2014年06月19日

有機物ダイヤモンドそのE

やりたいと思ってるのに、やれない事。
そのDにも、「幸福否定」の例でいくつか書いたけど、他にも、こんな感じで、有るよ。

・服は穴があけばもう着ないのに、下着だけは穴があいても着続ける。新しい下着がなかなか買えない。
・好きな服装ができない。買えない。(冠婚葬祭以外の、女らしいふわふわきらきらな服)
・ボロボロなタオルをいつまでも使っている。
・読みたいと思っていた本でもいざ買おうとすると直前で買う気がなくなる事がある。
・好きなアーティストのCDが出るまでは楽しみなのにいざ出ると買う気がなくなる。
・いつでも行けると思うと、行かない。
・自分ひとりだけで外食できない。
・自分ひとりだけおいしいものを食べるという事ができない。
・ゴミがいつまでも捨てられない。それなのに指摘されるのが恐怖。
・いつでも必ず遅刻する人。
・いつも部屋の中ではさみが行方不明になるので何度も買う、掃除をすると何十個も出てくる。
・できあがるまでは待ちきれないほど楽しみなのに、できあがったとたん全く興味がなくなる。
・マリッジブルー
・ふとんの中にはいったとたん、眠くなくなる。
・本を読もうと思ったとたん、眠くなる。


不思議な現象。

心の中をみつめて行くとね、
あの人が悪いだの、あれが原因だの、いろいろ出てくるんだけど、
結局、ず〜っと追い詰めていくと、
そんな外側からの「障害」は、なにもない。
自分ができないから、あの人が…みたいな障害を作ってるだけ。
で、
それを見抜いても(悟りの世界を見ても)、
「できもんはできん」なの。
あたしは、それは、まだ「生」に執着があるから、だと、思うんだよな。
もう、今すぐ死んでもいいっていう、覚悟が、ないみたいだから。
なにかしがみつきたいもの(障害)の方が大きいみたいだから。

もしも「生」に執着がなくなると、「やりたい事ができる」という状態は、
感謝 でしか、ない。
ありがたさ しか、ない。

あたしは、こんな事を考えてると、ちょうどハートのチャクラというのが
あるあたり(みぞおちと鎖骨のくぼみとの中間地点くらい)が、
ぼぁ〜っと、熱くなる。
いつもは、ジリジリ、嫉妬で焦れる場所が、
「感謝でしか、ないんだ。」と思うと、
本当に、ぼぁぁ〜っと、熱くなるの。
赤外線センサーで見てみたいくらいだよ。(ためしてガッテンとかの)
手のひらはいつも熱くて、この間ためしに測ってみたら、36.7度だったんだけど、
(風邪をひいているわけではなくいつもの体温時)
それと、同じくらいの温度を、胸に感じる。
あたしはいつも、脇で平熱36.3度だから、0.4度高いという事だね。
でも、「感謝」が沸いてくるわけじゃないので、
できないものは、できないんだ。

アジャシャンティさん(あなたの世界の終わり)、阿部敏郎さん、白隠さんの
体験を読むと、最初の気づき(一瞥)のあとに、もういっかい、大きいのが、来てるよ。
あたしは、それは体験してない。
今後、体験するかしないか知らないけど、
まだまだあたしの人生は、続く(いつ死ぬのかは、全くわからないけどね)。
そして、続いてる人生の中では、やることはやらなきゃ、なんないのだ。
大きい悟りが来ればできるようになる、なんて、言ってられないの。
感謝がただもれになればできるなんて、悠長なこと、言ってられないの。

そう、
森田療法の
森田正馬さん。
悟った人が言ってる事は、
「とにかくやる。
不安があったら、不安なままで、
怖いのだったら怖いままで、
不快だったら不快なままで、
とにかく、目の前にある事を、
やる。」

ありがたさも感じる必要ない、不平不満もぶつぶつ言いながら、
やる。
やる。
やる。
「生きる。」
それしかない。


そのFに続く。(明日があるのかわかんないのに、長いね!)




posted by 辰多みか at 17:38 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

有機物ダイヤモンドそのD

そのCのつづきです。
「幸福否定」という考え方がある、という事を、ここ数カ月の間に知った。
どうしても、眠ってしまうのが、不思議だったから。
ネットで検索したんだ。
笠原敏雄さん。著書もたくさん出ている。
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/index.htm
ページは多いけれど、すごく面白く、大変参考になるので、

「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」

がある人は、ぜひ読んでみてください。
(人間は、皆その状態であると、あたしは思うよ)

サイトの内容をかいつまんで書いてみると、
「自分が本当にしたい事が自発的にできない」とは、
たとえば、
・明日テストで、勉強をしなければならないのに、部屋の片づけをしだしてしまう。
・心底、家でリラックスしてすごしたいのに、家に帰りたくなくて外で時間つぶしをする。
・簡単なお礼状が書けない。
・部屋の片づけができない。
・レストランで親に何でも頼んでいいと言われて、一番安い物を頼む子供。
・プレゼントをもらうのが苦痛。
・虫歯治療、健康診断を先延ばしにする。
・青木まりこ現象(これは、あたしが持っている症状なので、
 体験者として言えるけど…幸福否定とはちょっと違うかも?)

などが、事例として上げてある。

これらは、一見、「本当にしたい事」とは、違うようにも、見える。
テスト勉強なんてしたくないでしょ普通、と。
家に嫌な人がいれば、帰りたくないでしょ、と。
本当にやりたい事って、「自由に、誰からも束縛される事なく、やれる事なんだヨ。」と、思うでしょ。
じゃあ、アナタが、この地球上のどの土地もアナタの物で、
どこにも境界線が無くアナタの物で、
誰にも文句を言われる事もなく、
どれだけお金と時間を使っても良く、って、考えてごらん。

さあ、やりたい事を、やってみよう。


きっとできない。


浜崎あゆみの歌にもあった。
「僕達はそう自由で ただ余りに自由過ぎて 何処へだって行け過ぎて 何処へも行けずにいた」(everywhere nowhere)



人は束縛があるから、動けるのかもしれないね。
神がヒトを作ったのって、コレだからかもしれない。

笠原敏雄さんは、こういった心理状態の事を、
「幸福否定」と、定義している。
自分で自分の幸福を、否定にかかる行為。

あたしも、「できない障害」を、
取り除いて取り除いて、取り除いて行った先に、
自分が自分を羽交い絞めにしているイメージがあった。
「あたしを守れないのだったら、やらせない。」と、あたしがあたしを強迫していた。
亀頭とか(笑)のおかしなイメージが見えたのは最近だ。

そして、あたしがあたしに面と向かって聞きだしたところ、
こんな答えが返って来たんだ。
「やりたい事が心底できてしまうと、
 もうなにもいらない、
 死ぬ準備が整った、と、
 宇宙に信号が送られる。」のだそうだよ。
あたしの中のあたしによると。



だから、幸福を否定するのは、「死」に対する、恐怖なんだ、きっと。

自我の死じゃなくて、肉体の死。



その突き抜ける「厚さ」は、肉体に、付随している。
それが個性・性格なんだ。



笠原療法による対処法と、宣言による自己暗示・心屋式・森田療法、等の、そのEにつづく。




posted by 辰多みか at 19:27 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

有機物ダイヤモンドそのC

「やりたい事」が、できない。
「やろうと予定している事」が、できない。

Bでも書いたように、
まわりのみんなが原因で、というのは、自分の思い込みで、
もっというと、まわりのみんなが原因ということにしたいから、
そう思い込むのであって、結局は、自分で自分をできなくさせているだけ。

まるで、自分の幸せを自分で阻止しているみたい。

被害者意識・罪悪感という手を使って、
自分は自分の幸せ・達成感を、全力で阻止する。

むりやりやろうとすると、イライラする。
みぞおちの上10センチあたりが、ザワザワする。
アトピーのように皮膚がかゆくなる。喉に何か詰まる。鼻水が出る。
肩がこる。頭が重くなる。
気を失うように、寝る。

最後の最後、インナーチャイルドとも話し合ったし、
自分で自分をできなくさせている、というのも見抜いたし、
「やりたい事をやる」には、まわりに感謝しなくちゃならない、というのも
わかったのに、

で・き・な・い。


ふうせんに、指で穴を開けようと、ぐーーっと、
押し込んでるのに、穴が開かない、ていう、感じ。


その、ふうせんの膜にあたる部分が、
たぶん、脳とか肉体由来の、
肉体だからDNAにプログラムされてるっていう感じの、
DNAだから、世界にオンリーワンっていう、「個性」の、
部分。

感謝しなくちゃならないのに、したくねえよ! っていう…
「性格悪い」部分。
生まれもっての、個性だ。


だからこれを突破するには、たぶん、個人差が、ある。
膜に薄い、厚いのレベルの違いが、あるように。


そのDにつづく。

posted by 辰多みか at 11:23 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

有機物ダイヤモンドそのB

さてさて、
@Aのつづきです。

ここ3日くらい、
寝てばっかいたわ〜。

とうとうね、ブログを書こうとする事にさえ、
胸ザワザワの抵抗が出てきてしまったので・・・
(でもむりやり頭をからっぽにして、ふたつみっつ書いたよ!
ホントは、今の所あと5記事くらい書きたいものがある。
でも書こうとすると、書けないの。
だから、予定を立てないで頭をからっぽにするの。)


「やろう」と、思うと、

寝てしまうんだ。

やれないように、やれないように、
じりじり軌道修正するんだ。
自分でも気付いているのに、
そうしてしまうんだ。

そのAに書いたように、「障害」を取り除いて、取り除いて、
悟りの世界まで見て、取り除いて行った先は、
「障害なんてなにも無かった。自分で作り出していただけ」だった。

そこまではわかっているの。

だから、力を振り絞って、なんとかやろうとするんだけど、
響子さん(あ、もうネタバレするけど、響子さんは姑さんです)の、
あたしをバカにするような言葉とか、
親切ぶって干渉してきた事とか、
そういう、過去の嫌な記憶がよみがえってきて、
胸がゾワワ〜〜っとして、
「くうーっ、イライラするっ!」てなって、
できなくなるんだよ。
そんなの、妄想だって、わかってるのに。

