2014年05月30日

有機物ダイヤモンドその@

心の中を見つめても、
どうしても消えない物がある。

気づいても、
有る とわかってても、
消えない物がある。

あっ、それ、5/26日の日記にも同じ事書いてるわ。あはは。

どうひねっても、
どう癒そうと許そうとしても、
ぜんぜん無くならない。
光に還る?
なんだそれ!
今までほとんどの自我は、幻だって気づいて、
文字通り光に還ったっぽいけど、
コイツ、
無くならない。
これは〜、
肉体に付随してるのか?
(前から、そうなんじゃないかと見当つけてる)

なに?
炭素?

黒いし。
燃えるし。
冷たかったり熱かったり。
粉っぽいし。

コイツが揺れると、ザワザワするの。

あたしは、どうしても「できない」事があって、
前もさんざん書いてるけど、
「片づけ」と「好きな事(頼まれた事ではなくていちからすべて自分でやるタイプのもの)」が、
できないの。

前々から書いてる、やりたい事リストの、
「歌をうたうこと」
「絵を描くこと」
「ステージに立つこと」←あっこれ書いてなかったか
「映画を作ること」
これらは、なぜか、強い外力が働いて、
この半年の間に、いつのまにか、できちゃったの。
それはそれは…自分の思い描いていた形とはちょっと違ったけど、
バンバン叶ったの。(夢って叶うんだよ!)
引き寄せたといってもいいかもしれない。

でも、それじゃなくて〜。
人に頼まれたり誘われてやるんじゃなくて〜。
「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」
というのが、あたしの中に、あるの。

コイツ↑について、いろいろネットで調べたり、
心への働きかけとか、したんだ。ここ3週間くらい。
そして、身体的に表れる異常とか、いろいろ発見したの。
それをこれから、ボチボチ書いていこうと思うの。
とりあえず、自分なりに理解した事は、
コイツは、胸のザワザワ・イライラを引き起こす黒い塊で、
有機物(炭素の化合物)で、
炭素だから黒くて、炭素だから実はダイヤモンドで(!)
「幸福否定」という考え方がある、という事と、
それに対処する(突破する)やり方が研究され実行されてる、ということ。


そのAにつづく。





posted by 辰多みか at 17:35 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

経路に触れる

心屋オープンカウンセリングに、行ってきました。
(いつの・どこ地区・誰サンかは、ナイショ!うふふ)
今年は、セミナーとか、カウンセリングとか傾聴とか、
機会があったら心療内科(!?)とか、
禅とかヨガとかタイ古式マッサージとか、
受ける!春!にしよう!と思って、(そうそう去年も思ってたわ。去年は阿部さん×黒斎さんのだけ行けたわ)
ようやく笑いヨガに続いて、初カウンセリングだよ。
(今年の春はボランティアの予期せぬとびこみ仕事が多くて用事ばっかだったから)
あ、10年以上前にスクールカウンセリングを受けた事があるから二回目か。

カウンセリングの中身は・・・
話せないので・・・
ないしょ。

あたしは、家に、響子さんという、
年だけ数十年も取った三歳児がいるのでねぇ…
この困った、かまってチャンに対して、
どういうふうに、話しを聞く心持ちをすればいいのか、プロの技が見たかったのだ。
どうやって、心を揺さぶり、気付きに持って行くのか。
あたしがやると、喧嘩を売ってるようにしか受け取られないから。
もちろん機会があったら、あたしの悩み(やる気が無い事)もカウンセリングしてもらおうと思ったよ。
だけど、ほかにいっぱい希望者がいて、あたしはただ他の人が悩みを打ち明けるのを聞いてるだけだった。

聞いてるだけだったけど、
相談者さんとカウンセラーさんが、お互い、
なにか、魂に触れるかのような言葉を発する時、
あたしの胸は勝手に揺さぶられて、
涙がぼろぼろ出た。

当事者である相談者さんは泣いてないのに、
あたしだけがぼろぼろ泣いてしまった。
相談者はローテーションで複数人いたんだけど、
あたしは最初から最後まで泣いてしまった。
なんなんだ。
あたしにはぜんぜん関係ない悩みなのに。
(話し終わった当の相談者さんに、ポカーンとされてガン見されたよ。笑)

この間、笑いヨガに行った時、無理して本気で笑うと、
絶対泣く、と、とっさに思って、笑いを抑えたんだった。
たぶんね、それと同じモノに触れてるんだと思う。

これはー。
涙がいっぱい流れるっていうのはー。
一見、浄化に見えるけど、
浄化ではない。

涙を流しても流しても、
そこにあるモノは、消えない。
そういうタイプの涙。
反応してるだけの涙。
相談者さんじゃなくて、あたしの場合がね。
心の奥底に神経みたいな、水脈みたいなのがあって、
むきだしの神経に触ると、ビビッと来てとびあがる、みたいな、ただの反応。
だから、その、経路がある限り、
触れれば何度でも何度でも反応して、涙が出る。
これはねー。
この経路は、無くならないな。
無くなったら、あたし、肉体的に死ぬね。
そんな気がする。
それとも、それをこっぱみじんにしたら、大悟が来るのかな〜。
その辺は到達してないからわからないわ。
(大悟が来るんだったら…木端微塵にしてみても良いかもしれない…)

