2014年04月30日

風邪ひいたわ〜

突然、
風邪を引きました。

何年ぶりだろう〜??
少なくとも、2年は引いてない気がする。

熱があるのかないのかよくわからないけど、
測ってみようと思ったら、久しぶりすぎて、
体温計が見あたらない(笑)。
しかたがないので、水銀の舌下計を脇に入れるという暴挙に(笑)。

確かにね、週末ちょっと疲れたよ。
ニコニコ超会議行ったし。(初年から欠かさず行ってるよ!)
でもそんなのたいした外出じゃない。
毎月そんな感じで外に出てるし。
防寒はしっかりしてたから、寒さでやられたわけではない。
なんだろう〜不思議だな〜。
超会議の翌々日で明日はボランティアで遠出だ!という大事な
日に急に喉・鼻・耳が変になった。
おかげでボランティアの日(きのう)は、熱なのか疲れなのか
よくわからんハイ状態で、一日御給仕皿洗いボラだったわ。
いつも熱が出そうになると、貼るカイロを、
みぞおちの上あたり(チャクラがあるっぽい場所)に貼るんだけど、
今回も貼ったから、高熱が出なかったのか?どうでしょう。
今も貼ってる。熱は37度ちょっとだ。

何が欲しいのかな〜って、聞いてみる。
おやすみ?
睡眠?
あたたかさ?
リンパの流れが滞ってるから、流せ?
食べ過ぎだから絶食しろ?
・・・どれもあてはまりそうだ(笑)。
体は、聞いてもあんまりハッキリ答えてくれないけどね。
頭で考えるな、感じ取れよ!って、ふてくされるんだよね。
・・・と、思いつつ体に聞いてみたところ、
新しい菌環境を、インストールしてる最中らしいよ。
体が疲れてなくても、菌やウイルスにやられる事はあるらしい。
そういう時は、あんまり高い熱は出ない。





posted by 辰多みか at 17:24 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

1/真理

私たちは「生きてる」以上は、
あの、一瞬垣間見た真理(非二元・ワンネス)の世界の方こそを、
「幻」と心に留めて、生きていかなければならない。
そうしないとね、肉体の扱いがおろそかになっちゃう。
肉体が壊れないように壊れないようにデリケートに扱わないと、
このゲームが終わっちゃう。
肉体が無くなったら、ゲームオーバーだ。

私たちは、誰からも傷付けられる事はなくて、
自分を傷付けられるのは、この宇宙でただひとり、自分ひとり
だけというのが真実なんだけれど、
肉体レベルで言ったら、簡単に他人から傷付けられるからね。
肉体を殺される事だって、他人から簡単にできてしまうからね。

この世は幻−−−
この肉体は幻−−−
ていうのは真実なんだけど、
「生きていく」のだったら、「この世と肉体」の方こそが、現実=真実 の物になる。

「生きていかない」のだったら、真理の世界が現実でかまわない。
なんの問題もない。そもそもそれが本当だし。

真理の世界を、逆数にする。
逆数とは、1を、真理の世界で割ること。
「1/真理」
するとね、ぐるっと、ひっくり返るんだ。

無限に小さい数があるとする。
もう、限りなくゼロに近い、ほぼゼロな数。
それを、逆数にする。
逆数とは、1を、元の数で割ることだから、
1を、無限に小さい数(無限小)で、割ってみる。
「1/無限小」
すると、ぐるっとひっくり返って、無限に大きい数に、なるんだ。

真理の世界と肉体の世界の関係って、
そういう、逆数的な関係だと、思うの。
posted by 辰多みか at 16:40 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

ソーマトロープ


(走馬灯と名前が似てるけど無関係なんですってよ)

むかし、遊んだ覚えのある人はいないかしら。
丸い厚紙の、
表と裏に別々の絵が描いてあって、
ちょうど半円になる端と端にヒモがついていて、
そして、ヒモをねじるように厚紙をくるくる上下させてから、
一気に、ヒモを左右にひっぱって遊ぶ、おもちゃ。

ヒモをひっぱると厚紙の円盤は高速で回転する。
すると、表と裏の絵が、
残像の効果で、ひとつの絵に、見えるのだ。
それが、ソーマトロープ。

私たちの心の世界は、
ソーマトロープと、同じ構造になってると、思う。
裏も表も必要なの。
ダメ(に見える)も良い(に見える)も、必要なの。
しかも三次元の目では、表と裏を同時に見る事は、できない。
裏を見ようとすると表は見えないし、
その逆もまた同じく、見えない。
光円錐の断面を逆数的に変換した物も、同じ構造なの。
三次元の目では、いっぺんに見えないんだ。
posted by 辰多みか at 16:37 | 統計学・確率・虚数・数の風景 | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

卑下慢の人が出来ない事

すご〜くへりくだった相手に、「ありがとう」と言われる。
こちらは、すご〜く、イヤな気分になる。
相手に頼まれた事をやってあげて、その相手から
ありがとうと言われてるのに、イヤだなんて?
なぜなのか、
いままでしっぽをつかんだ感じがなかった。
それで、日々の経験中、よ〜くその言葉を感じとったら、
思い当たった。

すごくへりくだる人の「ありがとう」には、「悪かったね!」が隠れている。
「あ・り・が・と・う」という音(おと)をしているけれど、
その意味は「すぅみません」や「悪かったね」や「私を悪く思わないでよ!」と同じなんだ。

たまに、「ありがとうございます(←出しづらそうなうわずった喉から
絞り出した声)・・・すみません〜・・・(←消え入りそうなのに「す」と「せ」に
アクセントを置いたヘンな謝罪)」と、本心が音としてくっついてくる時もある。
この場合も、とても悪そうに、謝罪の言葉を言うんだけど、
本当の意味の謝罪ではないし、元々のありがとうも感謝の言葉ではないんだ。