そして、パソコンで、関係ないサイトとか見始めると、
ほぁ〜っと、ほっとするの。
「なにもできない」状態が、とてもほっとするの。

それでもやろうとすると、気絶するみたいに、眠ってしまうのね。

きのう、眠ろうとする「あたし」に、うとうとしながら「聞いて」みた。
すると、「あたし」は、
「だって、寝ている時が一番安全でしょ。」と、即答した。
そして、頭の中に湧いてきたイメージは、
「あたし」が「あたし」を、うしろから羽交い絞めにして、
前に進ませないように、しているの。
やりたいことがやれないように、
幸せになれないように、
全力で、阻止しているの。

「なぜこんなことするの?」
あたしはあたしに、また聞いてみた。
「だって、あなたはあたしを守ってくれないじゃん。
あなたは、あたしを守れる力があるの?
守れるようになったの?」
「あたし」は、あたしに、嫌な時はきっぱり断ること、
やりたい時はちゃんとやりたいと言うこと、を、強要してきた。
「あたしを守れ」と、強迫してきた。

またまたイメージが、沸いたよ。

おかしなイメージなんだけど、

(ホント、おかしいんだけど)



やりたいことをやっているあたし の 状態 は 、




「亀頭」




自分でも、なんでこんなイメージ!?なんだけど、



「亀頭」



いえ、字面どおりのカメのそれではなくて、人間(男)の、ソレです。





つまり、かぶる皮膚(保護膜)がなんにもなくて、無防備で、「ありのまま」なの。


やりたいことをやる と、 すべてをさらけだして、敏感で、触られると(たぶん)痛いの。←女なのでこのへんは知らない。



「あなたはそれでもあたしを守れるの?」と、
あたしはあたしに、言うんだ。


そのCにつづく。



(長々書いてるけどちゃんと解決法があるからね!)



posted by 辰多みか at 16:49 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

有機物ダイヤモンドそのA

あたしの胸のあたりのザワザワは、
「片づけ」と
「やりたいこと」を、
やろうとする時に、起こって来る。

もう、それはそれは強い力で、
抵抗しているんだ。
あたしの中の何かが。

やりたい事をやろうとする時…
なぜか、別の事をしだしてしまうの。
そう、たとえば、テスト勉強をしようと思ってるのに、
部屋の模様替えをしようとしてしまう、みたいな感じにね。
だから、本当には「やりたい」事じゃないのかもしれないんだけどね…、
そういった感じの事が、たびたび起こるの。
あたしだけではなくて、みんなもそうなんだろうとは、思うよ。
思い当たらない?ほら。テスト前。

具体的には、
・別の事をしだす。
・イライラしてきてぐるぐる歩き回るばかりで何も手がつけられなくなる。
・ベッドに寝転がっていつのまにか寝てしまう。

というふうに、なるの。
その「やりたい事」をやると、達成感を味わえると、わかっているのに。

人間、なにかやりたい事があってもやれない時、
「○○さえクリアできれば」と、つい思ってしまう。
「○○さえ無ければ」とか
「○○さえ有れば」とか
「○○さんがああ言わなければ」とか
「○○さんが嫌な顔さえしなければ」とか
「○○が終わらないから」とか
「仕事があるから」とか
「育児で手がまわらない」とか
「お金がないから」とか
「時間がないから」とか
「病気だから」とか。
クリアしなければいけない「障害」が有ると、思ってしまうんだ。

その「障害」を、取り除くためだけに、一生分の時間を使ってしまう人もいる。
取り除いて、取り除いて、とことん、取り除いて行くと、
なんとまあびっくり、
そこには、何も「障害」なんて、無かったんだよ。

有るのは、ただ、胸がザワザワしてた、だけなんだ。


障害が無いなんてウソだぁ!と思う人は、
試しに、たっぷり時間がある時に、自分のやりたい事を、人に言われて
やるんじゃなく、自発的にやろうとしてごらん。
自分のやりたい事って、家事とかのルーチンワークじゃなくて、
普段、やりたいのにやれない〜〜と、思ってる物の事だからね。

さあどうなるでしょう?


試してみつつ、

そのBにつづく。



posted by 辰多みか at 00:27 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月30日

有機物ダイヤモンドその@

心の中を見つめても、
どうしても消えない物がある。

気づいても、
有る とわかってても、
消えない物がある。

あっ、それ、5/26日の日記にも同じ事書いてるわ。あはは。

どうひねっても、
どう癒そうと許そうとしても、
ぜんぜん無くならない。
光に還る?
なんだそれ!
今までほとんどの自我は、幻だって気づいて、
文字通り光に還ったっぽいけど、
コイツ、
無くならない。
これは〜、
肉体に付随してるのか?
(前から、そうなんじゃないかと見当つけてる)

なに?
炭素?

黒いし。
燃えるし。
冷たかったり熱かったり。
粉っぽいし。

コイツが揺れると、ザワザワするの。

あたしは、どうしても「できない」事があって、
前もさんざん書いてるけど、
「片づけ」と「好きな事(頼まれた事ではなくていちからすべて自分でやるタイプのもの)」が、
できないの。

前々から書いてる、やりたい事リストの、
「歌をうたうこと」
「絵を描くこと」
「ステージに立つこと」←あっこれ書いてなかったか
「映画を作ること」
これらは、なぜか、強い外力が働いて、
この半年の間に、いつのまにか、できちゃったの。
それはそれは…自分の思い描いていた形とはちょっと違ったけど、
バンバン叶ったの。(夢って叶うんだよ!)
引き寄せたといってもいいかもしれない。

でも、それじゃなくて〜。
人に頼まれたり誘われてやるんじゃなくて〜。
「時間がある時に、自発的に、自分が本当にしたいことをするのが、このうえなく難しいという現象」
というのが、あたしの中に、あるの。

コイツ↑について、いろいろネットで調べたり、
心への働きかけとか、したんだ。ここ3週間くらい。
そして、身体的に表れる異常とか、いろいろ発見したの。
それをこれから、ボチボチ書いていこうと思うの。
とりあえず、自分なりに理解した事は、
コイツは、胸のザワザワ・イライラを引き起こす黒い塊で、
有機物(炭素の化合物)で、
炭素だから黒くて、炭素だから実はダイヤモンドで(!)
「幸福否定」という考え方がある、という事と、
それに対処する(突破する)やり方が研究され実行されてる、ということ。


そのAにつづく。



posted by 辰多みか at 17:35 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

経路に触れる

心屋オープンカウンセリングに、行ってきました。
(いつの・どこ地区・誰サンかは、ナイショ!うふふ)
今年は、セミナーとか、カウンセリングとか傾聴とか、
機会があったら心療内科(!?)とか、
禅とかヨガとかタイ古式マッサージとか、
受ける!春!にしよう!と思って、(そうそう去年も思ってたわ。去年は阿部さん×黒斎さんのだけ行けたわ)
ようやく笑いヨガに続いて、初カウンセリングだよ。
(今年の春はボランティアの予期せぬとびこみ仕事が多くて用事ばっかだったから)
あ、10年以上前にスクールカウンセリングを受けた事があるから二回目か。

カウンセリングの中身は・・・
話せないので・・・
ないしょ。

あたしは、家に、響子さんという、
年だけ数十年も取った三歳児がいるのでねぇ…
この困った、かまってチャンに対して、
どういうふうに、話しを聞く心持ちをすればいいのか、プロの技が見たかったのだ。
どうやって、心を揺さぶり、気付きに持って行くのか。
あたしがやると、喧嘩を売ってるようにしか受け取られないから。
もちろん機会があったら、あたしの悩み(やる気が無い事)もカウンセリングしてもらおうと思ったよ。
だけど、ほかにいっぱい希望者がいて、あたしはただ他の人が悩みを打ち明けるのを聞いてるだけだった。

聞いてるだけだったけど、
相談者さんとカウンセラーさんが、お互い、
なにか、魂に触れるかのような言葉を発する時、
あたしの胸は勝手に揺さぶられて、
涙がぼろぼろ出た。

当事者である相談者さんは泣いてないのに、
あたしだけがぼろぼろ泣いてしまった。
相談者はローテーションで複数人いたんだけど、
あたしは最初から最後まで泣いてしまった。
なんなんだ。
あたしにはぜんぜん関係ない悩みなのに。
(話し終わった当の相談者さんに、ポカーンとされてガン見されたよ。笑)

この間、笑いヨガに行った時、無理して本気で笑うと、
絶対泣く、と、とっさに思って、笑いを抑えたんだった。
たぶんね、それと同じモノに触れてるんだと思う。

これはー。
涙がいっぱい流れるっていうのはー。
一見、浄化に見えるけど、
浄化ではない。

涙を流しても流しても、
そこにあるモノは、消えない。
そういうタイプの涙。
反応してるだけの涙。
相談者さんじゃなくて、あたしの場合がね。
心の奥底に神経みたいな、水脈みたいなのがあって、
むきだしの神経に触ると、ビビッと来てとびあがる、みたいな、ただの反応。
だから、その、経路がある限り、
触れれば何度でも何度でも反応して、涙が出る。
これはねー。
この経路は、無くならないな。
無くなったら、あたし、肉体的に死ぬね。
そんな気がする。
それとも、それをこっぱみじんにしたら、大悟が来るのかな〜。
その辺は到達してないからわからないわ。
(大悟が来るんだったら…木端微塵にしてみても良いかもしれない…)

カウンセリングはサクサク進み、
いちおう丸く収まってお開きになった。
その時感じたのは、みんなの中に流れている経路は、
あたしと同じだという事と、(これはワンネスって事ではなくて、
肉体を含む、魂的な事ね)
あたしはけっこうイジワルだ、という事だ(笑)。
面白い発見がいっぱいあるから、大人数のカウンセリングは良いなと思ったよ。
次はタイ古式マッサージに行ってみる!

posted by 辰多みか at 23:44 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

「起こる事が起こっている」「やりたい事をやる」


〜〜おとといの日記より〜〜

たとえば、ほんとうに、たとえば なんだけど、
「毎日毎日、頭を叩かれて、朝、起こされる」とする。

あたしは、叩かれるのが、本当に嫌で、
自分で起きられるのに、起こされるのも本当に嫌で、
だけど、言い返さない良い人 に、見られたいとする。
あたしを起こす人は、ただ単に、親切で起こしてやろうと、思ってるんだ。
その人なりの方法で。

