同居
二世帯住宅ではない
ティーンエイジャーのこどもふたり
畑は舅、草取りは姑が暗黙のうちに担当
ただっぴろい日本庭園
ただっぴろい畑
家と庭・畑は、舅姑の持ち物
つまりあたしたち子世帯は同居というか、いそうろう、という感じ
庭づくりには、あたしの意見は、まったく反映されていない
(植えたものを過去3回くらい抜かれた事がある)
親(舅姑)の意見には絶対服従せよ、という雰囲気がある


あたしは、庭に出ると、
かならず、

「なにしてるの?」と、
姑から、
聞かれたのだ。
草取りしてる姑から。

なにしてるのって・・・
庭を歩いているんじゃん・・・
自分ちの庭だよ、、ね・・・?
あたしこの家に、一緒に住んでるんだよね・・・?

昼間に庭に出ると、
仕事をさぼってると、思われるんだろうか。
休憩で庭に出るのは、許されないのだろうか。
休憩するくらいなら、
草を取れ、という事だろうか。
(実際、あてつけのように急にあたしの足元の前の草を取りに
姑が動いてくる事がある)
犬と遊ぼうと手を伸ばすと、
触れる直前に、「○○を取ってくれる?」と、
今やらなくてもよい用事を、一見とても申し訳なさそうに、わざわざ遠くから頼んでくるのだ。


あたしはあたしの被害妄想の中で生きていた。

あたしが「不自由さ」を感じるためには、
姑には、悪者でいてもらわなければ、あたしの都合が悪かった。
だから、あたしの目に映ってた姑は、常に
あたしの「自由」を束縛してくる悪者だった。

庭さえも、自由に歩けない。
庭に出れば、
「なにしているの?」と、聞かれる。
このあたしの状況、この姑の発言からすれば、
被害妄想のあたしには、自分の事が、
「勝手な振る舞いを禁止された、おてつだいさん以下扱いの嫁」に、見えるね。
あたしのプライドが高ければ高いほど、
この状況は許すまじきものだし、
不機嫌にもなって当然、と、思ってしまうだろう。



「愛に満ちすべてに感謝して生きる」とは、

この状況で、

「ごめんなさい。」と、姑に、言う事だ。

いや、申し訳なさそうに言うのではなく、
明るく「ごめんね。(こんなあたしで)」と、言う事だ。

「休憩して庭に出たかったから。」と、明るく、言うのだ。

本当の事を。


「この家の一員なんだから庭に居ても当然じゃない!」と、
憤る事ではなく、
「庭を歩かせてくれて、ありがとう。」と、感謝するのだ。
何も悪くないのに、ごめんなさいと、言う。


完全敗北。


自分が相手に勝つ事を、手放す事。
「権利」で相手に勝つ事を、手放す事。

ほんとうに、負けた気が、するよね。

この謝罪と感謝を、
なんのためらいもなく言えた時はじめて、
心と体から、愛が溢れだす。

この屈辱感、この敗北感、
自虐せずに、真向から、できますか?
そういう覚悟、ある?
自分のすべてを捧げる。
これが本当の、「いけにえ」。



キラキラしてるスピ好きな人は、
一体何に、感謝するつもりなのかな。
感謝できる事にだけ、選んで感謝するのかな?
選んだら、選んだ時点で「すべて」ではなくなるよ。
スピが好きな人は知ってると思うこの言葉、
「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛しています。」
どういう気持ちで言っているの?
ただの、じゅもん かな?
きもちは、はいってないのかな?

一度よく考えてみて。








posted by 辰多みか at 15:47 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

自律神経が見える

昔の話です。
あたしが高校生の頃。

おじいちゃんの、一周忌があった。
おじいちゃんは子供が7人いたので、
一周忌は、親戚が大勢集まり、にぎやかだった。
みんなで、自家用車に乗り合せて、お墓に行った時。

うちの家族は、うちの自家用車一台に全員乗っていて、
お墓の駐車場に着いた時、うしろの席に乗っていた
母は、すぐにドアを開けて出ようとしたんだ。
ところが運転していた父は、車の向きが不満だったのか、
ハンドルを切り返して、一度停めた駐車場から、
出ようとしたんだ。

母は、もう、ドアを開けて、足を出している。
父は、うしろを、見ていない。
そのまま勢いよく車は発進してしまい、
母は、
車外に、転がり出た。
砂利の駐車場に、横向きの体勢で、
転がった。

「痛ぁ〜い」
「ああ、あぁ」
幸い、ひかれてはおらず、腰かどこかを打った程度だった。
でも、突然の事だったので、パニックになってしまい、
あぁ、あぁ、と言いながら、ガクガク震えている。

気が付いた父はすぐに車を止め、あたしたちは、
母の所へ駆け寄って行ったんだけど・・・

もう一人、ものすごい勢いで、駆け寄って来る人がいた。
それは他の車に乗ってた、母から見たら義姉にあたる人。

その、あたしにとっては伯母さんは、
母に駆け寄るなり、
母の、恐怖で血管が浮き出た首筋を指差して、

「ほらっ!これっ!
これが自律神経だよ!」
と、
言ったんだ・・・

得意満面の顔で・・・。


だいじょうぶ?でも、ケガしてない?でもなく・・・
「ほら、これが自律神経だよ〜♪」だなんて・・・。
まず助ける場面でしょう・・・。

伯母さんは、健康オタクだったんだ。
その頃はまだ、みのもんたの昼番組なんてやって
ない頃で、健康ブームでもなかったから、
正真正銘の、筋金入りの、自分で研究するタイプの
健康オタクだったんだ。
毒を抜いた毒キノコとか、
自分で醸造したナニカとか・・・、
冷蔵庫に常にいっぱい入っていた。
体のツボも、とてもよく知っていた。
「健康」に関する事だったら、何時間でも話が
できるほどだった(実際何時間も聞かされた)。

でもね、自分の健康には気を遣い、
健康知識自慢はするのに、
目の前で、事故にあった人に、
だいじょうぶが言えないなんて・・・
他人の無事を、心配する事ができないなんて・・・

もともと違和感があった伯母さんだったけど、
この時、本当に感じたんだ。
「違う」と。

あたしはその時、はじめて「自律神経」というものを、目視した。
後にも先にも、それ一回だけ。
それは、浮き出た血管に見えたけどね・・・
本当に「自律神経」だったのかな。
伯母さんが言ってるその意味は、「交感神経だよ!」と
言いたかったのだろう、という事はわかるけど・・・

健康オタクの伯母さんは・・・
兄弟の中で誰よりも早く、ガンになりこの世を去ってしまった。
あんなに「健康」に、情熱を傾けていたのに。
あの時感じた、「違う」というのは、
この結果を予期してたのかもしれないと思った。
伯母さんに恨みはないけれどそう感じてしまう。
おばちゃんごめんね。

posted by 辰多みか at 10:26 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年03月25日

絶対悟った方がいい!