カウンセリングはサクサク進み、
いちおう丸く収まってお開きになった。
その時感じたのは、みんなの中に流れている経路は、
あたしと同じだという事と、(これはワンネスって事ではなくて、
肉体を含む、魂的な事ね)
あたしはけっこうイジワルだ、という事だ(笑)。
面白い発見がいっぱいあるから、大人数のカウンセリングは良いなと思ったよ。
次はタイ古式マッサージに行ってみる!

posted by 辰多みか at 23:44 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

「起こる事が起こっている」「やりたい事をやる」


〜〜おとといの日記より〜〜

たとえば、ほんとうに、たとえば なんだけど、
「毎日毎日、頭を叩かれて、朝、起こされる」とする。

あたしは、叩かれるのが、本当に嫌で、
自分で起きられるのに、起こされるのも本当に嫌で、
だけど、言い返さない良い人 に、見られたいとする。
あたしを起こす人は、ただ単に、親切で起こしてやろうと、思ってるんだ。
その人なりの方法で。

あたしの宿題は、
「頭を叩くのは常識的に考えてダメでしょ、だからあたしは怒りながら反発するよ。」と言うのではなく、
「ありがとう。でも私は自分で起きたいんだ。起きられるから。
頭は叩かれると痛いから、もう叩かないでほしい。
ごめんね。」と、きっぱり優しい気持ちで、伝える事。

〜〜〜

この場合、
重要な事は、

「毎日 頭を叩かれて 眠りから覚める」だけが、ふたりの人物の間に
起こっている事実であって、

この事実の中には、
正解も、不正解も、ない。
良いも、悪いも、ない。
常識も、非常識も、ない。

具体的に書くと、頭を叩くのは非常識 だとか、
だから怒って当然とか、
起きないから頭を叩いて当然とか、
叩く方が悪いとか叩かれる方が悪いとか、

そういう、さばき は、存在しない。
これが、宇宙がもともと持っている法則。
「神」の「愛」。




ふたりの人物の間には、
ただ、「私がどうしたいか」だけが、ある。


だから、やりたい事をやる時、
「やらせてもらってありがとう」しか、通用しない。

「やらせてもらってありがとう」のうえに、
「それで嫌われたってかまわない」の覚悟がないと、通用しない。

相手を、
権利でねじふせる事も、
義務で服従させる事も
強さで威圧する事も、
弱さでコントロールする事も、

通用しない。

それらは宇宙の法則から、はじきとばされる。
それらは、ぐるぐる回っている渦の中心から偏った所にしか、着弾しないので。

「謝罪と感謝」しか、
渦の中心・ゼロの通路を、通過する事ができない。


神の愛の元に。


posted by 辰多みか at 11:06 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

人生の宿題

人生とは、
ありのままで生きるとは、

「やりたいことをやる」 

それに尽きると思う。

「やりたいこと」の中には、「やりたくないをやりたい」も入ってるよ。
「言いたくないをやりたい」も、入ってるよ。


すごーくシンプルで、一見簡単に見えるけど、
本当の本当に、自己責任で「やりたいことをやる」には、
「やる」時、「ごめんね」と言う勇気がなければ、できない。
「やる」時、「ありがとう」と言う勇気がなければ、できない。
つまり「やりたいことをやる」時、愛と感謝にあふれる覚悟がなければ、できないの。

愛と感謝にあふれちゃうと、
恨みに思ってるあの人を、ゆるす事に、なっちゃうよ。
だって、こっちが「ごめん」で「ありがとう」なんだから。
あの人の「せい」で「できない」と、言えなくなっちゃうんだから。
多くの人が愛と感謝にあふれる事ができなくて悩む、その原因は、
ぶっちゃけ、自分の幸せの責任を、
人に押し付けて、気分的に楽したいからなんだ。
「私は悪くない」って、ず〜っと思っていたいからなんだ。
不幸と不自由をみずから選んで、
できない方を選んで、
うじうじ人のせいにして、
不満ばかり言ってる方が、楽なんだ。
「ごめん」と「ありがとう」を、口が裂けても言いたくないの。
だって、言ったら、「負け」みたいな気がするでしょう?
(そんな人、客観的に見たら、嫌だよね〜。あぁーいやらしいわー。)

やりたいことをやる には、
(一見)困難がつきまとう。
その、困難を克服するために、ひとりひとりに、宿題がある。
(実際は困難でもないし、克服もないのだ。
克服しなければならない困難は、自分の都合で、作り出しているの)

あたしの宿題の中身を暴露しちゃいましょう。
ショボくて、びっくりするよ。
一度、悟りの世界を一瞥してるのに、
いちおう覚者のはしくれと名乗れるはずレベルなのに、
こんなに宿題は、ショボいんだよ。
そして、それが何年も、できないの。
6年かけた今、達成率が80%くらいなの。

