2013年06月06日

水銀の表面張力


水銀のねぇ、

体温計あるじゃん。

あれ、割れた時、水銀がコロコロ出るでしょう。

もう今は、水銀計もあんまり使わないかな。


そう、水銀は、

表面張力が強力で、

液体なんだけど、つぶつぶにもなれる。

あの感覚。


水銀を寄せ集めると、すぐにひとつにまとまる。

でも、ちょんって、分けるように指で触ると、

水滴みたいに、こんもりした、水銀滴(?)になる。


あれ、あれ、あの感覚なの。

水銀は毒だけど、手に浸透はしないから、触ってみてよ。

(吸ったり飲んだりしたらダメだよ)



ひとつになる事が、スピリチュアルでいう、ワンネスで、

あたしはその事を「神様」と呼んでいて、

それが「本当の自分」で「真理」なの。


でもなぜか、人は人として生まれると、

ワンネスを忘れてしまうの。


うーん、忘れるように、もともと約束してある、というか?

それが、その約束が、法則 というか?


水銀が水銀滴になる時、表面張力でちんまり丸くなるけど、

それが、人、ひとりひとりなんだよね。

数もそうなんだよ。

数っていうか、ハッキリ言っちゃうと、「1」だ。「1」がそうなの。


「1」がいっぱいあつまって、大きな「1」になるの!

なんだそれ、だよね(笑)


そのね、水銀滴に、心があるとするとね、

水銀滴は、大きなひとつに"なりたくない"から、

他の水銀滴との、物理的接触を避けるの。

だって、触れたら、くっついちゃうもんね。

「くっついちゃう」というのは、自分が無くなる、という事を意味するよ。

だから、「心」というのは、他と自分を隔てるために必要な(と自分は思ってる)ものなの。

ここで「心」と書くと、誤解を招くから、「心」は「自我」と書き変えるよ。


「自我」は他と自分を隔てるもの。

それは「ゼロ」だよ。数字でいうと。

「ゼロ」というのは、「他とつながっていない」・「つながりがゼロ」という意味なんだよ。

あたしは、「存在意志」が「ゼロ」だと思うんだ。

だから、たぶん、「存在したい水銀滴」は、他の水銀滴から、逃げ回るのだ!!

「自我」があると「動けるようになる」んだねぇ。

いや、これはあくまでもたとえだから、水銀滴が本当に動くわけじゃないよ。


でね、なにかのきっかけで、存在したくなくなると、表面張力が無くなっちゃうの。

今、水銀滴にしぼって話しをしてるから、物理的にヘンな表現でアレだけど、

まあ、表面張力がなくなっちゃうという感じなの。イメージして。


そうすると、ほかの水銀とくっついてしまうよ。

その時、もともとのひとつぶの水銀滴は「1」から「0.99999999999999999999…」に、なるのだ。

存在意志が無くなると、まわりを隔てる「ゼロ」が無くなって、「1」は「0.999999999999…」になるのだ。



あたしは、数と生命の秘密は、そこに、

「1」と「ゼロ」生
「0.999999…」死

に、


あるんじゃないかと、思ってるの。


それを代入して、素数の謎がとけたらいいな〜と思ってるの。

ABC予想とか。

リーマン予想とか。

素数の謎がとけたら、素粒子(量子)の、とびとびの謎もきっとわかるよ。


でも、あたしは面倒臭いから、数式を解く前で、立ち止まってるの。

だから、ずっと数の事を考えていたい、とか

願っちゃうんだよな〜。



一生考えてろ>自分



あはは。



昨日の日記で、気にいった表現が出たから、

もう一度書いちゃう。


『微積ってさ、

 いかに皮ギリギリまでメロンを食べるか、に、似ている』


うふふ。

「綺麗にくりぬいたよね〜」って感じ。




数の世界でいうと、「皮」は、「ゼロ」だから、

数式で扱えないのです。

「皮」に一瞬でも触れると、破裂してしまう。

数式が破裂してしまう。

破綻してしまう。

発散してしまう。

特異点なの。




だから、微分積分で、近似値をとることしかできない。

ほんとうのほんとうは、「皮」まで、認識する事なのにね。

その「皮」まで扱った数式で素数を探れば、

生命の秘密がわかると思うんだよ。



うん、数ってね、

さくらんぼもちみたいに一個一個、隣とくっかないように、表面がサラッとしてるのよ。

べたべたしてないの。




posted by 辰多みか at 23:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする
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