2013年09月01日

瞑想する目的C

ようやく本題が書けるわ〜。

@、A、B、という事で、ヴィパッサナー瞑想をやってみよう、と思い立った。
どういう風にやるかというと、
まず、座っても座らなくても、動いていても、よくて、
頭の中で考える事は、今自分が、何をしている、何を感じているか、だけ。

今ね、あたしは、パソコン打ってるじゃん。
書く、という動作は、手と同時に頭を使うから、瞑想には不向きなんだけど、
あえてやってみるとね、
あ、( )内は、補足説明ね。


画面の白い所を見てる。(あたしは一度、メモ帳に書いて保存してから
ブログにコピペしてupしているのだ)
膝の上の方がかゆい。かゆい。
顔もかゆい。掻く。
あら、いろんな所がかゆい。掻かない、かゆい。かゆい。(かゆい、と思い
続けていると、かゆくなくなるんだって!)
かゆいかゆい書いてたら、なに書くか忘れたわ。忘れた。忘れた。思い出す、思い出す、
(この、「今の実況中継」は、三回ずつ行うんだって、あたしは今二回しか書いてないけど)
そうだ書くぞ〜書くぞ〜、書くぞ〜って、書くぞ〜
・・・
みたいな。
(笑)

これを、一日中、やってみる。
やってみるのは、とても簡単で、いっぱい発見がある。
あたしは、ごはんを作っている最中とか、特に、いろいろ考えているみたい。
「思考の虜」になっているみたい。
それは、この瞑想をやってみて、改めて気が付いた事なんだ。

この、ヴィパッサナー瞑想を、始めてみるとね、
最初は、割と好調に、今の自分の実況中継ができるんだ。
ごはんを作っている時、
右手、包丁。切る。切る。左手、きゅうり。おさえる。
ボウルに入れる、入れる、落とす。入れる・・・

と、ずっとやっていくわけなんだけど、
途中で、必ず「思考」に捕まっちゃうんだ。
つまり、「自分の今の実況中継」するのを忘れちゃって、
過去の事の反芻ばかりで、頭がいっぱいになっちゃうの。

あの時、言われた事。
言われて嫌だった事。
言いたくて、言えずに飲み込んだ言葉。
妄想の中では言える、相手を打ち負かす言葉。
それに反応する、妄想世界の中の相手。

それを、延々と、延々と、頭の中で繰り返している。

はっ と 気付くのよ。

あ、実況中継するの、忘れてる、と。

あれ、あたし、こんな事、いつも考えてるんだー、と。
(自覚はいつもあるんだけどね)

そういう、思考が浮かんできたら、「ダメだ」とは思わなくていいの。

浮かんだな、で、OKなの。
そしてまた実況中継にもどる。

きゅうり。塩、塩、もむ。もむ。・・・

不思議な事にね、こうやって、自分自身を観察し続けると、
他の事に気が回らなくなっちゃうかも、と思っていたら、
まったく逆だった!

なんと、目は、他に向くようになって、
いつもは、気が付かない事、そう、食卓でもう食べている家族の、
お茶が足りないな、とか、おかずに手が届かないな、お皿を出そうとか、
そういうのに、ものすごく、気が回るようになった。
本当に不思議。

その時も、ずっと実況中継をしているのよ。
食卓、お皿、足りない、足りない、食器棚、右手、開ける、出す、出す。
右足歩く、左足・・・

いかに自分が普段、思考に囚われていたかが、わかるようになった。
思考に囚われている最中、じっ・・・と考え込んでいて、
それも、もう済んでしまった過去の事ばかり、恨みのエネルギーとか
そんなのがモヤモヤ出てるような過去の記憶を、する必要もないのに、
もう一度頭の中で経験しなおしているのよ。
そんな時は、家族のお茶が足りない事とか、いっさい、気が付かないの。

それが、瞑想 してみて、最初に気が付いた事なんだよな。
あと、まだ、気付いた事はいっぱいあるんだよ。
Dに続く。


posted by 辰多みか at 11:31 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。