2014年02月09日

静寂 ゼロポイント

あたしは経験していない。
「静寂」
「ゼロポイント」
「時間の概念がギューっと凝縮して、無くなる一点」
ひとりひとり表現する言葉は違うけど、そう、覚者が言う、「場所」

場所でもない。
どこにも、遠くでもなく。
すぐ、いま、ここに。
あるらしい。

"それ"が有る、と、文字ではじめて目にしたのは、
数年前見ていた、とあるブログです。
リンクを貼っちゃおう。
http://blogs.yahoo.co.jp/okaerinasai_umarerumaeni
「あの時の呪縛ーリサものがたりー」
ものすごく記事数が多くて、それがどこのページだったか探しきれなかった。
読んでいた当時、こういう経験をして、しかも目覚めた人って、あたしは見つけられなかった。
いたのかもしれないし、確実にいたと思うけどね。
Lisaさんの体験(フィクション形式になってる)した「静寂」、これが
あたしが行きつきたい先だと、当時、思った。
一瞥しても、苦しかったから。
しかも一瞥時、至福も体験していない。
至高・至福感は感じなかった。
ただ、あたしは、死んだ。
"それ"を受け入れたらあたしがいなくなってしまう、と叫ぶ、
自我の断末魔を、聞いた。(これは比喩ね)
受け入れどころか、あたしの自我は、抵抗できない何かの力で、
ずばぁーっと切り裂かれて(これも比喩ね)、中身が、ぐりんっと出た。
それは何にも傷付かない、つるつるの透明な、「  」←(名前が無い)。
切り裂かれたと思ったけど、自我にはどこにも切り口が見当たらず、
だから、心は4次元で、外身と中身がカンタンに入れ替われる仕組みに
なってるんだな、と理解した。
4次元だと、外身と中身は、切らなくても入れ替われるの。
まあ、とにかく、一瞥した時「至福」も「時間が無い」も「静寂」も感じなかった。
だから苦しいのかな〜と思って、
瞑想なり、変性意識状態へ導く呼吸なり、天野聖子さんの自問自答なりして、
「静寂」を体験すれば「いい」のか、と思った。
本を買ってきたりして、そうしようと、、頭では思うのだけど・・・
体が、拒絶する。
押し込められた声にならない声が、拒絶する。
「先にあたしの願いを叶えろ」と。
時に強迫、時に哀願してくる。
ドスの効いた声で、また、声も出さず、おびえるような上目づかいで。
--あたしの願い--
「あたしをさげすむ外部のやつは許さない。」
「"あたし"を守れ。守るのはあたしの表面であるおまえだ。」
「内面のあたしは、おまえを守るので精いっぱいだ。だからおまえも、そうしろ。」
その「願い」が叶うまで、
"あたし"は"あたし"を許さない。
愛に溢れる事を、許さない。
さげすむ外部のやつを愛で赦す事を、許さない。
だから、瞑想に、変性意識に、抵抗する。
周りに責任転嫁している間は、
自分で自分に責任を持ちたくないという事。
責任を放棄するかわりに、
自分の幸せを、手の中にとどめておくことが出来ない。
そういう"法則"になっている。
そんなのわかってる。

だからあたしは、
「いや」と言う事にしたの。
今まで、「嫌と言う人」に、見られたくなかったから。
嫌なとき不機嫌になったりして、嫌なの、周りにバレバレだったのにね。
バレてないと思っていたの。
そんなんじゃねーよッ(怒)って。
↑バレバレじゃん(笑)。
だから逆をするの。
「いや」って言うにはね、
「ありがとう」って、言わなきゃいけない。
んー、「いけない」も違ってて、
言葉でうまく、表せない。
そのへんが微妙。
「嫌」と言う事と、「ありがとう」は、セット。
「迷惑をかける事」と、「ありがとう」は、セット。
「生きている事は全て迷惑をかけている事」と、「ありがとう」は、セット。
表と裏で、セットなの。
それで一枚のカード。
だって、生きているという事は、二元の世界に居る、という事だからさ。
あたしたちはもともと非二元なんだけど、
肉体がある間は、二元なんだからさ。
ぐらぐらゲームをするの。
いかにゼロポイントを取れるか、という。
生きるという事はそういうことなんじゃないかなーと思うよ。
だから、まず先にあたしは、
自分で自分の機嫌を取る。(これって斎藤ひとりさんみたいだ。笑)
もちろん周りに感謝する。
あたしは今これやってる最中。
あたしは面白い。苦しい時ももちろんあるけど。
周りは迷惑みたい。あたりまえだ、迷惑かけるんだから。
だけど、そんな迷惑かけても、殺される事はない。
ていうか今これ書いてるんだから、今時点では殺されてない。
(やってやると相手は憎々しく思ってるかもしれないが 笑)
一回出ていけと言われて、一回私が出ていけばいいの!?と言われた。
いやそれどっちもアナタの妄想世界のハナシだし。
それはアナタの、学び。
アナタはそう言ったけど、あたしが「生きてる」のを赦してくれてる。
今あたしは大丈夫で、ぬくぬく暮らしている。
あたしは「大丈夫」の証拠集めをする。
証拠をいっぱい集めても、集めなくても、おんなじなんだけど、
"あたし"が気が済むまで、終わらない。
もうすぐ気が済むんだよね。
だって、周りは、みんなすごく優しいし愛が見えるもん(出ていけと言われても)。
そうしたら、「静寂」を体験しに行くの。
(行くっつってもどこにも行かないけど)
もうちょっとで気が済む。


なんか思いつくまま書いたらとっ散らかったわ。



posted by 辰多みか at 16:53 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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