2013年08月08日

昭和天皇と雅子さまとあたし

2004年にね、浜名湖で花博があったんだよね。
あたしは、家族分、パスポートを買ったから、それはもう、
行ったわ、行ったわ。
元はとったわ。
もう目つぶっててもどこに何があるかわかるくらい(笑)。

その花博にね、昭和天皇のパビリオンがあったのよ。
博覧会で天皇?て思うかもしれないけど、あったのよ。
いつもすご〜〜い混んでて、あたしは結局一回しか入らなかった。
(他のパビリオンは結構何回も入ったよ。恐竜の首がぬっと出てるのとか。)

あたしは特に天皇家について思う事はなかったし、
写真の額を飾るような家でもなかったから、
パビリオンには、花博が終わるまでに一度は入れればいいかな、程度の
思いでいたんだ。そして、ある日、入ってみようという事になった。

昭和天皇のパビリオンはね、
どんなすごいお宝が!と、あたしは思いながら入ってみたんだけど、
たしか、中に展示してあったのは、「植物標本」。

とても 地味な 植物標本。

もう茶色く色が変色してるのとか、
ホントに地味な感じの 草 とか、
うん、「お年寄りの趣味の世界」って感じの。

まあ、趣あるな〜って思いながら見てたよ。
昭和天皇は、数々の公務の間、
しかも戦争も体験しているし、そのあい間あい間、
こうやって、気になる植物を押し花みたいに標本にしていったんだろうな〜と
思いながら見たよ。

そして、作品展示の先は、映像コーナーだったんだ。
植物を採取される、天皇陛下の。

そこにうつっていたのは、
まぎれもなく、日本の、天皇陛下だったんだけど、

映像がすすむうち、あたしたちの目に映っていたのは、


植物を愛する、

ただの、

おじいちゃん。

大好きなことに没頭している、

ただの、

おじいちゃん、


だったんだ。



涙が出た。

まわりのみんなも、泣いていた。

感動する要素もどこにもないような、数分間の、

ただの、趣味に没頭するおじいちゃん の映像だったんだけど、

泣けて、泣けて、



その時はじめて、テレビで新聞で拝見する、天皇陛下の
本当の胸の内を、見た気がしたんだ。

植物好きのおじいちゃん なのに、
天皇家に生まれたというだけで、
どれほどの大きな重圧・責任を背負ってきたのか。

いつもむっつりしたお顔しか見た事なかったのに、
好きな事をしている時は穏やかな表情で、
ホントにただの おじいちゃん なのに、
あたしたち国民は、何を、あんなに、期待・希望をこめて
天皇陛下に背負わせてきたのか。

ひとりの人間として、見てなかった。
本当は、あたしたちと何も変わらない、ただの、ヒト なのに。
誰も、彼をそうとして見てなかった。

その事実が、映像を見ているあたしの胸に、迫ってきた。
まわりの人も泣いているから、たぶん同じ気持ちを受け取っているのだろう。
なにかが、そう、憑き物みたいのが、スコーンと、落ちた気がした。

それから、天皇家の人を見る目が変わったよ。
うよくとかさよくとか、そんなの全然関係なくて、
同じ、人間 として、見るようになったんだ。


だから前も書いたけど、
雅子様には、早く悟りを開いていただきたいな〜って思うのよ。
だって、ただの、ヒトじゃん!
汚い自分だって、醜い自分だって、在るよ!
そんなの居ちゃダメって、本人も周りも、思いこんでるから、苦しいんだよ。
どんな自分だって、居ていいんだよ〜。
今苦しいし、自分に向かい合う時、もっと苦しいけど、
それをやる価値はあると思うんだよ。
それっていうのは、つまり、内観・瞑想・自問自答。
国民として、ではなく、同じ人間として、そう思ってる。
だれかマスターがひとりついてくれれば、いいのにな〜。
ああ、でも、本人が希望してなきゃ、だめか。


posted by 辰多みか at 15:46 | 本当の幸い | 更新情報をチェックする
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