2014年06月19日

空(くう)はどこにある

高校生の頃、腑に落ちなかった人も多かっただろう、
1=0.9999999999…

微分積分の授業の、一番最初に、先生が言ったよね。

「0.99999999999…と、どこまでも続くこの数は、「1」と同じと言って差し支えないんです。」

なんか、頭が「???」となりながらも、
テストのために、一生懸命、自分を納得させたよね。
(あたしはいまだに納得してないよ!笑)

1=0.9999999999…

先生の言ってる事に従って、
微積の考え方でいくと、
右辺の0.99999999…を左辺にもって来た場合、
1-0.9999999999…=0 に、なる。

納得いかないけど(笑)、なぜか、 0 に、なっちゃった。

その0・ゼロが、空(くう)のゼロ。
だけど、本当の、「何も無いという意味のゼロ」ではない。
だって、定義上の、ゼロだもん。
「いち」と「0.99999…(永遠に9が続く)」を、
同じものとみなすよ!という、約束事の上での、ゼロだもん。

「納得する感覚」に誠実に書くなら、
1-0.9999999999…=0.00000000000… に、なる。

だから、
「1」と「0.9999999999999…」の間の、
0.00000000000000000000…が、
空即是色の、「空・くう」なんだ。



あるいは、
大きい大きい素数があるとして、
その素数で、1を、割るとね、
とてもとても、小さい小さい、数になる。
(↑素数の逆数ね)

素数は、果てがなく無限にある、と、今から2000年以上前に、
ユークリッドさんが証明してるので、
小さい小さい「素数の逆数」は、無限にあるの。
でも、どんなに小さくなっても(分母の素数が大きくなっても)、
ぜったいに、ゼロには、ならないの。
その、素数の逆数と、本当のゼロとの、あいだ が、「空・くう」

くう は、なにもないわけではない。
ほんのわずか、有る。
無限小。




それでね、大事な事は、
「空・くう」を「有る」にすると、「色=肉体」が、まったくの何も無いという意味の「本当のゼロ」になり、

「色=肉体」を「有る」にすると、「空・くう」が、まったくの何も無いという意味の「本当のゼロ」になるんだ。

どちらか一方しか、「有る」になれないの。

だから、「肉体をまとって生きる」を選択すると、
「空・くう」の方が、
まったくの、
ゼロに、
「回転体における回転してない中心」に、
「本当のなにもないという意味のゼロ」に、
なるんだ。


posted by 辰多みか at 17:42 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする

有機物ダイヤモンドそのE

やりたいと思ってるのに、やれない事。
そのDにも、「幸福否定」の例でいくつか書いたけど、他にも、こんな感じで、有るよ。

・服は穴があけばもう着ないのに、下着だけは穴があいても着続ける。新しい下着がなかなか買えない。
・好きな服装ができない。買えない。(冠婚葬祭以外の、女らしいふわふわきらきらな服)
・ボロボロなタオルをいつまでも使っている。
・読みたいと思っていた本でもいざ買おうとすると直前で買う気がなくなる事がある。
・好きなアーティストのCDが出るまでは楽しみなのにいざ出ると買う気がなくなる。
・いつでも行けると思うと、行かない。
・自分ひとりだけで外食できない。
・自分ひとりだけおいしいものを食べるという事ができない。
・ゴミがいつまでも捨てられない。それなのに指摘されるのが恐怖。
・いつでも必ず遅刻する人。
・いつも部屋の中ではさみが行方不明になるので何度も買う、掃除をすると何十個も出てくる。
・できあがるまでは待ちきれないほど楽しみなのに、できあがったとたん全く興味がなくなる。
・マリッジブルー
・ふとんの中にはいったとたん、眠くなくなる。
・本を読もうと思ったとたん、眠くなる。


不思議な現象。

心の中をみつめて行くとね、
あの人が悪いだの、あれが原因だの、いろいろ出てくるんだけど、
結局、ず〜っと追い詰めていくと、
そんな外側からの「障害」は、なにもない。
自分ができないから、あの人が…みたいな障害を作ってるだけ。
で、
それを見抜いても(悟りの世界を見ても)、
「できもんはできん」なの。
あたしは、それは、まだ「生」に執着があるから、だと、思うんだよな。
もう、今すぐ死んでもいいっていう、覚悟が、ないみたいだから。
なにかしがみつきたいもの(障害)の方が大きいみたいだから。

もしも「生」に執着がなくなると、「やりたい事ができる」という状態は、
感謝 でしか、ない。
ありがたさ しか、ない。

あたしは、こんな事を考えてると、ちょうどハートのチャクラというのが
あるあたり(みぞおちと鎖骨のくぼみとの中間地点くらい)が、
ぼぁ〜っと、熱くなる。
いつもは、ジリジリ、嫉妬で焦れる場所が、
「感謝でしか、ないんだ。」と思うと、
本当に、ぼぁぁ〜っと、熱くなるの。
赤外線センサーで見てみたいくらいだよ。(ためしてガッテンとかの)
手のひらはいつも熱くて、この間ためしに測ってみたら、36.7度だったんだけど、
(風邪をひいているわけではなくいつもの体温時)
それと、同じくらいの温度を、胸に感じる。
あたしはいつも、脇で平熱36.3度だから、0.4度高いという事だね。
でも、「感謝」が沸いてくるわけじゃないので、
できないものは、できないんだ。

アジャシャンティさん(あなたの世界の終わり)、阿部敏郎さん、白隠さんの
体験を読むと、最初の気づき(一瞥)のあとに、もういっかい、大きいのが、来てるよ。
あたしは、それは体験してない。
今後、体験するかしないか知らないけど、
まだまだあたしの人生は、続く(いつ死ぬのかは、全くわからないけどね)。
そして、続いてる人生の中では、やることはやらなきゃ、なんないのだ。
大きい悟りが来ればできるようになる、なんて、言ってられないの。
感謝がただもれになればできるなんて、悠長なこと、言ってられないの。

そう、
森田療法の
森田正馬さん。
悟った人が言ってる事は、
「とにかくやる。
不安があったら、不安なままで、
怖いのだったら怖いままで、
不快だったら不快なままで、
とにかく、目の前にある事を、
やる。」

ありがたさも感じる必要ない、不平不満もぶつぶつ言いながら、
やる。
やる。
やる。
「生きる。」
それしかない。


そのFに続く。(明日があるのかわかんないのに、長いね!)


posted by 辰多みか at 17:38 | 気の交流 | 更新情報をチェックする
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