2013年05月15日

アダムとイブが隠したのは本当は顔じゃないの?


アダムとイブが、善悪を知る(知恵の)実・リンゴ?を食べて、

自分たちが裸でいるのに気が付いて、

恥ずかしくなって、お互いに違う部分を隠したという言い伝え。


一見、そうだな〜、と納得するけれど、

善悪を知る、のが「自我の芽生え」だとすると、

隠すのは、局部ではなくて、


顔じゃないの?

とあたしは思ったよ。今日。


むしろ局部は積極的に、出す(笑)。



あ、手で顔をおおい隠す、というのは、違うよ。

どっちかというと、仮面を付けるというのが、近い。


局部を隠したとばかり思ってたから、

いまいち、この例え話が、あたしは何十年間も腑に落ちなかったのかもしれない。



この話が、男と女、ひとりずつしかいないという前提だから、

誤解されるんだ。たぶん。


これが、男と男 とか 女と女 であっても、

リンゴを食べれば、(実はリンゴと決まってるワケじゃないんだって)

恥ずかしくなって、隠してしまうんだよ。

自分を。

本当の自分を。

本当の自分を、恥じて。



だから、自分の、本当のありのままの、顔を隠して、

いい顔をしてみたり=見栄を張ってみたり、

被害者面をしてみたり、

病人をよそおってみたり、

してるんじゃないの? あたしたちは。


アダムとイブが、自我に目覚めてから。

何年も何年も。何万年も。



辛いな〜。

これじゃ、自我に気付くのが、なかなかできなかったはずだわ。

だって、人間、何万年たっても、進化してないじゃん!


そうだ、本当の自分を恥じるのは、大罪だ。

だって、それは、神を否定するということ。

自分=神だもんね。

神への冒涜だよ。


いやん、こんな罪。

あ、リンゴを食べちゃだめっていう約束を破ったから、こうなったのか。


アダムなんか、のどに詰まってるんだから、

がんばれば吐きだせるかもしれないじゃんね。がんばれ。

あ、でも、もう食べちゃった事自体が、ダメポイントなんだから、

吐きだす、吐きださないは関係ないか…

白雪姫じゃないんだし…


白雪姫はオールオーケーなのに、

なんでアダムはだめなんだよ…

解せない。


posted by 辰多みか at 23:03 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。