2013年06月07日

神様をはじめて見た時のこと


あたしは過去に何度も何度も書いている。

「神様を見た」と。

「自分自身が神様だった」と。

「わたしもあなたも神様で、すべてが神様だった」と。



その、はじめての時の事を、ちょっと詳しく書こうかと思います。

といっても、一点だけね。

どうして、その状態になったかは、何度も書いているから、そっちを見て。


あたしは、あの、うーん、たしか2007年ごろ、

車の後部座席で、絶望の淵にいて、目は過ぎてく浜名湖の景色を見ていて、

自分の中に、中に、どんどん降りて行ったら

自分が自分の中に隠していた自分に気付いてしまって、

その時突然、世界がひっくり返った。

出口も無い八方塞がりだと思っていた自分の心の中は、

たとえようもないほど広大な外に繋がっていた。


その時感じたのは、

自分以外の人を、動かすことができる唯一の力。

それは愛。


「隣人を愛しなさい」というキリストの言葉が、その時本当に理解できたの。


その、愛を発している本体、これ→  ← は、なんだろう。

世界のすべて だ。

本当の、あたし。

名前が付けられない。

一言で言い表せない。

言葉にしたとたん、これ→  ←は自由を失う。

(どんな名前でもいいという自由を)


白であり黒である(あたしは悪くないと思っていたのに悪かった)。

上であり下である(下に降りて行った先が天国だった)。

中であり外である(あたしは中に入って行ったのに、外にでた)。

そして ただ在る だけ

100% 存在 だけ。

これは体験したもの同士でしか、理解し合えない。

どう説明しても片手落ちになってしまう。


そうだ、これ→  ←が、昔の人が伝えたかった、「神様」なんだ。

今現在のあたしも、そして他の人も、想像している「神様」と、

全然違うけど、でも、確信を持って言える。

これ→  ←が、「神様」か!


だいぶ、最初と意味が違ってきちゃってるね。神様。

神様は怒らないのにね。怒って洪水をおこすなんて事しないのにね。

「神様」を体験したことが無い人が伝えると、こうなってしまうのか。

それならば今の宗教はどれもこれも、形だけしか、無い。


それが、最初に神様を見た時の事。



そのあと、もう一度、数の世界であたしは「神様」を見るんだよ。

数の世界の神様は、逆光に浮かび上がるシルエットなの。

数式が(この世の法則が)、神様の輪郭を形づくるの。


数式は、ひとつではなくて、色々な数式が、神様の一部を表しているよ。

全部つなぎ合わせると神様の全身が見えるけど、いっぺんに全部見る事はできないの。


それが二度目に神様を見た時。

その時、完璧に、世界は、神様は、たったひとつなんだ、と確信した。


posted by 辰多みか at 23:03 | 悟った時のこと | 更新情報をチェックする
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