2014年01月25日

肉食

肉を食べると悟れないのか、とかさ。
そんなわけないじゃんね。
悟るのと、肉を食べるのは、まったく関連のない出来事だ。
肉を食べてても、悟る人は悟るし、
肉を我慢しても、悟る段階じゃない人は悟れない。

ていうか、悟りたいから肉を食べないなんて、そんな考えでは、
ぜ  っ  た  い  悟れない。
「期待・引き換え・取引」 なんて。
そんな見え透いた下心、宇宙の真理からはじかれるって。

だから無理にベジタリアンになる必要ないし、ばくばく好きなお肉を食べてもいいのよ。
好きな事を好きにできるようになるのが、悟りの効用なんだからさ。
あ、好きじゃなかったら、無理して食べることないのよ。

ただ、悟って「生」と「死」を知ってしまうと、食べる時に、無意識じゃなくなるかもしれないね。
何か、「肉食」について考察しながら食べる事が増えるだろうね。
あたしはお料理する時、頭の中が自動お話モードになって、
このブログに書くような事を、いっぱい考えながら
料理作ってるんだけど、(料理してるから書き留め
られないのがいつもすごく残念)肉を見ると、生と死の事を考えるよ。
でもできあがったら、おいしく食べちゃうのだ。

うちの舅サンは少年時代、戦争を行き抜いて自給自足で、
青年になってからは、趣味で狩猟をやったりして、
野生の物を山ほど捕って食べてきたし、戦後は犬も食べたらしい。
今でもたまにキジを拾ってきたり(!)してあたしも食べたけど、
そんなツワモノなのに「にわとり」が、食べられないの。
少年時代は、にわとりも食べてたし、ヤギも食べたりしたのに、
大人になってから、「にわとり」が食べられないの。

それは、トラウマがあるからなんだって。
毎日可愛がっていたニワトリちゃんが、ある晩、食卓に、出てきたんだって。
・・・
その気持ち、汲み取りたくないわー。
舅サンの気持ちに同化してしまったら、あたしもにわとりが食べられないカラダになってしまう。
だから、その昔話を聞く時、いつも「フーン」とちょっと上の空で聞くのだ。
昔は犬を食べるのが普通だったんだろうけど、
もし明日、ウチの可愛いワンコが食卓にこんがり出てきたら…
それはもう、
あれだね、
無理だね。

肉食かベジタリアンかって、
つまりは、そういう、
そういう感じの事だと思うよ。

生と死のことを、深く深〜く知ってしまうと、
たぶんもうお肉は、食べられなくなるのだ。
あたしはまだバクバク食べてるから、そうとう浅いな!



posted by 辰多みか at 00:07 | 悟り | 更新情報をチェックする
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