ただ単に、「私の事を迷惑かける悪者に思わないでよ・・・アンタは私を
悪者だと思うんでしょ。」と、保身のために言ってるだけだ。

言葉としてのうわっつらは綺麗なので、ココに反応して、
不機嫌になるタイプの人は、まるで自分が悪者にされてるかのように感じて、不機嫌になる。
頼まれた事をやってあげて、喜んでもらえるかと
期待していたのに、悪者あつかいだなんて。
この場合、どっちもどっちなんだけどね。
どっちも、「私を悪者にするな」と、牽制し合っているんだ。
どちらも「気」を奪い合うので、その場には、嫌〜な雰囲気しか漂わないんだ。

いつもいつも、卑下した感謝しかできない人は、
きっと、なにかしてもらって、
本当に、「嬉しい!」と、感じた事がないんだろうな、と、思い当たった。

「嬉しい!」っていう意味の「ありがとう」という言葉は、
もらえると、こっちもいい気分になるよね。
お互い、気を奪い合って生活している人間は、それを期待して、
相手のために何かしてあげたくなったりするよね。

卑下慢の人は、「それ」が、できない。
「やってもらって嬉しい」という、感謝が、できない。
そこが、普通の卑下と、慢心である卑下慢の、違いだ。

ものすごく傲慢な本心を隠して、
それがバレる恐れと、生きづらさの恐れから、卑下した
態度をとる卑下慢の人。
「悪かったね!」っていう傲慢な「ありがとう」から、
毒気を撒き散らしてるって事に、
早く気付きなよ。
「嬉しい!ありがとう!」って笑顔で本心から言えたら、
本当に楽に生きられるよ。



posted by 辰多みか at 17:21 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月21日

悟りの道の山有り谷あり

悟りの道は、
ひとそれぞれ、行程やら、距離やら、
山の高さやら谷の深さが、違うけど、

だいたい、
おおざっぱにいうと、
まあ、みんな、おしなべて、
こんなかんじ。


誕生

こども時代

ワガママをたしなめられたり、
いろんな怖いものがあったり、
思うようにいかないと、泣いたりわめいたりする

思春期

こども時代の、怒られたなどのイヤ〜な体験を、
もう体験しないように、
自分の本当にやりたい事ややめたい事を、我慢する

成人

いまだに自分のこども時代を彷彿とさせる失敗に続きそうな
事をやってる他人の大人・同僚・年下・身内が、許せなくなる

我慢してる事に自分自身が気付くと、
自分自身がいたたまれなくなるので、
我慢してる事を、あえて忘れる

ストレスで、もみくちゃ

あの人が悪い
世間が悪い
環境が悪い
運が悪い
体が悪い(病気)
って、
思い込む。
だって思いこまないと、
自分自身が、いたたまれない。

それさえも、忘れる。
なぜって、いたたまれないので。

なぜストレスばかりなのか、ぜんぜんわからない

(わざと忘れてるからね〜)

苦しいし死のうかな、とか思う

死ねば、あの人は反省するかな、とか、思う

そうなったらざまあみろだ、と、胸の遠〜くで
自分が相手に妄想で言ってるんだけど、
それに気付いたらいたたまれないので、
わざと、聞かない。

死ねば、私は悪くないと、証明できるかな、と、思う。

死ぬそぶりとか、してみる。

相手をチラチラ見ちゃったりしてね。

「死にたい」とか言ってみる

でもね、相手には、あなたの腹の底は、
みえみえのバレバレなので、
相手は、最初こそ反応してくれるけど、あとはだんだん無視してくる。

打つ手が無い

八方塞り

死ぬ事もできないしストレスを解消する事もできない

奥の、奥まで、行く



(やじるし100個くらい続く)

どーん (気付き)



いたたまれなかっただけなんだー、と、気付く。
私は悪くないとか心で叫んでたくせに、ざまあみろと腹黒な事思ってたんだー、と、気付く。
あともっといろいろ気付く。
その時、今生きてる場所ではないアチラの世界に、片足つっこんだり、
ひっくり返って向こう側に行っちゃったり、
バカみたいに嬉しくなったり、する。


しばらく、どーんの余韻が、ある。

方向感覚がおかしくなって、嬉しかった事をしゃべりたくてしょうがなくなる。
もしくは、これは悟りとよばれる現象じゃないかと、ネット検索しまくり、
記事や本を読みまくる。

・・・だんだん自分のまわりの人間関係がぜんぜん解消されてない事に気がついていく。

悟りっぽい事があっても、ストレスは、まだあるし、
解消方法も、どーんの時にわかってるのに、やりたくなくなる。

だって、やるの苦しいし

いやいややる。

5年くらいかかる

本当に、自分自身と統合して、自分の人生を生きる

自由になる

肉体的に死ぬ





以上です。
後日これに関連する、他者様のスピ系ブログ分類をやります。




posted by 辰多みか at 17:36 | 悟り | 更新情報をチェックする

Morgan Scott Peck『The Road Less Traveled』



人生とは困難なものである

これは偉大な真実、最も大きい真実の一つである。
ひとたびこの真実を悟ればそれを超越できるという意味で、
それは偉大な真実なのである。
一旦この真実を理解して本当に受け入れるならば、
人生はもはや困難なものではなくなる。

大抵の人たちはこの心理を充分悟ってはいない。
むしろ彼らは、たえず自分の問題、重荷や障害が大きすぎると、
大仰にあるいはひっそりと嘆いている。
まるで、人生は総じて楽なものだ、楽であるべきだというように、である。

自分が直面している困難は、どこにでもあるような不幸なことではない。
どういうわけか、いわれもなく、よりにもよってこの自分に、
あるいは自分の家族、部族、階級、国、民族、あるいは人類に
課せられた不幸なのだ、と大声で、あるいは小声で言う。
私はこのような嘆きがよくわかる。私も人並みに同じように嘆いてきたからである。

人生は問題の連続である。

われわれはそれについて嘆きたいのだろうか。

それとも問題を解決したいのだろうか。」





--M・スコット・ペック著--


・「愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』」
・「『愛と心理療法』」

これ買う。全訳の方買う。


「人生とは困難なものである」
これが生きる上での大前提なんだ。




タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 16:53 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

「これでいい」は呪文の言葉じゃないよ


・・・前記事をupして、読み返して。

あたしは毎日毎日
「これでいい」
「これでいい」
「これでいい」と、
言い続ける、と書いてあるけれど、

意味のない呪文の言葉として、繰り返しブツブツつぶやくという意味では、ないよ!

