2014年03月20日

ゼロといち 1と0

指と指をくっつけてみて。
あっ、自分の右手左手じゃなくて、誰か、他人とね。

人差し指どおしを、くっつけてみて。
ETみたいに。

今、ひとりぼっちの人とか、そんなんキモイって人は、
脳内だけでもいいから。

相手は、机とかでもいいから。

くっつけてみて。



さて力いっぱいくっつけあった所で、
考えてみましょう。


アナタは、その人に、なれる?

ぎゅぎゅぎゅーって、力いっぱい、くっつけあって、
アナタたちは、お互い、相手に、なれる?


なれないよねー。


お互いが、考えてる事が、わかる?
この場合は、「考えてる事」であって、「感じてる事」ではない。
感じてる事って、案外、相手にわかっちゃう。
だから、「感情」じゃなくて「思考」の方ね。
相手の思考が、わかる?

わかんないよねー。

「ひざがかゆいよなー」とか「いつまでこれやるの」とか「今日の晩御飯なんだろ」とか、わかんないよねー。
「めんどくさいな」とか「嫌だな」とか「うぜー」とか「恥ずかしい」とかの感情は、割とわかるけどね。
相手の思考は、わかんないよね。

つまり、いくら肉体と肉体をくっつけあっても、
たとえ、一部分を移植したりしても、
相手の心と、ひとつになる事はできない。
相手の心(思考)を、自分と同じように読みとる事はできない。


私たちは、おおもとは、おおいなるひとつ、ワンネスなんだけど、
個々として生きてる限りは、それ(=ワンネス)に、なれないの。
肉体として死んだ時にしか、なれないの。

肉体は、流体で、粘性があって、まるで油膜のようで、
油膜だから、光が入ると、虹色に見える。
肉体の個性はきっと、油膜で分光する、虹色の見え具合なんだと思うの。
油膜の厚さや密度に、微差や偏りがあれば、赤だったり青だったり、
いろんな色に分かれるよ。
肉体と思考と感情は、連動しているから、思考と感情(=心)も、
分光して、いろんな色に分かれる。
阿部敏郎さんは、それを、割れた鏡だと表現されていた。
すごくわかりやすい。
あたしも去年、人間の球体が固体に見えてた時は、そう思ってた。
固体だったら「傷」だし、流体だったら「密度の差」だろう、と思ってるよ。
(体と心は、意志によって変幻自在なので、実際はジェル状の、透明な流体じゃないかな、と思ってる)
なぜ割れてる(ように見える)のか、なぜ流体に偏りがある
(ように見える)のかっていうと、それは、自分が自分自身と思ってる、
弱〜い自分を、守るためなんだよね。

この、流体で、個々が分けられている限り、あたしたちは、
自分の人生を、精一杯生きなければならない。
それをやろうと、アチラの世界で決意して、コチラの世界にやって来たわけだしね。

ワンネスを分断して、個々の人生をもらうというのは、
おおいなる 1 を 分断して、ちいさな 1 をもらったという事だね。
1 を いくら分断しても、もとと同じ 1 というのは、
理屈からしておかしいから、 1 って、濃度の事だとあたしは思う。
もしもワンネスに果てがないのなら、ワンネスは1ではなく、0.99999999999…なの。
そして0.999999…を、分断(ゼロで割る)すると個々の人生の 1 になるので、
0.9999999…を0で覆う(果てが有るという意味)と、1 になるんだ。
今、個々のワンネス成分を覆ってるのは、油膜的な流体なんだけど、
ワンネスを基準にして眺めてみると、流体は「0」に当たるので、
「なにもない」の。
自分がいなくなるの。
流体を基準にして、ワンネスを眺めてみると、
今度は立場が180度ひっくり返るので、ワンネスが「なにもない」になるの。
本当は、ワンネスは、なにもなくてなんでもある なんだけどね。
比較できない、次元の違う話なんだけどね。
文字では表現できないんだけど、とある次元で切り取った断面のイメージを、
むりやり文字で表してみると、こんな感じです。

相手の指と自分の指の間には、「ゼロ」が、有るよ。
「ゼロ」が有るから、現実世界のアキレスは、カメを抜く事ができるんだ。




posted by 辰多みか at 11:38 | ゼロの正体 | 更新情報をチェックする
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