2013年11月06日

神様が本当に公平だという話


神様はね、前記事にも書いたけど、

神様って、ただの、1 だし、
ただの、 有る だし、
ただの、 在る だし。
一部で全部で、ポジでネガで、裏で表なの。
ああ、そうそう、神様に無いものはなにも無いけど、ひとつだけ、ないものが、あった!
それは、「無い」が無いの。 それが神様。
「欠けてる」「不完全」は神様に有るけど、「無い」は、無い。

なの。


それで、神様は、ほんとうに本当に、公平なんだ。
そして、神様が作ったものは、全部、愛でできているんだ。
神様は、すべてを、全力で愛しているの。
全肯定 しているの。

というか、「そういう存在」のものを、神 と呼ぶ定義なんだよ。

人にはそれぞれ、「幸」と呼ぶものと「不幸」と呼ぶものが、交互にやってくる。
ひどい仕打ちを受ける事もあるし、殺される事もある。
けれども、それも、全部神様の愛なんだ。
(だからといって殺人をしてもいいよっていうモラルの話ではないよ)

みんな同じだけ、幸も不幸も、受ける運命にある。
けれども、いつも幸せそうか、いつも不幸せそうなのかは、
神様側の問題ではなくて、受け取り側の、問題なんだ。
だって、数を見れば、わかるじゃん。
「幸」が1/2で「不幸」が1/2。
みんな、多少の誤差は有れども、だいたいその範囲に入るんだよ。

殺される事が愛だなんて、信じたくないでしょう。
信じなくてもいいし、これは宗教じゃない。
(信じろって強要したら宗教になっちゃうよ)
なぜそうなのかというと、それは、神様が本当に公平だからで、
神様は、殺人を犯す人でも、全力で愛しているからなの。
殺人を犯しても、その人は、生かされているの。
生きる事を、許可されているんだよ。
その人の存在は、全肯定されているんだよ。神様に。
だから、神様が言うセリフは「いいよ。」「在って、いいよ。」
だけなんだよ。
全肯定だからね。
殺人犯した瞬間に消えて無くならないからね、それが愛の証拠。
うん、だからと言って、相手がある事だから、殺人はよくないけどね。
神様は、世の中の仕組みも作ったので、そういう事はする人は、
損するように、できているんだよ。
それも神様の愛なの。



posted by 辰多みか at 23:16 | ひとつの神と八百万の神 | 更新情報をチェックする
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