2013年08月30日

瞑想する目的@

あたしは、今、悟り後の修行中だと思う。
一度"死んだ"自我は、すぐ蘇って、
あたしは、宇宙との一体感も、至福・至高も、体験せずだった。
ワンネスも、今ここも。
体験していない。
体感していない。

それではあたしは、"あの時"、何を体感したかというと、

自分が神様だった!(自分の想像を遥かに超え、奇想天外すぎてびっくり)
みんなが神様だった!
目に見えるものすべてが神様だった!(これが古来、八百万の神といわれてるモノだ)
愛でしか人の心を動かせない!
なぜかって、あたしはみんな、みんなはあたしだから。

ここまで一瞬で理解したのに、ワンネスっぽい所まで理解したのに、
「ワンネス」を実際に体感するのは、しばらく経ったあとの事。
「数の世界」に入って行った時の事だから。

数の世界にいた神様は、たったひとりだった。
ホントに、たったひとりだった。
でもそれは、厳密にいうと、体感 ではなくて、
目で見た、だったの。
「ワンネス」を理解したのは「体感」ではなくて、
「目で見た」なの。
この違い、わかるかな?

どういう事かというと、
数式(○○の公式などと云われているもの)を目で見て、
その計算結果を、頭の中で、図形化したの。

神様は、ひとつの数式では、表せない。
神様を表すたったひとつの数式って、たぶん無い。
なぜかというと、見る方向・角度・気分によって、形が変わるから。
そして次元も超えるし、たぶん、ゼロも超える。
次元を超える、というのは、多次元 ということで、
ゼロを超える、というのは、多元 ということ。

逆にいうと、今わかっている多くの数式の解を、座標上で光らせてやれば、
そこに、神様のシルエットが浮かび上がる。
一部分だけれども。
たくさん数式があればあるほど、見えてくるんだよ。
そう、アタック25のパネルみたいに。(古すぎて伝わらないかな)

あら、瞑想の事を書きたかったのに、横道にそれてしまったわ。
毎度毎度、同じ内容の話でごめんなさい。
ヴィパッサナー瞑想について書きたかったのにな。


posted by 辰多みか at 16:15 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
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