なんだか前の記事を読むと、
悟るのってコワイ、みたいな感があるー。
違うんです、コワく見えるけど、違うんです。
絶対、悟った方がいい。
ぜったい、
悟っておいたほうが、
いいよ!

悟ろうと悟らまいと、
人生でやる事は、同じです。
悟った後の、こわ〜い(ように見える)宿題は、
悟らなくても、やらなきゃいけない事なんだから。

悟りの世界を見ると、
宿題が、自分で、わかるよ!
そして、ピンポイントで、やる事がわかるので、
ムダな努力をしなくてもよくなる。
エネルギーを無駄遣いしない。
やりたい事が、やれるようになる。
愛と感謝があふれるようになる。
万人からは好かれなくなるけど、それも、いいでしょ!
だから、絶対、悟りの世界は見た方がいい。
こわがらないでね。
posted by 辰多みか at 23:41 | 悟り | 更新情報をチェックする

悟ったら精神は病まないのか

悟りの一瞥をして、
「真理」を見てしまって・・・
歓喜がすぎて、
また、ゆっくり、苦しみの中に、入って行った時・・・

その時、精神は、病まないのかな?
うつ病や、神経症や、
統合失調症のような、
そういった、病に、
ならないのかな?

あたしは、あたしの経験でしか物が言えない。
そんなあたしだけど、あたしはこう思う。

「病まない。」
たぶん、病めない。

この時点で、狂ったように暴れる人は、
宿題が、相当多い人だ。
今まで、怒りを表現した事がなかった人は、
自分で押さえつけていた怒りのエネルギーに翻弄される。
悟りの世界をかいま見ると、押さえる物がなくなるので、
怒りは、全部、噴き出してくる。
まるで、破裂した水道管のように。
はたから見たら、どうかなってしまったかのように見えるだろう。
精神病院に連れて行かなきゃ、と、思われるだろう。

でもたぶん、病に、飲み込まれる事は、ない。
どこかで、醒めている。
自分ではどうにもできなくて、
苦しいんだけど、飲み込まれる事は、ない。
病むのは、飲み込まれるのは、「逃げ」なので、
逃げれたら、一時的には楽なのかもしれないけどね。
でも逃げる事もできない。

噴出はいつか収まるけど、
全部出るまでは、終わらない。
これが、宿題。
怒りの下の、悲しみと、その下の、思い込みまで出切らないと終わらないよ。
何年もかかるよ。
出切ってしまうと、その先は感謝の日々が待ってるんだけど…。
宿題が終わらず、出切る前に、その時の人間関係の、
新しいストレスがかかると、心は、すぐさま反応する。
重く黒い塊として、見える。

あたしは、悟りの世界を見る前に一度、
うつ病になりかかった事があり、
その時は、早朝、胸がどきどきして目がさめて、
これはやばい…と、日中のストレスを回避するように
したら治った事があった。

黒い塊は、胸をどきどきさせる作用があるんだ。
悟りの世界を見たのに、
ストレスで、黒い塊ができてしまった。
一週間くらい、どきどきして早朝目がさめた。
悟っても、精神を病むのか?と、その時思ったの。

でも、
その黒い塊は、
心にとどまっておらず、
すぐに体に、出た。
精神を病む事なく、
神経を通って、出て行った。
出て行った先は、
帯状疱疹になった。

これはいいのか悪いのか??
精神は病まないけど、肉体に来る。
帯状疱疹って、体に起こった精神病なんだよね、きっと。
どのみち宿題ははやく終わらせて、
ストレスを受けない事にこした事はない。
あたしはあたしの経験でしかわからないけど、
みんなはどうなんだろう。



posted by 辰多みか at 23:29 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

るーと「在る」じじょう


上下する 波を、

平均すると、ゼロになってしまう。

幸も不幸も、

平均すると、ゼロになってしまう。

ホントは在ったのに、
最終的には、何もない だなんて。
納得いかない。
あの経験は、なんだったの。
泣き喚き、喜びに沸いた、あの経験は、なんだったの。

「在る」ようにするには、
波 ひとつひとつを、
二乗して、平方根を取ればいいんだ。

もういっかい言うね。

二乗して、平方根を、取ればいい。

| | で、絶対値を取るんじゃなくて、
二乗して平方根。

この世は二乗でできてるらしいから。

posted by 辰多みか at 14:41 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

何も悪くないのに


どうして何も悪くないのにごめんなさいと言わないといけないの。

どうして何もありがたくないのにありがとうと言わないといけないの。



生きてると、そんな、理不尽な事が、無数にある。

それはね、

それはね。

どうしてかというと。




私たちが「愛」でできてるからなんだよ。

理不尽なんかじゃないんだ。

理解したくないだろうけど、

本当なんだ。
posted by 辰多みか at 14:37 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

次のブロック

あたしがあたし自身を縛っているブロック。
ひとつは大きくはずれたけど、まだ、在るらしい。
ちょっと内面を探ってみると、まだ「できない」事が
残ってるから、その感覚どおり、まだ、在るらしい。

さっき、
すでにはずれている大きいブロックからの、
大きい振動で、
あたしは激昂して(でも内面は冷静に)、
怒った。
あたし、
怒った。
「言う」事はあったけど「怒った」事なかった。
不機嫌からではなく、
「叱った」
姑を。
目上をだよ。
そしたら、
舅がなぜか大声を出して、
あたしに、どなった。
あたし、
生まれてはじめて、
舅に、どなられたわ。
姑に対してあたしが言ってた内容が、
舅に言ってるみたいに聞こえたらしい。
姑をかばって言ってるのではなかった。
怒鳴られた。
はじめて。

そのあとは、おたがい、何事もなかったかのようで。
いつもどおり普通。


・・・ちょっぴり嬉しかったな。
・・・
マゾか!
マゾかあたし!(笑)

そうか、まだ在るな。
まだ、在るな〜。
どんどんはずれていく。

そして、こういうあたしでいさせてくれて、ありがとう、だね。


posted by 辰多みか at 14:37 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

-LEADERS-トヨタ物語-

おとといとゆうべ、2夜連続で、TBSドラマの
「LEADERS」を見たの。
あたしが住んでるこの地域は、デロトイトばりの(って
デトロイト行った事ないけど)自動車産業な場所なので、
当然、あたしは、録画までして見たさー。
'80年代に作られたトヨタの映画「遥かなる走路」のDVDも
見たばっかだから、興味しんしんだったの。
なんだかんだ言っても、トヨタはすごいな!ってあたしは思う。

