2014年01月13日

カルマの解放とはD終

@ A B C でようやく第一歩まで来たよ!(笑)
Aで迷走してしまい、Cの次に書くべき事をAに書いちゃったな。
だから、まあ、あっちこっちになるんだけどゴメンね。

Cのつづき。
相手と話をしている時、相手を目の前にして「怒り」が起きた時、
それを攻撃的にぶつけるんじゃなくて、なるべくいったん引く。
場所を離れて、そして心の中を感じてみる。
心の声をよく聞いてみる。
殻A-表 まで行ければ、だいぶ良い。
殻A-裏 までは、なかなか到達しないだろう。
そこまで一気に到達すると、ひょっとすると中心点を目撃して、
悟っちゃうかもしれない。それはそれで大儲けだけど、なかなかそうは行かないんだよね。
だいたいは、殻@どまり。

何度もそんな事を繰り返して、殻A-表 を、常に感じられるようになる。
「本心」の言葉が聞こえるようになる、と、次は、
相手と、対峙する時。
対峙 っていっても、戦争するわけじゃない。
自分を尊重して、同時に相手も尊重するために、
必ずしなければいけない事をする。それは「きちんと正面から向かい合う」という事。
それが対峙。それをやらなければならない。
とても嫌な気がする事だ。
「本心」に気付いていないと、なにか「バレる」ような気がして、
とても向き合う気になんかなれない。
ごまかしてみたり逃げてみたり無視してみたり。
親子でさえできない。
けど、それをやる。
自分の心を素直に認めて、相手の言い分にも耳を傾ける。
なぜあたしをないがしろにするのか、理由を聞き出すのだ。
本当に嫌な事だ。
その「場」は、特別に設けなくても良い。
またいつものように「怒り」が沸いてきたその時その瞬間、
「怒り」の「本心」を、素直に相手に伝えるのだ。
「言わない事で得をしている」事を、やめる。
「言わない」を、「やめる」。だから、
「言う。」
「本心」を、さらけだす。
こどもっぽくてはずかしい「本心」を。
「ないがしろにされているようで悲しい。」それが怒りの本心。
上手に伝えるやり方がある。アサーティブネスの技法を使う。

対峙してはじめて気付く事がある。
ほとんどの場合、相手も自分も「優しさ」でできていること。
本当は「愛」でできているんだけど、
もうちょっと直感的に、「優しさ」でできていることを感じる。
自分の「本心」を伝えてみて、いきなり殺される人って、たぶんいない。
相手を非難攻撃したら、殺されるかもしれない。
けれど、自分のいわば「弱み」を伝えた相手に殺されることって、たぶんない。
だから、だいたい、人って優しい。
「本心を伝えて大丈夫なんだ。」と、一回一回確認して、心の地固めをしていく。

そうすると、気にしていたことが気にならなくなってくる。
相手が、こちらが伝えた「本心」を、どう受け止め、
どう感じるかは、「相手の宿題」。
こちらに宿題があるように、相手にも宿題がある。
それは相手の領分だから、その事についても気にしなくて良いのだ。

そうやって、ひとつひとつ、感情が爆発する回数が減ってきて、
気にもならなくなってくる。
「カルマ」は増えも減りもしないけど、
形を変えて、尖がったのが平らになったり、
へこんでいたのが平らになったりする、たぶん。
すると、反応 しなくなるのだ。

と、いうのが、具体的な(ゴメン。具体例がはずかしくて詳しく
書けなかった。詳しくは「響子さんとあたし」カテゴリでも見て。)
カルマの解消方法なんだろうと思うのだけど。

じつは、

じ つ は 、

じ ・ つ ・ は 。

悟った時に、見る、「ゴール」
「宿題のおわり」

それは、とてもシンプルな構造でできている、という衝撃の事実を、悟った瞬間目撃する。
宿題自体もとてもシンプルで、
宿題の答えも、とてもシンプル。

明確。

こんな、カルマの解消とは とか書いて、Dまで延々書くようなことじゃない。
このDまで書いた解消方法は、いわば対処療法なんだ。


そこで見る「答え」とは、

うん、「答え」とは。


それは、「相手を許す事」



100%、見返りなしで、無条件に、許す事。


それが答え。
生まれかわる時にこれを必ずやりとげてみせますって意気込んで生まれてくる、宿題の答え。

ていうか、悟った時には、それしか見ない。
延々と続く解消方法なんて、見ない。

その「答え」を、知ってしまう。
中心点から発せられる、「答え」を知ってしまう。
すべては「愛」でできているから、それが「答え」なの。

中心点だけが知っている答え。

中心点以外は、受け入れられない。
中心点以外の、殻@と殻Aは、総称して「自我」ともいうよ。
「自我」は、その答えを受け入れられない。
それを受け入れたら、「自我」が死ぬからだ。
悟る時はね「自我」が一時的に死んだ時だから、一瞬中心点まで行けて答えを見るんだよ。

「自我」は、気が済まない。

カルマの解消は、本当は、とても簡単なんだ。
「許すよ〜♪」って、ひとことで済むんだ。
そして、「今、幸せになるよ♪」って、決めればいいんだ。
そうすればすぐに幸せになれる。

だけど、
だけど、
自我は気が済まない。

だから、自我が気が済むまで、Dまで書いた、「対処療法」で、
確認する。

あたしは、「自我」が気が済むまでの道のりが、本当に遠くて、
宿題が巨大で、だから途中でくじけそうになった。
「愛」が溢れ出るだなんて、想像もつかない。
「愛」は無限に溢れ出るものだって、もう知ってるのに。

「自我」の気が済む。
確認、確認、確認を続けて、
自分をないがしろにされてた気分は、すべて幻だったと、確認がとれたら、気が済む。
気が済んだら、その瞬間に、幸せになる方を選んで、
幸せになる。
幸せになるためには、みんながくれる「愛」に感謝しなきゃいけない。
それがヤダッて思ってるうちは、絶対に幸せになれない。

それがカルマの解消方法なんじゃないかと思うよ。
いろんな人の、カルマの解消方法を知りたくて、
いろいろ見てみたけど、具体的に書いてる人がいないから、
あたしの場合を、書いて、みました。
まだ道途中だから、はずかしいわ。





posted by 辰多みか at 22:51 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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