それはねぇ。
事細かく、息子夫婦(あたしと旦那)の生活に
口出ししてくる姑さんに対して、
「心配してくれてありがとう。でも私は○○したいんだ。ごめんね。」と、
きっぱり、
自分のやりたい事、
自分のやりたくない事、
嫌ですと言いたい事を、
相手の気持ちを汲んだ上で、
宣言する事なんだ。
そしてそれができた時、ありのままの自分をさらけだして生きられる。

姑さんの事細かさは、
筆舌に尽くしがたい、あたしはかつて今まで見た事のないレベルで、
放っておけば、
息子夫婦のタンスの中身まで全部出して仕舞いなおして、
コン○ームの数まで確認して、
足りなければ買ってこようか(!!)、と、言わんばかりの
事細かさ。
言わなかったけどさー、言われてもおかしくないくらいの干渉度。
悪い言葉でいうと、おせっかい。
姑さんは社会生活の集団に溶け込めない人で唯一いる友達は、
姑さんの事を、お山の大将だからみかさんも大変ね!と、
なぜか電話であたしをねぎらってくれるほど。
ここでは書ききれないけど、姑さんが行ってきたびっくり仰天な
過干渉事例は、山のようにあるよ。
そして今もまだそれは毎日起こっている。

それで、あたしは、そんな姑さんに、「嫌」と言えなかったの。
あははー。
ホントにショボい宿題だわー。
言う事をよく聞く物わかりの良い嫁、という幻想のあたし像に、
しがみついていたから。
「嫌」と言うかわりに、ぷんぷん怒っていたり、
不機嫌に無視したりしていた。


たとえば、ほんとうに、たとえば なんだけど、
「毎日毎日、頭を叩かれて、朝、起こされる」とする。

あたしは、叩かれるのが、本当に嫌で、
自分で起きられるのに、起こされるのも本当に嫌で、
だけど、言い返さない良い人 に、見られたいとする。
あたしを起こす人は、ただ単に、親切で起こしてやろうと、思ってるんだ。
その人なりの方法で。

あたしの宿題は、
「頭を叩くのは常識的に考えてダメでしょ、だからあたしは怒りながら反発するよ。」と言うのではなく、
「ありがとう。でも私は自分で起きたいんだ。起きられるから。
頭は叩かれると痛いから、もう叩かないでほしい。
ごめんね。」と、きっぱり優しい気持ちで、伝える事。

さらにたとえば、
「こっちのやり方の方が良いに決まってる、と、相手から
そのやり方を押し付けられた。ダメ出しをされ更に誘導的な言い方(嫌味)をされた」とする。
その時でも、「ありがとう。私は○○したい。ごめんね。」と、きっぱり伝えるの。

これがあたしの宿題なの。
どうしても「相手が悪い」と即座に反応してしまって、きっぱりできないの。
しょぼいなー。
書けば書くほど、しょぼいわ。

やりたいのに、言えない。
言いたいのに、言えない。
やりたくないのに、言えない。
さらにもっと消極的に、やりたいのに言えないからやらない。

姑さんも、同じ宿題を持って生まれてきた。
あたしは人生途中で宿題に気づいたけど、姑さんは、まだ、気づけない。
だから姑さんは「言いたいのに言えない」言い訳を、
探すだけの人生を、悲惨な顔をして生きている。
すべての言動が、その言い訳からのスタートになっている。
だから姑さんの人生は「ありがとうを言ったら負け」の人生なの。

あたしの宿題はしょぼいけど、
「ありがとう!ごめんね!」って言えなくて、
「姑が悪いから・・・」
「上司が悪いから・・・」
「境遇が悪いから・・・」
「お金がないから・・・」
「時間がないから・・・」
「体が悪いから・・・」
って、いつもいつも、いつも、思ってる人は、
あたしと同じ宿題を持って、この世に生まれてきたんだよ。

posted by 辰多みか at 11:36 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

市民権を得てしまった「ありのまま」

・・・くやしい・・・
・・・くやしいです・・・
嫉妬という意味ではなく、残念という意味で・・・

「ありのまま」が、
ひとりあるきしだしちゃった〜〜。


「ありのまま」とは、もう説明もいらないでしょう、
ディズニー映画「アナと雪の女王」の歌からの言葉ね。

昨日、テレビを見ていたら、
May J.さんが歌ってる裏番組で、同時に水木アニキも歌ってた。
水木さんの前は八代亜紀さんも。
「ありのままの〜姿みせるのよ〜」って。
うん、映画がとても良くて、歌もとても良いんだ。
(あたしはまだ見てないですけど)

映画は見たいし、とても良いのだろうけど・・・
でもね・・・
・・・あぁ。
モヤモヤする。
もう、スピリチュアル的に、「ありのまま」は効力を失ってしまった。
言霊っていうの? 言葉に籠っていた霊力みたいなのが、無くなってしまった。
誰も彼もが「ありのまま」を口にする。
「ありのままで生きればいい」って、口にする。
腑に落ちてないのに、
言葉の音だけで、
唱え続ける。
お経みたいだ。