感想。
一日目は「遥かなる走路」と比べて見てしまった。
当然といえば当然だけど、流れは、映画とほぼ同じだった。
これも当然だけどドラマはフィクション設定なので、
事実と違う所もいっぱいあった。
(名前がまずアイチ。笑)
映画は約2時間で、ドラマは約5時間。
なにをこんなに長くやるのだろう、と思っていたら、
乗用車の開発がほぼすべてだった映画と違って、
ドラマは、クルマ以外の、おカネ・倒産回避の話が、主だった。
LEADERS って、どうして複数形なのかしら〜と思ってたら、
そういうことなのね。
自動車開発のあたりは、映画とほぼいっしょだと思った。
セリフもおんなじようなのあったし(トラックが壊れるあたりとか)、
はっきり ジャストインタイム って言ってるし。
だけどCM前に「箱根を越えられるか」とか煽っておいて、
CM開けたらいつのまにか越えてたのは、ひょうしぬけだったわ(笑)。
去年、「風立ちぬ」を見た時も書いたけど
「ものづくり」のお話なので、奮闘ぶりあたりはそっくり(風立ちぬが)。
二日目。
いじわるな銀行さんが、一喝されたのは、爽快だったね。
あたしは半沢直樹は見てなかったけど、あのドラマはこんな爽快感があったんじゃないかな。
カネ・人・トップリーダー。
男の世界って、いろいろ辛いのね。(のほほん主婦のあたしには
わからん世界だよ!)
最後に。
奥さまの山口智子さんが、完璧な理想の奥さまだったね〜。
あたしは、智子さんが出るたびに旦那をチラチラ見たよ(笑)。
うちの旦那サマは「よくできた奥さんだよなー」と、遠い、とお〜い、目をしていた!(笑)
そうだよねー。
ごめんネ!(笑)


posted by 辰多みか at 11:05 | 機械工学・道具 | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

嫌われたくない


「嫌われたくない」と内心思いながら、
相手の顔を見つつ、相手の反応に合わせて話をする人。

その人はただ単に、自分に自信がないから、と思ってるかも
しれないけど、
その人が発する、
オドオドした、
卑下のオーラは、

「あなたは私を嫌うでしょ、そうでしょ。」

と、言ってるのだ。

卑下してるつもりで、実は、
「あなたは私を嫌う人だ。」
「あなたなんて信用できない人だよ。」と、ケンカを売ってるのだ。

そして、こちらの反応を上目づかいで見つつ、
話の方向性を、ちょっとずつちょっとずつ、修正してくる。
さっき言ってた事と、今言う事が、違う。
誠実感が、まるで無い。


なんて失礼な!!
バカにするな!!!

昔は、あたしは、そういう相手に対して瞬間的にそう判断して、
超不機嫌になってた。
それはあたしがあたし自身の事を、
「信用されない私」と思ってたからだ。

最近はねー。
もう、「コイツ」に信用されようとされまいとどうでもいいし、
死ぬわけじゃないし、追い出されもしないので、
「へー。そう思ってるんだ。」
「あたしの事、あなたを嫌う人だと思ってるんだ。」
「だから、さっき○○したんだー、ふーん。」

不機嫌さはまったく感じない。
うす笑いを浮かべて、質問ぜめにする。
あはは、嫌なヤツに見えるわ、あたし!

あたしでさえも気付いた、内心が発する言葉を、
早く気付けよ、と思う。
気付いたらその先は、オドオド顔色を見ながら
しゃべらなくてもいいんだよ。
毎日理由もわからない緊張感で、全身カチコチに
固めなくてもいいんだよ。
べったり貼りついたテープを、
ガリガリはがそうと、毎日、あたしは爪を立てる。
つらいでしょう。
これがあなたの学びだ。
はやく気付け。
はやく気付け。
もうあんまり時間がないよ。


posted by 辰多みか at 16:36 | 響子さんとあたし | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

王子様・お姫様

お釈迦さまがね、
あれほどの(って良く知らないんだけど)
悟りを得る事ができたのって、
それは、
お釈迦様が、
王子様だったからじゃないかと思うんだ。

目の前に、生きるか死ぬかの、今、対処しなきゃならない
問題が次から次へ流れてくる現実を生きていた身分の人々は、
それどころじゃ、なかったと思うんだ。

いまの世の中、苦しみながら生きている人は、
絶えず心の中でこう言っていると思う。
「いま自分が嫌な気持ちなのは、あの人のせい」
「いま自分が不幸なのはあの出来事のせい」
「いま自分が苦しいのは世間が悪いせい」

生きるか死ぬかの、交感神経反応がmax.の昔の時代、そんな事、
絶えず考えてるヒマ、ないよね。
だって自分の内面ばかり観て、外の環境変化に気を配るのが
おろそかになると、肉体的に死んじゃうし。
ここが戦場だったら、「こいつのせいで死ぬかも。俺は不幸だ。」
なんて考えてたら殺られるし。
とにかく考えずに、反撃するしかない。

だから、今の時代って、ある意味、ヒマなんだ。
考える時間が、充分にある。
ヒマすぎて、昔は問題にするヒマがなかった事を、問題にするんだ。
反撃できないから、原因をすりかえるんだね。
自分が反撃できないのを棚にあげて、世間のせいにするという。

日本のご先祖さまたちが、一生懸命、子孫の私たちが、
平和に暮らせるよう、全力を注いでくれた。
その努力のかいあって、私たちは今、平和な世に暮らしている。
み〜んな、王子さま、お姫さまだ。
貧民に生まれ育ち闇の部分を見てきたあたしでさえ、
今は、まるで女王さまみたいに暮らしている。
あたしはあのまま貧民だったら、まだ悟りの一瞥まで行ってないと思うよ。
精神を病むヒマなんてないしさー。
ヒマとお金がないから、病んだ瞬間に自死したかもしれないし。

でもね、充分病む時間がある、というのは、
神さまからの、宇宙からの、プレゼントなんだ。
↑ヘンな言い方で一般の人には受け入れられない話だろうけどね。
あたしは今、神経症でフラフラになってる響子さんに、
「チャンス、チャンス!(悟りの)」と、つい言ってしまう(笑)。

なので、
今、神経症やうつ病で、
苦しくてもうどうしようもない、そこの、アナタ。
そこの、
王子さま方、
お姫さま方。

今が、チャンスです!









そんな事、思えないと思うけどね〜。



このチャンスを確実につかみとるにはね、
もっともっと、
もっともっと、
ナゼ自分はこんなに苦しいのか、
目をそらさずに、
穴があくまで、見続ければいいのよ。
守られた環境で、
時間がいっぱいある中で、
たくさん、見続ければいい。



「あの人のせい」
「あの出来事のせい」
「世間が悪いせい」


そうかな?
そうかな〜?