あたしの宿題は、
「頭を叩くのは常識的に考えてダメでしょ、だからあたしは怒りながら反発するよ。」と言うのではなく、
「ありがとう。でも私は自分で起きたいんだ。起きられるから。
頭は叩かれると痛いから、もう叩かないでほしい。
ごめんね。」と、きっぱり優しい気持ちで、伝える事。

〜〜〜

この場合、
重要な事は、

「毎日 頭を叩かれて 眠りから覚める」だけが、ふたりの人物の間に
起こっている事実であって、

この事実の中には、
正解も、不正解も、ない。
良いも、悪いも、ない。
常識も、非常識も、ない。

具体的に書くと、頭を叩くのは非常識 だとか、
だから怒って当然とか、
起きないから頭を叩いて当然とか、
叩く方が悪いとか叩かれる方が悪いとか、

そういう、さばき は、存在しない。
これが、宇宙がもともと持っている法則。
「神」の「愛」。




ふたりの人物の間には、
ただ、「私がどうしたいか」だけが、ある。


だから、やりたい事をやる時、
「やらせてもらってありがとう」しか、通用しない。

「やらせてもらってありがとう」のうえに、
「それで嫌われたってかまわない」の覚悟がないと、通用しない。

相手を、
権利でねじふせる事も、
義務で服従させる事も
強さで威圧する事も、
弱さでコントロールする事も、

通用しない。

それらは宇宙の法則から、はじきとばされる。
それらは、ぐるぐる回っている渦の中心から偏った所にしか、着弾しないので。

「謝罪と感謝」しか、
渦の中心・ゼロの通路を、通過する事ができない。


神の愛の元に。


posted by 辰多みか at 11:06 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

笑いヨガ

今日は笑いヨガというのに、はじめて参加してきました。
きのうのね、重い黒いジリジリした胸の内は、
なんとなく軽くなっていて、
さらに、書くと長〜くなっちゃうんだけど、
「あたしを呼ばなかった正当な理由」というのを、
今朝本人から直接、謝罪と共に電話があり、
(どうしてそういう経緯になったのかは本当に偶然が偶然を呼び奇跡のような道のりで本当に書くと長いので、はしょる!)
あたしと鉢合わせさせたくなかった人(60すぎの
おじさん)が来るというので、
あえてあたしを呼ばなかった・・・と、とても気を配って
もらってたというのが判明して、更に心が軽くなり、
笑いヨガ会場に到着。
そしたら、鉢合わせを避けてもらった、そのおじさんと、バッタリ会う!というおまけつき(笑)。
べつにあたしたち、喧嘩してたり仲が悪いわけじゃないのでね、
鉢合わせしたってかまわないし、別グループの仲間なので、
毎月どうしても会うんだけど、大人の事情(笑)があるので、まわりが妙に気を遣ったみたいだ。
相手は60すぎのおじさんだけど、大人の事情と言っても男女関係じゃないよ!(笑)

と、いろいろすっきりした所で、初、笑いヨガ。
笑う。
おかしくなくても、笑う。
大きな声を出す。
おおげさに、動く。

みたいな、ヨガ。

・・・笑おうとしたら、
「あ、泣く」
って、なった。
やばい。
心に押し込めてる物が、ある。
それに触っちゃう。

そうだ、重い黒い物は、あたしが呼ばれなかったあの集会の事
だけではなくて、もう一日前の日の出来事の方が、大きいの。
それはあたしが損得を勘定してしまって失敗した日だ。
そっちの方は、まだ、心が納得していない。

だから、
このまま「笑い」を本気で出したら、
心に溜まってるコイツも本気で出てくる、と感じて、
ここでは泣いたらダメだ、と、また、心を押し込めてしまった。
それはそれは、わざとらしい笑いだったよ、きっと。

泣いてもいい、どう動いてもいい、という、空間だったら、
きっと押し込めていた物が、堰を切って出てくる。
それができるのならば、笑いヨガも良いワークだなぁ、と思った。
まだあたしは出したくなくて、身がまえちゃったけどね。

ヨガと体操の最中は、なぜか最近知らないうちに腰が
凝っていたらしく、途中で痛みが出てきて無意識に腰ばかり
伸ばしていたんだけど、終わった時は、すっきり!していた。
ウソ笑いでも体を緩める効果はあるんだね〜。

後はね、いろいろごちゃごちゃ保身の言い訳をせずに、
してくれた事に対して、笑顔でありがとう!だけ、言ってればいいんだ。
気をまわしてあたしを誘ってくれなかった事も、
60すぎのおじさんも、
あたしの失敗に、巻き込まれてくれたみんなにも。

ありがとう。

この胸の黒い重いジリジリは、
一気に燃えると、風穴が開いて、
すごいモノが吹き出してくるのだと、思うの。
その時「吹く」のは、「愛」だよ。
燃やすのは、「完全なる懺悔」の力だ。

posted by 辰多みか at 16:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

fbに焦がれる胸の内

ひさしぶりに、
胸の中心に、
黒い重い、じりじり焦がれるような不快な物を感じながら、
朝、目が覚めた。

これは、嫉妬。
不平不満。
贔屓してほしい・・・という、あたしの秘めた胸の内。

前の日の事。
すべてに納得して行動したはずだったのに、
すこしだけ・・・
損得を計算してしまって、「得」になる方に、動いた。
結果、計算を誤り、大損をくらった。

はぁ〜、
やっぱり、
目先の得を選ぶと、
しっぺがえしが大きいわ!
選んだ時、そのものごとに対して「信頼」もしてなかったわ。
目には「ものごと」に見えてるけど、
実は、「自分自身に対する」信頼なんだけどね!

あたしは愛されない。
あたしは疎外される。
あたしは仲間はずれ。
あたしは居たら迷惑だ。

・・・そんな気持ちが、すこし、いやいや、だいぶ!あった。
「愛されない」を回避するように、
「疎外される」を回避するように・・・
動いたために、
信頼してませ〜ん!と、愚かにも宇宙全体に宣言してしまって、
その結果を、受け取った。

頭ではわかってるんだけどね〜。
感覚・感情レベルでは、なかなかできないのよ。
「そのままで愛されてるあたし」だという自分自身に対する信頼が。

半日モヤモヤモヤモヤ、ジリジリジリしてたんだけど、
まあいいかって、無理矢理思って、
嫉妬心を抱いている仲間たちに、会いに行った。
疎外されてもね、
あたしから会いに行っちゃえ!と思ったわけよ。

結果はどうだったでしょう(笑)。
やっぱり自分の信頼心の低さが、相手(鏡)に映っていたよ。
でも、数年前のあたしだったら、疎外感を感じたら
即シャットアウトで、会いに行く事もなかったよ。
その点を考えると、ものすごい成長しているわ。
(成長という言葉を使っていますが、実は、本来隠し通してきていた自分に還ってます)

ここから先、どうなるかわからないですが、
その帰り道、なんと、あと数カ月は会えないかも、と思ってた、
別の仲間にバッタリ会った。
お互い、思ってもみない場所で出会い頭だったので、
すご〜いびっくりして、そして、手をつないで跳ねて喜び合ったよ。
その人は、今あたしが会ってきた仲間たちの所へ
行く途中だったのよ。
うん、
仲間内、全員から、疎外されてるわけじゃない。
それは感じてたから、
ま、いっかー、と、思った。
毎瞬毎瞬、信じればいいかー、と、思った。
これも、あたしの宿題だ。

なんでこんなジェラシーを、
簡単に感じてしまうのだろうと思ったら、
あたしの「心の前提」の問題だけではなく、
今の時代の環境が要因として有るんだよね。

それはぶっちゃけ、
フェイスブックで、
「あたし以外」の仲間たちが、
楽しく、
集っている写真を見ちゃったからなのだ!(笑)

こういうジェラシー、
見ないでもいいジェラシー、
知らなかったら知らないで済んだジェラシー、
facebookを見ちゃったばっかりに、
感じてる人、あたし以外にも、いるよね!?(笑)

罪な時代だわー。
(facebook見なきゃいいじゃん 笑)


posted by 辰多みか at 16:42 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

嫁に財布を盗られた妄想

介護の現場でね。
ウチでは、そういった「妄想」は、まだなんだけど、
お隣さんがね、
言ってた。

「おばあちゃんがボケちゃって、財布が無い、盗まれたって何度も言うの。」

ドラマみたいだ。
ホントに有るんだ、こういう事。

「私が盗ったって言うのよ、本当に嫌になる。」

こういう、お隣さんのように、
当事者であると大変だろうな、とは思う。
でもまだあたしの身に、こういう事が降りかかって来るかどうかなんて
予想もつかないので、申し訳ないけど、他人事だと思ってる。
話しを聞いても、大変ですねぇ、しか、言えない。

でもね。
ふと。
思った。

こういう、認知症のモデルケースみたいな、
誰にでも奇妙さがわかる「妄想」だったら、
ああ、妄想と現実の区別がつかなくなっちゃったのね、と、
誰もが思うだろう。

だ・け・ど。

私たち、
人類みな、
ボケてなくても、
認知症じゃなくても、
みんなみんな、
妄想の中に生きてるんだよな!って、
思ったのよ。
あたしは。

ウチの姑さんを例に取ってみる。
(自分の事は棚にあげる。)

姑さんはボケてはいないが、高齢者。
体は、以前に比べて動作が緩慢になったりしてるけど、
頭はものすごくしゃっきりしていて、
気をまわしすぎて困るほどだ。

そんな姑さん。
ボケてはいないけど、自分で作りあげた「こうするべき」の
妄想世界に生きている。

うちは、舅さんが家庭菜園をやっていて、
毎年、足りないより余る方が良い、と、必要量の
倍くらい作ってくれる。
正直、ありがた迷惑。
バチあたりが!て言われそうな発言だけど、
あたしの正直な感想だからね。

なぜ、ありがた迷惑かというと、姑さんが、
はっぱの一枚も無駄にするな、腐らせるな、という人だから。
舅さんは、余分に作っているんだから駄目になってしまうものは
仕方がない。捨てていい、と、言ってくれる。
作ってる人は、そう言ってくれる。
まずね、農家の人は、歩留まりを80%に想定してると聞いたよ、あたしは。
ということは、プロは20%は廃棄処分になってもよしとする、という事だ。
ウチは、1%の廃棄処分も許されない。
姑さんの「こうするべき」の世界では。
倍も作ってるのにね!
そして、姑さんは、自分がそういう「べき」の世界に
生きてる事に、気付いていないのだ。

