2012年08月02日

「本当の幸い」をみつけにどこまでも行こうよねぇ

夏だね。


夏になると

宮沢賢治の


「銀河鉄道の夜」が読みたくなる




ジョバンニ少年が、 死んでしまった幼なじみのカムパネルラの魂と、
彼がもう死んでるという事に気づかないまま、一緒に銀河鉄道に乗って
しばしの旅に出るお話だ。


ジョバンニは いじめられっ子だ。家族にはいちおう愛があるが、家庭環境は不全で貧乏だ。

カムパネルラは 思いやりのあるいい子。家庭は裕福だが母が亡くなっているらしい。


ふたりは銀河鉄道で旅に出て、

しあわせな人や幸せでは無い人、

色々な人に出会い、




ジョバンニ少年は 

「本当の幸いとはなんだろう」と何度も問いかける。
自分自身にもカムパネルラにも。


「本当のさいわい」を見つけるために、
カムパネルラに「どこまでも一緒にいようよねぇ」と
すかりつくように話しかけ、振り向くと


カムパネルラはそのタイミングで 目の前から消えてなくなってしまう。



結局、ジョバンニ少年に
「ほんたうのさいはひ」はわかったのだろうか。


カムパネルラが溺死したかもしれないと、カムパネルラの父から聞いて、
さっさと家に帰ってしまった、ジョバンニ少年。


なぜ さっさと帰る?
あっさりしすぎて 違和感がはんぱない。


でも

あたしは、その潔さから、



「本当の幸い」を


ジョバンニは わかったんじゃないかな、と思う。


幻のカムパネルラが消えて、ジョバンニは泣いて、
そして溺死の事実を知り、あっさり家に帰る。




銀河鉄道の夜は未完成らしいので

本当のところはどうかわからないのだけど。





あたしが思う


「ほんとうの幸い」とは


「不幸が無い人生」ではなくて


「不幸が起きないように 先回りして先手を打つ人生」でもなくて


「不幸を 不幸 だと 受け止める力を持てる事」だと思う。



泣いてもいい。なげいてもいい。

でも、そんな感情の爆発がおさまったら、

ちゃんと その不幸を認めるんだ。

誰のせいでもない。


ただ、そこにある 不幸。




神さまは、大変 公平だから、


幸も不幸も、ちゃんとみんなに 平等に与える。




そんなときに不幸に押しつぶされないように

あるがままを認めるのが


あたしたちにできること。

それが


「ほんとうの幸福」


だと思うよ。




そんな時がきたら、


自分がどうできるのか、



今は全然自信無いんだけどね。


posted by 辰多みか at 00:00 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。