2014年01月17日

平気になる

今日は数ヶ月に一度の予防歯科に行ったの。
虫歯は無いから、虫歯の有無チェックと歯のクリーニングだけするんだけどさ。
歯科助手さんで上手な人に当たると、とってもラッキー。
歯医者の空間が、医者じゃなくて、リラクゼーションな癒し空間になる。
もう至福の時だ。

くちをパカーンと開けて、なんかウィンウィン言ってる器具を
口に突っ込まれたまま、癒されてるあたし。
目に見える風景は、いつもの歯医者さん。
虫歯の治療の時にも見る、同じ風景。
ウィンウィン言う器具も、虫歯の時と同じ。

同じ器具で同じ風景なのに、ぜ〜んぜん違う。

もしかしたら歯科助手さんがちょっと手先がすべって
歯茎をチュインッて痛くするかもしれないのに、
ぜ〜んぜん気にならない。
緊張しない。
平常心。

あたしは中学一年の時にはもうすでに前歯がさし歯だったというくらい
昔から虫歯が酷くて、その頃には予防歯科なんてシステムなかったから、
虫歯が痛くなってから、通った。時間もお金も、痛みもかかる。

幼稚園児の頃は、歯医者が怖くて怖くて行きたくなくてこたつに隠れた
記憶を持つほど、歯医者が怖かった。
今でも、あの、歯医者の玄関にあった、まるい電燈を思い出すたび、
胸がキュッとなる。
でも、治療自体を思い出すと、バカらしくなるほど、なんてことない治療だった。
ただ怖かった。

あれから、もっと痛い治療とかして、そしてだんだん虫歯治療自体も、
なんにも怖くなくなった。
体も病気がちだったから、たくさん注射を受けて、
そして注射もまったく怖くなくなった。

ただ、「怖くなくなる」だけなんだな〜。と、思った。
歯医者の天井を見ながらそう思ってた。

怖くなくなる。
平気になる。

へいき っていうのは、心が平らになる事だと思う。
ぐらんぐらん水面が揺れ動かない事。
水面は、あいかわらず有るのにね。

どんな痛みや苦しみがきても、怖くない。
恐怖を、感じない。
へっちゃら。

肉体を持って生きていく事は、苦しみがなくならない世の中を
生きていく、という事であって、
それに対して、怖くなくなる、というのが、覚醒して学びの後に
通過すればよいチェックポイントなんじゃないかな、と、天井を見ながら、思った。

苦しみを、たのしむ。

Mだな。
Mだろ。

そういうことだ〜。



posted by 辰多みか at 16:59 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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