それをやったら、自分自身を欺くための逃げの言葉に、なっちゃうよ。

あたしがやっているのは、
今やった事に対して、すぐに後悔の念が沸いてきた時、
「これでいい」と、感謝と祈りにも似た気持ちで、心の中で、言う。
それが実際失敗して、結果、誰かに嫌われたとしても、
それでも良い、と、あらかじめ宣言する事。
誰のせいにもしない事。
かといって、傲慢でも我儘でもない事。

それができるのは、本当の肉体と心のままの、飾りのない自分を知っているからだ。
(これは、おおもとの、ワンネスという意味ではないよ)
飾りのない自分、というのは、欠点だらけで欠けてみえる自分の事だ。
これが「自信」なんだよ。
前記事では、そう、書きたかったの。

・・・文字で書くと、伝わらないね。
これも、ちゃんと伝わらないかもしれないな。




まあ、これでいいね!(笑)




posted by 辰多みか at 15:49 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

これでいい

「これでいい」

と、自分が迷わない宣言をする時の、「これ」。

「自信」といいかえる事もできる、「これ」。

本当に、「これ」が、自分でわかっていなければ、
腑に落ちていなければ、
真の意味での「これでいい」とは、思えないの。

腑に落ちずにする「これでいい」は、
ただの、自分自身を欺くための、逃げの言葉だ。
後悔ばかりでドキドキ高なる胸の内を、しずめるためだけの、
ためいきみたいな、逃げの言葉。

そんな、嘘の「これでいい」ばかりやってしまって、
みんな、なかなか、真の意味での「これでいい」は、できてないよね。


真の意味での「これでいい」の「これ」は、
自分が一番見たくない、欠けている自分の事。
欠点だらけの自分の事。
まわりに迷惑をかけまくっている、生まれたままの素質の自分の事。

失敗しても後悔しない自分になるためには、そのありのままの自分を、
一度ちゃんと認識して、対等に向かい合わなければいけない。
真摯に向かい合った時、この宇宙の謎が、解ける。
「あぁー!これで、いいんだ!」って叫びと共に、謎が、解ける。
もともと有った自分に気が付いただけなのに、
なりたい自分になれるんだって。
宇宙は不思議な法則で出来てるね。

「失敗したかな、
これでよかったのかな」、って、少しだけ過去を振り返りそうになった時、
「迷惑をかけている自分でも、このありのままの自分で、
役に立っている、愛されている。」という確信されあれば、
「これでいい」と、後悔なく、次に進めるんだ。

あたしは、確信が、有る。
だから、毎日毎日、
「これでいい」
「これでいい」
「これでいい」と、
言い続けるの。

そう、毎日、ちょっとずつ、振り返りそうになるのでね。


posted by 辰多みか at 15:31 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年04月15日

試された!


今朝は響子さんと病院に行ったの。
いつもは、あたしは響子さんの手をひいて
歩いて行くんだけど、
今日は、響子さん、運動のためと、ひとりで
腕を振って歩いていたの。
(とはいっても、よぼよぼ歩きだったけどね)

病院の玄関のガラスの自動ドアから入ると、
ちょうど、出てくるおじいさんとすれ違ったんだ。

おじいさんは、
ちょっとよっぱらいみたいな雰囲気で、
(朝から酒は飲んでないとは思うけど)
あたしたちに話しかけたい雰囲気まんまんで、
こっちを見ながら「おはようございま〜す」と大声で挨拶してくる。

あたしはちょうどお薬手帳を歩きながら見ていて、
こちらも「おはようございます」と、ちょっとニコッとしたけど、
なんだか、酔ってはないけどよっぱらいみたいだし、
話しかけられたら嫌だなと思って、
あたしはすぐまたお薬手帳を見て、おじいさんから目をそらした。

するとおじいさんは、
「いつも連れてきてるねぇ。
あんたも(←響子さんに向かって)こんなおねえちゃんに
連れてきてもらって良かったの。
おねえちゃんも大変だのう。」と、
ニコニコして、言った。

あたしは、歩きながらだったので、ペコッして、
「いえいえ」と言いながら通り過ぎてしまったのだけど・・・

あれっ、
あたし、
褒められた!

しかも、
なんか、
いつも見られてたみたい?!
(一週間に一度必ず通院なので。
でも、そのおじいさんの事は、全然記憶にないわ。)



その時、
あちゃ〜〜と、思った。

あたし一瞬、自分の世界を信じなかったわ。

試された! …と、思った。

あたしがいつでも、自分自身を、
全世界を、
全宇宙を、
そう、あたしの内面の鏡である、
この宇宙を、
信じていられるのかを。

あたしが、ちゃんと宿題を終わらせて、
そして継続して正しい答えが出せているのか、
あのおじいさんは、そのテストのための使者だと。

やっぱり、どの人もどのシチュエーションも、
疑ったらダメだね〜。
「なにこの人…」なんて、思わないように、しよう。


posted by 辰多みか at 23:34 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

大掃除の神さま

神様シリーズになっちゃった。
片づけの神
拭き掃除の神 と来て、
きのう、舞い降りたのは、それらを統括する、大掃除の神さまだ。

(また断っておくけれど、それらの神さまはホントは居ないんだよ〜。
自分自身が宇宙の神という事だけが本当で、
そのほかの神さまは、自分が名前を付ける事で、いっぱい生み出してるんだよ〜)

さあ、やってきました。大掃除の神様。
いつも「やる気がない」と、この日記に書き散らして、
どうにか「やる気」に戻って来てもらおうと、
日々方法を模索していたあたしでしたが、
やれる時は、やれるんだ、ね。

やったよ
やったよ、
しかも、家 2軒、
しかも、自分ちじゃ、ない!

