2013年09月29日

命が芽生える時

昨日、名古屋の地下鉄で、
座ってるたくさんの人たちを見て、
ぼーっと考えていたんだ。

基本、人を見る(観察)のは好きだよ。
この間、「全員があたし」体験をして、ますます好きになったよ。
(じろじろ見たら失礼だけどね)

人は、うん、生物は、
「いつ」、いのちが 「めばえる」のかなーって。
受精した時?
それとも、その前?卵と精子の時?
それはなさそうだよねー・・
おなかから出てきた時?
うんそれは違うな。

いつなんだろう。
不思議だよね。
あたしは、その答えはわかんないんだけど、
ひとつだけ、ハッキリ、目撃した事がある。

赤ちゃんに、「視線をコントロールする力が生まれた時」のこと。
あたしはまがりなりにも女で、"母"の役目を経験して、
それだからこそわかる、あの瞬間。

赤ちゃんは、うまれたばかりの時は、視線が定まらない。
どこかを見つめてわらったり、また、見つめなかったり。
目に入る情報と、自分のご機嫌は、直結していない。
まだ、視神経が脳に繋がっていない(信号的な意味で)のかもしれないね。

1か月くらいは、視線は定まらないよ。
見つめれば見つめかえされるけど、あとは、あばばって感じで、
好き勝手にご機嫌になったり不機嫌になったりする。

それが、突然、ある時。
離れて座っているこちらを、じーーーーっ と、見てくるようになる。
あたしはその時、ドキーンッ!!てなったよ。
自分のこどもなのに。
たとえれば、幽霊に見つめられているような。
今まで、そこに誰もいなかったのに、
突然、目の奥から誰かが見つめてくるような。
こんなこと言ったら変だけど・・・
怖かったの。正直。

その時、本当の意味で、あかちゃんは目が見えるようになったのかもしれない。
生後1カ月か2カ月くらいかな。
それまでは、あの世とこの世の中間の中途半端な所にいて、
その、視線をコントロールできるようになった時に、はじめてこの世に出てきたような。
そんな感じがした。



posted by 辰多みか at 15:28 | 不思議な話・過去・前世 | 更新情報をチェックする
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