ホントにそうかな?


posted by 辰多みか at 11:40 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年03月20日

ゼロといち 1と0

指と指をくっつけてみて。
あっ、自分の右手左手じゃなくて、誰か、他人とね。

人差し指どおしを、くっつけてみて。
ETみたいに。

今、ひとりぼっちの人とか、そんなんキモイって人は、
脳内だけでもいいから。

相手は、机とかでもいいから。

くっつけてみて。



さて力いっぱいくっつけあった所で、
考えてみましょう。


アナタは、その人に、なれる?

ぎゅぎゅぎゅーって、力いっぱい、くっつけあって、
アナタたちは、お互い、相手に、なれる?


なれないよねー。


お互いが、考えてる事が、わかる?
この場合は、「考えてる事」であって、「感じてる事」ではない。
感じてる事って、案外、相手にわかっちゃう。
だから、「感情」じゃなくて「思考」の方ね。
相手の思考が、わかる?

わかんないよねー。

「ひざがかゆいよなー」とか「いつまでこれやるの」とか「今日の晩御飯なんだろ」とか、わかんないよねー。
「めんどくさいな」とか「嫌だな」とか「うぜー」とか「恥ずかしい」とかの感情は、割とわかるけどね。
相手の思考は、わかんないよね。

つまり、いくら肉体と肉体をくっつけあっても、
たとえ、一部分を移植したりしても、
相手の心と、ひとつになる事はできない。
相手の心(思考)を、自分と同じように読みとる事はできない。


私たちは、おおもとは、おおいなるひとつ、ワンネスなんだけど、
個々として生きてる限りは、それ(=ワンネス)に、なれないの。
肉体として死んだ時にしか、なれないの。

肉体は、流体で、粘性があって、まるで油膜のようで、
油膜だから、光が入ると、虹色に見える。
肉体の個性はきっと、油膜で分光する、虹色の見え具合なんだと思うの。
油膜の厚さや密度に、微差や偏りがあれば、赤だったり青だったり、
いろんな色に分かれるよ。
肉体と思考と感情は、連動しているから、思考と感情(=心)も、
分光して、いろんな色に分かれる。
阿部敏郎さんは、それを、割れた鏡だと表現されていた。
すごくわかりやすい。
あたしも去年、人間の球体が固体に見えてた時は、そう思ってた。
固体だったら「傷」だし、流体だったら「密度の差」だろう、と思ってるよ。
(体と心は、意志によって変幻自在なので、実際はジェル状の、透明な流体じゃないかな、と思ってる)
なぜ割れてる(ように見える)のか、なぜ流体に偏りがある
(ように見える)のかっていうと、それは、自分が自分自身と思ってる、
弱〜い自分を、守るためなんだよね。

この、流体で、個々が分けられている限り、あたしたちは、
自分の人生を、精一杯生きなければならない。
それをやろうと、アチラの世界で決意して、コチラの世界にやって来たわけだしね。

ワンネスを分断して、個々の人生をもらうというのは、
おおいなる 1 を 分断して、ちいさな 1 をもらったという事だね。
1 を いくら分断しても、もとと同じ 1 というのは、
理屈からしておかしいから、 1 って、濃度の事だとあたしは思う。
もしもワンネスに果てがないのなら、ワンネスは1ではなく、0.99999999999…なの。
そして0.999999…を、分断(ゼロで割る)すると個々の人生の 1 になるので、
0.9999999…を0で覆う(果てが有るという意味)と、1 になるんだ。
今、個々のワンネス成分を覆ってるのは、油膜的な流体なんだけど、
ワンネスを基準にして眺めてみると、流体は「0」に当たるので、
「なにもない」の。
自分がいなくなるの。
流体を基準にして、ワンネスを眺めてみると、
今度は立場が180度ひっくり返るので、ワンネスが「なにもない」になるの。
本当は、ワンネスは、なにもなくてなんでもある なんだけどね。
比較できない、次元の違う話なんだけどね。
文字では表現できないんだけど、とある次元で切り取った断面のイメージを、
むりやり文字で表してみると、こんな感じです。

相手の指と自分の指の間には、「ゼロ」が、有るよ。
「ゼロ」が有るから、現実世界のアキレスは、カメを抜く事ができるんだ。


posted by 辰多みか at 11:38 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

飲酒と体温

きのう、数ヶ月ぶりに、寝る前にアルコール摂取したんだ。
飲んでる最中は、酔っ払いの、顔が真っ赤の、
心臓がドキドキで、汗もかく。
いいかんじに、体温が上がる。

あたしは酔いをさましてから寝ないと、
朝、酔いを引きずって目覚めるので、いやなの。
だから、体が冷めるまで、寝ないの。
ゆうべも、カーッと上がった体温が冷めてから寝た。

朝、目が覚めて、
いつもは、ふとんの中で、体中がポカポカなのに、
今朝は、体温が、あがってない。
なんだこれは。
飲酒って、逆効果なの?
冷めた体で寝て、体温があがらず、冷めきった体で起きたわ。
寝しなに一杯ひっかけて、って、ホントは良くない気がするな。
前払いした体温は、後から受け取る事ができないみたい。
posted by 辰多みか at 23:34 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

メンテナンス

体、メンテナンスしてる?
あたしは、腰を痛めてから、メンテナンスするようになったよ。
マッサージに行くわけではなく、
自分で整体。
矢上裕先生の自力整体。

この世は幻で(!←この件については後日説明しましょう)
自分はどこにもいないと(!←この件もね)
スピリチュアルの、甘いささやき(!←実は、甘いささやきだと
思ってるのは、聞く側の、自分勝手な解釈なのよ!)は、そう言うけど、

肉体は、あります。
ホントは、真理から話をすれば「無い」けど、
生きていく、と、みずから選択すると、肉体が現実になります。
「肉体が有る」になる。
生きてく以上は、この体は、幻ではなく、実体だと、認識しなければならない。
つまり、
メンテナンスしなければならない。
ほっぽらかしてはダメだ。
「まぼろしだから〜♪」なんて言うのは、責任放棄以外の何者でもない。
スピリチュアルに責任を押し付けるための言い訳。

まぼろしではないっ。
(ホントはまぼろしだけど)
…うまく伝わらないっ。

くどく言うけど、「幻だけど幻じゃなかった。」(トトロか)

