2014年02月07日

一瞥後苦しみ仲間サン追記

コメントで追記をいただいたのでこれも全部載せよう(笑)。

そうそう、このブログは現時点で、コメント欄が開いてる記事は、いっこしかないです。
コメントのやりとりが面倒(爆)なのでコメント欄廃止しようかと、
ブログを開設した時に思ったのだけど、何も窓口を設けずに
情報発信するのも無責任なのでいっこだけ開けました。
もともとこの精神世界系ブログの前に、15年くらいBBS(掲示板)と別のテーマのブログをやっていたの。
素晴らしい出会いがあって、子供の頃からの夢が3つも叶ったけどね。
(どうしても叶わなかったのもあったけどね。)
コメントが超めんどくさかったです(笑)。
ばちあたり発言か。
前回のブログでは体を壊したので(笑。ホント洒落にならない)、これはゆる〜くやります。
つっても誰も前ブログを知らんか。
前ブログで体を壊したのが、一瞥につながってるんで、
それはそれで大いに意味があったけどね。
まあ、そんなのみんな、どうでもいいか〜。
うん、どうでもいいね。


あたしのコメントからね。(紫文字)
アクアさんのは緑文字ね。


アクアさん、コメントありがとう。
>迷惑にはなりたくありませんので(笑)
これがきっと苦悩の個性ですね。大丈夫。迷惑ではないので認証してさらに記事にします。
勝手にやります(笑)。

私は苦しみ仲間がいるはずだ、と感じて、ず〜っと探してきました。たまに検索して見つけるのですが、彼ら・彼女らは、あっという間にブログ発信しなくなるのです。ものの見事です。それはとっても残念だし、もしもこれから覚醒が一気に起こるのならば、その苦悩の体験談こそが、これから必要になってくると思うのです。
だから、みんなじゃんじゃん苦悩してほしい(笑)。
結局あの憧れの「悟り」の境地には、きっと肉体的に死んだ時にしか行けないのでしょうから。
死んだ事ないのでわからないですけど。
Posted by 辰多みか at 2014年02月07日 15:26


あははは、思った通りの人でよかった(笑)
どんな人かって?

気の合う人。

>苦しみ仲間にいれてくれて ありがとう。
私の苦悩ブログはもうないけど、
あればプレミアがついたかもしれませんね。(爆)

え?記事にしてくれるの?じゃ、追記します(笑)

一瞥後の苦しみ…これ、仕方ないです(笑)
自我意識の塵や垢を落とさないと、純粋な自分に逢えなくなってます。。。

人はその仕組みを知らないと「苦」として認識して、嫌って溜め込んでいきます。
一瞥後の人は 受け入れることができます。こばんでみても受け入れなければ「苦」が延々と続く事が体験を通して理解されます。

「苦」の根源をカルマと書くか、行き場のなくした感情や怒りなどの集積物と書くか、トラウマと書くか、その表現は各人のネーミングのセンスでしかありません(笑)

受け入れると表現するか 浄化と表現するか味わうとか 見つめるとかも同様に言葉上のことです。…要は感覚として自我意識を突き放して観られるかどうか。達観して自我意識の生み出した創造物を冷静に認められるどうかではないでしょうか?

自我意識の責任を自我意識がとると、いつもとなりにいる 気がつかなかっただけの自分に逢えるのではないでしょうか?

二度目に感じるのは あまりにも 当たり前で
いつも どんな時も自我意識の真裏に在って慈しんでいてくれた 
それ なのでしょう(笑)

Posted by アクア at 2014年02月07日 17:53


あ 追記書いてる間に記事のってましたね(爆)
今 読んできました。

でも、追記書いてよかったです。
そのままが 記事のコメントです。

届くと信じています。
いえ、届けられたのは私も同様です。

それと、お釈迦様が言われたのは この世は思い通りにはならない、
という意味らしいですよ。「苦」を滅することが悟りとも…。
Posted by アクア at 2014年02月07日 18:22


-----
プレミアブログを読んでみたかったです(笑)。
一瞥後の苦しみは、やっぱり仕方ないのね。
生きてるかぎりは、きっとそうなんだね。

「苦」って、あたしは美化して「苦」とか書いているけど、実は、
その中身は「うらみ」とか「憎しみ」「ねたみ」なの。
相手がある事だから。
それも、一瞥してるから幻だって事はわかるんだ。
一瞥してるくせに「うらみ」にがんじがらめで、
そんな自分を出す事も隠す事もできなくなって、
みんなブログをやめるのかもね。

受け入れなければ先に進めない事もわかるのに、
(受け入れる、というか、「許す」なんだけど)
どうしても体が受け付けない。
頭ではわかるけど気持ちがついてこない・・・て延々悩んでました。
「負けたくない」って、悩んでました。
「負けたくない」に打ち勝つのって、「負ける」事なのにね。
もうちょっとでできそうなとこまで来てるのにな。

自分の隣にいる自分は、一番弱くて、汚い、酷い、
いやらしい自分なのに、一番の自分の味方で、
「ゆるぎない自信」なんだよね。
これが居てくれても、あたしはまだまだです。
やっぱり単にまだまだでいたいのかもしれない(笑)。



posted by 辰多みか at 23:11 | 悟り | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。