姑さんはいつも、いっぱいいっぱいなのだ。
野菜が腐りそうなのが気になって気になってしかたがないのだ。
気の休まる事のないギラギラした目をしている。
一言でも怒られるのは耐えられないみたいで、
変に気を回し、オドオドして人の顔色ばかり見ている。
そして、あたしに対してハッキリ物が言えないので、
なんとか嫁には野菜を全部うまく処理してもらいたい
みたいなんだけど、ヘンな回りくどい指示しかできない。
きのうも、あたしに向かって「来年はおじいさんに野菜を作るの、半分にしてもらおうかねぇ」と、言ってきた。
それ、毎年、言う、あたしに。
そして、毎年、舅さんに対して、そう提案した事がない。
毎年毎年毎年、あたしには同じ事を言う。
あたしは、今年は、こう返してみた。
「おじいさんは多かったら捨ててもいいよって、ずっと言ってるよ?
あたしも、みんなも、いいよって言ってるのに、
それじゃあダメだと決めてるのは、おばあさんひとりだけだよ?」

あたしも野菜をダメにして捨てるのはなるべくしたくないけど、
姑さんがあまりにも自分の「べき」で固まった妄想世界で生きてるので、
そう言ってみた。

「おばあさんひとりだけだよ?」

姑さんは目をパチパチさせて口がアワアワなって、
何か言っていたけど、よくわからなかった。

そうだ、みんなこういった妄想世界に生きているんだ。
「べき」「ねば」の。
財布を盗られたのような、わかりやすい妄想世界ばかりではなく、
自分で勝手に作りあげた、「私はそれはダメだと思うからこうするべき」な妄想世界。
その世界に住んでると、相手の事をいっさい理解しようとしない。
相手の話に寄り添わない。
相手の希望は、即却下。
そして自分はその妄想に振り回される。

そういう世界に住んでる事がダメってわけじゃなくてね、
自分はそういう妄想を持ってる、って事に、気付きさえすれば、人間関係はうまく行く。
気付きさえすれば、いいんだよ。
姑さんには、特に早急に気づいてほしい。

そうそう、嫁に財布を盗られた妄想をする姑さんって、
心理学的にいうと、
弱い自分の立場を、逆転させて優位に立ちたいっていう、
(腹黒〜い)心理が働いてるみたいだよ。
無意識に。
そんな事、無意識にたくらんでるなんてねぇ、
バレバレじゃん。
いやだ恥ずかしいわ。
早く気づかないと、将来、無意識にそんな醜態を晒すよ。
くれぐれもお気をつけて。



posted by 辰多みか at 00:59 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

卑下慢の人が出来ない事

すご〜くへりくだった相手に、「ありがとう」と言われる。
こちらは、すご〜く、イヤな気分になる。
相手に頼まれた事をやってあげて、その相手から
ありがとうと言われてるのに、イヤだなんて?
なぜなのか、
いままでしっぽをつかんだ感じがなかった。
それで、日々の経験中、よ〜くその言葉を感じとったら、
思い当たった。

すごくへりくだる人の「ありがとう」には、「悪かったね!」が隠れている。
「あ・り・が・と・う」という音(おと)をしているけれど、
その意味は「すぅみません」や「悪かったね」や「私を悪く思わないでよ!」と同じなんだ。

たまに、「ありがとうございます(←出しづらそうなうわずった喉から
絞り出した声)・・・すみません〜・・・(←消え入りそうなのに「す」と「せ」に
アクセントを置いたヘンな謝罪)」と、本心が音としてくっついてくる時もある。
この場合も、とても悪そうに、謝罪の言葉を言うんだけど、
本当の意味の謝罪ではないし、元々のありがとうも感謝の言葉ではないんだ。

ただ単に、「私の事を迷惑かける悪者に思わないでよ・・・アンタは私を
悪者だと思うんでしょ。」と、保身のために言ってるだけだ。

言葉としてのうわっつらは綺麗なので、ココに反応して、
不機嫌になるタイプの人は、まるで自分が悪者にされてるかのように感じて、不機嫌になる。
頼まれた事をやってあげて、喜んでもらえるかと
期待していたのに、悪者あつかいだなんて。
この場合、どっちもどっちなんだけどね。
どっちも、「私を悪者にするな」と、牽制し合っているんだ。
どちらも「気」を奪い合うので、その場には、嫌〜な雰囲気しか漂わないんだ。

いつもいつも、卑下した感謝しかできない人は、
きっと、なにかしてもらって、
本当に、「嬉しい!」と、感じた事がないんだろうな、と、思い当たった。

「嬉しい!」っていう意味の「ありがとう」という言葉は、
もらえると、こっちもいい気分になるよね。
お互い、気を奪い合って生活している人間は、それを期待して、
相手のために何かしてあげたくなったりするよね。

卑下慢の人は、「それ」が、できない。
「やってもらって嬉しい」という、感謝が、できない。
そこが、普通の卑下と、慢心である卑下慢の、違いだ。

ものすごく傲慢な本心を隠して、
それがバレる恐れと、生きづらさの恐れから、卑下した
態度をとる卑下慢の人。
「悪かったね!」っていう傲慢な「ありがとう」から、
毒気を撒き散らしてるって事に、
早く気付きなよ。
「嬉しい!ありがとう!」って笑顔で本心から言えたら、
本当に楽に生きられるよ。



posted by 辰多みか at 17:21 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

その人の8割の部分を全力で信じる

あたしはね、
ひねくれもので、
弱い心を強い態度で守ってる腰抜けで、
こんなあたしを誘ってくれるなんてウソじゃないか、とか、
ほらやっぱりあたしは仲間はずれだな、とか、

考えがちで。


ずっと昔は、いつもいつもそう考えてて、
臆病で挙動不審で、

30才すぎてもそれは変わらなくて、
結局、仲間うちから仲間はずれにされてるんじゃないかと思い込み、
はずされるなら自分から抜けよう、とか、早まってばかりで、
ほかにもいろいろあって心身ともに弱り果てた。

弱り果てたら、悟りの世界まで突き抜けちゃった。
それは40才くらいの時。


けど、
そんなプロセスを経た今のあたしでも、
仲間うちの誘いは、半信半疑の所が、まだある。

あたしが行ったら、迷惑じゃないかな〜とかさ、
主催者にあまり好かれてないっぽいので(ホラここが思い込みだ)
主催者以外の仲間に声を掛けられても、躊躇する時がある。

で・も。
やっぱり、信用することに、したよ!
ここからが、今までのあたしと、違う所だ。

今までは、その人の話を、100%信用するか、0%、まったく信用しないか、
の、どちらか一方だったんだけど、

あたしは、これから、その人の話の80%を、100%信用する事に、したんだ。

わかるかな?

その人が、あたしに対して良く思ってくれてる部分に対して
100%信用するの。
その人の中には、あたしに対して良く思えない所も、もちろん、有るんだ。
それは比率でいうとだいたい20%なんだよ。
だから、良く思えない20%以外の、80%を、全面的に信用するんだ。
あたしに話を振ってくれた事だけで、
あたしに関心を持ってくれてるんだもの、
そこを、100%信頼すればいい。
そうするとね、どうなるかというとね、
オドオドしなくてすむんだよ。
会う時に、
「え〜、あたしなんかが来ても良かったのかなぁ〜・・・」なんて
弱弱しい卑屈な笑顔で、行かなくても、よくなるんだよ。

「会えて嬉しい!」100%その気持ちで、
晴れやかな笑顔で会っていいんだよ。
だからそうすることにしたんだ。
すごく気が楽になるよ。



posted by 辰多みか at 15:23 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

片づけの神と拭き掃除の神。

昨日、ふいにやってきた片づけの神様。
きのうの日記では、そのお方は"神"ではないよ、と書いたけど・・・

あたしは悟りの一瞥をする前までは、
片づけの神とか、拭き掃除の神とかが、
いると思ってたんだ。

それらが本当に居る、と、バカみたいに盲信して、
信仰してたんじゃなくて、
発想の転換のコツっていうか、
ネガティブをポジティブに変えるワザ、みたいな感じで、
自分自身に、思い込ませて、いたの。
ある種の、引き寄せの法則みたいな、ワザを使ってたんだ。

その、拭き掃除の神がやってくるのは、
「牛乳をこぼしちゃった時」
「冷蔵庫内の液体物を、こぼしちゃった時」
などの気分が落ち込むシチュエーションの時。

今朝も、冷蔵庫内の液体がいつのまにかこぼれていて、
「ありゃ!」と思ったとたんに、拭き掃除の神がやってきた。

神は〜、
やさしく〜、
「ここ、もともと汚れてるからネッ、そろそろ拭き掃除のタイミングだよ♪」って、
ニコニコしながら癒しのささやきで、教えてくれたの。

そう、
神様が、「拭きなさいよ〜」って、導いてくれてるんだ〜♡と、
思えると、
腹が立たないの。
「そっか、冷蔵庫を拭こう拭こうと思ってたんだ。今やらなきゃね〜、ありがとう神様。」
と、感謝まで、沸いてきちゃうのよ。
このワザは、20年くらい使っている。
だから、いくら牛乳をこぼそうと、
こどもがおしっこもらそうと、
ぜんぜん腹が立たない。
ムカッっとこない。

「床が綺麗になってよかった〜」って、素直に思えちゃう。

片づけの神も拭き掃除の神も、
本当の神ではないけれど、
悟りの世界を見るまでもなく、
心おだやかに、人生をすごしたい人には、
使えるワザだと思う。


posted by 辰多みか at 14:49 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

片づけの神様が降りてきた

あの、
最初にタイトルについてあやまっておきます。
すごく一般的な人々が、一般的な、famousという意味で、
「片づけやる気になったー」という表現をする時、
タイトルみたいに言うよね。
なのであたしも、そんな感じで書いてみました。
・・・書いてみたかっただけで。
ホントは片づけの神なんていないし、
降りてもこないからね。
そこ注意ね。
紛らわしくてゴメンね。

ということで、
急に、片づけする事に、なりました。
つい先日まで、
「片づけは死ぬ準備だから、イヤッ」って、
あたしの中のあたしが、言ってたのにね。

イヤイヤじゃなくてね〜。
ワクワクしながらやってるの。
実は、片づけがしたくなったわけじゃなくて、
人に貸したい物が、できたからさ〜。
戸棚や納戸を、ひっくり返しているのよ。
で、必然的に、出したら仕舞うから、片づけする事になる、と。
そしてお役にも立てる、と。

やっぱり物事は、流れに乗ればうまくいくようになっているわ。
posted by 辰多みか at 23:47 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

「ごめんね。(こんな私で)」


「ごめんね。(こんな私で)」
(↑悲惨な雰囲気じゃなくて、明るく言うんだよ!笑)

このセリフを言える人、と、
あたしが感じる芸能人の方たちは。

有吉さん。
マツコ・デラックスさん。
松岡修造さん。
坂上忍さん。(←もうちょっと突き抜ければ完璧!)