この世で生きていく、と、選択したならば、肉体は現実の物として、
メンテナンスしなければならない。

メンテナンスを怠ると、法則に従って、ぜ〜んぶ、
結果を自分で背負うハメになる。
つまり、傷んだりするってこと。
まずは前提からして、肉体は最終的に「死ぬ」ようにできてるからね。
食べて肉体を維持するのは、今の時代だったら簡単だけど、
メンテナンスして維持するのは、ちょっぴり難しい。
ちなみに薬を飲むのは、メンテナンスでは、ない。
毒を飲んでるのといっしょ。
だから、薬に頼るのは、ほどほどにね。
メンテするぞって人には、矢上裕さんの「DVDで覚える自力整体」はおすすめです。





(アフィリエイトではありません)

posted by 辰多みか at 23:25 | 整体であること | 更新情報をチェックする

神さまの願いを叶えてあげる

散歩に行く。
わんこと。

月の光の下を歩く。
空気が冷たい。
草木のにおいがする。

足元は、砂利で、
泥で、
枯れ草で、
アスファルト。
アスファルト以外の所を歩くと、足の裏から何か吸収してる気がする。
大股で、手を振って、
わんこにひっぱられながら歩く。
たまに走る。

近所を一周して帰ってきて、
わんこお待ちかねの、ごはんをガツガツ食べてる横で、
腕をぶらぶら振る。
スワイショウ。
なんかね、中国の、気功の。
太極拳教室で、教えてもらったの。
スワイショウ。
やってみる。
腕の筋、血管が、通る。

息を吐いて、
吸って、
なが〜〜く吐いて、ちょろっと吸うと、
体がポカポカになるんだ。



神さまは、こういうのが、したかったんでしょ?


ほら、神さまの願いを、叶えてあげるよ。


posted by 辰多みか at 23:23 | あたし神様だったわ | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

満願成就


神さま!

神さま!ありがとぉ!♡♡♡

ついについに娘がやり遂げたよ!



いや〜神様ってホントにいるんだねぇ♡♡

















ま、神様って、あたし自身の事だけどね。

*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

posted by 辰多みか at 22:33 | あたし神様だったわ | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

「悟ったら幸せになれる」という誤解

「悟り」のイメージ。
みんなが持ってるイメージ。
悟りの一瞥した人でさえも持ってるイメージ。

---♪「悟ったら幸せになれる」♪---

・・・
悟りの世界を見てみて、わかりました。
じゅうぶん、身にしみて、わかりました。

「悟ったら幸せになれる」は、誤解です。

みもふたもなく言っちゃうと、「悟っても幸せになれない」。
もしもあなたが、「幸せ」とは、「不幸」が、100%消滅する
事だと思ってるなら、そんなあなたは、一生「幸せ」にはなれない。
悟ったって、幸せにはなれない。

スピリチュアル的にいう「幸・不幸」と、
世間一般でいう「幸・不幸」との間で、
見解の違いがあるから、混乱するんだ。
悟っても、世間一般でいう「幸」「不幸」は、
時・場所・人を選ばず、皆に均等にやって来る。


あなたにとって何が「不幸」ですか?
嫌われること?
無視されること?
誰もブログにコメントをくれないこと?
ひとりぼっちになること?
もててもてて困ること?
スカウトされまくること?
仕事がぜんぜん終わらないこと?
休みがとれないこと?
いらないというのに、感謝しろという条件付きの恩を売られること?
頼まれたら断れないこと?
病気になること?
病気が治らないこと?
死ぬこと?

それらは、悟っても、悟る前と変わらず、やって来る。

「悟ったら幸せになれる」という、本当の意味は、
スピリチュアル的にいう本当の意味は、
真理が教えてくれる本当の意味は、

それらがやってきても、へっちゃら という心になる事 だ。


へっちゃら。
へのかっぱ。
へとも思わん。


胃もキリキリするし、
胸もザワザワするし、
腰もひけるし、
冷や汗もかくし、
頭に血が上ったり、
涙もいっぱい出るけど、


そんなもんみんな、

屁みたいなもん。

どーんと来い!



そう思えた時が、「幸せになれた」時です。



posted by 辰多みか at 14:17 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

ハートレベルでの目覚め


ここ4日くらいがんばって、

--あなたの世界の終わり--
 「目覚め」とその"あと"のプロセス
アジャシャンティ著
高木悠鼓訳

を読んでるんだけどね。
出掛ける用事が多いんだけど「待ち」の時間も結構あるので、
その待ちの時間に読んでる。

けれど。
どうしても〜
どうしても〜〜
162ページから先が、読み進められない!
そのページとは、見出しが「ハートレベルでの目覚め」だ。
その前の見出しが「マインドレベルでの目覚め」
次の見出しは「腹レベルでの目覚め」だ。

マインドレベルでの目覚めまでは、快適に読み進めてきたけれど、
どうしても、ハートレベル(感情体)で、
寝てしまう!
3夜も、そこから先に行けない!
ほかのページ見ても、眠くなるなんてなかったのに。

なぜかしら?
まず、用語としての「マインド」と「ハート」がよくわからないからかしら。
一度、スピリチュアルな用語を整理してみようかな。
眠くなるのは、その話の次元の高さに、理解が追いついて来れないからだというよ。
・・・
こういった「真理」についての話は、平常の心で読むと、
文脈から立ち昇る「悟りのニオイ」的なものを読み切れず、
誤解してしまうので、あたしはいつも、心の目の焦点をわざと
そらして読むんだけど(悟りセンサー)、この見出しの部分に来ると、
その焦点そらしが、解除されてしまう。
霧がたちこめるみたいに、目の前が見えなくなってしまう。
ホントになぜかしら?
うーん、でもがんばって読もう。


タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 14:12 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

一秒

一時間も瞑想して、
その瞑想の目的が、現実世界の苦しみをなくすためだとしたら。


一時間も現実から逃避するくらいなら、
今、まさに目の前にある現実に、

「ごめんね、ありがとう。」とうちあけた方がいいと思うよ。

一秒もかからない。

posted by 辰多みか at 09:29 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

愛とは。

「動ける事」は、すべて愛なんだ。

視線を動かして目で見る事。
頭の中で相手の事を考える事。
その考えによって、身体に反応が起こる事。

誰かから目で見られる事。
誰かから、頭の中で、想像される事。

水が流れるように、自発的に動きが起こる事。
風を起こすように、自分から動く事。
呼びかけたら、返事をしてもらう事も。
「好き」でも「嫌い」でも。
「愛してる」でも「憎い」でも。
自分が、相手が、お互いに「どう」思っているのかは全く関係ない。
「好きか嫌いか」は、本質的にいう、真理で定義する「愛」には影響がない。

「愛」とは、ただ「動ける状態・動いている状態」を、指す。

「動けない状態・動きがない状態」だけが、「愛」ではない。
その状態は、「無関心」と言うの。

posted by 辰多みか at 16:15 | 悟り | 更新情報をチェックする

自由とは。

心の底から「私が悪かった・・・」と思うと、
目の前の曇りが晴れて、世界がクリアに純粋に見える。
キラキラでピュアに見える。
その時、目の前にいる人たちは、全部、自分に見える。
世界中の人たちが、自分に見える。