お経も、もともとは霊力が有っただろう。
ところが、腑に落ちてない人たちが腑に落ちないまま
唱える事で、霊力を失ってしまった。

「神」という言葉も。
初期の意味は、もう一般には伝わっていない。

「ありのまま」は「あるがまま」という似た言葉があるので、
そっちの、あるがままの方だったら、まだ効力は失われていない。
あるがままは、手垢をつけずに残したいわ。

悟りの世界、真理の世界は、言葉で表せないので、
いったん言葉にしてしまうと、足が生えて、歩きだしてしまうんだ。
神さま(真理)に名前を付けると、歩きだしてしまうの。
「ありのまま」も、広まる事で、ひとり歩きをしだしてしまった。
もう、止められない。

ああ、もともとの歌詞の「Let it go」は、
「捨ておけ」
「ほっておけ」
「そのままにしておけ」
「かまうな」
「流されるままに」
「見守るだけにしなさい」
て感じかな。「ありのまま」とは違う。だから「ありのまま」と訳した事にも違和感がある。

そうそう、ありのままは「ワンネス」の事ではないね。
欠点だらけの素の自分の事だね。
そしてその素でいられる人って、ほとんどいないよね。
悟りの世界・真理・ワンネスを見た後にはじめて、
修行して修行して還って行くのが、素の自分 だから。


posted by 辰多みか at 15:56 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

あなたのために働かせてください

今日はいつになく、水分を摂ったの。
べつにのどが渇いていたわけではなく、
ウェルチの30%果汁・こだわりのグレープと、
無糖のホップ味炭酸・グリーンシャワーがおいしそうだったので、
それと、毎日飲んでるコーヒーも欠かせなかったので、
ぜんぶ飲んでみたわけさぁー。
水分といいつつ、水は飲んでないねー。(文字で見ると不健康っぽく見える・笑)

当然、しばらくしてトイレに行きたくなった。
今日は外出する予定がないからいいけど、
外出する日などは、水分を意識的に控えたりするよね。
トイレに入りながら、あたしはいつもは割と水分は摂ってないほうかな、と、思った。

すると急にね。
膀胱さんがね。

「もっとどんどん使ってよー。」
と言うの。(※イメージです)

「どんどん飲んでどんどん出してよー。
我慢しなくていいよー。
それが私たちの仕事なんだから。
そうしたくて出来上がったんだから。
あなたのために働かせてください。」
と、言うの。(※あくまでもイメージです)

するとね、
手も足も、
そうそう、手なんか、あたしの意志無く、ひらひらしちゃって、

「私たちも、働きたい!」
って、言ってくるのよ。

「もっと、どんどん、動かして!!」

「そのために出来上がったんだから!」


あぁー。
やる気がない、だなんて、いいわけしてる場合じゃなかったわ。
体はこんなにも、待ってるのに。
まだまだ十分健康で動けるのに。
あたしは7年間も、何をしているのでしょう。

posted by 辰多みか at 17:24 | 整体であること | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

図解・アルファでありオメガである


(図解といいつつ、図は書かないんだけどね!)


(スキャンするのが面倒くさいんで…ごめんね)




・・・だからイメージして。


悟りの一瞥で見た世界は、
すべてであり個
中であり外
上であり下
・・・相反するものが同時に存在する世界だった。




アルファでありオメガである とは、
漢字で書くと、阿であり吽である
もっとわかりやすく書くと、はじまりであり終わりである




これを無理矢理、図解すると、




まる がひとつ有って、

その、円周の線は、にじいろ で。

順番に、赤→橙→黄色→緑→青→紫→ で一周する、

赤と紫が、切れ目なくくっついてみえる円であると、仮定できるんだ。
(実際には形は無いので、比喩です)



だけど別の視点から見ると、
この円は、実は、コイル状になってて、
赤と紫は、ぐる〜んと一周すると、階段の一階と二階のように、離れているの。
(これは本当の形じゃないんだけど、比喩すると、こんな感じだ)



これがΑでありΩである なの。
悟りの世界を垣間見ると、この別視点(目)が、開くの。
目がもういっこ増えるんだよ〜。(本物を嗅ぎわける嗅覚も鋭くなるよ〜。)
だから今より多い次元の物事が、心の目で見えるんだね。


実際には、悟りで見る世界は、
回転体における、回転しない中心だから、
特異点だから、
計算式は破綻して、なんでも有り に、なるんだよね。


posted by 辰多みか at 10:59 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

私はアルファであり、オメガである


「ΑΩ」

このあいだ電車に乗っていたらね、
隣の三人組の男子高校生が、

男子A「なんで、オメガとアルファかなー!!」
男子B「アルファと言ったら、ベータだろ!」
男子A「なー!」
男子C「ガンマ? ガンマ!?」

と騒ぎながら席を立ち、駅で降りて行った。

あたしは、その騒ぎに唖然となったけど・・・
(あぁ〜、このこたちは、物理でギリシャ文字記号を習ったばかりなのね。)と勝手に納得していた。
そして、電車の中で物理だなんて、勉強熱心な子たちだな!と、感心していたのだ。
あまりの大声にはびっくりしたけど。

