2014年01月13日

カルマの解消とはC

あたしはとにかく説明がくどいから、迷走するんだろうな。
くどい説明から先に読んでね→@ A B
さて、心の層・心の仕組みの説明の話に続いて、とうとうカルマの解消具体例ね。

おさらい。
大前提「覚醒する・悟る」→心の仕組みを知る→悩み・宿題(カルマ)が
有限であると知る→心の仕組みに沿って、カルマを反応させていく。

まずね、なぜ「覚醒する・悟る」のが大前提かというと、
またくどくなっちゃうかもしれないけど、悟らないと、ゴール
地点(宿題のおわり)が、見えないのだ。
カルマの解消自体は、悟らずにやみくもにやったとしてもある程度は解消
されるんだけど、ゴールがわからないから、そのうち嫌になっちゃうんだ。
ああ、嫌になって→悟る、という道もあるんだけどね。
順番はどうあれ、どのみち悟らないと、解消できない。

うーん、ということは、悟ればオートマチックにカルマは解消されるのかもな。
「我々はもともと悟っている。もともと救われている。」と同じ意味で。
うーん。
だ・け・ど。

やっぱ、宿題は、やらないと終わらない。

宿題というのは、「私は今度生まれ変わったら、これこれこういう事を
必ずやります。」と生まれ出る時に誓った事柄。それがカルマ。
それに沿ってないと、「苦しみ」が出てきて、「それ間違ってるよ!」と
教えてくれる。

あたしの具体例。
はずかしい、具体例。
あたしの現在のスペックは、いじめっ子・モラハラー・女・子持ち・三世代同居ね。

結婚前までは、好き放題やってた。
それこそいじめも、夜遊びも。激務で、働いた時間もはんぱなく多かったけど、
お金も自由に使って自由に貯金した。

結婚して、子どもが生まれて、自営業になって、そして同居。
だんだんあたしは、身動きが取れなくなってきた。
自由が、なくなった。
とても狭い。
あたしの宿題は、その狭い空間で幸せが足りている、という事を知る事だ。
そして足りているから、あまった分を人にたくさん分けてあげる、という事だ。
その為に、ぴったりな人が目の前に現れてくれた。
その人は、さまざまな無理難題をふっかけてくる。
あたしは、それに、正確に答えなくてはいけない。
答えを間違うと、苦しみが際限なく襲ってくるのだ。

つまるところ。
目の前に現れた人が、あたしの自由を奪っている、と、感じる。
あたしをないがしろにしている、と、感じる。
卑下な態度であたしからエネルギーを奪っている、と、感じる。
それらは、心の 殻A-表&裏 と、殻@-表&裏 が作用して起こる反応。
心の中に現れる形は、「怒り」。
殻@-表&裏が認識している形が、「怒り」。
けれど、殻A-表&裏 が認識しているのは、「劣等感」「罪悪感」なのだ。
だけど、殻Aを、直接目で見る事はできない。
ものすごく厚いフタをしてあるから。

ここでカルマを解消する。
まず、「怒り」を感じる。
とにかく、心の中でじっ・・・と感じる。
本人に直接怒ってもいいけど、
解消したいんだったら、直接言わずに、まずやってみたほうがいい。
上手に「言う」方法もある。
「言う」のは、だんだんに、やっていくこと。
だから、宿題は一回では終わらない。
時間がかかる。
あ、悟った時に、全部の宿題が終わるのにどれくらい時間がかかるのか、
自分でだいたい見当がつくよ。
あたしの場合は、「数年単位だな。」と感じた。
(だから旦那サマに、「時間がかかるからもうちょっと待ってほしい。」と言った。)
じっと感じて、物にあたりちらしてもいい。あたしはやらないけど。
とにかく、「自分は怒ってる」と、心の中で繰り返す。
「怒ってない」とか言っちゃダメ。
するとものすごい怒りは、10分くらいで収まる。
ここは殻@の領域。
殻@の「怒り」がおさまるころ、殻Aに気付けると、良い。
悟っていれば、殻Aに行くのは簡単。
悟ってないと、怖くて痛くて、なかなか行けない。
けれどがんばって、殻Aに、行ってみる。
すると、そこでは、小さい自分が、泣いてるかもしれない。
ぶすっとして何も言わずに居るかもしれない。
隠れてるかもしれない。
殻A-表では、「あたしを大切に扱ってほしい…」という感情が噴き出ている。
それを感じずに無視すると、殻A-裏が、爆発する。爆発するといってもなくなるわけではない。
なにか攻撃的なエネルギーがほとばしって、自分自身も相手も傷つける。
(本当は相手は傷つけないんだけど、こっちが尖った分相手がへこむので、
一見相手が傷ついたみたいに見える。)
だから、その殻A-表「本心」を、感じてやる。
それが自分自身を癒すことにもなる。
すると、殻A-裏が自分自身を守るために責任を周りに転嫁している状態に、気がつく事ができる。
ここまで行くのは、とても、痛い。
ものすごく痛いと、急に目の前がキラキラと明るく輝く時があるよ。
それはとても不思議な光景なんだ。
責任を周りに転嫁している状態に素直に気付く事を、「懺悔 ざんげ」というのかもしれない。

そうやって、一回一回、やる。
やるしかないんだ、それが生まれる時に決めてきた事だから。
そうするとね、だんだん、「怒り」の回数が減ってくる。

「怒り」を表現できなくて常に卑下な気分でいる人は、「怒り」では
なくて、「自己嫌悪感」とか「体の不調」として感じる事の方が多いと思う。
あたしはそういうタイプではないので、このタイプについては経験からは言えない。
あくまで、あたしのスペックでいくと、カルマの解消第一歩は、こんな感じ。
そう、第一歩だ。
まだまだ続くんだよ。
あたしはこの道途中でくじけそうになったんだ。

くじけずがんばる。→ つ づ く 。


(はやく書き終わりたいー)
長い!


posted by 辰多みか at 16:40 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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