それは、どういう生き方をしてもいいよ。っていう、
メッセージの顕れなんだよな。

posted by 辰多みか at 16:15 | 悟り | 更新情報をチェックする

まだ18ページしか読んでない。


「あなたの世界の終わり」

でもそこまでで、「うわあぁ〜〜」て叫びそうになって
(どちらかというと絶望ではなく、喜びの方で)、
涙が出そうになった。
どこにも違和感がない。
本物の本物の本。








タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 16:14 | 悟り | 更新情報をチェックする

「あなたの世界の終わり」裏表紙

エゴの消滅には時間がかかります。目覚めの一瞥は瞬間的ですが、その一方、そのあとに展開する夢の状態の重力を超えるというプロセスがあるのです。(本文より)

ADYASHANTI
あなたの世界の終わり
「目覚め」とその"あと"のプロセス
アジャシャンティ著
高木悠鼓訳


身辺がいろいろ片付いて、
この本がamazonさんから届いたので、
明日読んでみる。

posted by 辰多みか at 00:09 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

「聖なる予言」読んだ。感想。A

@のつづき。
スピリチュアル界でまことしやかに言われている、
「波動を高めると、見えなくなるorいなくなる」

この本には、その話が「第九の知恵」として、出てくる。

主人公の目の前で「波動を高めた他者」が、ゆっくりと消えていった。
もしくは、恐怖で波動が落ちた主人公が、消えた他者とは違う低い
レベルの波動の世界に戻ってしまい、低いレベルの敵に見つかってしまった。
・・・ような事が書いてある。
つまり、波動が違う者どおしは、目視する事ができなくなる、と、書いてあるように、読める。
さらに、古代のマヤの人々がいなくなったように見えるのは、このせいだと。

これはさー、この本の、ここの部分だけを取り出してみると、
そのとおり「目」で見えなくなった、ような印象を受ける。
目の前から、消えてしまった ようだと。

でもあたしはさ、そうじゃないと思うんだ。
前に、ミツバチが、あたしの周りに4000匹もいたのに
ミツバチを怖くもなんともないあたしは、それに全く
気付かなかった、というのと、同じ現象の事を
書いてるんじゃないかと思うんだ。
怖さのあまり気にするから、気になるのであって、
気にしなければ、視界に入ってても、気付かない。
つまりはさ、視界には入ってる。
視界には入ってるけど、気にならない。
そういった事じゃないのかな?

そして、「波動」というのは、「怖い→→平気」のレベルに対応して
上がっていくものだと、あたしは解釈してるんだけど、
その、「波動」を上げると、消えるものは、別に、もうひとつある。
それは何かというと、「自我」だ。
肉体ではなくて、心の領域。「自我」
自分自身が、「自分」と思い込んでいるものが、消える。
悟りの瞬間。
この本では、肉体的な目から見る「気にしなければ目に入らない」
ということと、心の目から見る「悟り」の、ふたつの事を、
混同して書いてあるように思う。
ひとつひとつ文字を追っていくと、書かれている事柄は、たしかにすべて「真理」なのに。
意図的なのか、物語にしたためにぶれてしまったのか。
純粋な体験とは順番を違えて書いているために、脈絡が変なのか。
どうしたの。
どうしたの、これ。
「キリストが水の上を歩けるほど軽くなった」逸話を
入れたのは、ナンセンスであり失敗だと思う。
それこそ、肉体的な事柄と心の事柄が、混同している。
肉体と心、そのふたつは、同じ土俵の上には載せられない事柄のはずだ。

これを書くと少し紛らわしいかもしれないけれど、波動を上げると
消えるものは、実はもうひとつあり、それは、肉体。個々の生命。
つまり、私たちが一般的に「死」と
認識している、あの「死」の状態になる事だ。

その3つが、わざと混同されて書かれているのだろうか?。
もうひとつ言うと、「波動を上げると」、「気配」を消せるけれど、
「自我の消滅」と「肉体の死」の、2つは、波動を自分でコントロールして
「上げる」わけではなく「波動が勝手に最大max値まで上がってしまって」
起きる現象である。

この、「見えなくなる」記述以外に、この本での登場人物たちの
「波動、エネルギーの上げ方」にも、違和感がぬぐえない。
この本によると、自然の美しさを意識して、輪郭がはっきり見えてくると
愛のエネルギーが宇宙から補充できるようになる、そうだ。
・・・これって、実際の体験に比べていうと、「逆」だね。
実際の体験は、自分の非を認めると、自然(まわり)が美しく見えるように
なり、愛のエネルギーで包まれている事に気付き、感謝が体の中から
溢れだす、だ。うん。あたしの場合はそうだったよ。
エネルギーを上げるには、
まわりを、積極的に、美しく感じようとアプローチすればできるもんなの?
ふーん。
そうなの。
それはお得だねー。(棒読み)
でもなにか、ひとつ忘れてる気がするよ!
そんなに神さまは気前良くないと思うよ。

あとね、
第五の知恵で、
この主人公は、「神秘体験」をするんだけど、
そのきっかけは、殺されそうな恐怖と、エネルギーの高い(らしい)場所のおかげだ。
場所のおかげっていうのは、余分だったと思うなー。
そういう場所は、実際、有るとは思うんだけどさ。
これだと、悟ってない人たちに、誤解されちゃう。
パワースポットに行きさえすればいい、と、誤解されちゃう。
(だからみんなパワースポットに行くんだね。)
「悟る」のに、場所は、関係ないよ!

そして、悟りの一瞥したっぽいのに、残り6から9の知恵が、自分で気付けない。
人に教えてもらってばっかり。
この主人公、神秘体験した意味ないじゃん。
その辺が変だな〜と思うよ。
自分のネガティブな一面が、軽くしか出てこないし。
大事な事は、はるか未来のお金の流れの話じゃなくて、
どうよりよく自分を生きるか、だと、あたしは思うんだけどな。
やはりこれは、冒険物語にしようと思った結果なのか。
せっかく「真理」がいっぱい書いてあるのに。
純粋な真理(悟り)の体験を、一度バラバラなブロックに分解して、
物語として、並べなおした気がする。
だって、第一の知恵・第二の知恵なんて、悟った後に
気付く事だし。
順番が逆だ。
悟ってない人は、こういうアプローチで悟りに行きましょう、という事なのか?
いやいや〜。
やっぱ順番が逆だ。

