2014年06月09日

有機物ダイヤモンドそのD

そのCのつづきです。
「幸福否定」という考え方がある、という事を、ここ数カ月の間に知った。
どうしても、眠ってしまうのが、不思議だったから。
ネットで検索したんだ。
笠原敏雄さん。著書もたくさん出ている。
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/index.htm
ページは多いけれど、すごく面白く、大変参考になるので、

「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」

がある人は、ぜひ読んでみてください。
(人間は、皆その状態であると、あたしは思うよ)

サイトの内容をかいつまんで書いてみると、
「自分が本当にしたい事が自発的にできない」とは、
たとえば、
・明日テストで、勉強をしなければならないのに、部屋の片づけをしだしてしまう。
・心底、家でリラックスしてすごしたいのに、家に帰りたくなくて外で時間つぶしをする。
・簡単なお礼状が書けない。
・部屋の片づけができない。
・レストランで親に何でも頼んでいいと言われて、一番安い物を頼む子供。
・プレゼントをもらうのが苦痛。
・虫歯治療、健康診断を先延ばしにする。
・青木まりこ現象(これは、あたしが持っている症状なので、
 体験者として言えるけど…幸福否定とはちょっと違うかも?)

などが、事例として上げてある。

これらは、一見、「本当にしたい事」とは、違うようにも、見える。
テスト勉強なんてしたくないでしょ普通、と。
家に嫌な人がいれば、帰りたくないでしょ、と。
本当にやりたい事って、「自由に、誰からも束縛される事なく、やれる事なんだヨ。」と、思うでしょ。
じゃあ、アナタが、この地球上のどの土地もアナタの物で、
どこにも境界線が無くアナタの物で、
誰にも文句を言われる事もなく、
どれだけお金と時間を使っても良く、って、考えてごらん。

さあ、やりたい事を、やってみよう。


きっとできない。


浜崎あゆみの歌にもあった。
「僕達はそう自由で ただ余りに自由過ぎて 何処へだって行け過ぎて 何処へも行けずにいた」(everywhere nowhere)



人は束縛があるから、動けるのかもしれないね。
神がヒトを作ったのって、コレだからかもしれない。

笠原敏雄さんは、こういった心理状態の事を、
「幸福否定」と、定義している。
自分で自分の幸福を、否定にかかる行為。

あたしも、「できない障害」を、
取り除いて取り除いて、取り除いて行った先に、
自分が自分を羽交い絞めにしているイメージがあった。
「あたしを守れないのだったら、やらせない。」と、あたしがあたしを強迫していた。
亀頭とか(笑)のおかしなイメージが見えたのは最近だ。

そして、あたしがあたしに面と向かって聞きだしたところ、
こんな答えが返って来たんだ。
「やりたい事が心底できてしまうと、
 もうなにもいらない、
 死ぬ準備が整った、と、
 宇宙に信号が送られる。」のだそうだよ。
あたしの中のあたしによると。



だから、幸福を否定するのは、「死」に対する、恐怖なんだ、きっと。

自我の死じゃなくて、肉体の死。



その突き抜ける「厚さ」は、肉体に、付随している。
それが個性・性格なんだ。



笠原療法による対処法と、宣言による自己暗示・心屋式・森田療法、等の、そのEにつづく。






posted by 辰多みか at 19:27 | 気の交流 | 更新情報をチェックする
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