2013年05月25日


こないだ書いたのでさ。



だから、人は、人を嫌いになったら、人を憎んだら、道をはずすのだ。

「嫌いになったらダメ」ということではないよ。ただ、道をはずすのだ。

「苦しい」という方向の、道に行っちゃうのだ。




道はね、正しい道も正しくない道もないんだ。

それは、たとえば、


はずした道は、イバラの道。

はずさなかった道は、う〜ん、なにかな? 綺麗でトゲのない植物でなにか無いかな?

アスパラガスとか。はっぱが気持ちいいよね。癒される植物だわ。


で、こっちの道は、ケシの道。

花は綺麗だけど、実の使い方が薬にも毒にもなる、みたいな。


こんなふうに、無限にいろんな植物(例えばね)の道がひろがってるんだよ。たぶん。

あみだくじみたいに。


でも上からみたらただの花畑で、綺麗だろうね。



イバラは、とげが痛くてみんなに嫌がられるけど、それでも本人(イバラ)は、

「あたしは悪くない」というか「あたしはこれでいい」って心の底から思ってるもんね。

ちょっと花も綺麗だしね。


そこを歩く人間は、「なんでこんなに痛いのだろう」と嘆きつつ、歩いて行くのだ。

その理由がわかるまで。


posted by 辰多みか at 23:00 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする
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