2013年07月12日

神様とゼロがそれぞれふたつある話そのA

あしたでね、

日記を書きためて、ちょうど一年なの。

その日(13日)、書こうと思っていた、タイトル の事。


あした13日は、一日出掛ける用事があるのだ〜〜

だから、一年目イブだけど、今書くの。

そして、あたしの目的は、この一年書きためた日記(記事)を

ブログかなんかで、世間に公開することなのよ。

(もうすでに世間様むけに書いてる)

13日にしようと思ってたけど、夜まで用事があるから、できるのかしら。


ちょうど一年前は、ヒッグス粒子の事を書いたわ。

「神の粒子」という名前には、賛成できない、と。

そう、「あ ん な も の 神 じゃ な い」



そういえば、あれ以降、ヒッグス粒子の話題を聞かないけど、

どうなったのかな。

たしか、実験のヒッグス粒子の存在確率が5σ超えだったから、発表したんだっけ?

さんしぐまを超えると、"そうではない"確率は、1000個に3個 だから、

ごしぐまを超えると…"そうではない"確率は、1000万個に6個 か?

ジャンボ宝くじに当たる確率が、1000万分の一(枚) みたいだから、

う〜ん、"ヒッグス粒子じゃない確率"って、案外、高く感じるわ。

(もちろん宝くじが当たると思ってるので!笑)


そう、神様がふたつ(2種類)ある、という話。

ホントは3種類なのかもしれなくて、

4種類以上は、無い、となぜか断言できるのだけど、

3種類目をいまいち実感できないから、今のところ、神様は、

感覚的にはふたつ、あると思ってるの。

でもね、実際には、たったひとつ、なんだよ。


一年前に、書いた事だよ。


それはね、ふたつのうちひとつは、やおよろずの神さまで、

あたしが「悟った」時、感じた神様。

あたしも、みんなも、人間全部、生き物全部、物質全部が、それぞれ

神様、と感じた、あの感覚。

日本古来の神様は、コレだ、と思った、あの神様。

それは、空間をゼロで区切って、おのおの「1」として存在しているの。

たったひとつ、では存在できないの。ふたつ以上あってはじめて存在できるの。

なぜかというと、しつこいけど、空間をゼロで区切るから。

やおよろずの神様は、ゼロの膜を含めて「1」なんだけど、

ゼロの膜が有る限り、他人 と同一化することができないから、

自分で自分の"神性"を認識できるのは、微分した、0.9999999…の内容物のみ、なんだよ。

ゼロの膜がある、ということは、いいかえると、他人とつながりが無い、なの。

だから、個々が神様、というのは、この、近似値で表された神性 なんだよな。


もうひとつの神様は、みんなが、ワンネス、と呼んでいる、

おおいなるひとつ。

ゼロの膜も近似値の内容物も、ぜんぶぜんぶ含めて、「1」

やおよろずの神も、ぜんぶひっくるめて、ひとつ神。

本当の本当の、「有る」

ただ「有る・在る」という意味の、神様。

だから、その先に果てがあるかというと、うーん、たぶん無い?

ゼロの膜が無い?

果てがあるか無いかが、一年前からまだ、あたしは実感できないんだよな。

だけど、この神様は、ゼロを超えるんだよ。

そしてゼロを超えると、次元がひとつ減るの。

次元って、たぶん無限にあるのではなくて、

八元数以上は無いっぽいから(?) 8 か お釈迦様が言ってた(?) 9 か、

超ひも理論でいうと10か11か、う〜ん、そのほかいろんな理論を見ると

最高13(鏡にうつすと26) くらいだと思うよ。

まだまだ勉強不足だから、あたしはなんともいえないの。


でも、おおいなるひとつ、は、悟って実感したのではなくて、

統計・確率、虚数空間、を勉強した時に、感じた事。


最近は、最初に悟った時のことばかり一生懸命思いだそうとして、

そして思いだせたのだけど、逆に、この数の世界で感じた、

おおいなるひとつの神様の感覚を、忘れてしまった。

じゃあ、これから一年は、こちらの神様を思い出す一年にしようかな。

そしたら、まず、微分積分を勉強して、射影幾何学を勉強して、

統計学に行って、不確定性原理まで行って、量子力学をやらないとダメだわ。


ダメだわ、というか、ワクワクするわ。

2年くらいあればなんとかなるかな。


あぁ、心おきなく、数の世界を探求したい。

そして、実践面では、愛の人に、なる。

(愛人ではないですよ)

よし、これがこの先の目標だわ。

やっぱ、どこかのセミナーとか行った方がいいのかしら。

どこがいいか迷うー。

近場の、前行こうと思ってたお寺がいいのかしら。



そう、ゼロがふたつ、本当は3つある、というのは、

1.ホンモノのゼロ。これは本当に"何も無い"ゼロで、あなたと、わたしの区切り。

2.無限小のゼロ・空のゼロ。これは、無限小をゼロと勘違いするゼロ で、逆数にすると無限大になるのだ。

3.見た目のゼロ。これは目盛りとしての、ゼロ。このゼロは、ゼロって意味は無くて、

 その役割は、1でも2でも、代用できるのだ。

と、あたしは思う。


うん、もっと、知りたいな。

腑に落としたいの。

そして、真に悟って、至高を体験したいの。

うん、こんなよくばりだと悟れないよね。


posted by 辰多みか at 00:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。