2013年11月20日

友達を家に上げれなかった話

ナゼか急に。
思い出した。
なぜ今、これを思い出すのだろう。
「あたしは受け取り下手」で、
その原因は「幼いころ拒否されたこと」にあるんだよな、と、
ぼんやり考えていたら、思い出した。

中学生3年生の春の、日曜日、
クラスメートが突然うちにやってきた。
その子を、Kちゃんとするね。
特別仲良かったわけではないけど、仲が悪かったわけでもない。
家が近かったわけでもない。
仲良しグループというかなんとなく集まるメンバーの、ひとり。

Kちゃんは、
「お誕生日おめでとう」と、
あたしに、プレゼントを、くれた。
あたしに。
あたしなんかに。
わざわざプレゼントを選んで、自転車にのって、
学区のはずれの僻地のスラム街みたいな所へ、
来てくれた。
あたしなんかの、ために。

中学生の頃のあたしは、今以上に相当ひねくれていて、
誰とも、必要な事以外は、しゃべらない子どもだったの。
学級委員だったけど、雑談の輪には入らなかった。
その特異な行動には、「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」という、
専門用語がついているという事を知ったのは、つい、数年前。

あたしは、Kちゃんを、家に上げれなかった。
「ありがとう。うれしい。どうぞあがって。」と、口がさけても言えなかった。
家は、前も書いたように、汚屋敷。
とても、見せられなかった。
ありがとうと言ったかどうかも、覚えていない。
あたしの頭の中で渦巻いていた言葉は、
「はやくかえって。おねがい。はやくかえって。みないで。」だった。

今、記憶の中にいるKちゃんは、
玄関でうつむいて、じっと立っている姿。

その当時も、その後も、
あたしはなぜかKちゃんに悪い事をしたとは、感じなかった。
今こうして書いてみると、あたし、酷いね。ホント酷いね。
30分くらい玄関で立ちっぱなしにしてポツポツ話をしたあと、
Kちゃんは自転車で帰って行った。
正直、ほっとした。

そのあとも、Kちゃんと仲が悪くなる事もなく、
高校で離ればなれになるまで、
何度か、プレゼントをもらった。
あたしは正直、辟易していた。
なんであたしなんかに、くれるの。
意味がわからない。
おかねもちだって、いいたいの?(←わー、ひどいわ…)
おかえしが大変なんだよ。(←わー、最低だわ…)
またおかえしで悩まなくちゃいけない。

そもそも「場面緘黙症」という精神状態だったから、
人の気をおもいやる、なんて、どうあがいてもできない頃だっただろう。
だけど・・・

Kちゃんは、あたしと、ともだちになりたかったんだな。
急に思い出して、せつなくなった。
Kちゃんの気持ちが。
Kちゃん、せつなかっただろうな。
ごめんね。
本当にごめんね。

思い出の中のKちゃんとあたしを癒す、という手法があるの。
それをさっきちょっとやってみたの。
少しよくなったかな。
もうちょっとやってみよう。


※追記
なぜあたしがこんな酷い事をしたのか、そして酷いとも思ってなかったのか。
理由は汚屋敷ではありません。
ほんとうのほんとうの、ほんとうの理由の記事を書きました。
http://loveconquerfear.seesaa.net/article/380717657.html
場面緘黙症児で悩んでいるお母さんたちへ。


posted by 辰多みか at 09:35 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする
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