壁を拭きながら、
「こんなの自分ちでもやってないよ(笑)」
「ひとのうちをやるくらいだったら、自分の家やれ!って言われそう (笑)」
と、ほかのおかあさん方と、自虐しながら、
掃除しまくりました。
高い所は、若い子にまかせて、
「あたしら高い所から落ちて骨折ったら、治りが悪くて大変だからね〜。」
「もう、骨がもろいでね〜〜(笑)」
なんて言うあたしは、おばさんか!(おばさんです)

ときたま、無心に窓を拭く瞬間とか、あった。
きのうは、まったく、「悟りとは」みたいな、
悟りを考える自我 が、沸いてこなくて、
無心に作業に没頭したわ。
そういえば、去年の3月も、そういう作業の多い年で、
まったく、このブログ用日記を書いてないわ。

森田療法では、目の前の作業に没頭するのが
神経症を治す方法、といわれているようで、
それは正解だろうなぁ、と、体感した一日でした。
それにしても、疲れて昨日は早く寝れたわ。

posted by 辰多みか at 10:58 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

その人の8割の部分を全力で信じる

あたしはね、
ひねくれもので、
弱い心を強い態度で守ってる腰抜けで、
こんなあたしを誘ってくれるなんてウソじゃないか、とか、
ほらやっぱりあたしは仲間はずれだな、とか、

考えがちで。


ずっと昔は、いつもいつもそう考えてて、
臆病で挙動不審で、

30才すぎてもそれは変わらなくて、
結局、仲間うちから仲間はずれにされてるんじゃないかと思い込み、
はずされるなら自分から抜けよう、とか、早まってばかりで、
ほかにもいろいろあって心身ともに弱り果てた。

弱り果てたら、悟りの世界まで突き抜けちゃった。
それは40才くらいの時。


けど、
そんなプロセスを経た今のあたしでも、
仲間うちの誘いは、半信半疑の所が、まだある。

あたしが行ったら、迷惑じゃないかな〜とかさ、
主催者にあまり好かれてないっぽいので(ホラここが思い込みだ)
主催者以外の仲間に声を掛けられても、躊躇する時がある。

で・も。
やっぱり、信用することに、したよ!
ここからが、今までのあたしと、違う所だ。

今までは、その人の話を、100%信用するか、0%、まったく信用しないか、
の、どちらか一方だったんだけど、

あたしは、これから、その人の話の80%を、100%信用する事に、したんだ。

わかるかな?

その人が、あたしに対して良く思ってくれてる部分に対して
100%信用するの。
その人の中には、あたしに対して良く思えない所も、もちろん、有るんだ。
それは比率でいうとだいたい20%なんだよ。
だから、良く思えない20%以外の、80%を、全面的に信用するんだ。
あたしに話を振ってくれた事だけで、
あたしに関心を持ってくれてるんだもの、
そこを、100%信頼すればいい。
そうするとね、どうなるかというとね、
オドオドしなくてすむんだよ。
会う時に、
「え〜、あたしなんかが来ても良かったのかなぁ〜・・・」なんて
弱弱しい卑屈な笑顔で、行かなくても、よくなるんだよ。

「会えて嬉しい!」100%その気持ちで、
晴れやかな笑顔で会っていいんだよ。
だからそうすることにしたんだ。
すごく気が楽になるよ。



posted by 辰多みか at 15:23 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

片づけの神と拭き掃除の神。

昨日、ふいにやってきた片づけの神様。
きのうの日記では、そのお方は"神"ではないよ、と書いたけど・・・

あたしは悟りの一瞥をする前までは、
片づけの神とか、拭き掃除の神とかが、
いると思ってたんだ。

それらが本当に居る、と、バカみたいに盲信して、
信仰してたんじゃなくて、
発想の転換のコツっていうか、
ネガティブをポジティブに変えるワザ、みたいな感じで、
自分自身に、思い込ませて、いたの。
ある種の、引き寄せの法則みたいな、ワザを使ってたんだ。

その、拭き掃除の神がやってくるのは、
「牛乳をこぼしちゃった時」
「冷蔵庫内の液体物を、こぼしちゃった時」
などの気分が落ち込むシチュエーションの時。

今朝も、冷蔵庫内の液体がいつのまにかこぼれていて、
「ありゃ!」と思ったとたんに、拭き掃除の神がやってきた。

神は〜、
やさしく〜、
「ここ、もともと汚れてるからネッ、そろそろ拭き掃除のタイミングだよ♪」って、
ニコニコしながら癒しのささやきで、教えてくれたの。

そう、
神様が、「拭きなさいよ〜」って、導いてくれてるんだ〜♡と、
思えると、
腹が立たないの。
「そっか、冷蔵庫を拭こう拭こうと思ってたんだ。今やらなきゃね〜、ありがとう神様。」
と、感謝まで、沸いてきちゃうのよ。
このワザは、20年くらい使っている。
だから、いくら牛乳をこぼそうと、
こどもがおしっこもらそうと、
ぜんぜん腹が立たない。
ムカッっとこない。

「床が綺麗になってよかった〜」って、素直に思えちゃう。

片づけの神も拭き掃除の神も、
本当の神ではないけれど、
悟りの世界を見るまでもなく、
心おだやかに、人生をすごしたい人には、
使えるワザだと思う。


posted by 辰多みか at 14:49 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

デジタルという事ではなくて

アナログという事でもなくて。
リアルな話。
この宇宙は 1と0 でできている。
だから、とてもシンプル。

けれど、0が、クセモノだから、
摩訶不思議な事が、つぎつぎ起こるんだ。
とてもとてもシンプルなのに、
とてもとても複雑なんだ。
posted by 辰多みか at 14:47 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

片づけの神様が降りてきた

あの、
最初にタイトルについてあやまっておきます。
すごく一般的な人々が、一般的な、famousという意味で、
「片づけやる気になったー」という表現をする時、
タイトルみたいに言うよね。
なのであたしも、そんな感じで書いてみました。
・・・書いてみたかっただけで。
ホントは片づけの神なんていないし、
降りてもこないからね。
そこ注意ね。
紛らわしくてゴメンね。

