2013年09月20日

天照らすA

…これは「天照らす@」のつづきです…




ひとつ、というのか、あたしの部屋を覆っている、殻のような空間の内部が、
一面、鏡でした。


そして、鏡の殻の向こうには、同じような戸がある部屋が、
いくつも、うっすら透けて見えて、
しゃぼんだまみたいに、空間にぎっしり浮かんでいて、
隣の部屋は、あたしの部屋の壁に、
鏡でできた空間の壁に、
ドーンドーンと、ぶつかっていました。
すべての部屋が、近づいたり離れたり、ドーンドーンと、ぶつかっているだけでした。
その音と振動は、はじまる事も終わることもなく永遠に、ただ、ぶつかって音を出す だけでした。

そこには、ヒトが、生物が、誰もいませんでした。


あたしは怖くなって、すぐに戸を閉めました。
おかしい、おかしい、おかしい・・その時からずっと、
あたしの頭の中に、疑問が湧くようになりました。

戸の外に誰かいると思っていたのは、妄想だったのか?
あたしは、この世界にたったひとりで、
はるか以前からひとりで、そしてこののちも、ずっとひとり。

ひとりだから寂しいとか孤独だとかという意味ではなくて、
ひとりで完璧で、ひとりで幸福で、ひとりで「この世界」のすべて。
あたしはたったひとりだけれど、「この世界」=あたしの世界 には
「あたしの世界に存在する、あたし以外の、他の人たち」もちゃんといる。
「あたし」が笑顔になれば、「他の人たち」も笑顔になる。
「あたし」が不機嫌になれば、「他の人たち」も不機嫌になる。
ただ、映っているだけ。
あたしが、伝染 しているだけ。
ドーンとぶつかる振動は、あたしが笑顔になれば、心地いいものになり、
あたしが不機嫌になれば、恐ろしいほどの衝撃・気持ちが悪い揺れ に感じる。

そうなの?
あたしが世界なの?

あたしはそんな疑問を胸に、部屋の中を見回してみました。
部屋の中には、あたしがしてきた事・感じてきた事の各シーンの写真が
壁一面に貼られていました。
全部、「いい事」のシーン。
見た目が「いい事」
かっこうが「いい事」
倫理的に「いい事」
正義感という意味の「いい事」

なぜ、こんな「いい事」がいっぱいの部屋なのに、暗いの?
あたしはこの「いい事」を積み重ねてきたのに、なぜこんなに息苦しいの?
その「いい事の写真」は「たてまえ・表の顔」を映した写真ばかり。

部屋の片隅には、「本音・下心の写真」を入れてある箱があるんだけれど、
その箱からは「暗い闇」は感じられませんでした。


「暗い闇」は、なんと、地下から立ち昇ってきていました。
あたしは何年もこの部屋に籠城していたのに、地下室があるのに気が付かなかった。
いえ、たまに、とてもツーンとくる匂いがして涙が出たりしてたので、
この下になにか有るな、とはうすうす感づいていたけど、
汚そうで臭そうで怖そうで、見る気に、まったくなれませんでした。
息苦しいのは、もしかしたら地下から何か出ているせいかもしれない。
そう気が付きはじめました・・・

あたしは、
「鏡」が外にある「あの戸」が開いてしまうと困るので、
戸のロックをしっかり確認して、バリケードも頑丈にして、

そして、

床に敷いてあるカーペットに、おそるおそる、手をのばしました。
衝撃の事実を知る時間が近づいている事に、震えあがるほどの恐怖が襲ってきました。
何度も、めくるのをやめようかと思ったけれど、その時、そのタイミングが、
どこか彼方からやってきました。
それは自分のコントロールを超えていました。

コントロールできない、見えない力で腕を動かされて、
とうとう、カーペットを、自分の手でめくりました。
そこには、地下に繋がる階段の扉がありました。


あたしは、
絶望 しました。



・・・つづく→B


posted by 辰多みか at 00:43 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする
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