この方たちは、
愛されキャラ。
得するタイプ。
愛のある毒舌。
そこはかとなくポジティブ。

この人たちに共通してあたしが感じるのは、
自分の弱点・欠点をしっかり肯定できる人たちだということ。

自分のネガティブを明確に肯定できるのが、真のポジティブだと、あたしは思う。
自分の欠点から、逃げない。
真向から向き合う。
それができれば、愛されキャラになることができる。
でもね、ほとんどの人間は、それが、どうしてもできないんだよ〜〜。
自分の欠点から逃げまわって、一生を終える人もい〜っぱいいる。
というか、ほとんどみんなそうじゃない?
多かれ少なかれ、みんな自分の欠点から逃げ回って、
逃げ切れなくなりそうだと、神経症になったり、
わざと不幸になったり、するんだよ。
逃げてる事にさえ、気付かないの。

あたしは、この人たちの中で、
昔の松岡さんと、昔の坂上さんは、だ〜い嫌いだった。
(いまは違うよ!)
欠点のある自分を隠そう隠そうと、虚勢を張ってるのがみえみえだった。
テレビで見るのも痛々しかったし、
「・・・バレてるよ!」って、子供ながらにあたしは思ったもの。
自分の事、嫌いなんだろうな〜って思ってたよ。
(有吉さんとマツコさんの昔は知らないので、なんとも言えない。)
それが、いつのまにか、ふたりとも突き抜けてて、
ほらね、いま再ブレイクとかしてるよね。
たぶんどこかの時点で、「気付いて」、
そして自分の欠点から逃げない選択をしたんだと思う。

人は、自分のネガティブ(欠点・弱点・隠したい恥ずかしく思ってる自分)を、
認めてあげてはじめて、まあるい自分になれるのだとあたしは思う。
真理から言ったら、「まあるい自分」。
でも、人の目から見たら「欠けてる自分」。
まるい、完璧、っていうのは、「真理」から見た場合の事なんだよね。
陰陽そろって、はじめて丸になる。
そして、そんな、人から見たら欠けてる自分でいられる事に、
「おかげさま。ありがとう。」って気持ちが持てれば、
真のポジティブになれるんだよね。



・・・比較として、
あたしが今もキライな芸能人の人を、ちょっと小文字で書いておきましょう・・・
それは「小林幸子さん」です。(キャー、書いちゃった!)
彼女の事は、紅白で一回見るかどうかって感じで、
去年もおととしも見てないので、今はどうなのかわからないんだけど、
昔の坂上さんみたいに「隠して隠して」、
昔の松岡さんみたいに「虚勢を張って」、
自分を飾るためだけの心の入ってない感謝の表情と、
心の入ってない共感の表情。
ひとことでいうと「わざとらしい」。
ほんと〜うに嫌いだったわ(笑)。
さあ、今、彼女は、どうしてらっしゃるのでしょうか。
逆境ということは、本当は、今チャンスなんだよね。
次に見る時は、突き抜けてくれてればいいなぁ〜と、思うよ。
そうしたら大好きになっちゃうわ♡。


posted by 辰多みか at 15:55 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

愛と感謝に満ちて生きる

キラキラしたスピリチュアル好きの人たちが
口ぐちに推奨してると思う、

♡♪♡♪♡
「愛に満ちすべてに感謝して生きましょう♡」
♡♪♡♪♡

コレ↑が、リアルな人生では、
どういった事を指しているのか、考えた事ありますか?

ファンタジックな想像は、誰にでもできる。
想像→ いつもまわりを慈しむ優しいほほ笑みを浮かべ、
 すべてを許し、どんな事にも感謝する。
 愛に満ちているので、誰からも愛され、
 幸せの波動で、自分ばかりでなく周りも暖かくなり、
 金色のオーラで輝いているよう。←以上、想像。

そう、それはまさに、空想。魔術的な。ファンタジー。

・・・

リアルな人生で、そんなん、あるか!

あるわけないよ!

そんなのを追い求めようとするから、「できねー。」
って、自分を責めたり、
スピリチュアルに過剰に期待したり、
期待しつつ瞑想したり、悟りを得ようとする。


ホントのホントは、
本当の「愛に満ちすべてに感謝して生きる」は、



完全敗北を味わうこと です。



完全敗北こそが、「手放し」「サレンダー」。

(あっこれは、自虐的・ネガティブじゃ、ないからね!)



じゃあ、実際、どういう「感じ」なのか、
あたしの場合を例にとって、書いてみるね。

あたしのスペック:
年齢・50代に手が届きそう歳
自営業嫁
在宅職
ほぼすべての家事担当
舅姑と同居
二世帯住宅ではない
ティーンエイジャーのこどもふたり
畑は舅、草取りは姑が暗黙のうちに担当
ただっぴろい日本庭園
ただっぴろい畑
家と庭・畑は、舅姑の持ち物
つまりあたしたち子世帯は同居というか、いそうろう、という感じ
庭づくりには、あたしの意見は、まったく反映されていない
(植えたものを過去3回くらい抜かれた事がある)
親(舅姑)の意見には絶対服従せよ、という雰囲気がある


あたしは、庭に出ると、
かならず、

「なにしてるの?」と、
姑から、
聞かれたのだ。
草取りしてる姑から。

なにしてるのって・・・
庭を歩いているんじゃん・・・
自分ちの庭だよ、、ね・・・?
あたしこの家に、一緒に住んでるんだよね・・・?

昼間に庭に出ると、
仕事をさぼってると、思われるんだろうか。
休憩で庭に出るのは、許されないのだろうか。
休憩するくらいなら、
草を取れ、という事だろうか。
(実際、あてつけのように急にあたしの足元の前の草を取りに
姑が動いてくる事がある)
犬と遊ぼうと手を伸ばすと、
触れる直前に、「○○を取ってくれる?」と、
今やらなくてもよい用事を、一見とても申し訳なさそうに、わざわざ遠くから頼んでくるのだ。


あたしはあたしの被害妄想の中で生きていた。

あたしが「不自由さ」を感じるためには、
姑には、悪者でいてもらわなければ、あたしの都合が悪かった。
だから、あたしの目に映ってた姑は、常に
あたしの「自由」を束縛してくる悪者だった。

庭さえも、自由に歩けない。
庭に出れば、
「なにしているの?」と、聞かれる。
このあたしの状況、この姑の発言からすれば、
被害妄想のあたしには、自分の事が、
「勝手な振る舞いを禁止された、おてつだいさん以下扱いの嫁」に、見えるね。
あたしのプライドが高ければ高いほど、
この状況は許すまじきものだし、
不機嫌にもなって当然、と、思ってしまうだろう。



「愛に満ちすべてに感謝して生きる」とは、

この状況で、

「ごめんなさい。」と、姑に、言う事だ。

いや、申し訳なさそうに言うのではなく、
明るく「ごめんね。(こんなあたしで)」と、言う事だ。

「休憩して庭に出たかったから。」と、明るく、言うのだ。

本当の事を。


「この家の一員なんだから庭に居ても当然じゃない!」と、
憤る事ではなく、
「庭を歩かせてくれて、ありがとう。」と、感謝するのだ。
何も悪くないのに、ごめんなさいと、言う。


完全敗北。


自分が相手に勝つ事を、手放す事。
「権利」で相手に勝つ事を、手放す事。

ほんとうに、負けた気が、するよね。

この謝罪と感謝を、
なんのためらいもなく言えた時はじめて、
心と体から、愛が溢れだす。

この屈辱感、この敗北感、
自虐せずに、真向から、できますか?
そういう覚悟、ある?
自分のすべてを捧げる。
これが本当の、「いけにえ」。



キラキラしてるスピ好きな人は、
一体何に、感謝するつもりなのかな。
感謝できる事にだけ、選んで感謝するのかな?
選んだら、選んだ時点で「すべて」ではなくなるよ。
スピが好きな人は知ってると思うこの言葉、
「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛しています。」
どういう気持ちで言っているの?
ただの、じゅもん かな?
きもちは、はいってないのかな?

一度よく考えてみて。






posted by 辰多みか at 15:47 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年02月19日

外国の人とのコミュニケーション

前記事でも書いた、
外国人との英会話。

何年も教室に通ってたけど、
ぜ〜んぜん!しゃべれない。
つうか、もう既にしゃべる気ないね(笑)。

相手がしゃべってる事は、わかる。
聞き取りはできる。
テレビや映画は早口なので難しいけど、
面と向かって、会話すると、双方の間で、
お互いのペースで伝えよう♡という気持ちが生まれるので、
会話の内容は、わかる。

アチラは、英語。
コチラ(あたし)は、日本語で、話す。

もう それで、全然オッケー(笑)。

ココは日本なのでね。
オラオラ!日本に来るんだったら日本語で話せやコラァ〜!って気分なので、
日本語で問題ない。
そのうち、アチラも日本語でしゃべってくるようになる。
(てか、ホントは、あたしそんなに意地悪じゃ、ないよ!笑)

まあ、もちろん、ちゃんとした場面(仕事場)だったら、
英語で話すけどね。(たどたどしくも)
それでも日本語を併用したりすると、
自分も相手もわかりやすいよ。
と、下手だからあたしはそう思う。

要は、こころ の問題なの。
「伝えたい」「わかりたい」それだけなの。
英会話教室に通ってからじゃないと外国人と話せない、と思い悩んで、
「伝えあう事」を後回しにするのか、
とりあえず伝えたい、という気持ちで、カタコトででもコミュニケートするのか。
どちらかなの。
前者の考えのままでいると、いざ話す場面になると、
あがっちゃって、頭が真っ白になるよ。
上手に話さないとダメだ、ダメな人間に思われる、と、怖がってるから。
それって、自分の体面の事ばっかり考えて、聞いてもらう相手の事を
考えてないんだよね。だからお互い嫌な気持ちになる。
英会話が怖いし、外国人が怖い。
自分の立場からしてみたら、自分が「怖い」なんて思われてたら、失礼だと感じるよね〜。

posted by 辰多みか at 17:08 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

for

「あなたのために」
「for you」


「あなたのせいで」
「for you」


英語では、どちらも同じ。

for。

「He left her for a woman.」

彼はひとりの女性のために彼女を捨てた。

彼はひとりの女性の元へ、彼女から去っていった。

彼はひとりの女性が原因で彼女を置き去りにした。

彼はひとりの女性のせいで彼女とわかれた。


「彼女」からしたらさ。
「He left me for a woman.」

アイツがいなくなったのはあのオンナのせい!


