2014年06月14日

強風で息が吸えない

自分の正面から、強い風が吹いてくる時。
開けた車の窓から、顔を出して風をモロにあびている時。

息が吸えない。

吸えなくて、苦しい〜〜。


じゅうぶん、じゅうぶんすぎるほど、空気をもらってるのに、
吸えなくて、呼吸困難になる。

(あたしは車酔いのはげしい子どもだったから、
よく窓を開け、風にあたって、呼吸困難になりかけたわ。)


自分の欲しい形ではなくドドドーッと大量に渡されると、
受け取るのを、自分から拒絶するんだ。
もともとそういう構造が、備わっている。
だから無意識で、受け取らない。

こんなにいっぱいあるのに。


頭から、猛烈なシャワーを浴びて、
水圧が痛くて「こんな所に居られない!痛くて口で受け止められない、
飲めない! のどが渇いた!」って、文句を言うの。


はいはい、どうぞどうぞ〜。もっと飲んでね〜〜って、

いっぱいくれるのに。



「愛」は、風のようでもあり、
水のようでもある。

「動けること」が愛だからね。



posted by 辰多みか at 17:16 | 電圧・電流・抵抗・愛 | 更新情報をチェックする

認める。受け入れる。手放す。

ふと、
一番最初に、
「降参」した時の事を、思い出したよ。
思いだしたと言っても、その時の体験はリアルな映像ではなくて、
「感覚」でしか、なかったので、
その「感覚」に、近い感じの、「比喩の映像」で、ここに書いてみる。

「降参した時のあたし」の比喩。
あたしは犯罪者で、
逮捕状が出て警官がやってきて、
つかまる寸前なのに、しらをきっているんだ。
(証拠がないから大丈夫。)と、妙に自信たっぷりなんだ。
(正当防衛だし。)とも思っている。
すると、警官はおもむろに一枚の写真を取り出し、あたしの鼻先に突きつけたんだ。
犯行現場を見事におさえた写真。
どこから撮ったか知らないけど、
その場面だけ見れば、
あたしは完全に疑いようのない、犯罪者だった。
「私がやりました…。」
あたしの口から、ひとりでに言葉が出ていた。

そんな感覚。

それが降参した時の事。

非を認め、罪人として在る事を受け入れ、無罪の主張を手放した。

もう、どんな言い訳もできなかった。

ギャフン て感じ(笑)。


そんな写真、どこから撮ってるの!って、
ちょっと警官が反則(法律違反ギリギリ)してるんじゃないの!って、
思わず喰ってかかっちゃいそうだけれど。

人はみんな、死ぬ時ね、きっと、同じ物を、見るよ。
その時になって、「あちゃ〜〜〜」って思っても、もう遅い。
だってもう死んじゃうんだしね。
ここで見せられた犯行現場の写真の多さで、
次の人生のスタートレベルが決まるんだ、きっと。
生きてるうちだったら、やりなおせるけど、
肉体がなくなったら、タイムオーバー。

一緒に写真を見てくれる、あの世の警官は、
こっちで知られた名前は、閻魔さまだよ、きっと。
閻魔さま(警官)は、こわくないし、裁かないよ。
ただ、一緒に見て、「ふぅ〜ん。」とか「へぇー」とか、
相槌を打ってくれるだけだと思うよ。ニコニコしちゃってね。
「いいよ〜、いいよ〜。」しか、言わないんだ。

「私」は、自分に見せられ持たされた写真の重さで、
水の中に浮かぶおもちゃみたいに、自分の水中での位置が決まる。
そしてまた、「自白できますかゲーム」にチャレンジするため
肉体をもらうんだ。

そんなんいつまでもやってないで生きてるうちにとっとと自白したらいいよ!
みんな平等に、見せられるんだからさ。


posted by 辰多みか at 01:16 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする
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