2013年09月21日

天照らすD

…これは「天照らす@」 A」 「B」 「C」のつづきです…


B2F(地下二階)。

B2Fの床で、粉々に砕けた、「あたし」と「性悪なあたし」。
あたしの世界のすべて。
いえ、あたしが世界のすべてで、そのすべてが砕け散った。

あたしは、あたしもろとも粉々に砕けたけれど、
意識はあった。
いえ、
むしろ、
「意識」が、「あたし」でした。

「意識」が、ずっと見ていました。

「それ」を。


ここから先で、

意識が見た物の事は、

文字で書き表せません。

文字で書いたら、口に出して話したら、

すべて「嘘」になってしまう。

どんな事を書いても、片手落ちです。



なぜなら、「それ」は、「すべて」であり
「すべて」であるが故に、矛盾するふたつの事が同時に成立するからです。
どんな事を書いても正解であり、不正解です。

対極するふたつの事を同時に書き表せなければ、「それ」を表現できたと言えないからです。
文字におけるその術は、この世には、ない。
数学においてならば、ミンコフスキー空間で、草食動物のような
特殊な目を使えば、「それ」を見る事はできる。

そもそも「意識が見ている」のか、「見えるものが、意識」なのか。
どちらも正解でどちらも不正解。


「いい人のあたし」で、「性悪なあたし」。
「私」で、「私以外のすべて」。
「白」で、「黒」。
「上」で、「下」。
「中」で、「外」。

それらが同時に存在する。
全く、相反せずに。

それがB2Fの光景。
見る事はできるのに、文字で表現する事ができないのです。


世界のすべてが砕け散ったのに、
ドーンドーンという振動と音は、
治まりませんでした。

「治まらない」という自然の約束だから、
「治まらない」。永遠に。

砕け散った世界のすべてと思っていたのは、
鏡の殻の中の、あたしの部屋だけでした。

他の部屋は、相変わらず、空間に浮かんでいました。
よく見ると、たくさんある部屋の空間の中で、生まれたり消えたりする部屋もありました。
泡がぶくぶく泡だって、そしてはじけて消えるように。

その時突然、
砕け散ったあたしのすべてが、
陰と陽がくっつくみたいに、
ひとつにまとまって、そして回転しはじめました。

「あたし」が、「たてまえと下心」だけしかないと認識していた頃は、
うまく回転しなかったのに、
「たてまえと下心」の下層に、「本性と本当の自分」がいると気付いたら、
バランスが完璧になって、回転できるようになりました。
半身を取り戻したあたしは、球体になって、
回転しました。
回転の原動力は、ドーンドーンという、あの振動。
あれほど亡き者として見ないふりをしていた「性悪な本性」は、
あたしの、味方 でした。
絶対的な味方 でした。
あたしたちはふたりで手を取り合って、回転しました。

すると、球体の中心に、回転しない、本当のゼロ が生まれました。
バランスを欠いていた頃は、ぶれにぶれていたために、絶対に生じなかった、 ゼロ。

その、ゼロの中心は、
「どこか」に、つながっていたのです。

B3F。
本当の 奈落の底 へ



つづく・・・→E


posted by 辰多みか at 20:51 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする
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