2013年07月15日

スピノザの神と神話の神

アインシュタインがね、

スピノザの神だったら信じる、と言ったという。


スピノザという名前の神様ではなくて、

スピノザさんが感じた、神さま の事ね。

そしてスピノザさんは「エチカ」という本を書いたの。

本を読んでないから、憶測なんだけど、

(内容はwikiで調べたの…)

この神様は、おおいなるひとつの神様、

この宇宙の法則、だと思うの。



数を扱う者は、数の世界のむこうに、神を見る。

それは昔から今も、同じ体験で、

みんな感じるのは、同じ、ひとつ神。


今の宗教(キリスト教・仏教・イスラム教)が言ってる 神様 と、もともとは、同じなんだけど!

宗教はね、なぜ「本当(の神様)」が伝わってないように感じるかというと、

宗教を伝える人、聞きにくる人の、受け手の準備が整ってなかったと思うの。

「受け手の準備」とは、ハッキリ言って、「悟る」という事なんだけど。


悟った内容は、悟った人に対してしか、正しく伝えられないの。

それって無理だよね〜。

神様を知りたいのに、救ってほしいのに、だから宗教をやるのに、

それが本当に正しく伝わってるかどうかは、

「伝わった後の状態」に、「伝わる前に自発的に」ならないと、わからない仕組みなんだもん。

だから、伝える伝えない、教える教えないは、ハッキリ言っちゃうと、全く無力なんだよ。

「悟らない」からわからない、「悟った」からわかる、ただ、それだけ。

うん、いくら聖書で、神とはこういう方です、と書いても、それをいくらみんなで伝えあったとしても、

一度、神を体感しなければ、「神」は絶対わからない。


あら、脱線したわ…


そう、スピノザの神とは、おおいなるひとつの神。

数を扱ってる人たちが感じる神様感と同じで、今ワンネスと呼ばれてるものと

同じもの。

同じなのに、ワンネスとどう違うかというと、数の世界の風景の果てで出会えるところ。

(数の世界の神様には、とりあえず悟ってなくても出会えるんだよ。そこが違うの。)


スピノザさんは、真に悟ってるから、

内面を探っていった神様とおおいなるひとつの神は同じものと言ってると思うよ。




で、あたしが、人間ひとりひとりが神様、と感じたのは、

日本神話の神様とか、ギリシャ神話の神さまとかね。

(実際問題、神話の神様って、ホントの神ではない気がするけど)

万物に神宿る、みたいな、ソレ。

それが、みんなが対話する、「おおいなる自己」「ハイヤーセルフ」

「天使」「インナーチャイルド」「本性」と呼ばれるものだと思うの。

"そういうふうに呼ばれるもの"は、ワンネスと違って、

肉体を持っているよ。それは自分自身って事なんだけど。


「悟った人」「真理を知っている人」が、神話の神様 のモデルだったと思うの。

(おはなしとして伝わって来るうちに、どんどん変形していっちゃった感じはするけど)




でね、神話ではなくて宗教の神さまは、もともとは、スピノザが感じた神様とか、

あたしたちが内面を探っていって出会える神様と、まったく、まったく、同じものだった

はずなんだけど、さっき書いたみたいに、悟った人どおしでないと伝わらないから、

悟ってない大多数が「神様に名前をつけ、」「神様の片面だけしか言葉で表さないから

(もともと神様は言葉では「片面」しか表せない仕組み)、」

いつのまにかひとりの「神様」という、人格ができてしまって、

それがひとり歩きしている状態なの。ヤハウェとかエホバとかね。

スピノザは、その「人格を持った神さまを信じてる悟ってない人々」に、いっぱい批判されてたと思うよ。


あたしも、アインシュタインと同じく、今の宗教が言っている神ではなくて、

スピノザの神だったら信じるなぁ。

というか、スピノザの神って、「ホンモノ」だと思います。


posted by 辰多みか at 23:57 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。