という事で、違和感とあたしの意見をまとめてみると、
・この本は悟りの純粋な体験・真理が書かれているわけではない。
・この本を読んでも、悟れない。
・「エネルギーの上げ方」が安直すぎる。
・波動が上がっても、目では見れる。消えたりいなくなったりしない。
 ただ、気にならなくなれば 目には入らない。
・波動が勝手にmaxに上がってしまうと、自我(心の自分)が自分からは
 見えなくなって、悟る。
 その場合、他人から見える見えないうんぬんは全く無関係。これこそが
 次元の違う話、というやつだ。
・地球規模で目指しましょう、というのは、「悟り」の方。
・だから、次元上昇するのにおいてけぼりをくうと、取り残されて
 大変な事になるかも、なんて余計な心配はしなくてもいい。
・悟るのに場所は関係ない。
・この主人公、悟った意味ない(笑)。

さて、違和感が上記のように、ままあるんだけど、
書いてある事、ひとつひとつは、「真理」だと思うよ。
おおっと思う箇所も、いっぱいあった。
特に、コントロールドラマの「強迫者」「尋問者」「傍観者」「被害者」
は、心理を学ぶ上で、とてもいい。
実生活にも、とても役立つ。
そうだ、そういえば、ウチで繰り広げられているコントロールドラマの
詳細が知りたくて、この本に検索で出会ったんだったわ。思い出した。
あと、エネルギーの奪い合いの、丁寧な描写もいい。
これを知っておけば、テレパシストみたいに、人の心が読めるよ。
第六の知恵での、神秘体験の後の、「過去の清算」は、辛く時間がかかる
というのは、まさに、最近まであたし自身が苦しんでた事で、
やっぱりそうなのか!って、大いに納得したよ。
そして、未来を予言した、第九の知恵の中であかされる、
「お金」の価値の変化と、新しい「職業」。
これが22年前に書かれたものだと思うと、ちょっと、ゾッとするかも。
あたしは、「ウッ」て言っちゃった。
(人前なのに)
なんて予言が当たってる事でしょう。

まあ、これが何かは、この本を手にとって、読んでみてください。
(そこはネタバレしない)
 ↓
 ↓
se.jpg
(アフィリエイトリンクが貼りたくても貼れない。笑)
amazonかどこかで検索して買ってみてください。
続編もあるみたいだよ。

この予言が正しいとすれば、このブログは、有料コンテンツにしなきゃだわ(笑)。

posted by 辰多みか at 23:49 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年03月07日

「聖なる予言」読んだ。感想。@

入試に付き添いをして大事な大事な生徒たちを引率していった。
もうね、責任重大だから、気が気じゃなかったよ。
寝坊したらどうしようと(笑)。
無事終わった・・・。
よかった・・・。
これであたしの義務教育も終わった!
(義務教育の義務って、こどもの義務じゃなくて、
親の義務なんだよ。親が「行かせなければならない義務」なんだよ、知ってた?)
子育ても、終わった!(つもり)
ああ〜。よかった。ほんの少し解放感。
今月末にはもっと解放感があがるかな?

付き添い人控室で、読もう!と思って、
「聖なる予言」(著:ジェームス・レッドフィールド)を持っていった。
amazonで買ったんだけど、履歴を見たら、去年の9月に買ったものだった。
それから、ずっと読まずにしまっていた。
なぜか、読む気がしなかったの。

amazonのレビューの評判が高かったので、読もうかなと思って買った
らしいんだけど、なぜ読もうと思ったのか、今となっては思い出せない。
まあいいや。
付き添いは2日間行ったので、2日で読み終えました。


感想。

この本は、1992年に書かれたものらしい。
22年前か。
アメリカでベストセラーになったそうだ。
その頃はまだ、携帯電話が出始めのころだっただろう。
今だったら、きっと、携帯やスマホ、それに加えネットによる
瞬時の拡散方法があるので、この本にあるような
「スリリングな事件」は、そもそも起きないだろう。
まずそう思った。
それにしても、22年前に、「予言」している事は、
全部当たってる みたいじゃない?
そういう意味では、すごい予言の書だ。
ただ、あたしの「悟りセンサー」を効かして読むと、
違和感を感じる所が数ヵ所ある。
それは、順をおって、ひとつずつ書くね。

まず、
スピリチュアルな方面のブログとかでよく目にする、
「5次元へのシフト」
「波動を高めると、見えなくなるorいなくなる」
「地球規模の意識の進化」
・・・って、
この本が元ネタなの?
そうなの?
って思った。

もしそうならば、
スピリチュアル界の人たちは、
「誤解」をしているのでは、と、思った。
そして、そう声高に言ってる人たちは、
間違いなく「悟り」を経験していない。

そして、この作者さんも、悟りを経験してるかどうか…
よく感じ取れない。
ものすごくいい線まで行ってる感じなのに。
訳者さんが、山川夫妻さんなのに。
「悟り」は、ちゃんと経験していて、それを物語風に書いた事で、
純粋な経験が、ぶれてしまったのか、とも思った。
長くなりそうなので、次につづく。


posted by 辰多みか at 11:36 | 悟り | 更新情報をチェックする

わからんスピ用語



集合意識ってなに?




集合 意識 って なに?


わからん。


神さまのこと?


わからん。


あたしはやおよろずの神は体感したけど、
「集合意識」がなんだかわからん。
「同じ集合意識にアクセス」?
いみふめい。
そんなのどこにあるの?

あたしのワンネスと個々の魂(神)のイメージは、

その1・水銀が、コロコロして、くっついたり離れたりしてるの。

その2・水の中で、油が、くっついたり離れたりしてるの(そういう置物が
雑貨屋で売られてるのを見た事がある。正直、欲しかった。)。

その3・泡。もしくはシャボン玉。

その4・きりきざまれたリンゴ(べつにリンゴ限定ではないのだが)

その5・連続して接着されてる数じゃなくて、「1」単位でスライドできる性質の数。その性質とは、さくらんぼもち(駄菓子)の手触り。

その6・フルーツみつまめの中に入っている、寒天。(みつの中では、姿が見えない。)


なんだけど。
スピリチュアル界では、なにが「集合」しているというのだろう。


posted by 辰多みか at 11:35 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

ブロックのはずし方

気になる事がある。
たまにね、遠隔一斉ヒーリングいたしますっていう記事、見るんだ。
あたしは、やってみた事、ない。
申し込んでみた事、ない。
(だってもう必要ないし)

でもまあ、ちょっと気になるから、
そのヒーラーさんと、希望者さんたちの、
その後とか、見ちゃうんだ。(コメント欄に
感想が書いてあったりするんで。)

どんなんだか知らないけど、
想像するのは、決められた時間になったら、
静かになれる環境で、ひとりで目を閉じ、
「受け取ります」みたいに、
意識を、広げる?
のかなー、と。

