2014年01月22日

走馬灯

死ぬ時に見る という伝説の「走馬灯」
あたしは過去に、2回見た。

あっお盆の時に、くるくる回ってる飾りみたいの(本来の走馬灯)じゃないからね。

一度目は、転落した時。
二度目は、悟りの世界を見た時。

一度目は、肉体的に「死」の危険があった。
二度目は、精神的に「死」んだ。

だからやっぱり走馬灯って、死ぬ時に見るんだね。
(死んだ後の人にはインタビューできないから、
生きたまま死にそうになった人の体験談しか聞けないんだけどね)

一度目。
小学生の時。
あたしは家で妹と近所のともだち数人で、おにごっこをしていた。
さわり鬼。
鬼の手が伸びてきて、あたしは触られないように窓にもたれかかろうと、
体をぐーっと後ろに倒したんだ。
そしたら、そこに、窓はなかった。
窓は、開いていた。
うしろむきに、落ちた。
平屋だったから、一階の窓だけど、
落ちた。

いっしゅん。

ふわっと体が浮いて、あたしは空気中に存在していた。
「ああっ」と思ったけど、何もできない。
下は砂利。
とにかく頭だけは打たないようにしなきゃ。
体を丸めて…
そう思ったら、時間がものすごいスローモーションになって、
下に落ちるまでが、10分くらいに感じた。
その間見たのは、自分が生まれてから今の瞬間までの事。
結局映像を見ながら、腰から落ちた。
そんなに高い所ではなかったので、ケガはしなかった。
でも、
今のは何だったんだろう、と、子供ながらに思った。
それが「走馬灯現象」とよばれる現象だというのを知ったのは、
それから少し後の事。
人間は危機的状況に陥ると、過去の記憶の中から、
その状況に最適な対処方法をサーチして探すそうだ。
それが走馬灯現象の、脳科学的な説明。
それを、どこかで読んだ。
ああそうか〜と納得した。

2度目は、悟りの世界を見た時。
あたしは、自分が自分で思ってた以上に
とても腹黒いのだという事に、気付いてしまった。
そのきっかけの記憶は、その頃起こった出来事だったんだけど、
気づきがあった瞬間、生まれてからそれまでの記憶が、
自動的に猛スピードで全再生された感じだった。
そして、あたしの「腹黒」に合致する記憶を、ものすごいスピードで
サーチして、レ点を付けるみたいに「一致」「一致」「一致」って、
数え上げて行ったんだ。
全部終わって。
恥ずかしかった。
猛烈に、恥ずかしかった。
ぐるん、と、勢いが付きすぎてあっちの世界まで行った。
そこは言葉で表せない、全部有る、なにも分離してない世界。
それを見た時「あたし」は死んでいた。
腹黒いあたしもまっしろなあたしも。
ただ、肉体のあたしだけが、車の窓から、過ぎていく湖面を見ていた。

それが、走馬灯を見た時。
2度目に見た時、死んだ腹黒いあたしとまっしろいあたしは、
もう、すぐ数分後に、バーンと生き返ったんだけどね。
この時至福体験とかする人もいるみたいだけど、あたしはそんなのなかった。
すべては「愛」でできている、という事はわかったけど。

ただ、恥ずかしかった。

だから、本当に肉体的に死んでしまって、閻魔さまと一緒に、自分の人生の
走馬灯を見る時さぁ〜、

みんなさー。

・・・

ものすごく恥ずかしいと思うよ。

閻魔さま、こっち、チラチラ見るよ。
カーッと、顔から火が出てるアナタを、チラチラ見ると思うよ。
アナタは、
(こっち見んな!)
とか思っちゃうかもしれないけど、それが閻魔さまの仕事だからさ。
閻魔さまは、たぶん舌を抜かないし、地獄にも落とさないと思うよ。
ただ、アナタを見守ってるだけだ。

ただし、自分の全人生を見てしまったアナタは、
あまりにも恥ずかしければ、言葉を失い(舌を抜かれ)、
ふらふらと罪の意識に染まった世界へ、ひとり歩いて行くのだ(地獄)。
そういう波動で、できてるから。

だから、やっぱり肉体的に生きてるうちに、走馬灯を見れると、いいね。
見るの、ものすごく苦しいけどね。

がんばって!




posted by 辰多みか at 21:47 | 悟り | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。