その夜、
あたしはいつも、一人暮らしの息子の安否を、
ツイッターで確認する(笑)ちょっとキモチワルイ母なんだ
けれど(自覚してるよ!)、その日の息子のツィートは、こうだった。


「 ポケモンルビサファリメイク



ポケットモンスター オメガルビー
ポケットモンスター アルファサファイア

2014年11月世界で発売! 」



これか!
これか!!
この事か!

高校生、勉強しなさい!(いろんな意味で)

・・・息子もだ!(ゲームばっかやってないで)





そしてポケモンは毎年、神掛る事が好きだなー。

この流れで行くと来年は、
ポケットモンスター阿
ポケットモンスター吽
だね。(注:ぜったい無いよ!笑)






(※あたしはゲームは超苦手で、やった事ないためポケモンのゲーム内容は全然知りません。映画をちょっとだけ見た事ある。)





posted by 辰多みか at 16:10 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

笑いヨガ

今日は笑いヨガというのに、はじめて参加してきました。
きのうのね、重い黒いジリジリした胸の内は、
なんとなく軽くなっていて、
さらに、書くと長〜くなっちゃうんだけど、
「あたしを呼ばなかった正当な理由」というのを、
今朝本人から直接、謝罪と共に電話があり、
(どうしてそういう経緯になったのかは本当に偶然が偶然を呼び奇跡のような道のりで本当に書くと長いので、はしょる!)
あたしと鉢合わせさせたくなかった人(60すぎの
おじさん)が来るというので、
あえてあたしを呼ばなかった・・・と、とても気を配って
もらってたというのが判明して、更に心が軽くなり、
笑いヨガ会場に到着。
そしたら、鉢合わせを避けてもらった、そのおじさんと、バッタリ会う!というおまけつき(笑)。
べつにあたしたち、喧嘩してたり仲が悪いわけじゃないのでね、
鉢合わせしたってかまわないし、別グループの仲間なので、
毎月どうしても会うんだけど、大人の事情(笑)があるので、まわりが妙に気を遣ったみたいだ。
相手は60すぎのおじさんだけど、大人の事情と言っても男女関係じゃないよ!(笑)

と、いろいろすっきりした所で、初、笑いヨガ。
笑う。
おかしくなくても、笑う。
大きな声を出す。
おおげさに、動く。

みたいな、ヨガ。

・・・笑おうとしたら、
「あ、泣く」
って、なった。
やばい。
心に押し込めてる物が、ある。
それに触っちゃう。

そうだ、重い黒い物は、あたしが呼ばれなかったあの集会の事
だけではなくて、もう一日前の日の出来事の方が、大きいの。
それはあたしが損得を勘定してしまって失敗した日だ。
そっちの方は、まだ、心が納得していない。

だから、
このまま「笑い」を本気で出したら、
心に溜まってるコイツも本気で出てくる、と感じて、
ここでは泣いたらダメだ、と、また、心を押し込めてしまった。
それはそれは、わざとらしい笑いだったよ、きっと。

泣いてもいい、どう動いてもいい、という、空間だったら、
きっと押し込めていた物が、堰を切って出てくる。
それができるのならば、笑いヨガも良いワークだなぁ、と思った。
まだあたしは出したくなくて、身がまえちゃったけどね。

ヨガと体操の最中は、なぜか最近知らないうちに腰が
凝っていたらしく、途中で痛みが出てきて無意識に腰ばかり
伸ばしていたんだけど、終わった時は、すっきり!していた。
ウソ笑いでも体を緩める効果はあるんだね〜。

後はね、いろいろごちゃごちゃ保身の言い訳をせずに、
してくれた事に対して、笑顔でありがとう!だけ、言ってればいいんだ。
気をまわしてあたしを誘ってくれなかった事も、
60すぎのおじさんも、
あたしの失敗に、巻き込まれてくれたみんなにも。

ありがとう。

この胸の黒い重いジリジリは、
一気に燃えると、風穴が開いて、
すごいモノが吹き出してくるのだと、思うの。
その時「吹く」のは、「愛」だよ。
燃やすのは、「完全なる懺悔」の力だ。

posted by 辰多みか at 16:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

fbに焦がれる胸の内

ひさしぶりに、
胸の中心に、
黒い重い、じりじり焦がれるような不快な物を感じながら、
朝、目が覚めた。

これは、嫉妬。
不平不満。
贔屓してほしい・・・という、あたしの秘めた胸の内。

前の日の事。
すべてに納得して行動したはずだったのに、
すこしだけ・・・
損得を計算してしまって、「得」になる方に、動いた。
結果、計算を誤り、大損をくらった。

はぁ〜、
やっぱり、
目先の得を選ぶと、
しっぺがえしが大きいわ!
選んだ時、そのものごとに対して「信頼」もしてなかったわ。
目には「ものごと」に見えてるけど、
実は、「自分自身に対する」信頼なんだけどね!

