2014年04月06日

死ぬ準備

無気力だ。
やっぱりやる気がでない。
姑を悪者にして
仕事を悪者にして
正当化したかった自分の無気力だったけど、
それらの「原因」と思われる物を、取り去って、
「無気力」に真向から向かい合って、
見つめてみても、
やっぱりやる気が、出ない。
悟りの世界を見ても、
いや、見たから、
出ない。

あたしのやる気って、具体的に何なのかって白状しちゃうと、
「片づけする気」
そして、
「やりたい事をやる気」
そのふたつ。

片づけ以外のほかの家事は、バリバリやってる。
ルーチンワークに関しては。
料理は大好きみたいで(自覚がない)、
一日三食、弁当作り付きでも平気だし、
掃除は嫌いだけど、ほこりが目立てば
自動的に体が動くし、
一番好きな家事は、トイレ掃除で、
一日5回くらいやってる(あの〜、言っとくけど強迫観念じゃないからね。笑)
トイレは、使った時に、トイレットペーパーで、
便座の裏表を拭いておくと、いつも綺麗にしておけるんだよ。
洗剤も使わず一回につき一分もかからないし、
取り外しが簡単な最近のウォッシュレットだったら、
さっとはずして、便座と便器の隙間の水分を拭きとれば、
悪臭防止になる。
(ウチのトイレの自慢は、まったく匂わない事なのだ!)
おふろ掃除も大好き。
どちらかというと掃除機より水回り掃除の方が好きみたい。

なのに、
片づけが、
できない。

それでもいちおう、ギリギリ汚屋敷では無いレベルは保ってる(ハズ)。

あはは〜、去年、夏に、「片づける!」って宣言して
自分を追い込んだ事があったんだけど、
ソコ、今もまだ片付いていない(笑)。

片づけようと、手を伸ばすと・・・
頭の中に・・・
恐ろしい声が・・・するんだ。

それは姑の声。
姑の、口から出る声じゃなくて、
含みで強制してくる、心の声。
あたしの罪悪感を、ぐりぐり刺激してくる、声。
笑顔でね。
いいよいいよ〜と口では言いながらね。
ホントはいいよじゃないんだってさ。
モノを捨てては、いけないんだってさ。
笑顔で嫌味の応酬なんだよ。
捨てる事ができないあたしはどうすればいいの。
で、あたしは、想像でもうイライライライライラしてしまって、
いっこうに片づけが進まない。

それでも、そのイライラを押しのけて、
心の中をよ〜く見てみると・・・
やっぱり、「本当の片づけたくない理由」は、
姑のせいじゃ、ないんだ。
アラ〜?
姑に言われっぱなしなのは、事実、嫌だけど、
理由としては、姑の件は、二番目。
直接の理由では、ないらしい。


よ〜く観てみた答え。
   ↓
片づけは、死ぬ準備。


ああ、あたしの中では、

「片づけは死ぬ準備」なんだって。


だから嫌なんだって。




なんだそれ〜〜〜!





うすうす感づいてたけどさ。

綺麗に片づけちゃったら、あとは死ぬまでのおまけ人生だって。

片づけ終わったら、いつ迎えに来てもいいよ!って、
合図だからね!って、天に向けての宣言だって。

それで、「あたし」は、まだそれは「嫌」だと。

まだ、なにか執着したい物が、ある、と。



でね、あたしの中では、片づけが終わらないと、
好きな事をしちゃいけない、という、バカみたいな
自分縛りがあるのよ。

だから、「片づけ」も「好きなこと」も、どっちも、できないんだ。

できないように、しむけるんだ。

なんですかこれは。


そうだね、執着してるものが、あるんだね。
その正体も、掴んできてる。
3年くらい前から、ときたまその衝動に駆られるんだ。
でもそれを「やって」しまったら、
あたしは、今度こそ、この家にいられなくなるかもしれない。
(あっ、警察沙汰じゃないので、安心して!笑)

どれもやりたくない。
その衝動も片づけも好きな事も。
好きな事が「その衝動」の果てにあるのなら。
今はまだやりたくない。
「その衝動」は、宿題じゃ、ないんだけど、
できればやらずに済ませたいの。
くそぅ。





posted by 辰多みか at 10:20 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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