ということで、
急に、片づけする事に、なりました。
つい先日まで、
「片づけは死ぬ準備だから、イヤッ」って、
あたしの中のあたしが、言ってたのにね。

イヤイヤじゃなくてね〜。
ワクワクしながらやってるの。
実は、片づけがしたくなったわけじゃなくて、
人に貸したい物が、できたからさ〜。
戸棚や納戸を、ひっくり返しているのよ。
で、必然的に、出したら仕舞うから、片づけする事になる、と。
そしてお役にも立てる、と。

やっぱり物事は、流れに乗ればうまくいくようになっているわ。
posted by 辰多みか at 23:47 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

出家します

「○○できるようになるのでしたら、
なんでもします!」っていうの、あるじゃん。

あれって、ホントは「なんでもします」って、ウソだよね。
本気で言ってるつもりの人には、悪いけど。真実だから。
実際、イヤな事はやらないし、
無理だ、ありえん、という事も、やらない。
そもそも、△△から逃げてるのだったら、
△△は、絶対、やらないよね。

家庭内のゴタゴタをどうにかしたくて、
「どうにか」なんて綺麗な事言ってるけど、
ホントは、ゴタゴタから逃げたくて、
別方面で助けてくれそうな人に対して、
「なんでもします!」って言うのって、
それ、ただの、逃げ じゃんね。
もし、その人から、ゴタゴタに真向に向かいなさい、
なんて言われたら、絶対、言うこと聞く気ないくせにね。

あたしは家庭内のゴタゴタから、逃げたかった。
今でも、どうにかしたい。
出家すれば、どうにかなるのだったら、
出家してもいいかと思った。
出家するって、すべてを捨てる覚悟。

それってさ〜。
すべてを捨ててもいいんだったらさ〜。
ゴタゴタが、ゴタゴタのままでも、かまわないって、事 だよ。
ゴタゴタを見捨てると言う意味ではなくて、
「しらん」とそっぽを向くことではなくて、
自分にとってゴタゴタしても良い、という、意味。
だって、すべてを捨てるというのは、
ゴタゴタしたくないという執着を捨てるという意味だからさ。
ゴタゴタに、正面から、つっこんで行ったって、いい。
ゴタゴタにみずからつっこんで、まきこまれて、
嫌〜な気持ちになったって、いい。

だから、本当に出家する覚悟があるんだったら、
ゴタゴタに、みずから巻き込まれて、
そして、相手に、負けるんだ。
みずからの勝ちの主張をあきらめるんだ。
出家するって、一番力強く、家の中心に、戻るって事だ。
支配されたくない相手に、みずから好んで、支配されに行く、という事。
奉仕する、という事。
ただし、期間は区切って、最長1年くらいね。
よそで、服従して、よそのお掃除をするのだったら、
うちで、服従して、うちのお掃除をすれば、いいと思うよ。
なので、あたしは、一年くらい、
うちにもどるという、出家を、します。
一年たったら、やめるよ!(笑)



posted by 辰多みか at 21:56 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

方向感覚

悟りの世界では、
方向感覚を、感じ取る事ができない。

なんてったって、回転体における回転してない中心だし、
なんにもないところだし、
なんでもあるところ。
中であって外で、
上であって下。
黒なのに白で、
マイナスなのにプラス。
一番真ん中なのに、一番外側なの。

だからそこにいったん落ちてしまうと(落ちたと感じたとたん
最上部にいる事がわかるんだけど)、
しばらく、方向感覚が、おかしくなっちゃうんだ。

落ちるのは、たぶん、生涯でたった一度だけど、
その一度から数年間、
方向感覚が、つかめなくなってしまう。

どちらに振れていいか、わからない。
振れていいのかさえ、わからない。
だいたい、「振れるのは、未熟者である」という思いを持ってしまうから、
振れないように、一生懸命になっちゃう。
「思考」が起きないように、
「静寂」でいられるように、
ぐらぐらしないように、
悟りにしがみついてしまうの。

そのうち、方向感覚が戻ってきて、
悟る前と同じように、地に足が着くんだけど、
「それじゃダメ」って、抵抗しちゃうんだよ。
しかも、地面は、地震波みたいに、ぐらぐら揺れているわ。

ここでね、本当に、二本の足で、立つんだ。
責任を外部に押しつける、という逃げを、すべて捨てて。
ぐらぐらを、楽しむんだ。
この一連の流れが、悟りとそのあとのプロセスと、
そもそもの生まれてきた意味だと思うよ。

posted by 辰多みか at 21:20 | 悟り | 更新情報をチェックする

病気に聞いてみよう

病気は、「あなた」の、一部です。
病気は、悪者では、ないのです。
信じられない、
信じたくないかもしれないけど。
病気は、悪 ではない。
「悪だと思い込みたい」のが、病気が治らない本当の理由なんです。

病気は、一生懸命、主であるあなたを守ってくれているの。

「あなた」は、それはもう、いろんな手をつくして守られているのよ。
もうひとりの、「あなた」に。
もうひとりのあなたは「あなた」の事が、大好きでとても大切なの。
病気は、そのもうひとりのあなたの手のうちの、ひとつです。


夜眠れない。
朝早く目が覚める。
気持ちが悪い。
胃が悪いのではないのに吐き気がする。
おなかがガスでいっぱいな気がする。
くらくらする。
首から頭がしめつけられるような重さ。
鎖骨から後頭部まで首筋がつっぱっている。
冷や汗が出る。
手足がしびれる。
呼吸が苦しい。

そんな、人へ。

うつ病・神経症・パニック発作・不安障害・
対人恐怖・強迫観念と、言われている人、もしくは自分でそう思っている人へ。


病気に、聞いてみよう。
「なぜそんなに私の事が好きで私の事が大事なのか」を。

病気を治そう、なんて身構えないで、
どうせ治らないなら視点を変えてみるか、ていう軽い気持ちでね。


こう、自分の心に、聞いてみる。
3つの事を、順番に聞いてね。
心の奥底を、思い出してね。

ひとつめ
「"病気"は私の事がとても大事なんだ。
じゃあ病気は、私を病気にする事で、私に何をしてくれてるのかな」
10分以上かけて、一生懸命、思い出してね。
そして紙に書き出してみて。