(ヤな文例でゴメンネ)



「for」



日本語では明確に分かれている。

だけど、それゆえに、「あなたのために」と言っているつもりで、
結果次第では「あなたのせい」にしてしまう、という事に気付かない。


「あなたのためにこんなにやってあげてるのに。」
そう嘆く。心の中で。
でもそれって、ぜんぜん「ため」じやない。
期待してるから。
見返りを、期待しているから。
「あなた」のためじゃなくて「わたし」のため。
心底自分のためだけなのに、相手のため、と、美化して期待を隠す。
すると、期待を裏切られたとたんに、「ため」が「せい」になる。
「あなたのせいで」になる。

相手は、それを、チラチラ感じる。
居心地の悪い、嫌な感触のする「あなたのため」。
受け取りたくない。
もしも受け取らないと、
「あなたのためにやっているのに、あなたが受け取らないせいで、
私はないがしろにされてる気がする。」と責められもする。
それも直接言われず、不機嫌な態度や、病気になってみたりする。
あてつけか。

「ため」に責任を持とうよ。
自分が責任を持つ、覚悟。
どんな結果でも引き受ける、覚悟。

それが本当の「あなたのため」だ。

posted by 辰多みか at 16:54 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年01月16日

死者とコンタクトを取る

なんで?
あたしはやり方をたまたま本で読んで知ってしまったけど、
なんで?
なんでコンタクトを取りたいの?

なんでみんなそんな事をしたいの?

あたしは、ヤダッ。

そもそも、生きてる人でも関わりあいたくない人がいるのに、
なんでそんなめんどくさい事したいの?
身近にめんどくさい察してチャンがいるのにさ〜。
どっか行って欲しいよ。(あっ本音を言っちゃった)

なんか、しゃべり忘れたの?
伝え忘れたの?
本人の生前に確認するの忘れたの?

そんなのみんな忘れた自分が悪いんじゃん。
死者に、それに答える義務、ないでしょ。
呼び出さないでよ〜。
あたしが死者だったらそう思うかも。
なんで生前に、ちゃんと言ってくれなかったのさー、とか。
もう、あの世に行くんだから手間取らせないでよとかさ、思っちゃうよ。

あぁ、寂しかったんだね、あたしがいなくなって。
とかさ、思わん。
今は、思わん。
あの世をちらっと見ちゃった今、思わん。

だから、みんな死者を呼び出そうと思う前にさー、まず後悔を残さないようにしてよ。
一瞬、一瞬、一瞬。
後悔するな。

49日前だったら死者とはコンタクトとれるみたいだけど、
やめようよ〜。
違う人が来ちゃうかもしれないよ。
あたしはたまたま、た〜またま、
死者を呼びだそうとしてキツネさんが来た場面に遭遇したよ。
キツネさんが悪いんじゃないけどさ。
ほんとにたまたまその横を通りかかっただけなので、
なにごとかとすごいびっくりしたよ。

だ・か・ら。

日々、後悔しないように過ごそうよ。
死んだあと泣いて腹を割って話そうと思うんなら、
とりかえしがいくらでもつく生きてる今、腹を割って泣いて話そうよ。


posted by 辰多みか at 15:52 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2014年01月15日

よく映る鏡を見た

今日は、ヤボ用で銀行に行った。
ホントに、ヤボな用事で、あたしに対応してくれた
銀行のおねえさん(あたしと同年齢くらい)が、気が立ってる。
どうやら、あたしに呆れてるらしいよ。

(このわからんちんの客がぁ〜。)そういうオーラがでまくり。
「はぁ〜。」と、おおきくため息をついて、きびすを返して
後ろの人たちに確認しに行ったり、
ものすごい喰ってかかってくる。
「お客様はそう言いましたよね!?」なんどもそう言う。
「ご心配でしたらこの会社に電話をつないで差し上げるから
ご自分でご確認してください。」いきなり相手先に電話をかけて
あたしに受話器をほいっと渡す。
結局、あたしがしてほしかったやり方で、OKだった。
ご心配どころか銀行のおねえさんのやり方ではダメらしい。
んん?
誰が悪い?
おねえさんは、「おまえが悪いんだよ!」と、あたしに向かって
直球オーラをぶつけてきた。
でも結局、おねえさんのいうやり方では相手会社は受け付けてくれなかった。
あたしも「おまえが悪いんだよ!」って、たぶんオーラで言ってた。
「客商売でそれじゃダメだろ。」って。

あたしは最初、銀行システムがよくわかってないので、おずおずと、
「銀行の方で手続きをしてくださいと相手会社に言われたんですが…」と言ったんだ。
だけど、どうやら、「手続き」を、あたしが言った事と別の事と思ったらしい。
「手続き」の、双方の解釈違い。
なんども「お客さまは最初にそう言いましたよね!?」大迫力でせまってくる。
「銀行の方から郵送しろとおっしゃいましたよね!?」えっなに?そんなこと言ってねーよ!
なんか勝手に「手続き」を脳内変換してるよこの人〜〜。
あたしが言い間違った事に、なっちゃってるよ〜。
あの〜、客商売で、何をしたいの?
客が、銀行のシステムを100%理解してやってくると思ってるのかな?
銀行が窓口の奥で、相手会社とどういう「手続き」をするのかなんて
そんなの知らないよ。
システムがわからん客には、教えてあげるくらいが、
窓口嬢の仕事じゃないの?
たかだか「手続き」の解釈違いなのに…
そんなんじゃ、お年寄りは自分のしたい事を伝えることもできないよ。
老人だったらやっちゃう言い間違いのやりまちがい。
教えてももらえない上に高圧的に間違い(?)を糾弾されるんだから。
自分は悪くないって、そんなに主張したいの?
そんな事やってるうちに、さっさとあたしの件を処理して、
待ってる次の人をやってあげなよ。

さすがにあたしは「はぁ〜。」とため息はつかなかったけど、
最後の最後、確認をした。
「これは結局、言葉の認識違いの問題ってことですよね?
私と銀行さんと会社さんの、3者の間の。」
おねえさんは「はあ、そうですね。」と言ったが、
あたしが「ありがとうございました。お手数かけました。」と
窓口を去る時言ったら、無視 した。
ヤバイ。
こいつヤバイ。
無視だなんて。

でも。
そのあと車を運転しながら冷静になり。
あたしも、これやってるかもしれん〜〜て、思った。
響子さん相手に、やってるな〜って、思った。

言い間違いを、こてんぱんに糾弾する。
双方の勘違いって事もあるのに、
客の言い間違いをこてんぱん て客商売としてどうよ。
あたしは喫茶店でバイトしてる時、お客さんが
注文間違いしたとかよくあったけど、「お客様、そう
言いましたよね!?」なんてこてんぱんにしたことはないな。

そうだ、ウチの外では、あたしは言い間違いは糾弾しないが、
身内だったら、してる。
うん、やってる。
そっか〜、言う方、言われる方、こんな感じなんだ〜って思った。
よく映る鏡を見たな〜って、思った。
だから今日の事は、ちょっと儲けもんだったかもと思う。
儲けもんで良い経験だったから、ここでひとこと言っておく。


バカヤローー




あはは。
posted by 辰多みか at 23:26 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年12月29日

大掃除終わった?

あたしは大きい所は終わったよ〜。
すっきり〜。
換気扇もお風呂の天井・壁もIH磨きもやった。
窓と網戸と玄関、外回りはこの間終わった。
なんか汚れてるな〜?と思ったら、
そういえば、去年はみんな腰を痛めて、あたしは帯状疱疹になって、
それで、大掃除をやってなかったんだわ。
どうりで今年になってから、早く換気扇やらなきゃ、とか、
妙な焦燥感があってそれにしてもやる気が出なくて困っていたんだった。

お掃除って、あたしはトイレと水回り掃除は大好きなのに、
掃除機かけるのが大嫌いだった。
なんでかというと、すぐにほこりがうっすら積もるから。
やってもやっても、という感じで嫌だったんだけど、
ある日、これはほこりを取っているんではなくて、
この場所、この面に、空気を当てて風を流しているんだ、と思ったら、
わりと嫌じゃなくなった。
ほこりがすぐに積もっても、イライラしなくなった。
風が流れると気が流れる。
それが心地いい空間作りの基本なんじゃないかと思うよ。
さて、あと掃除機はおおみそかにかけるかー。
posted by 辰多みか at 22:50 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

水晶透視してみた。

この本。
su.jpg

これは悟った人が書いた本。
別に、水晶透視がしたい人だけにおすすめの本ではない。
悟った人・覚醒した人・一瞥した人に、おすすめ。
いくら水晶透視をしたくても、悟りの世界を見てない人には、
絶対、できない。
悟らないとできないですよ〜的な事が、ちょっとムズカシイ言葉で書いてある。
そしてチャクラなどの説明が豊富で、すごく勉強になる。
ていうか、「水晶透視のやり方」が、書いてないの(笑)
どうやってやるんだ?(笑。悟れば、やり方がわからなくてもたぶん普通にできる)
Googleブックスという、中身がほぼ読めるサイトがあるので、
悟りの世界を見たことがある人は、ここから見てみて。
悟りセンサーがゾワゾワくると思う。
(本まるまる一冊全部は読めないよ)
http://books.google.co.jp/books?id=H2rNXYdJKYsC&printsec=frontcover&dq=%E6%B0%B4%E6%99%B6%E9%80%8F%E8%A6%96%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E6%9C%AC&hl=ja&sa=X&ei=AOG0UsDbFMiwkgW904HAAw&ved=0CEcQuwUwAA#v=onepage&q=%E6%B0%B4%E6%99%B6%E9%80%8F%E8%A6%96%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E6%9C%AC&f=false

