2014年03月13日

「悟ったら幸せになれる」という誤解

「悟り」のイメージ。
みんなが持ってるイメージ。
悟りの一瞥した人でさえも持ってるイメージ。

---♪「悟ったら幸せになれる」♪---

・・・
悟りの世界を見てみて、わかりました。
じゅうぶん、身にしみて、わかりました。

「悟ったら幸せになれる」は、誤解です。

みもふたもなく言っちゃうと、「悟っても幸せになれない」。
もしもあなたが、「幸せ」とは、「不幸」が、100%消滅する
事だと思ってるなら、そんなあなたは、一生「幸せ」にはなれない。
悟ったって、幸せにはなれない。

スピリチュアル的にいう「幸・不幸」と、
世間一般でいう「幸・不幸」との間で、
見解の違いがあるから、混乱するんだ。
悟っても、世間一般でいう「幸」「不幸」は、
時・場所・人を選ばず、皆に均等にやって来る。


あなたにとって何が「不幸」ですか?
嫌われること?
無視されること?
誰もブログにコメントをくれないこと?
ひとりぼっちになること?
もててもてて困ること?
スカウトされまくること?
仕事がぜんぜん終わらないこと?
休みがとれないこと?
いらないというのに、感謝しろという条件付きの恩を売られること?
頼まれたら断れないこと?
病気になること?
病気が治らないこと?
死ぬこと?

それらは、悟っても、悟る前と変わらず、やって来る。

「悟ったら幸せになれる」という、本当の意味は、
スピリチュアル的にいう本当の意味は、
真理が教えてくれる本当の意味は、

それらがやってきても、へっちゃら という心になる事 だ。


へっちゃら。
へのかっぱ。
へとも思わん。


胃もキリキリするし、
胸もザワザワするし、
腰もひけるし、
冷や汗もかくし、
頭に血が上ったり、
涙もいっぱい出るけど、


そんなもんみんな、

屁みたいなもん。

どーんと来い!



そう思えた時が、「幸せになれた」時です。





posted by 辰多みか at 14:17 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

ハートレベルでの目覚め


ここ4日くらいがんばって、

--あなたの世界の終わり--
 「目覚め」とその"あと"のプロセス
アジャシャンティ著
高木悠鼓訳

を読んでるんだけどね。
出掛ける用事が多いんだけど「待ち」の時間も結構あるので、
その待ちの時間に読んでる。

けれど。
どうしても〜
どうしても〜〜
162ページから先が、読み進められない!
そのページとは、見出しが「ハートレベルでの目覚め」だ。
その前の見出しが「マインドレベルでの目覚め」
次の見出しは「腹レベルでの目覚め」だ。

マインドレベルでの目覚めまでは、快適に読み進めてきたけれど、
どうしても、ハートレベル(感情体)で、
寝てしまう!
3夜も、そこから先に行けない!
ほかのページ見ても、眠くなるなんてなかったのに。

なぜかしら?
まず、用語としての「マインド」と「ハート」がよくわからないからかしら。
一度、スピリチュアルな用語を整理してみようかな。
眠くなるのは、その話の次元の高さに、理解が追いついて来れないからだというよ。
・・・
こういった「真理」についての話は、平常の心で読むと、
文脈から立ち昇る「悟りのニオイ」的なものを読み切れず、
誤解してしまうので、あたしはいつも、心の目の焦点をわざと
そらして読むんだけど(悟りセンサー)、この見出しの部分に来ると、
その焦点そらしが、解除されてしまう。
霧がたちこめるみたいに、目の前が見えなくなってしまう。
ホントになぜかしら?
うーん、でもがんばって読もう。


タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 14:12 | 悟り | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。