ふたつめ
「病気は私を守ってくれてるんだけど、そんな"病気"に対して、
私は何をお返しにしてあげただろう」
これも10分以上かけて思い出して、紙に書いてみてね。

みっつめ
「"病気"が、人格を持っていたとしたら、"病気"は、"私"に、なんて言うだろう」
これは、ちゃんと、紙に書いてね。
"私"への手紙という形で、書いてね。
なかなか"病気"の気持ちがわからない場合は、
人の形になった病気の中に入って行って、その目の中から、外をのぞいてみてね。
その目の前に"病気になったあなた"が、います。

そして、ここから先が大事なの。
"病気"から"私"への手紙を、声に出して、読んでください。
ちゃんと、声に出してね。



心の中をのぞく時、深い、底の見えない崖の下へ落ちるような気がして、
とても怖いです。
でもね、大丈夫。
その、崖の下は、闇ではなくて光しかないよ。
下に落ちてる気がすると思うけど、実は、上に昇ってるんだよ。
怖いのは、みんな同じだから、大丈夫。
あたしも、その崖の下まで、行ったから。
ほんとうに、大丈夫。
病気は、あなたの味方であり、悪者ではない。
はやく、つるんと、正体を見破ってあげてね。
ただし、とてもとても怖かったら、すぐに引き返していいよ。



posted by 辰多みか at 17:16 | 病気は自分で作っている | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

ぶれない

昨日は娘の入学式だったので、おばさん(アタクシ)なりに小綺麗にして行きました。
行った・・・つもりでした。

電車の中には、ほかの学校のお母さんたちも乗ってる。
あたしは、自分なりに、綺麗〜にしてきたつもりだったけど・・・
「ありゃ、あたし、場違いな格好かも!?」
なんだか急に不安になった。
他のおかあさんたちはぁ〜
落ち着いたスーツでぇ〜
品良くまとめてる・・・
どちらかというと小娘と張り合おうと目論んでるっぽいあたしのセンスに、急に自信が無くなった。
そうだよな〜。もう50近いのにだよ、
このスカートは、ないでしょ。
うわわ、学校到着前に、イヤな事に気付いてしまったわ。

でもね、ずっと、こんな感じで、やってきたんだよ〜…あたし。
最近では娘の卒業式、
そしてその前は息子の卒業式・入学式。
今まで、別になんとも思ってなかった。
でもな、やっぱり・・・

電車の中で、悶々としてしまったわ。

そこで、ハッと、気付いた。

あたし
また、
「これじゃダメだ」と、自分自身を、ジャッジしてる。
そして、自分以外の、誰か に なろうとしてる。

ふ〜、あぶないあぶない。

あたしはこれで、いいんだよ。
人から見た基準で変だろうと、
歩く景観破壊だろうと(笑)
これで、いいんだよ!

この格好のあたしを見て、
さっきあたしがほかのおかあさんを見た時みたいに、
「あんなふうになりたい」って、
思ってくれる人も、いるんだ、きっと!
こんなあたしじゃダメだと感じてしまうのは、その人に、失礼なの!
あたしを映しだしてくれるあたしの宇宙に、
失礼なの!

おりしもそう心の中から沸いてきて、電車の窓の外を見た時、
ちょうど海の上を渡るところだった。

また、この海の上で、あたしの宇宙から、教えてもらったね〜…
(でもね、まあそれは偶然なんだけどね。笑)
水面が輝いて、綺麗だったわ。

ほかのおかあさんを見て、いいなと思った事は、
今後、ハレの日用に、参考にしておこうと思って、
記憶にすりこむように、覚えたわ。

てことは、今の自分のままでいい!って事と、
今後、イメチェンして別角度のいい自分になれる、っていう、
ふたつの良い事が、あったの。きのう。

そして学校で、合否が心配だった他の学区の知り合いに会えて、
お互い喜びあって(こどもそっちのけで母が。笑)、
式帰りに、会いたかった人に会いに行って、
そこで楽しいお誘いを受けて、
駅で、素敵なスイーツを買って帰りました。
わぁ〜、いいこといっぱい。
心がけ次第で、いいこといっぱいなの。
この春は、去年にも増していい春になるわ〜。


posted by 辰多みか at 16:17 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

Original Sin

知恵の実を食べたアダムとイブは、
生まれたままの裸の姿でいるのが
急に恥ずかしくなり、
恥部を隠すようになりました。



原罪。
人類の、最初の罪。

子孫である私たちに連綿と受け継がれている、罪。

それは、ありのままの自分を恥ずかしいと感じてしまうこと。
ありのままの自分を、隠そうとすること。
ありのままの自分を、辱めること。

これは最大の罪だね…
あたしはそう思うよ。


その「ありのまま」とは、なんでも有りなんにも無いおおもとのワンネスのことでは、ない。
肉体を戴いて生まれてきた時点の「自分」のことだ。それが人生を生きる上での「ありのまま」。

悟りの世界を見て、そのあと、生まれたままのありのままの自分に還って行き、残りの人生を継続する。
これがきっと、人類ができる、最善の、罪の消し方だ。


裸になって、ぜ〜んぶ見せて、生きる。
自分のダメなとこ、弱いとこ、欠けてるとこを隠さず見せて、
こんな私でも愛してくれて、生かさせてくれてありがとう、と、
み〜んなに感謝しながら、生きる。

そりゃあ、隠そう隠そうとオドオドしなくていいから、気持ちいいに違いないわ。

posted by 辰多みか at 15:09 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

一瞥後の人へ、一瞥前の人へ

悟りの一瞥をすると、
同じ経験をした同志が、わかるようになるよね。
"神"について書かれている書物の、本物・偽物がわかるようになるよね。
悟りとは、神とは、真理とは、「こういうモノ」という、
感覚を伴った理解ができるよね。