この本はね、カンタンにいうと、
たぶん、瞑想状態の、変性意識状態の、
トラウマの解消とか、前世療法とか、
そういったたぐいの行為中に頭の中でイメージで「見る」ものを、
直接、水晶の中に、「目で見る」、それだけだと思う。
(ていうか、そう本の中に書いてあるし)

だから、やり方がわかんないけど(笑)、水晶を適当に買ってきてやってみた。
いちおう、満月の浄化とかも、しておいたよ。(空は曇ってたけど…どうなのか)

水晶を見る時は、眠くて気絶寸前になるそうだ。
ホントに眠かった(笑)。
3センチくらいのクラック入りの磨きくず水晶(丸玉では無い)の中に、
5ミリくらいの横顔が出てきて、そして、なにかしゃべってた(!)
声は聞こえないから、なにしゃべってるか、わからん!
おもしろいなー、と思ってるうちに、気絶したようだ。
ていうか、ただ、眠っただけだけど。

一回で、できたよ。
これでいいのかな?
見えるけど、それがなにを表してるのかも、
あたしがなにをしたいのかも、さっぱりわからない。
まあー、できそうな事は、わかった。
ていうか、悟れば、みんなできる。




タグ:ホンモノ本
posted by 辰多みか at 00:39 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

手からなんか出てる


※あたしはオーラは見えません※

あたしは6年くらい前は、相当酷い冷え症でした。
手先も足先も、冷たくて、血が通ってないみたいに。
それが、腰を痛めた結果「自力整体」の本とDVDに出会って、
腰も治り肩こりも頭痛も治り手首の関節痛も治りO脚も生理痛も治り、
冷え症が、なくなりました。
そして、手が、めちゃくちゃ熱くなった。
チョコレート、持てないんだよ(笑)。
生クリーム泡立てる時、ボウルを素手で触れないんだよ(温度
が上がると泡立たなくなるから)。
手のひらと足の裏が異常に熱い人は、
体の表面に血が行ってないから冷え症だ、というのを、
どこかのネットで読んだけど、あたしのコレは、違うと思う。
足の裏も熱いけどね。
脚の内側と、脇を、熱い血が通うのが、わかる。
自力整体では、そのスジをお掃除する(通す)ことができるから、
血のめぐりが、ものすごくよくなるのだと思う。
専門的には「経絡を通す」というのか。
「神経」も通るよ。

手から、熱いものが、出ているんだけど、
(オーラは見えないけど。)
それを、顔とか、髪とか、さすってみると、
「生気」みたいのが、さすった対象物に、移るんだ。
そう、活き活きする。
実感する。
娘はあたしにさすってもらいたくて、まとわりついてくる(笑)。
そして、あたしにハグされてさすられて「あったかい〜〜♥」と毎日つぶやく。中学生(笑)。
寒いからね。熱い手が良い加減なんだろうね。
ワンコなんてあたしが毎日さするから、黒い毛が、ぴかぴか光っちゃって、出会った人みんなに、
「毛艶がいいね!」と驚かれる。
なんか、すごいモノが、手から出てるんだ〜〜。
これが、手かざしとかすると、出てくるものなのかな?
よく知らないけど。
うちの中も、目で見て、手で触った所は、活き活きさ(なんだそれ)が違うよ。
手でなでるだけで、物も喜ぶみたい。
そんな感じがする。
あとね、手からヘンなものが出てるヒトを見た事ある。
ていうか毎日いっしょにいるヒト(笑)。
その、びっくりするヘンなもののことは・・・またのちほど書こう



posted by 辰多みか at 16:30 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

いじめ側の気持ち

あたしの"言い分"に、引く人もいるだろうな。
いじめ。
「キモチワルイ」

言ったら、イケナイ 言葉だ。
たぶん。
口に出したら、いけない 言葉だ。

「気持ち悪〜い」

いじめる側が、いじめられる子に向かって言う。

「気持ち悪い。」

あたしは、いじめっ子が、なんでそう"言う"のか、わかる。
なぜかというと、あたしが、いじめっこ だったからだ。
正真正銘、いじめる側だったからだ。
モラルハラスメントを、する側だったからだ。

(ぜんぶ、出してくよ〜。カミングアウトしてくよ〜。)

これは保身のために言っておく。
あたしは、
いじめ の側だったけど、
学校でのいじめとかは、した事はない。
いじめられてる子に面と向かって「気持ち悪い」とは、口に出しては言ったことはない。
ただ、いじめられやすい傾向のある子に対しては、心の中では、思ってる。
常に、思ってる。

「気持ち悪い」ってね、
その子の、容姿のことじゃないんだよ。
その子の、反応のこと。
心の、反応のこと。

こちらが、強い意見を言ったら、
それに、反対なり賛成なり、ハッキリ態度で示せばいい。
そんなの、誰にだって、選択権はあるし、
イヤだったら、イヤって、言えばいいんだ。

だけど、いじめられる子の反応は・・・

「え・・・べつに、、いいよ。」あははと力なく笑ったり。
「い、いいよ。」と言ったあと、見えないように息をはー…と吐いてみたり。
常にこちらを見る目線が、ドキドキびくびくしている。

心と、態度が、ぜんぜん、合っていない。
まるで、こちらが「悪い」みたいに。
「いい」とか言っておきながら、こちらが、悪い みたいに。

だから、「気持ち悪い」って、思う。
なにをたくらんでいるの?
弱いふりをして。
イヤならイヤってハッキリ言えばいい。
自分の弱さを、こっちのせいにしないでほしい。

だから、いじめられるんだ。
(↑これが、モラハラを正当化する、モラハラーの心理だ。)

いじめの場って、あたしが感じる「気持ち悪い」の他に、
確かに、容姿を気持ち悪く思うのも、そりゃ、あるにはあるんだろうけど、
いじめる側が感じている気持ち悪さは、たぶん、あたしが感じる方の、気持ち悪さだ。
「こっちが悪いように仕向けるな。」っていう、気持ち悪さだ。
文字どおり、「こちら」の「気持ち」が、「悪い」。
「あなたの外見のどこか」が「気持ち悪い」=「不気味な姿」なのでは、ない。

「あの子って、ほんとムカつく」
「あの子をみてると、イライラする」
「あいつキモいんだよな」

いじめる側が、いじめられっこに感じる感情は、本当の本当は「怒り」なのではない。
「ムカつく」なのではない。
表面上は「怒り」の形をしているけれど、その下に隠れた感情がある。
いじめられる子は、当然いつも怖いだろうけど、
いじめる側も、実は、根底に「おそれ」があるのだ。

いじめられる子が放つ「卑下」のオーラは、
本人も気付かないうちに、実は、こういうメッセージを送っている。

「あなたのことなんて信じませんから」

そして、いじめる側は、自分に対して、うすぼんやりと劣等感を持っている。
それは、突かれると痛い、隠しておきたい、自分の恥部。
バレてしまったら、こわい。
バレないように強がって隠す劣等感。そこにはぽっかり穴があいている。こんなメッセージを放ちながら。

「どうせ私は人に信じてもらえないんだ」

そのふたつの裏メッセージどおしが、ぴったりはまり合う。
表向きのメッセージは、ベクトルがまったく逆なのに。
いじめる子はいじめられる子に、見えないところで、劣等感・罪悪感を刺激される。
そして表向きでは、その反撃として、いじめる子はいじめられる子の劣等感を攻撃する。

いじめる側。いじめられる側。
どちらの主張も正しくて、
そしてどちらも間違っている。

いじめ事件の報道では、そのへんが、うまく伝わっていないのだと思う。
どちらか一方を切り捨てれば、良い、という問題ではない。
いじめについては、これからも詳しく書いていきたい。
それが、モラハラーだったあたしが今できる事だ。





posted by 辰多みか at 11:17 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

卑下の態度で伝わってしまう事

卑下する。
「そんなことないです」
「とんでもない」
「いえいえ」

恥ずかしくて、言ってしまう事もあるだろう。
相手からの称賛の言葉を、さえぎって。

本当に、自分に自信が無くて、言ってしまう事もあるだろう。

相手は、本当に、ほめてるのに。

そう言われた相手は、
最初は、奥ゆかしいとか、恥ずかしがって、とか、感じるかもしれない。
でも、それは、長くは続かない。

いつもいつも、いつもいつもだと、
なんだか、バカにされてるように感じてくるのだ、相手は。
「せっかくほめているのに。」
称賛した気持ちを、受け取ってもらえないと、なんだか嫌な気までしてくるのだ。
なぜだろう。

それは、卑下は、

「そんなことないです」→「あなたの言ってることは、正しくない。」
「とんでもない」→「なにをバカな事を言っているの、あなたは。」
「いえいえ」→「違います!!」

という、パワーを秘めているからだ。

しらずしらず、自分はそんなつもりないのだろうけど、
そういう「気」を伝えるのだ。卑下は。
だから、相手は、いや〜な気持ちになる。
自分も、相手がなぜ不機嫌になるのかわからず、ますます混乱し、自信がなくなる。
負のスパイラル。

だから、卑下せず、
「ありがとう!」って言えばいいんだよ。
だってあなたには、称賛に値する素晴らしい価値があるんだから。

奥ゆかしくみえる卑下を、逆に利用する人がいる。
それは、「卑下慢」といって、お釈迦様が、やっちゃいけないと言っていた、
二大重大事項のうちの、ひとつなんだよ。
この事については、また別で書くね。

利用ではない、ただの「卑下」だったら、
すぐに、「感謝して受け取る」に、変えようね。

それだけで世界は一瞬で変わる。




posted by 辰多みか at 22:21 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年10月10日

プラーナちゃう、生理現象や!

エセ関西弁が思わず飛び出すほどの衝撃・・・
あまりにビックリしたので先に結論を書いておきますと、
プラーナを見た!とスピ系で言われているモノは、
「ブルーフィールド内視現象」という生理現象の場合があるよ!
それ、プラーナじゃ、ないよ!