そして、その後の感想が、

「スッキリしました」とか
「思考がびっくりするほど沸いてきて、すっきりしました」とか、
なんか、すっきりしてるみたいなんだけど、


それってどうなの〜とか、思うわけよ。
ヒーラーさんは、なんとびっくりなんだけど、
悟りの世界を見てる人なのよ。一瞥してるのよ。
(それはあたしの悟りセンサーでわかる)

でも、受け取る人たちは、そうじゃない。
そしてそれで悟りが促進されてるわけじゃないっぽい。
ただの「気のせい」なんじゃないのかなと、思う。


あたしが考え、
実際、やってみた、ブロックはずしは、
そんな生易しいモノじゃなかった。

ブロックのはずし方も、誰かに聞いたわけじゃないから、
実際、どうやってやってるのか知らないけどさ、
生易しいやり方じゃ、ブロックははずれない。
なんか、空気中を漂ってくる、「気」みたいのを
受け取った「だけ」じゃ、はずれない。
少なくとも、「あたしの場合は」そうじゃなかった。

何をやったかというと、
「言葉に、出した」
感情を腹で受け止めて、その振動で降りてくる言葉を、声にのせて、
実在の空気を震わせて、
音波にして、
そして、きちんと意味を込めて、出した。
いいたい相手に、ぶつけた!←(ホントはこれダメなのかな。)
最初は、怖くて、胸がざわざわする。
感情を胸で受けとめると、衝撃が強すぎて、
答えの言葉が、ぶれぶれになってしまう。
たから、腹に落とし込む。
腹だと、あんまりぶれない。
ていうか、ぶれないから、腹まで届く。
そこで受け止めれるようになると、腹が立たない。
腹が立つ時は、腹で受け止められなくて、胸どまりになっている時。
そんな時は胸が苦しくなる。
きゅーっとなる。
もっと腹が立つと、頭まで行ってしまう。
そうなってしまうと、ちゃんと言葉が言えない。
保身の言葉しか言えない。
だから、ちゃんと、腹でね。

言う時のテクニックは、アサーティブネスを使った。
冷静に「言える」ようになると、ブロックははずれる。
ブロックがはずれるって、要は、それ言っても平気になるって事だ。

だから、遠隔一斉ヒーリングとかで、すっきりしてる人は、
何を基準にスッキリしてるのか、あたしは理解できないんだよ。
なにか、あたしの知らない、秘儀があるのかな?
今度募集があったら、申し込んでみようかしら。
試しに。
う〜ん。
posted by 辰多みか at 11:34 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

権利

あたしは主婦で、
同居嫁で、
在宅で仕事をしていて、
しかも家はあたしとは別の自営業で、
常に、大人が4人、24時間家にいて、
家事いっさいはあたしがやらなきゃいけない。
(仕事もしてるのに)

だけどね。
遊びに、
行きたいの。

遊びに、
行きたいのよ。

どうする?

みなさま方は、そういう時、どうする?



おろかだったアタシは、考えた。

「仕事も家事も完璧にやって、誰もあたしが
遊びに行く事に、文句を言わせない。
これは、あたしの権利だ。
有給休暇と一緒だ。」

ああ、なんて愚かだったのでしょう。

あたしはその胸中の宣言どおり、
かんぺきに、
こなした。

仕事は夜中までやり、
家事は手を抜かない。
いつもピリピリして、
「できてない所、気が回ってない所」を
指摘されるのを、極端に恐れた。
だって指摘されたら、「権利」を発動できなくなってしまう。
たった年に、2、3回、遊びに行きたいだけなのに。
それっぽっちなのに。
それさえもできないなんて。
なんて家だ。

全部完璧にできるからこそ、堂々と、遊びに行けるのであって、
そうでなければ、あたしにはそんな事、許されないと…思っていたのだ。
…そう思っていたのだ、あたしひとりだけが。

だから、遊びに行く時は、
ふてくされて、
「行けて当然」という顔をして、
なにか言われようものなら、
「なによあたしの権利に文句あるの!?」っていう勢いでかみついた。
(↑このセリフは心の中でだけよ)
そのうち、出掛ける時に、顔を合わせるのも嫌になって、
早朝、まだみんなが寝ているうちに、出掛けるようになった。
もちろん、その日の3食のごはんの支度、家事を済ませて。
そして、「なんであたしはこんな目に遭うの。
なんで結婚しただけで、こんな割に合わない目に遭うの。」と、
同居主婦である身の上を嘆いた。



それはねー。


間違いでした。
うふふ。
全部、とは言わないけど、
ほぼ、
間違いでした。
あははー、愚かだわ。


そんなぎゅうぎゅうに縛られた環境をすごすうち、
悟りの世界を見て、
自分の愚かさを、直視したんだけど、
その愚かな自分と、統合できずに苦しんでいた。
6年もだよ。
長かったな。
そしてついに統合する日がやってきた。
それはきのうです(笑)。

きのうの朝、
舅に向かって、「遊びに行ってくるねー(笑顔!)」
姑に向かって、「じゃあ行ってきまーす(笑顔!)」
姑サンには、前日までに、どこどこに行くから、
家事を頼むね!と、言ってあるの。

あたしは、とっても嬉しそうな顔をして(無理にじゃなく)
「よろしくお願いしまーす。」って気分で、
晴れやかに、出て行ったわ。
いままで、「遊びに行ってくるねー」なんて・・・
一度も、 言った 事が なかったわ。

あたしがあたし自身を縛っていたブロックが
はずれまくってきたので、
ようやくここまで、来たので、
とうとう、
笑顔で、
「行ってきまーす」
そして、
あとはよろしく。
足りなくてゴメンね。
ありがとう。

自分の「権利」じゃなくて、
「させてもらってる」
そう、心の底から思えたから、
はればれしく、
気軽に、
意気揚々と、
出掛けたわー。

ああー、面白かった。


ていうかこうやって文字で見るとホントに愚かだねー。
(///恥///)



posted by 辰多みか at 17:12 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

逆!逆!


できないから、私は駄目だな。

じゃなくて
逆!
逆!

私は駄目だから、できないんだ。なんだーあたりまえじゃん!

なんだよ。



それが腑に落ちれば、楽になれる。

大丈夫。

そして、駄目な所を嫌われてもあたりまえだし、
駄目な所を、まわりの皆が、埋め合わせしてくれるから、
楽な気持ちで「ありがと!」って風のように生きてけばいい。
それが「ありのまま」を生きる事。

それなのに、その状況を「なんとか」しようと、
無駄な努力をするから、苦しくなる。

なんとかしようとするのは、ムダだから、あきらめて♡
posted by 辰多みか at 17:09 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする
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