あたしは愛されない。
あたしは疎外される。
あたしは仲間はずれ。
あたしは居たら迷惑だ。

・・・そんな気持ちが、すこし、いやいや、だいぶ!あった。
「愛されない」を回避するように、
「疎外される」を回避するように・・・
動いたために、
信頼してませ〜ん!と、愚かにも宇宙全体に宣言してしまって、
その結果を、受け取った。

頭ではわかってるんだけどね〜。
感覚・感情レベルでは、なかなかできないのよ。
「そのままで愛されてるあたし」だという自分自身に対する信頼が。

半日モヤモヤモヤモヤ、ジリジリジリしてたんだけど、
まあいいかって、無理矢理思って、
嫉妬心を抱いている仲間たちに、会いに行った。
疎外されてもね、
あたしから会いに行っちゃえ!と思ったわけよ。

結果はどうだったでしょう(笑)。
やっぱり自分の信頼心の低さが、相手(鏡)に映っていたよ。
でも、数年前のあたしだったら、疎外感を感じたら
即シャットアウトで、会いに行く事もなかったよ。
その点を考えると、ものすごい成長しているわ。
(成長という言葉を使っていますが、実は、本来隠し通してきていた自分に還ってます)

ここから先、どうなるかわからないですが、
その帰り道、なんと、あと数カ月は会えないかも、と思ってた、
別の仲間にバッタリ会った。
お互い、思ってもみない場所で出会い頭だったので、
すご〜いびっくりして、そして、手をつないで跳ねて喜び合ったよ。
その人は、今あたしが会ってきた仲間たちの所へ
行く途中だったのよ。
うん、
仲間内、全員から、疎外されてるわけじゃない。
それは感じてたから、
ま、いっかー、と、思った。
毎瞬毎瞬、信じればいいかー、と、思った。
これも、あたしの宿題だ。

なんでこんなジェラシーを、
簡単に感じてしまうのだろうと思ったら、
あたしの「心の前提」の問題だけではなく、
今の時代の環境が要因として有るんだよね。

それはぶっちゃけ、
フェイスブックで、
「あたし以外」の仲間たちが、
楽しく、
集っている写真を見ちゃったからなのだ!(笑)

こういうジェラシー、
見ないでもいいジェラシー、
知らなかったら知らないで済んだジェラシー、
facebookを見ちゃったばっかりに、
感じてる人、あたし以外にも、いるよね!?(笑)

罪な時代だわー。
(facebook見なきゃいいじゃん 笑)


posted by 辰多みか at 16:42 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

嫁に財布を盗られた妄想

介護の現場でね。
ウチでは、そういった「妄想」は、まだなんだけど、
お隣さんがね、
言ってた。

「おばあちゃんがボケちゃって、財布が無い、盗まれたって何度も言うの。」

ドラマみたいだ。
ホントに有るんだ、こういう事。

「私が盗ったって言うのよ、本当に嫌になる。」

こういう、お隣さんのように、
当事者であると大変だろうな、とは思う。
でもまだあたしの身に、こういう事が降りかかって来るかどうかなんて
予想もつかないので、申し訳ないけど、他人事だと思ってる。
話しを聞いても、大変ですねぇ、しか、言えない。

でもね。
ふと。
思った。

こういう、認知症のモデルケースみたいな、
誰にでも奇妙さがわかる「妄想」だったら、
ああ、妄想と現実の区別がつかなくなっちゃったのね、と、
誰もが思うだろう。

だ・け・ど。

私たち、
人類みな、
ボケてなくても、
認知症じゃなくても、
みんなみんな、
妄想の中に生きてるんだよな!って、
思ったのよ。
あたしは。

ウチの姑さんを例に取ってみる。
(自分の事は棚にあげる。)

姑さんはボケてはいないが、高齢者。
体は、以前に比べて動作が緩慢になったりしてるけど、
頭はものすごくしゃっきりしていて、
気をまわしすぎて困るほどだ。

そんな姑さん。
ボケてはいないけど、自分で作りあげた「こうするべき」の
妄想世界に生きている。

うちは、舅さんが家庭菜園をやっていて、
毎年、足りないより余る方が良い、と、必要量の
倍くらい作ってくれる。
正直、ありがた迷惑。
バチあたりが!て言われそうな発言だけど、
あたしの正直な感想だからね。

なぜ、ありがた迷惑かというと、姑さんが、
はっぱの一枚も無駄にするな、腐らせるな、という人だから。
舅さんは、余分に作っているんだから駄目になってしまうものは
仕方がない。捨てていい、と、言ってくれる。
作ってる人は、そう言ってくれる。
まずね、農家の人は、歩留まりを80%に想定してると聞いたよ、あたしは。
ということは、プロは20%は廃棄処分になってもよしとする、という事だ。
ウチは、1%の廃棄処分も許されない。
姑さんの「こうするべき」の世界では。
倍も作ってるのにね!
そして、姑さんは、自分がそういう「べき」の世界に
生きてる事に、気付いていないのだ。