ときたま、スピリチュアル系のブログなどで、
プラーナを見た、というのを目にしていて、
見てみたいと、ちょっぴり気になっていて…
(スピ系のブログはあまり見ないのだけど、
たまたま検索とかで。)

「プラーナの見方」というのを目にしたので、
やってみよう、と思い立った。
やり方は「目の焦点を、遠くを見るのではなく、目から20〜30センチ
前方の所に合わせる」だけ。
カンタンだ!
さっそく青空を見ながら、やってみたよ〜。

すると・・・
目がチカチカしてきて・・・
白い光る点とか、急にうねっと、湧いてきてカーブして消える点とか・・・
いっぱい。視界にいっぱい!
とあるブログでは、「これ」がプラーナですよ!と、自信を持って説明していたわ・・・
これ、ちゃうやん・・・
プラーナちゃうやん・・・
自分の目の中のモノやん・・・(エセ関西弁でごめんネ)

もしも、「これ」がプラーナだと主張するのであれば、あたしは言う、「これ」はプラーナじゃない!
(もしかしたら、別に、プラーナというモノが確かに存在しているのかもしれないが)

なんで断言するかと言うと、目を動かすと、視界にくっついて一緒に動く!
プラーナって、あなたの目に、くっついているの?どうなの?
あたしはひどい飛蚊症もちで、「これ」が飛蚊症ではない事は、見分けがつく。
(以前は、飛蚊症がひどいから、きっと邪魔でプラーナは見えないだろうなー
と思っていたよ。そんな事なかった。「これ」は飛蚊症関係なく簡単に見える。)
前々から、見えてる時があって、特に気にしてなかったから、
ああ、自分の目の中の血とかが見えてるんだろうなー、チカチカするなー。
くらいにしか思ってなかったモノ。それだ。

検索してみたら、やっぱり、「ブルーフィールド内視現象」という
生理現象だよ。
白血球が、見えているんだよ。

プラーナはプラーナで、「気」は有るとあたしは思うし、
その気をプラーナと呼ぶならば、「有る」と思うけど、
生理現象を勘違いしちゃ、ダメだと思うねん。(エセ関西弁で…)

posted by 辰多みか at 10:45 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年05月31日

目が曇ってる背中が煤けてる


プラーナつうのがあるだって。

この世にはさ。



あたしは、見たことない〜〜

見てみたいよ〜〜


空を見上げてると、

白い粒みたいなのが、たくさん見えるんだって。

プラーナをわかりやすい言葉でいうと「気」みたいな感じ。



見てみよう〜と思って、青空を見てみたよ。

うにうに、つぶつぶが、視界に、い〜っぱい。

そうだ、あたし、飛蚊症だったわ。


こいつが邪魔で、全然プラーナというのが、見えない!

うにうにつぶつぶは、あたしの目の中の浮遊物だから!

諦めるか…



飛蚊症になったのは、15歳の時だよ。

腎臓を患って、長く投薬生活を送った。

腎臓は治ったけど、目の中に、ゴミのようなものが、たくさん浮かんできた。


ある時、新聞記事に目が止まった。

それは、腎臓病の薬で失明する、という記事。

戦慄が走ったわ。

すぐに、先生に言った。

先生は、問題ないとおっしゃった。

たしかに、失明はしなかったけど、その後、この浮遊物がなくなることは無かった。

薬が原因なのか、腎臓が原因なのか、病気になる元が原因なのかわからないけど…

明るい所では、見る物がゴミにそってゆがんでみえたりして、うざったいんだよ。もう。

この浮遊物って、幾枝にもわかれた、枝みたいな、長いヒモ状をしてるよ。


あたしは見えないけど、白いプラーナが見える人のほかに

黒い粒が見える人がいるんだって。


ちょっと検索して読んでみたけど、見える方は、個人的に「黒カルマ」と呼んでるんだって。

黒カルマは、「苦い」んだって。

(すっぱい「陽子」の逆っぽくて、興味あるわ〜。いいわ〜)


質問サイトにもあって、びっくりしたわ。

事故にあってから見えるようになってしまったとか…



それはね、よくない方の、粒だよ。

まあ、ものには、究極は、良いも悪いもないから、「よくない」というのは

適切じゃないかもしれないけど。


怒ってたり自分自身を欺いてたりすると、顔のまわりに出るみたいね。


あたしは、人の本心が見える(と自分で思ってる)のに、その人の前をさえぎる

薄いベールがすごく邪魔なの。


その薄いベールを読むのが、「空気を読む」という事だと、少し前に、はじめてわかった。

人が隠したがっている、本心を指摘してはいけないんだって。

本心を理解しつつ、ベールの方を読んで対応するのが、大人になることだって。

「本音」と「建前」だよ。


うちの外だったら、あたしは、それはとても簡単に機嫌よくできるんだけど、

家で、しょっちゅう一緒にいる人には、できないな。

どちらかというと、「本心」が隠したがっている、本人も知らない「本心」を

知らしめてあげたい(笑)

眠ってる人は無理に起こしてやりたい(笑)

だって、人生残り少ないよ。はやくしなきゃ。

また生まれ変わっちゃうよ。


ああ、本人はそれでもいいのか。
posted by 辰多みか at 23:00 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年05月15日

"気"が抜ける体験をした


最近、といっても、最初は、4月28日。日曜日。

あたしは家族3人で、ニコニコ超会議に向かっていた。

まあ、あたしが行きたかったワケじゃないけど…

とにかく車で向かっていた。


途中、第二東名で、(あたしは助手席で富士山とかを見てた)

うなじの下、というか、背中、肩甲骨の間というか、

キューーッッっと、

痛くなって、


うわ、あたし死ぬ? と、

超焦ったけど、

みんなを心配させたらいけないと思って、

平気をよそおって、痛みがどこに行くか、感じていた。


なんか、息を大きく吸ったら、何か(血管)が破裂するんじゃないかと思って、

おそるおそる息をしてみたりなんかして、

じぃっ…としていたら、痛みは薄くなって、無くなってしまった。


よかった〜、という思いと、またなったらどうする?という思い。

でも、そのあと平気そうだったので、少し忘れてしまった。

そして、2回目が、パソコンでメールを見てる時、


一回目から、2週間以上は経っていたかな。

あ、5月11日だ。


また、突然、キューーッッとなった。


やばいやばい、と思って、静かにして…

そして、「神様、まだ早いです!!」と祈った!


そうしたらやっぱり治ったので、また放っておいてしまった。


そして次の日、朝起きて、もう、キューーッッ


ほんとうにヤバいと思って、主人に、

「背中がつってるみたいだけど、もしあたしがこのあとどこかで

倒れてたら、救急車を呼んで」と言ってしまった。


それで、背中がつるくらいで病院行ったら笑われるとか、

俺もよくつるとか、そんな話をしてるうちに、

ちょっとよくなったので、そのあと娘と

「聖☆おにいさん」を見にいってしまった。

でも、ずっと、背中がつっていて、違和感があったよ。

次の日、筋肉痛だった。


そして、昨日。5月14日の夜。


じゅうたんにべた座りしてテレビを見ていたら、キューーッッ


わぁ…と焦って、痛みがどこに行くか、消えるのか、観察していた。


最初は、うなじの下の、背中の真ん中からはじまって、

左右の肩甲骨へ向かって横にのびていって、

このへんで、息をするのが怖くなって、

どうする?どうする?と思っていたら、


なんと、


右は肩甲骨で止まって、


左は、脇を越えて、左胸まで来た。


それで、


あたしは、左胸が乳腺症という病気で、

いつもしこりみたいになってて痛いんだけれど、

そのしこってる部分まで痛みがきたら、

しこりの頂点から(乳頭じゃないよ)


シュゥゥゥッ… みたいな感じで、

痛みが抜けていった!!


それで、びっくりして、



「うわぁ、びっくりした〜。痛みが胸からシューッて抜けていったよ〜」と

声に出して言ってしまい、

主人に、

「脳に傷でもあるんじゃないの」と言われてしまった。

いわく、脳に傷がある人は、妄想とか幻覚とかあるそうだ(笑)


そうかもねぇ〜脳はバカだからね〜とあたしは言ったけど。

あわてて左胸をさわってみたら、前の日までしこっていたところが

すっかり柔らかくなっていた。


抜けたから柔らかくなったのか?

柔らかくなったから抜けたのか?


直前に触ってないから、なんとも判断しようがないんだけど。

とても不思議な体験だった。


しこるのは生理現象で、毎月一回一週間くらいなるから、また来月同じようにしこって

痛くなるんだけどね。



でも、また背中がキューーッてなったら嫌だな。

posted by 辰多みか at 23:00 | 気の交流 | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

マクドナルドを好きな理由


あたしは、マックが好きだ。

味とかじゃなくて。
味だったら断然モスバーガー。(あ、ハンバーガーショップ中という意味でね)

同じ理由で、ディズニーランドが(シーも)好きだ。
あたしは、別に乗り物が好きなわけじゃない。他の「遊園地」は、どうでも良い。

日本の自動車会社だったら、断然一位は、トヨタだ。

それは、あたし好みの車があるからじゃなくて、
会社の体質。なにかの評価を読んだとかじゃなくて、
実際、日本のいろいろな自動車会社に触れて、感じた、
内面からにじみ出てくるモノ。

それらに共通するモノは、

「気」が巡っているかどうか。

一般的な言葉でいうと、「活気がある」って感じだけど、
人で賑わっているという意味の「活気がある」ではない。


店がわの、「気」。


新鮮な空気。新鮮なおもてなし。空気が流れて(風を感じるわけではない。エネルギーの流れを感じる。)

水が流れて(これも物質的な水ではなくてエネルギー。)

人の考えが、流れて。(これもエネルギー)

エネルギーが流れて、というより、動いて、かな。


エネルギーを動かして、相手の中にはいり、また出て、違う相手に行く、

それが良い循環で、動く。巡る。

それを感じる。


だから、マックが好き。

ポテトがあつあつだから。

ポテトをあつあつで提供しよう、という心構えが、エネルギーになって動いてるから。

(これはポテトひとつのお話だけど、店全体のことにも言えるよ)

そういう場所が、好きなんだ。


posted by 辰多みか at 00:00 | 気の交流 | 更新情報をチェックする
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