2014年06月11日

死んでもいいと思えた出来事

それは8年前の事。
まだ、悟りの一瞥前で、
スピリチュアルという言葉も知らず、
「悟り」なんていう言葉を、毎日毎日使うようになるなんて、
想像もしてなかった、あの頃。

子ども(小6)の頃からの夢が、叶った。
実に、25年以上の時を経て、叶った夢だ。
それは、ある「会」への出席のお誘い。
その一報は、ある日突然やってきた。

それはもう…あたしのその後の精神状態にまで強く影響を及ぼした出来事だった。

あたしはあまりの嬉しさで、叫び、
その時家にいた、舅・姑・旦那さんに、
「もう、なにがあっても行く!絶対行くから!!」と、
たとえその時誰かのお葬式があっても、行く決意を伝えた。

「ああ、もう、死んでもいい。」と、思った。
「もう、なにも思い残す事がない。」、と。

まだ、息子・娘もちっちゃかったのにねぇ。
あたしがいなくなったら、家事する人がいなくなって、家族は困るのにねぇ。
叶ってみたらなんだこれ、「死んでもいい。」だなんて。
それほど、叶うはずのない夢だと、思っていたのよ。
叶わないと思っていたから、あまり考える事もしなかった。
「○○だったらいいな〜。」と、小学生の頃、チラッと思っただけだ。

夢は叶う。
そして、叶った時、生に執着がなくなる。
一瞬だけどね。

だから夢が叶いすぎると、なぜか怖くなってきて、尻込みしはじめるのだと思う。
あたしはその後、上昇しだしたあたしの周りの空気の流れが、怖くなって、
一歩、あとずさりしてしまった。
上昇気流に乗るのをみずから辞退してしまった。

その後、悟りの世界を見る事になったのは、そういう流れがあったからだろう。
それでも今まだ、その時の感覚が鮮明に記憶に有るから、夢を叶えるのに、躊躇する。




posted by 辰多みか at 23:55 | 悟るまでの道 | 更新情報をチェックする
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