姑さんはいつも、いっぱいいっぱいなのだ。
野菜が腐りそうなのが気になって気になってしかたがないのだ。
気の休まる事のないギラギラした目をしている。
一言でも怒られるのは耐えられないみたいで、
変に気を回し、オドオドして人の顔色ばかり見ている。
そして、あたしに対してハッキリ物が言えないので、
なんとか嫁には野菜を全部うまく処理してもらいたい
みたいなんだけど、ヘンな回りくどい指示しかできない。
きのうも、あたしに向かって「来年はおじいさんに野菜を作るの、半分にしてもらおうかねぇ」と、言ってきた。
それ、毎年、言う、あたしに。
そして、毎年、舅さんに対して、そう提案した事がない。
毎年毎年毎年、あたしには同じ事を言う。
あたしは、今年は、こう返してみた。
「おじいさんは多かったら捨ててもいいよって、ずっと言ってるよ?
あたしも、みんなも、いいよって言ってるのに、
それじゃあダメだと決めてるのは、おばあさんひとりだけだよ?」

あたしも野菜をダメにして捨てるのはなるべくしたくないけど、
姑さんがあまりにも自分の「べき」で固まった妄想世界で生きてるので、
そう言ってみた。

「おばあさんひとりだけだよ?」

姑さんは目をパチパチさせて口がアワアワなって、
何か言っていたけど、よくわからなかった。

そうだ、みんなこういった妄想世界に生きているんだ。
「べき」「ねば」の。
財布を盗られたのような、わかりやすい妄想世界ばかりではなく、
自分で勝手に作りあげた、「私はそれはダメだと思うからこうするべき」な妄想世界。
その世界に住んでると、相手の事をいっさい理解しようとしない。
相手の話に寄り添わない。
相手の希望は、即却下。
そして自分はその妄想に振り回される。

そういう世界に住んでる事がダメってわけじゃなくてね、
自分はそういう妄想を持ってる、って事に、気付きさえすれば、人間関係はうまく行く。
気付きさえすれば、いいんだよ。
姑さんには、特に早急に気づいてほしい。

そうそう、嫁に財布を盗られた妄想をする姑さんって、
心理学的にいうと、
弱い自分の立場を、逆転させて優位に立ちたいっていう、
(腹黒〜い)心理が働いてるみたいだよ。
無意識に。
そんな事、無意識にたくらんでるなんてねぇ、
バレバレじゃん。
いやだ恥ずかしいわ。
早く気づかないと、将来、無意識にそんな醜態を晒すよ。
くれぐれもお気をつけて。



posted by 辰多みか at 00:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

悟るためのヒント


悟りを得るには−−−

日々の生活の中に、ヒントがゴロゴロ転がっている。
そう、「これやれば悟れる」っていう、ヒント。

超わかりやすい。
超シンプル。
神様は難しい問題は出さない。

それは何でしょう?



答えは・・・




つづく!






・・・と、ひっぱるのもめんどくさいから、さっさと書いちゃおう。
(まあ、今までも何度も書いてるけどね)

それはね。


「これ言うの、死んでも嫌だ」
「これやるんだったら死んだほうがまし」
「それを認めたら、私が私でなくなってしまう」
「そんなの、私らしくない」
「相手を許したら、私は死ぬような気分を味わう」


この、これらの、「死ぬ」ような気分になる事を、やる!

それだけだよ。

簡単だ。
そして、とてもとても、
とてもとてもとてもとても、とって〜も!難しい。



「死ぬ」気分になっているのは、「自我」なの。
悟りがやって来るのは、自我が死んだ時なの。
だから、自我が嫌な事を積極的にやって、
さっさと自我を殺してしまえばいいんだ。

怖いでしょう?
怖いよ〜。

でもね安心して。
自我はすぐ息を吹き返す。
あなたが肉体的に生きている限り、
何度も、何度でも。


だから安心して恐怖の中に飛び込めばいいんだよ。
(アラ、ものすごい「矛盾」をお勧めしているわ。)



早く殺しましょう。
自我を。
間違っても、肉体の自分を殺してはいけない。
当然だけど、他人はもちろんダメ。


体は正直だ。
感覚器官だから。
ぐーーっと、
キュゥーーーーッと、
ぐっはあぁぁーっ って、なる。
むりむりむりーーッ
痛たたたたぁ
あーぁ、あはは、まいった。って、なる。

その、体の、ぐっはぁー、な、痛みを感じながら、
死ぬほどやりたくない事を、やってみる。
わんわん泣きながら。
わーわー喚きながら。
表面上は静かに、心の中で、叫びながら。




本当に、本当に、出来たら、

その時、扉が開く。



posted by 辰多みか at 23:51 | 悟り | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

