2014年03月08日

「聖なる予言」読んだ。感想。A

@のつづき。
スピリチュアル界でまことしやかに言われている、
「波動を高めると、見えなくなるorいなくなる」

この本には、その話が「第九の知恵」として、出てくる。

主人公の目の前で「波動を高めた他者」が、ゆっくりと消えていった。
もしくは、恐怖で波動が落ちた主人公が、消えた他者とは違う低い
レベルの波動の世界に戻ってしまい、低いレベルの敵に見つかってしまった。
・・・ような事が書いてある。
つまり、波動が違う者どおしは、目視する事ができなくなる、と、書いてあるように、読める。
さらに、古代のマヤの人々がいなくなったように見えるのは、このせいだと。

これはさー、この本の、ここの部分だけを取り出してみると、
そのとおり「目」で見えなくなった、ような印象を受ける。
目の前から、消えてしまった ようだと。

でもあたしはさ、そうじゃないと思うんだ。
前に、ミツバチが、あたしの周りに4000匹もいたのに
ミツバチを怖くもなんともないあたしは、それに全く
気付かなかった、というのと、同じ現象の事を
書いてるんじゃないかと思うんだ。
怖さのあまり気にするから、気になるのであって、
気にしなければ、視界に入ってても、気付かない。
つまりはさ、視界には入ってる。
視界には入ってるけど、気にならない。
そういった事じゃないのかな?

そして、「波動」というのは、「怖い→→平気」のレベルに対応して
上がっていくものだと、あたしは解釈してるんだけど、
その、「波動」を上げると、消えるものは、別に、もうひとつある。
それは何かというと、「自我」だ。
肉体ではなくて、心の領域。「自我」
自分自身が、「自分」と思い込んでいるものが、消える。
悟りの瞬間。
この本では、肉体的な目から見る「気にしなければ目に入らない」
ということと、心の目から見る「悟り」の、ふたつの事を、
混同して書いてあるように思う。
ひとつひとつ文字を追っていくと、書かれている事柄は、たしかにすべて「真理」なのに。
意図的なのか、物語にしたためにぶれてしまったのか。
純粋な体験とは順番を違えて書いているために、脈絡が変なのか。
どうしたの。
どうしたの、これ。
「キリストが水の上を歩けるほど軽くなった」逸話を
入れたのは、ナンセンスであり失敗だと思う。
それこそ、肉体的な事柄と心の事柄が、混同している。
肉体と心、そのふたつは、同じ土俵の上には載せられない事柄のはずだ。

これを書くと少し紛らわしいかもしれないけれど、波動を上げると
消えるものは、実はもうひとつあり、それは、肉体。個々の生命。
つまり、私たちが一般的に「死」と
認識している、あの「死」の状態になる事だ。

その3つが、わざと混同されて書かれているのだろうか?。
もうひとつ言うと、「波動を上げると」、「気配」を消せるけれど、
「自我の消滅」と「肉体の死」の、2つは、波動を自分でコントロールして
「上げる」わけではなく「波動が勝手に最大max値まで上がってしまって」
起きる現象である。

この、「見えなくなる」記述以外に、この本での登場人物たちの
「波動、エネルギーの上げ方」にも、違和感がぬぐえない。
この本によると、自然の美しさを意識して、輪郭がはっきり見えてくると
愛のエネルギーが宇宙から補充できるようになる、そうだ。
・・・これって、実際の体験に比べていうと、「逆」だね。
実際の体験は、自分の非を認めると、自然(まわり)が美しく見えるように
なり、愛のエネルギーで包まれている事に気付き、感謝が体の中から
溢れだす、だ。うん。あたしの場合はそうだったよ。
エネルギーを上げるには、
まわりを、積極的に、美しく感じようとアプローチすればできるもんなの?
ふーん。
そうなの。
それはお得だねー。(棒読み)
でもなにか、ひとつ忘れてる気がするよ!
そんなに神さまは気前良くないと思うよ。

あとね、
第五の知恵で、
この主人公は、「神秘体験」をするんだけど、
そのきっかけは、殺されそうな恐怖と、エネルギーの高い(らしい)場所のおかげだ。
場所のおかげっていうのは、余分だったと思うなー。
そういう場所は、実際、有るとは思うんだけどさ。
これだと、悟ってない人たちに、誤解されちゃう。
パワースポットに行きさえすればいい、と、誤解されちゃう。
(だからみんなパワースポットに行くんだね。)
「悟る」のに、場所は、関係ないよ!

