2014年02月11日

回る回る二つの独楽…!

これは前記事で書いた「ガラスの仮面」の中のとあるセリフです・・・


(今回ガラスの仮面は関係ない)


(あ、ちなみに独楽って、コマって読むからね)


前〜に、

心の底から「どうでもいい」って思ったら、
あたしがあたしに重なった、話を書いた
「あたし」と「あたし」 イコール、
「あたし」と「アタイ」

そう、「あたし」と「アタイ」は、回る回るふたつのコマで、
ふだんは、接触したら、反発しあっている。

「あたし」は、一番表にある、意識できるあたしの心で、
「アタイ」は、無意識下の、あたしの心。

「あたし」は世界の中心に位置できる価値のある存在なので、
一番低い所で、安定して回っているのだ。
(ベーゴマやベイブレードのバトルフィールド(床)を思い出してください)

その周りを、「アタイ」が回る。
「あたし」とひとつになりたいのに、接触すると、はじかれる。
あー、ていうか「あたし」と同じように、世界の中心に位置できる価値のある存在 に、なりたいんだ。
一番低い所で、回りたい。

だから、片思いみたいに、近づいてははじかれ近づいてははじかれするのだ。
ジッ ジッ と、音を立ててはじかれながら、半透明の「アタイ」が、「あたし」とひとつになれる機会を待ち望んでいる。

「あたし」が、目の前の状況に、心底「どうでもいい」と思った時、
「アタイ」は「あたし」に、ぴったり重なる。
それはもう、小気味いいくらい。
「カチッ」と。
音を立てて。

「あたし」は自分のデフォルトである「アタイ」以外になりたくて
常に、どこかにいる「幻の私」を追い求める。
それを、心底「どうでもいい」と思うと、「アタイ」が、重なる。
心底、どうでもいいと、思った時だけ。

その時、あたしははじめて、2本の足で立っている自分を感じた。

ぶれない、

「私」が、

二本の足で、立っている。

なんて素敵なの。



な〜んだ、今まで、片足だったんだ。

だって「あたし」は半身だし、「アタイ」も半身。
足が一本ずつしか、無い。

コマだからね。

独楽だから。


なんだそうだったんだー。




で、すぐに。

またぶれちゃう。

「どうでもいい」が維持できなくなると、

また「アタイ」は「あたし」からはじかれる。

つま弾きにされちゃう。
悲しいね。
寂しいね。
「アタイ」の泣き叫ぶ声が聞こえる。




・・・

だから

常に、

「どうでもいい」と

思えればいい。

それがきっと「サレンダー」

腰のひけてない、

怖くない、

サレンダー。





んでもやっぱなかなかできないから苦しいわ。





※リンク先を読んでみて気が付いたんだけど、
リンク先の元記事では、「アタイ」が芯で、「あたし」がぶれている。
そう、コマの場合は、どちらも衝撃ではじかれて、一番低い所の
取りあいになるから、どちらも、ぶれるんだね。
まあ、あたしが書いた事は、比喩で、イメージだから。
感じて。
感じ取って。


posted by 辰多みか at 23:51 | インナーチャイルド | 更新情報をチェックする
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