悟りと宿題

悟りの世界を垣間見る前、
人はみな、勘違いの世界に生きている。

ここじゃないどこか。
私じゃない誰か。

今の私がダメだから、
もっと努力して、違う私に、なろうとする。
それが勘違いの世界。

自分の事が嫌いで嫌いで嫌いでしかたがないんだ。
だけど、どうしたら良いのか、さっぱりわからない。

ここでうまくいくと苦しみ際まって、悟りの世界を見てしまう。
苦しみ際まる、とは、これやったら死んじゃうような気がする、
という事を、自分の抵抗とは関係なくやっちゃった時。
(たとえば憎んでいる相手に対して号泣しながら懺悔する時)

悟りの世界を見る、と、苦しみがなくなるわけでは、ない。
憎んでいる相手を急に憎まなくなったりするわけでは、ない。

そこで起こるのは、自分が勘違いの世界に住んでたんだー、という、理解だけ。

「どうしたら良いのか」が、わかる。
必要なもの不必要なものが、わかる。
自動的に分別が行われるので、視界が晴れたように感じる。
悟りの世界を見るまでは、全部が混ざったカオス状態だったのが、
秩序を持った分類に分かれるんだ。
そのあとの人生は、「どうしたら良いか」だけやれば、良い。

と書くと、簡単だねー、と思われるかもしれないが、
「どうしたら良いか」が、なかなかできないのだ。
それをやるには、ものすごい勇気が要る。
どんな勇気かというと、
・嫌われる勇気
・ありがとうといいたくない相手にありがとうと言う勇気
・ごめんねといいたくない相手にごめんねと言う勇気
つまり、憎い相手を、ゆるす勇気。

「どうしたら良いか」は、宿題で、それをやらないと、本当の自由な自分に、なれない。
宿題は、自分の人生にくっつけて生まれてきたので、
それをやるのを避けては通れない。

ここが大事な所なんだけれど、
「宿題」は、悟りには、ぜ〜んぜん関係ない。

もういっかい書くけど、
悟りには、ぜ〜〜んぜん関係ない。
なので、
とにかくやらなくっちゃいけない。

悟るとなにが良いかというと、「宿題」が、自分で
目に見えてわかるようになる所。
人の手を借りなくても良い。

悟らなくても宿題はしなくてはならないので、
(あ、したくない人はしなくてもいいんだけれど。ずっと苦しくても良いなら。)
そういう場合は、人の手を借りる事になる。
お金が掛るけどマイルドに進めるならカウンセラーさんなりで、
お金は掛らないけどパワフルに進めるなら、目の前の、憎い人、ね。

宿題が済むと、
大嫌いだった自分に、力強く、おもいっきり、還る。
自分に、還る。
愛と感謝と自由の中で。

そういう宿題。
やりたい?
やりたくない?
宿題は、人類みんな誰でも、やらなくちゃいけないの。


posted by 辰多みか at 17:35 | 悟り | 更新情報をチェックする

エルダーフラワーティー

まだ風邪が抜けません。
せっかくイベントいっぱいのGWだというのに・・・

経験と、整体論からの知識で、
風邪は、熱が下がって汗がいっぱい出た時に治る、と・・・、
いや、肉体が風邪をひく目的は、汗をいっぱい出し、熱を上げて下げ、
汗と熱の効果で、体を整体している、と、あたしは思っています。

体が自分で勝手に熱を出す事を選択してるんだから、
体が納得しおわるまで、熱は下がらないし、風邪も抜けない。
だから、薬は「治す」のには効果はない。
ただ不快な症状を緩和させるだけ。
なのであたしは風邪をひいても薬は飲まない。
ひとつだけ、溶連菌感染後に腎臓を悪くした事があったので、
喉がものすごく痛くてぐちゃぐちゃな感じの時は、
病院で検査してもらって、溶連菌の抗生剤をもらいます。

今回の風邪は、のどの感じから溶連菌ではない。
とにかくいっぱい寝たいのかな〜と、3日間続けて
昼寝をしているけれど、なかなか寝付けなかったりして、
寝不足からではないようだ。

薬は「治す」のには効果はないけれど、
治す助けになるものはあって、タイミングがあえば、
体をガツッとお掃除してくれる。
あたしが飲むのは、エルダーフラワーティー。
薬ではなくて、ハーブティー。
小さい白い花をドライにしたもので、「生活の木」に売ってる。
これを熱いお湯でティーにしたものを飲むと、
ものすごい量の、汗が出るのだ。

ここ3日間、昼寝の前にマグカップ一杯飲んで寝るんだけど、
どうも、汗が、出ないんだよな〜。
という事は、まだ、汗が出るタイミングじゃないんだよね。
汗が出ないと、スッキリしないよ。
ふとんを開けると湯気が立つくらいの、汗をかきたい。

風邪ひいて、熱が下がる頃、そういう感じの汗をかいて
びっくりした事、あるでしょ? 
それこそが体が求めているものなんだ。


posted by 辰多みか at 17:33 | 整体であること | 更新情報をチェックする
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