そして、悟りの一瞥したっぽいのに、残り6から9の知恵が、自分で気付けない。
人に教えてもらってばっかり。
この主人公、神秘体験した意味ないじゃん。
その辺が変だな〜と思うよ。
自分のネガティブな一面が、軽くしか出てこないし。
大事な事は、はるか未来のお金の流れの話じゃなくて、
どうよりよく自分を生きるか、だと、あたしは思うんだけどな。
やはりこれは、冒険物語にしようと思った結果なのか。
せっかく「真理」がいっぱい書いてあるのに。
純粋な真理(悟り)の体験を、一度バラバラなブロックに分解して、
物語として、並べなおした気がする。
だって、第一の知恵・第二の知恵なんて、悟った後に
気付く事だし。
順番が逆だ。
悟ってない人は、こういうアプローチで悟りに行きましょう、という事なのか?
いやいや〜。
やっぱ順番が逆だ。

という事で、違和感とあたしの意見をまとめてみると、
・この本は悟りの純粋な体験・真理が書かれているわけではない。
・この本を読んでも、悟れない。
・「エネルギーの上げ方」が安直すぎる。
・波動が上がっても、目では見れる。消えたりいなくなったりしない。
 ただ、気にならなくなれば 目には入らない。
・波動が勝手にmaxに上がってしまうと、自我(心の自分)が自分からは
 見えなくなって、悟る。
 その場合、他人から見える見えないうんぬんは全く無関係。これこそが
 次元の違う話、というやつだ。
・地球規模で目指しましょう、というのは、「悟り」の方。
・だから、次元上昇するのにおいてけぼりをくうと、取り残されて
 大変な事になるかも、なんて余計な心配はしなくてもいい。
・悟るのに場所は関係ない。
・この主人公、悟った意味ない(笑)。

さて、違和感が上記のように、ままあるんだけど、
書いてある事、ひとつひとつは、「真理」だと思うよ。
おおっと思う箇所も、いっぱいあった。
特に、コントロールドラマの「強迫者」「尋問者」「傍観者」「被害者」
は、心理を学ぶ上で、とてもいい。
実生活にも、とても役立つ。
そうだ、そういえば、ウチで繰り広げられているコントロールドラマの
詳細が知りたくて、この本に検索で出会ったんだったわ。思い出した。
あと、エネルギーの奪い合いの、丁寧な描写もいい。
これを知っておけば、テレパシストみたいに、人の心が読めるよ。
第六の知恵での、神秘体験の後の、「過去の清算」は、辛く時間がかかる
というのは、まさに、最近まであたし自身が苦しんでた事で、
やっぱりそうなのか!って、大いに納得したよ。
そして、未来を予言した、第九の知恵の中であかされる、
「お金」の価値の変化と、新しい「職業」。
これが22年前に書かれたものだと思うと、ちょっと、ゾッとするかも。
あたしは、「ウッ」て言っちゃった。
(人前なのに)
なんて予言が当たってる事でしょう。

まあ、これが何かは、この本を手にとって、読んでみてください。
(そこはネタバレしない)
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(アフィリエイトリンクが貼りたくても貼れない。笑)
amazonかどこかで検索して買ってみてください。
続編もあるみたいだよ。

この予言が正しいとすれば、このブログは、有料コンテンツにしなきゃだわ(笑)。



posted by 辰多みか at 23:49 | 悟り | 更新情報をチェックする
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