そう、いろんな事が、できるようになる。
神に通じる力なので、
この事を、
昔の人は、
「神通力」と呼んだのではないかと、あたしは思う。

でも、
なんでもできる ようになるわけではない。
苦もなく、軽々と、できるように、なるわけでは、ない。

"できる"ように、なるのは、
「理解」だけ。
わかるようになる だけ。
「仕組み・知恵・叡智」が、一気に、自分の物になるだけ。

そう、頭の中でだけのこと。

その「仕組み・知恵・叡智」を、自分が今、リアリティを
持って生きている肉体のレベルで実践しようとすると、
もれなく、「苦」が付いてくる。

だから、悟りの一瞥をして、
それでも人生がうまくいかなくて苦しい人は、
「そういう道筋がふつう」だから、安心してね。

なにをすべきかは、わかってるはずだ。
「仕組み・知恵・叡智」から、伝わってるはずだ。
だから、「それ」を淡々とやればいい。
苦しいけど。



そしてね、まだ、悟りの一瞥をしてない人に対しては、
あたしのメッセージは、別角度からになる。
ぜんぜん別のメッセージになる。

悟りの一瞥をしていない人は、「安心」してはいけない。
上記↑を読んで安心してはいけない。
安心は、悟りからあなたを遠ざける。
ちょっと考えてみて。
あなたは安心する事で、もらってる「何か」があるはずだ。
欲しい「何か」が、あるはずだ。
悟りたいなら、その「何か」を、もらおうという魂胆を、見抜くこと。


あたしが、悟りを求める迷い人に言える事は、ただひとつ。
「死になよ」

ああ、早合点しないで。
自殺しな、と言ってるわけじゃないよ。
自我を無理矢理おしこめろ、と、言ってるわけでもないよ。

死ぬ気になったら、
本当に死ぬ気になったら、
これも、できるはずだ。
「それをやったら私らしくない。」
「それを認めたら私が私でなくなってしまう。」
「そんなの言うなんてありえない。」
それらを、死ぬ気で、やるの。
捨て身で、やるの。
だって、死ぬ気、あるんでしょ?
悟るって、生きたまま死ぬって事だよ。

あなたらしくない事を、やりましょう。ホラ。
「おかあさんありがとう」って、口が裂けても言えない一言を伝える。
「おとうさんだいすき」って、鳥肌を立てながら、言う。
「おとうさんおかあさん、私を大事に育ててくれてありがとう」って、
腑に落ちない記憶の中から、「それ」に合致する記憶を、拾い集めてくるんだ。
旦那さん奥さん舅姑に「ありがとう。至らない私でごめん。」て言う。
子供に「あなたのためだと言ってきたけど、実は私のためだったよ。」と言う。
気に食わない周りの他人に、「本当にすまない。」と、言う。
認める。
おなかの中で握ってる手を離す。
ホラ。
やってごらん?
怖いよ?

悟りたいのだったら、
スピリチュアルに「安心」を求めてはいけない。
これが覚醒前・一瞥前のあなたに、言えること。
悟りに興味ないのだったら、いっぱい安心してもらって大丈夫。
スピリチュアルメッセージには、そういう役目もある。

悟りの一瞥をしたあとはじめて、
あたしが、
「死ね」って、
突き放した意味が、わかるよ。


posted by 辰多みか at 17:14 | 悟り | 更新情報をチェックする

私は知らない


るーと2 は、 いくつか 、言えますか?

√2 ね。

ひとよひとよにひとみごろ ね。

1.41421356… ね。

この数は、「無理数」と言って、
「…」の部分は、永遠に、続くの。


永遠に、続くの。


だから、誰も、知る事ができないの。

るーと2 という無理数は、確かに存在していて、
「…」の部分も、ちゃんともう既に決まっているんだけど、
だあれも、「…」の中の、次にくる数字を、予想できないの。

神様しか、そのサイコロを、振れないんだ。
というか、神様自身が、サイコロなのでね。

この「無理数」に対して、「私」が確実に知っている事は、
「私は小数点以下永遠に続く不規則な数の並びを、知らない」という事、だけ。

知りえない事柄の中で、ただひとつ、確実に知っていて確実に言えるのが、「私は知らない」という事、だけ。

これは、悟りで垣間見た「あれ」と、同じ。

永遠にサイコロは振られ続けるからね。


円周率もネイピア数も無理数だよ。
私たちは、絶対に、小数点以下の数の並びを知り得ない。
「永遠」が「私たち」に味方しない限り、知り得ない。

でも永遠の中に入ってしまうと、そんな事、どうでもよくなってしまうかもしれない。


posted by 辰多みか at 10:21 | 数の世界の神様 | 更新情報をチェックする

死ぬ準備

無気力だ。
やっぱりやる気がでない。
姑を悪者にして
仕事を悪者にして
正当化したかった自分の無気力だったけど、
それらの「原因」と思われる物を、取り去って、
「無気力」に真向から向かい合って、
見つめてみても、
やっぱりやる気が、出ない。
悟りの世界を見ても、
いや、見たから、
出ない。

あたしのやる気って、具体的に何なのかって白状しちゃうと、
「片づけする気」
そして、
「やりたい事をやる気」
そのふたつ。

片づけ以外のほかの家事は、バリバリやってる。
ルーチンワークに関しては。
料理は大好きみたいで(自覚がない)、
一日三食、弁当作り付きでも平気だし、
掃除は嫌いだけど、ほこりが目立てば
自動的に体が動くし、
一番好きな家事は、トイレ掃除で、
一日5回くらいやってる(あの〜、言っとくけど強迫観念じゃないからね。笑)
トイレは、使った時に、トイレットペーパーで、
便座の裏表を拭いておくと、いつも綺麗にしておけるんだよ。
洗剤も使わず一回につき一分もかからないし、
取り外しが簡単な最近のウォッシュレットだったら、
さっとはずして、便座と便器の隙間の水分を拭きとれば、
悪臭防止になる。
(ウチのトイレの自慢は、まったく匂わない事なのだ!)
おふろ掃除も大好き。
どちらかというと掃除機より水回り掃除の方が好きみたい。

