2013年07月22日

くもりがとれる瞬間


悟った時ね、

たぶん世界は輝いていたんだ。

忘れちゃったけど。
それをどうしても思い出したくて、この日記を書いてる。

一週間前の事。
そう、ちょうど7月13日。
あたしがtextファイルとして、日記を書きためてぴったり一年たった、あの日。
その書きためたtextファイルをブログとして世間に出そうと、前夜12時すぎにブログ登録した、あの日。
あたしは夏フェスの広大な観客席にいたの。
あはは。ぐぐったら、どこに居たか、すぐにわかっちゃう(笑)。
そう、あたしは、あの2万5千人の中にいた。

観客はみんなとってもマナーが良くて、譲り合い・盛り上げ方・笑顔・歓声。
うーん、ゆとり教育(いい意味で)のたまものなのか。
だけどね、まあ、大人数だから、ちょっとしたトラブル(まではいかないけど)は
多少はあるのだ。場所取りとかね。

あたしは、始終、ほとんど上機嫌だったけど、一瞬、気分が落ちた時があった。
それはあたしの罪悪感が発動した時。

自分の心の中を知る以前は、「ああ〜イヤだな〜」と思っちゃう所だけれど、
その時は、「・・・あたしの罪悪感がうずいているから、こう思う。」と、
自分を分析して見ていた。
するとね、
突然、

まわりがキラキラしだしたんだ。
「ありゃ〜まわりは全員、あたしだ」と思ったわ。
まわりの25000人の顔があたしに見える、とか、そんなんではないよ。

自分が見ている風景が、
実はフィルターがかかっていて、それは常にそうだから、
自分では全く気が付かない・気が付けれない性質のものだってことがわかって、

なぜわかったかというと、そのフィルターが、左右にサーッと、一瞬開いたからなの。
フィルターは、右目にも左目にも有ったよ。
サーッと開いた瞬間、風景がキラキラ、純粋に、見えて、
そして
なんか知らないけど、一瞬で、閉じた!!

なんだよ、あたしの心、くもりっぱなしじゃん(笑)。

たぶんね、昔はやった、3D画像集みたいに、
自分で焦点を合わせると、(いや、逆に、合わせないと、)
フィルターが、はずれる仕組みになってる?!
やっぱ中心どおしをしっかり合わせるとか?
そのフィルターって、「あたしは悪くない」とか「あたしがこんなにしてるのに」とかの
「罪悪感」「犠牲者意識」「被害者意識」とか、そんなので曇ってる。

あたしがまた見てみたいと思ってた、仕組みを、一瞬、見たわ!
(でもなぜか、また一瞬だったわ)
その瞬間、ここにいる25000人、いや、世界中、宇宙中の、全ひとびとは、
みな、あたしと同じ心を持ってて、
いくら殺人者と呼ばれる極悪人といわれる人でも、
「真の悪人」ていうのは、存在しないんだな、と思ったよ。

そして、帰り道、車の中で、
もしもあたしが通り魔とかに会っても、
説得できる気がしてた。
犯行を未然に防いで、しかも当人は心から反省する。
それは、あたしが愛を持って相手に向かい合えば、きっとできるのだと、
そんな物語を書きたいなと、思いながら、
フェスの余韻に浸りつつ、物語を考えつつ、帰ったわ。

常にフィルターがはずれてればいいのに。
それは訓練のたまものなのかしら。


posted by 辰多みか at 10:00 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。