2013年09月30日

静寂

覚醒した時の体験をね、
少し、物語(神話)っぽく書いたのが「天照らす」なんだ。
3日くらいで全部書いたけど、書き始めた時は、
あんなに長くなるとは思ってなかった(笑)。
5年前(?)の覚醒時には、古事記っぽいとは全然感じなかったし。

それを書いてる時に、ふと、気がついた・・・というか
以前からきづいてたけど、やっぱそうか・・・と思った事。

それは、あたしは「静寂」を体験してないかも、という事。

人によってね、ゼロポイント とか
まったくの無 とか
よびかたはいろいろ聞くけれど、
なんか、それ、体験してない気がする。
だって、ゴーンゴーンという振動はずっと続いてたわけだし。
(あたしはその振動は、「自分は消えたけど事象は存在する」っていう意味で書いたよ)
回転してない中心(回転数ゼロ)は、神との交信点、という事はわかるんだけど。
そこに、一瞬でもすくっと立った事ない気がする。
時間が無だった という体験をしてない、というほうがわかりやすいかな。

だから、すぐに、また自我に巻き込まれちゃったのかなー。
一度覚醒して、自我に引き戻されると、なんていうか、前よりもっと苦しい気がする。
ゴールが見えているだけに、そこにたどり着けないのが、ものすごくもどかしい。

だから、「静寂」を体験したくて、精神世界ブログを渡り歩いていたんだ。
覚者のアドバイスがほしかったんだ。
なんとなく方法は、「瞑想」って事はわかった。
それで、やってみようかな・・・ぐらいの所まで来て、
ちょろっとやってみたりして、行きつ戻りつしてるのが、現状なんだ。
なんか完全に「静寂」に行くのに、尻込みしてる気もするし。
あ、やっぱり、そうなるのが怖いのかもしれない。
まだ逃げてるなー。


posted by 辰多みか at 11:35 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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