なのに、
片づけが、
できない。

それでもいちおう、ギリギリ汚屋敷では無いレベルは保ってる(ハズ)。

あはは〜、去年、夏に、「片づける!」って宣言して
自分を追い込んだ事があったんだけど、
ソコ、今もまだ片付いていない(笑)。

片づけようと、手を伸ばすと・・・
頭の中に・・・
恐ろしい声が・・・するんだ。

それは姑の声。
姑の、口から出る声じゃなくて、
含みで強制してくる、心の声。
あたしの罪悪感を、ぐりぐり刺激してくる、声。
笑顔でね。
いいよいいよ〜と口では言いながらね。
ホントはいいよじゃないんだってさ。
モノを捨てては、いけないんだってさ。
笑顔で嫌味の応酬なんだよ。
捨てる事ができないあたしはどうすればいいの。
で、あたしは、想像でもうイライライライライラしてしまって、
いっこうに片づけが進まない。

それでも、そのイライラを押しのけて、
心の中をよ〜く見てみると・・・
やっぱり、「本当の片づけたくない理由」は、
姑のせいじゃ、ないんだ。
アラ〜?
姑に言われっぱなしなのは、事実、嫌だけど、
理由としては、姑の件は、二番目。
直接の理由では、ないらしい。


よ〜く観てみた答え。
   ↓
片づけは、死ぬ準備。


ああ、あたしの中では、

「片づけは死ぬ準備」なんだって。


だから嫌なんだって。




なんだそれ〜〜〜!





うすうす感づいてたけどさ。

綺麗に片づけちゃったら、あとは死ぬまでのおまけ人生だって。

片づけ終わったら、いつ迎えに来てもいいよ!って、
合図だからね!って、天に向けての宣言だって。

それで、「あたし」は、まだそれは「嫌」だと。

まだ、なにか執着したい物が、ある、と。



でね、あたしの中では、片づけが終わらないと、
好きな事をしちゃいけない、という、バカみたいな
自分縛りがあるのよ。

だから、「片づけ」も「好きなこと」も、どっちも、できないんだ。

できないように、しむけるんだ。

なんですかこれは。


そうだね、執着してるものが、あるんだね。
その正体も、掴んできてる。
3年くらい前から、ときたまその衝動に駆られるんだ。
でもそれを「やって」しまったら、
あたしは、今度こそ、この家にいられなくなるかもしれない。
(あっ、警察沙汰じゃないので、安心して!笑)

どれもやりたくない。
その衝動も片づけも好きな事も。
好きな事が「その衝動」の果てにあるのなら。
今はまだやりたくない。
「その衝動」は、宿題じゃ、ないんだけど、
できればやらずに済ませたいの。
くそぅ。



posted by 辰多みか at 10:20 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

「ごめんね。(こんな私で)」


「ごめんね。(こんな私で)」
(↑悲惨な雰囲気じゃなくて、明るく言うんだよ!笑)

このセリフを言える人、と、
あたしが感じる芸能人の方たちは。

有吉さん。
マツコ・デラックスさん。
松岡修造さん。
坂上忍さん。(←もうちょっと突き抜ければ完璧!)

この方たちは、
愛されキャラ。
得するタイプ。
愛のある毒舌。
そこはかとなくポジティブ。

この人たちに共通してあたしが感じるのは、
自分の弱点・欠点をしっかり肯定できる人たちだということ。

自分のネガティブを明確に肯定できるのが、真のポジティブだと、あたしは思う。
自分の欠点から、逃げない。
真向から向き合う。
それができれば、愛されキャラになることができる。
でもね、ほとんどの人間は、それが、どうしてもできないんだよ〜〜。
自分の欠点から逃げまわって、一生を終える人もい〜っぱいいる。
というか、ほとんどみんなそうじゃない?
多かれ少なかれ、みんな自分の欠点から逃げ回って、
逃げ切れなくなりそうだと、神経症になったり、
わざと不幸になったり、するんだよ。
逃げてる事にさえ、気付かないの。

あたしは、この人たちの中で、
昔の松岡さんと、昔の坂上さんは、だ〜い嫌いだった。
(いまは違うよ!)
欠点のある自分を隠そう隠そうと、虚勢を張ってるのがみえみえだった。
テレビで見るのも痛々しかったし、
「・・・バレてるよ!」って、子供ながらにあたしは思ったもの。
自分の事、嫌いなんだろうな〜って思ってたよ。
(有吉さんとマツコさんの昔は知らないので、なんとも言えない。)
それが、いつのまにか、ふたりとも突き抜けてて、
ほらね、いま再ブレイクとかしてるよね。
たぶんどこかの時点で、「気付いて」、
そして自分の欠点から逃げない選択をしたんだと思う。

人は、自分のネガティブ(欠点・弱点・隠したい恥ずかしく思ってる自分)を、
認めてあげてはじめて、まあるい自分になれるのだとあたしは思う。
真理から言ったら、「まあるい自分」。
でも、人の目から見たら「欠けてる自分」。
まるい、完璧、っていうのは、「真理」から見た場合の事なんだよね。
陰陽そろって、はじめて丸になる。
そして、そんな、人から見たら欠けてる自分でいられる事に、
「おかげさま。ありがとう。」って気持ちが持てれば、
真のポジティブになれるんだよね。



・・・比較として、
あたしが今もキライな芸能人の人を、ちょっと小文字で書いておきましょう・・・
それは「小林幸子さん」です。(キャー、書いちゃった!)
彼女の事は、紅白で一回見るかどうかって感じで、
去年もおととしも見てないので、今はどうなのかわからないんだけど、
昔の坂上さんみたいに「隠して隠して」、
昔の松岡さんみたいに「虚勢を張って」、
自分を飾るためだけの心の入ってない感謝の表情と、
心の入ってない共感の表情。
ひとことでいうと「わざとらしい」。
ほんと〜うに嫌いだったわ(笑)。
さあ、今、彼女は、どうしてらっしゃるのでしょうか。
逆境ということは、本当は、今チャンスなんだよね。
次に見る時は、突き抜けてくれてればいいなぁ〜と、思うよ。
そうしたら大好きになっちゃうわ♡。


posted by 辰多みか at 15:55 | 気の交流 | 更新情報をチェックする
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